第332話

「レイ、油断するなよ。これ程のモンスターが、右目と喉に槍が突き刺さった程度で死ぬとは思えないからな」


 デスサイズを手にしてレムレースとの間合いを慎重に詰めているレイへと、レムレースの右目へと槍を突き立てたエグレットが近寄って来ながらそう声を掛けてくる。

 その言葉に頷いたレイの背へ、地面を転がって暴れているレムレースへと矢を放ちながらヘンデカが叫ぶ。


「レイさん、その大鎌で攻撃するよりも魔法の方がいいんじゃないです、か!」


 放たれる矢はレムレースの頭部を狙ってはいるのだが、右目と喉を槍で貫かれた痛みと衝撃で地面を転げ回っている為か、頭部ではなく胴体へと命中し、紫の腐食液にぬめって鏃の方向がずらされ、あらぬ方向へと飛んでく。地面に落ちた時には、既に腐食液の影響もあって鏃は見る影もなく腐っている。

 そんな様子を見ながら、どうやって自分のデスサイズによる一撃を与えるのかを考えつつもヘンデカの言葉に首を左右に振るうレイ。


「体表を覆っているあの腐食液が蒸発したりしたら、まず間違い無く被害が大きくなるだろうからな。だから……ちぃっ!」


 デスサイズによる1撃で首を切断して一気にレムレースを仕留めようとしたレイだったが、地面を暴れ回っているレムレースも自らに迫っている命の危機に気が付いたのだろう。大きく首を振ってその勢いで自分へと近付こうとしていたレイを牽制する。

 万全の状態のレイであるのなら、その首の一撃を掻い潜ってレムレースへと接近し致命的な一撃を与えることが出来ただろう。だが、その1歩を踏み出そうとした時に脇腹が痛み、その動きを鈍らせていた。


(ちっ、折れてはいないが、それでもこの痛みは厄介だな)


 内心で舌打ちしつつ、自分で距離を縮めるのは難しいと判断する。


(なら、自分じゃない手段を使えばいいだけだ!)


 痛みに耐えつつ自分から決して警戒を解かないレムレースの様子を見ながら、大きく叫ぶ。


「エグレット、ミロワール、ヘンデカはレムレースの注意を逸らしてくれ。その隙に俺が致命的な攻撃を叩き込む!」


 同時に、ミスティリングから槍を1本取り出し、牽制の為にレムレースの顔面目掛けて投擲する。

 この時、最も大きい為に狙いやすい胴体が腐食液に覆われている為に攻撃出来ないのはレイ達にとっては苛立たしく、レムレースにとっては有利に働いていた。

 だが、それでも自分の喉を貫いたレイの一撃を警戒せずにはいられないレムレースは、槍の突き刺さった右目から血の涙を流しつつも頭部を大きく振るい、投擲された槍を剥き出しにされた牙で弾く。


「セト!」

「グルルルルルルゥッ!」


 レムレースが行動を起こしたその一瞬を見逃さずに叫んだレイの声に、瞬時に応えたセトが上空から素早く降下。レイの真横を通り過ぎるその瞬間、セトの背へと飛び乗る。


「ぐっ!」


 一連の行動はさすがに無茶があったのか、その衝撃で脇腹の鈍痛に眉を顰めるレイ。

 だが、当然レムレースがそんな状態に配慮する必要も無く、首を大きく振るって矢や石を弾き飛ばし、自分へと致命的な傷を負わせられるレイとセトへと向かって襲い掛かる。


「飛斬っ!」


 口を大きく開いて自分とセトへと鋭い牙を突き立てんとしているレムレースへと向かいデスサイズが振るわれ、刃から放たれた飛ぶ斬撃はレムレースの口の根本へと僅かにだが傷を負わせていた。


(ちっ、あの腐食液が無くても飛斬じゃ与えられるダメージはかすり傷程度か)


 その様子を見ながら舌打ちをするレイだったが、次の瞬間には思わず眼を見張ることになる。


「なっ!?」

「グルゥ? ……グルルゥッ!」


 レイの驚愕の声に地上へと視線を向けたセトだったが、すぐにレイと同じく驚愕の鳴き声が上がる。

 それも無理は無いだろう。30mを越える体長を誇るレムレースだが、その身体が次第に小さくなっていってるように見えたのだ。

 より正確に表現するのならば、身体の端から周囲の光景に溶け込むようにして体表の色が変化していた。

 あまりに予想外のその光景に、レイは一瞬の驚愕の後すぐに冷静になる。


(なるほど。あれだけ大量の船を沈めておきながら今までレムレースの姿を見た者がいなかったのは、単純に海底で行動していたからってだけではなかった訳か。意識的に体表の色を変えられるのかどうかは分からないが、それでも海中でああいう風に周囲に溶け込むように体色を変えられるのなら見つからないのも当然だろうな。……だが、それは海というフィルターを通してだからこそ有効であった訳で、この地上では殆ど意味は無い筈)


 上空を大きく旋回しながら、再びレムレースの方へと向き直りつつ内心で呟くレイ。

 実際、地上では突然のレムレースの変化に驚愕しているヘンデカをエグレットが怒鳴りつけて攻撃を再開している。


「周囲に溶け込むといっても完全に姿が消える訳じゃないし、攻撃が命中すればきちんと当たる。寧ろ、あの腐食液が見えなくなったのが痛いな」


 レムレースの体表から滲み出ている紫色の腐食液。武器の斬れ味を著しく落とし、更には腐食させるという効果までついているその液体は、少し前まで毒々しい紫色をしていたというのに、体色が変わるのと同時に腐食液まで色を変化させていた。


「せめてもの救いはウォーターブレスがもう使えないといったところだが……それも確定じゃないしな。うぉっ!」


 ウォーターブレスの代わりという訳でも無いだろうが、30m以上の体長でとぐろを巻いたレムレースが次の瞬間にはまるでバネが跳ねるようにして食らいつかんとセト目掛けて牙を剥き出しにして襲い掛かる。

 セトより遥かに巨大な身体が空を跳ぶという、ある意味で現実逃避しか出来ないような光景をその場にいた者達は目にすることになった。

 それでもさすがにセトと言うべきだろう。翼を大きく羽ばたかせて自分に迫って来るレムレースから距離を取り、食らいつかれる寸前で死をもたらす顎からからくも逃げ出す。

 同時に、落下していくレムレースへと向かいミスティリングから再度取り出した槍を投擲するレイ。地面に立っている訳でも無く、セトに乗っているという下半身が安定していない状況での投擲だった為に威力は十分とは言えなかったが、それでもレムレースの頭部へと突き刺さることには成功する。


「シャアアアアアッ!」


 浅くではあっても頭部に突き刺さった痛みか、あるいは自分の牙が回避された為か、悔しげに叫び声を上げるレムレース。

 その様子を上空から安堵の息を吐きつつ眺めるが、レムレースは再度その身でとぐろを巻く。


「ちっ、半ば保護色同然になっているせいか、距離感が掴みにくいな。それに、そもそもシーサーペントにしか見えないのに、何で陸上で普通に行動してるのやら」

「グルルルゥッ!」


 愚痴は後で、とばかりに喉を鳴らすセトに頷き、攻撃手段を考える。


(外側からの攻撃の効果が薄いなら、やっぱり内側……『舞い踊る炎蛇』が有効なのは間違い無い。胴体は腐食液でデスサイズと言えども……いや、待てよ? デスサイズに魔力を流した状態なら、もしかして腐食液を無視出来ないか?)


 その考えに一瞬だけ沸き立つものを感じるが、すぐに首を振る。


(いや、可能性としては十分あり得るけど、逆にあの腐食液でどうにかされる可能性も捨て置けない。それに、あの胴の太さを考えるとデスサイズの攻撃で切断するにはかなりの魔力を込めなきゃいけないだろうしな。となると、やっぱり頭部に『舞い踊る炎蛇』を食らわせるのがベストなんだが、あの巨体は……いや、待て。俺が元々『舞い踊る炎蛇』を使おうと思っていたのは、海中にいるレムレースには炎の魔法の効果が低いと予想したからだ。確かに今のレムレースは胴体から腐食液を出しているから迂闊に攻撃出来ないが、それなら頭部、頭部……か。自分よりもでかい相手は内側から攻撃するに限る。そして、俺はその手段を持っている)


 とぐろを巻いて隙を狙っているレムレースと、空を跳びながら油断無くレムレースと相対するセト。そんな2匹のモンスターの緊迫したやり取りとは別に、レイは素早く頭の中で考えを纏めていく。それはレイとセトという、1人と1匹だからこそ可能なことであり、逆に1匹であるレムレースはセトの隙を窺うのに集中せねばならなかった。

 また、レイの仲間はセトだけではない。今回に限って言えば、エグレット、ミロワール、ヘンデカの3人に、セトと同様に空を飛べるアイスバードのシェンもいるのだ。

 それら3人と1匹が、少しでもレイとセトに有利になるようにとぐろを巻いているレムレースへと攻撃を仕掛ける。

 もちろん致命的なダメージを与えることは出来ないが、それでもレムレースの気を反らし、集中を妨げることは十分可能だった。

 レムレースにしても、そんな周囲の攻撃を邪魔だとは感じるものの目の前を飛んでいる1人と1匹を相手に集中を途切らせる訳にもいかず、やられる一方となっていた。

 そんな状態が数分程続く中、意を決したようにレイがセトの首筋を撫でて話し掛ける。


「セト、奴を倒す方法を思いついた。上手く行けば奴を倒せるだろう。だが、その代わりに相当のリスクがある。……それでも、俺を信じてくれるか?」

「グルルルゥッ!」


 レイの言葉に、一瞬の躊躇すらせず当然、と喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子に笑みを浮かべ、レイは作戦を話す。


「やるべきことは簡単だ。レムレースのあの巨大な口の中にベスティア帝国軍との戦いで使った屑鉄やら刃の破片が入っている樽をぶち込んで、その上で炎の魔法を叩き込む。奴の頭部を内側から樽の爆発で切り刻んでやる」

「グルゥ?」


 自分だけではなく相棒のレイまで危険に晒す行為に、心配そうに鳴くセトだったが、レイは心配はいらないとばかりにその首筋を撫でる。


「お前が俺を信じてくれるように、俺もまたお前を信じているからな。だから……セト、レムレースに向かって飛び込んで、限界まで近付いてくれ。その上で、あの牙が襲い掛かって来る前に何とか奴から離れる。……どうだ?」

「グルルルゥ!」


 任せて、という意志を込めて高く鳴くセト。

 そして鳴き声を上げた次の瞬間には、大きく翼を羽ばたいてとぐろを巻いているレムレースへと向かって突っ込んでいく。

 当然、それを黙って見ているレムレースではなく、自分に向かって真っ直ぐに突っ込んでくるセトへと向かい、タイミングを計り……跳躍しようとした、その瞬間。


「キキキキキキキッ!」


 セトとは反対の方からレムレースへと近付いていたシェンが、30本近い氷の矢を作り出して撃ち放つ。

 その殆どは胴体へと命中し、腐食液に滑って有効なダメージを与えられなかったが、その中でも数本は後頭部へと突き刺さり、多少なりともダメージを与え、そして何よりもレムレースの集中を乱すことに成功した。


「シャ、シャアアアアアアアッ!」


 一瞬の遅れ。その遅れを取り戻そうと跳び上がって、真っ直ぐと自分に向かって来るセトを食い千切らんと大きく口を上げ……


「食らえええぇぇぇっ!」


 レイの渾身の叫びと共に、ミスティリングから取り出した樽を右手だけで持ち上げつつ、セトの速度をも利用してレムレースの口の中へと強引に放り込む。


「シャア!?」


 いきなり自分の口に何かが放り投げられたのに気が付いたのだろう。慌てたような叫び声を上げるレムレース。だが、その戸惑いはまだ続く事になる。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 左手で持っていたデスサイズを右手に持ち替えて短く呪文を唱えるレイ。

 現状で必要なのは長い詠唱と高い威力の魔法ではなく、短い詠唱でそこそこの威力の魔法だ。


(それに、威力に関してはロスが大きいが、込める魔力で強引に高めることも可能だ!)


 魔法の威力というのは、その呪文の構成と消費する魔力によって決められる。短い呪文だと魔力の増幅効率が低く、逆に長い呪文だと魔力の増幅効率が高くなるのが一般的だ。だが込める魔力を極端に上げれば、幾ら魔力の増幅効率が低くても最終的には高い威力を伴った魔法となる。

 そして、レイは自分が使える中でも詠唱の短いこの呪文に大量の魔力を注ぎ込んでいた。

 デスサイズの刃の近くに、直径30cm程の火球が姿を現す。


『火球』


 極端なまでに魔力を込められて生成されたその炎は、レイの振るったデスサイズの軌道に沿って飛んでいく。

 そしてレムレースの口中に放り込まれた樽の後を追うように放たれ……


「セト!」

「グルルルゥッ!」


 レイの呼び掛けに応え、翼を大きく振るってレムレースの前から離脱するセト。

 レムレースは一瞬そんな1人と1匹へと視線を送り……

 轟っ!

 次の瞬間、口の中に放り込まれた樽が火球によって爆発する。

 口の中があらゆる刃物で切り裂かれ、同時に燃やし尽くされ、その威力は口中だけでは済まされずに、頭部その物を爆破して周囲へとレムレースのものであった肉片や骨、血、脳みそ、焼けた眼球といったものを盛大にぶちまけていく。






 エモシオンの街からやって来た冒険者達がようやく現場に到着した時に見たのは、体長30m近い巨体が地面に倒れ込み、その側で地面に座り込んで激しい戦闘の余韻に浸っているレイ達4人と2匹の姿だった。

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