第278話

 時は少し戻る。

 レイとセトは雑木林から飛び立ち、そのまま上へ上へと昇っていた。

 普通の空を飛ぶモンスターであればまず辿り着くのが不可能な程の高度まで舞い上がり、それでも尚足りないとばかりに上へと向かう。

 気圧や気温も高度が上がるに従って下がっていくのだが、そこはドラゴンローブとゼパイルの作り出したレイの身体。更にはレイの莫大な魔力によって生み出されたグリフォンのセトである為、相当に厳しい環境でありながらも何とか意識を保っていた。 

 それでも、さすがにこの高度まで上がってくると喋るような余裕は無くなるのか、レイはセトの首筋を撫でることで自分の意志を伝えて空を舞っている。


(さて、セトとの合体技である火災旋風を作り出すにしても、一旦は地上に降りないといけないか。こういう時にセトの持っているスキルのレベルが高ければ、もっと余裕をもって範囲外から攻撃出来るんだろうが……いや、言ってもしょうがないか)


 レイの放つ魔法はともかく、現在のデスサイズのスキルでもある風の手はLvが2で効果範囲が約150m程。それに対して火災旋風を巻き起こす為の要とも言えるセトのトルネードは、Lvが1で作れる竜巻の大きさは1m程度でしかない。

 火災旋風の基とも、コアとも、中心とも言える竜巻なのだから、これからレイがやろうとしていることを行う為には地上で竜巻を巻き起こすのが必須な訳で、それをやる為にはどうしても一旦地上に降下する必要があった。


(もっとも、だからこそこの高度まで上がってるんだけどな。さすがに竜騎士と言っても、自分達よりも遥か高い位置にいるセトを見つけることは出来ないだろう。……とは言っても、使えるのはこの1回だけだろうが)


 通常の竜騎士や空を飛ぶモンスター達の存在する位置と比べて高高度から行われる奇襲。それは確かに効果的ではあるが、1度そのような手段があると知られれば次からは確実に警戒される戦術。奇しくもレイとテオレームの2人が使った奇襲は、1度目は高い効果を発揮するが、2度目以降は見破られやすいという意味では似たようなものだった。

 いや、高高度からの奇襲というのはレイとセトという特殊な存在であるが故に出来るものであり、汎用性という意味では転移石さえあれば誰でも行えるテオレームの奇襲と比べるとその応用性は著しく低いと言えるだろう。


「グルゥ」


 この高度にいても活動するのに問題は無いのか、セトの鳴き声がレイの耳に聞こえて来る。

 その声を聞き、セトへと視線を向けると小さく頷いていた。

 そんなセトの視線の先を辿るように見ると、地上で対峙している2つの軍勢の中心にいた2つの人影がそれぞれ自分の軍へと戻っていく様子がレイにも見て取れる。

 それが意味することは明白だった。


(つまり……開戦!)


 ルーノや騎士、あるいは中立派の貴族達から聞いた話を思い出す。戦争の始まりはお互いの軍の代表が相手に降伏勧告を告げ、それをお互いが断り自軍へと戻った時に始まると。即ち……


(それが、今!)


 内心でレイがそう呟いたその時、地上では実際に戦端が開かれたのだろう。ミレアーナ王国軍、ベスティア帝国軍の双方の先陣部隊が動き始める。

 双方の数は、ミレアーナ王国軍が総勢10万に対してベスティア帝国軍が15万といったところか。ただしミレアーナ王国軍は後方の国王派である本隊はそのまま残っており、全く進軍する様子は無い。それでも陣形を整えており、先陣が崩れたらすぐにその穴を埋める為の準備をしているのは、ミレアーナ王国軍の総大将であるアリウスが決して無能なだけではない証拠なのだろう。

 それに対してベスティア帝国軍側は、先陣部隊の後に続くようにして既に本隊も動いている。ミレアーナ王国軍側の本隊の動きが鈍いのを最初から予想しており、その鈍さを突く為の動きだった。

 そんな様子を見ながら、セトは急降下するように一直線にベスティア帝国軍の先陣へと突っ込んでいく。その背では既にレイがミスティリングからデスサイズを取り出しており、いつでも振るえるように準備を整えていた。

 もちろんそんな派手な真似をしている相手にベスティア帝国軍側としても気が付かない筈が無い。だが、その行動に対処するにはあまりにセトの速度が速すぎた。

 レイが厄介な相手だと判断していた竜騎士も、もちろん存在していた。だが、大多数の竜騎士は戦局を決定づける為の切り札として本隊に配属されており、戦端が開かれたばかりということもあってまだ飛び立たずに地上にいた為、セトに対処するのは不可能だった。

 そして数少ない先陣に配属されていた竜騎士にしても、高高度から直接降下してくるセトに対しては殆ど対抗する手立てが無かった。辛うじて数騎の飛竜がその口から炎弾を吐き出したが、それが精々でしかない。

 あるいはこれが、飛竜ではなく歴とした竜であるのなら、吐き出せるのが炎弾という点の攻撃ではなく、ファイアブレスという線の攻撃で対処出来たかもしれない。だが、そんな竜種を乗りこなす竜騎士はこの戦場には存在せず、結局飛竜によって吐き出された炎弾は流星の如く空を切り裂きながら地上へと落下していくセトを捉えられずに、あらぬ方向へと向かう。

 いや、あらぬ方向に飛んだのはまだ幸運だっただろう。中には竜騎士の焦りに感化されるように混乱し、自軍の先陣部隊へと命中した炎弾も存在したのだから。

 戦闘開始直後に起きた大混乱に紛れるようにして、セトは高高度からの落下速度で……否、更に翼を羽ばたかせてより加速して速度を上げ、ベスティア帝国先陣部隊の中央へと降り立つ。


「う、うわあああぁぁぁぁぁぁっ!」


 突然上空からもの凄い速度で降下してくるセトとレイに気が付いたベスティア帝国軍の兵士達が、悲鳴を上げて落下地点から逃げ散っていく。

 あの速度で降ってくる存在に体当たりでもされたら決して勝ち目が無いと本能的に理解した為だ。

 だが、兵士達のその心配は全くの懸念に終わる。何故ならまるで流星のように上から降ってきたグリフォンは、地面へと墜落する寸前に大きく翼を広げ、それだけで速度の大半を殺し、残りの衝撃に関しても猫が地面に着地した時のようにほぼ受け流した為だ。

 その場にいた者達が自分の目で見ても尚信じられない光景に、思わず静まり返ったその瞬間。実際にはほんの数秒ではあったが、レイにとってはそれだけあれば次の行動を起こすのに全く問題の無い時間だった。


「はああぁぁぁぁっ!」


 セトの背から転がり落ちるように地面へと降り立ち、同時に魔力を通わせたデスサイズを大きく横薙ぎに振るう。

 斬っ!

 その1振りで5人近い兵士や冒険者が胴体を上半身と下半身に分けられ、血と臓物を周囲へと撒き散らす。

 周囲に濃厚な鉄錆の匂いが急速に立ちこめる中、返す刃でレイは鋭く叫ぶ。


「飛斬っ!」


 デスサイズのスキルの中でも、射程範囲が広く使い勝手のいいスキル。そのスキルが発動して横薙ぎにされた刃から斬撃が飛び、デスサイズの射程範囲外にいた兵士や冒険者達が身に纏っていた鎧諸共に胴体を切断される。

 一瞬、ほんの一瞬で10人を越える者達の命が途切れた。

 そして、次の瞬間には周囲の兵士や冒険者、騎士達が我に返ろうとしたその時。


「セトッ!」


 鋭く叫んだレイの言葉に、何を望んでいるのかを本能的に悟ったセトは大きく吼える。


「グルルルルルルルルルゥゥゥゥッッ!」


 その声を聞いた瞬間、周囲一帯にいた者達は否応なくその動きを止めることになる。

 王の威圧。セトの持つスキルの中でも直接的な攻撃力は無いが、敵の動きを阻害するという一点で考えるとこれ以上無い程の威力を持つスキルだ。そして何よりもレイが安心して使えるのは、ファイアブレスやウィンドアローのように具体的な効果を発揮するものが見えないという点だった。放たれるのはセトの声であり、ランクAモンスターのグリフォンであるセトの咆吼なら手足が縮こまっても仕方が無いと理解させられてしまう。故にセトがグリフォンの中でも特別な存在であると悟られない為の、そしてこの場ではこれ以上ない程に相応しい一手。

 セトの雄叫びにより周囲一帯にいたベスティア軍の動きは止まる。その一瞬こそがレイの求めていた切り札を使う為の隙。

 一瞬セトへと視線を向け、無言で意志を確認するレイ。セトが自分の考えを理解していると確認したレイは、魔力を込めて呪文を紡ぎ始める。


『炎よ、汝の燃えさかる灼熱の如き力を渦として顕現せよ』


 紡がれた呪文が世界を変容させ、デスサイズの石突きの部分へと炎が集まって塊となる。そしてレイはデスサイズの石突きの部分を横薙ぎに振るって炎が圧縮された塊を前方へと、ベスティア帝国軍の兵士達の集まっている場所へと飛ばす。


『渦巻く業火!』


 その言葉をレイが紡いだ瞬間、魔法が発動して炎によって形作られた竜巻が姿を現した。

 周囲にいる兵士、冒険者、騎士、それらを区別無く全て焼き払うかのような業火に、瞬時に炎の竜巻の周辺にいた者達は手足を焼かれ、鎧が熱を持ち触れていた場所を火傷させ、顔が焼け爛れ、更には眼球が熱によって白く濁っていく。生きたまま焼かれ続けるという、まさに灼熱地獄とも呼べる光景が炎の竜巻の周辺に広がっていたが、それはあくまでも炎の竜巻の周辺という限定された空間だけだった。普通の魔法使いが使ったとしたら、被害を受けた者は炎に巻かれた者達や、その周辺にいた者達だけで済んだだろう。だが……

 視線を向けられたセトは、炎の竜巻へと向けて大きく吼える。


「グルルルゥッ!」


 同時に再びレイが意味ありげにデスサイズを振るう。

 次の瞬間、炎の竜巻に重なるようにして風の竜巻が姿を現す。それを確認したレイは、もうここにいる必要は無いとばかりにセトの背へと跨がり、それを待っていたセトもまた、兵士達を弾き飛ばしながら空中へと駆け上がって行く。

 そして上空へと上がった瞬間にレイは新たに風の手のスキルを発動。デスサイズの柄から伸びた風の触手が重なり合っている炎の竜巻と風の竜巻へと伸びる。同時に、ようやく動けるようになったベスティア帝国軍から、これでもかとばかりに大量の矢が、あるいは魔法が飛んでくるのだが、セトは翼を思い通りに動かし、まるで空を舞うように飛び回って全てを攻撃を回避し続けていた。

 レイの放った魔法の方が威力が高い為に、炎が風の竜巻へと浸食していたのだが、デスサイズの柄から伸びた風の手がその2つの竜巻に接触、同時に風の手を通してレイの魔力がセトの竜巻へと流し込まれる。すると今にも炎の竜巻によって飲み込まれようとしていた風の竜巻が威力を増し、炎の竜巻と同程度の大きさになって重なり合うように存在し……次の瞬間、炎の竜巻と風の竜巻の2つが融合して炎を纏った風の竜巻へと姿を変える。

 そう、レイの狙っていた通りに火災旋風が作り出されたのだ。同時に。


「ちぃっ、セトッ!」

「グルルルゥッ!」


 さすがに周囲にいたベスティア帝国軍からの攻撃を回避し続けることはセトでも無理だったのか、胴体へと目掛けて1本の矢が鋭く空を斬り裂きながら飛んでくる。しかし、レイの声に素早く反応したセトは飛び道具を防ぐ効果を持つマジックアイテムである風操りの腕輪の効果を発揮し、その矢を風で弾く。


「上がれっ!」


 レイの声に攻撃の届かない上空までセトが達した時……地上はまさに地獄と化していた。

 魔法で作り出された秒速数100mを越える火災旋風の周囲は1000℃を越える温度となり、その場にいるあらゆる者の命を焼き尽くしていく。

 レイが作り出した炎の竜巻の中を何とか生き残った者達も、火災旋風のすぐ近くにいた者達は身体の外から瞬時に焼き殺され、その死体は炭のようになって竜巻に吸い込まれて砕け散っていく。また、火災旋風から離れた位置にいた者達にしても、高温のガスや炎を吸い込んで呼吸器系が焼け爛れ、そのまま身体の内側から内臓を焼かれつつ窒息死する。

 まさに災害。個人の魔法で起こせる威力ではない程に圧倒的な死と破壊を以て、天を突くかのような高さで火災旋風はその場に君臨していた。

 この時に更に被害を広げた理由は、先陣部隊として兵士、騎士、冒険者達がミレアーナ王国軍を迎え撃とうと密集していたことだろう。その密集していた中心部分で火災旋風が巻き起こされた為、周囲は人間で溢れかえっており逃げるに逃げられず、被害を広げることになる。

 炎による焼死、竜巻そのものから放たれた鋭い風の刃による斬死。その2つだけでベスティア帝国軍の先陣部隊は数千人を越える死者を出し、その数倍の負傷者を作り出す。

 そして……レイの行動はまだ終わってはいなかった。



「セトッ、上だ! 火災旋風の影響が出てこない程の上に昇って距離を取れ!」

「グルゥ……グルルルルゥッ!」


 レイの言葉に頷き、上空へと高度を取ろうとしたセトだったが、自分へと向かって来る存在に気が付き、戦意のままに吼える。

 このような事態を巻き起こしたグリフォンを逃がして溜まるかと、ベスティア帝国軍の本陣にいた竜騎士が上空へと上がってきたのだ。

 先陣部隊に存在していた竜騎士達はその多くが火災旋風に巻き込まれて飛竜や騎士諸共に焼死していた為、本陣から飛び立ったこの竜騎士達がこの戦場の空で自由に戦える者達だった。


「構うな、最後の仕上げを先に済ませるぞ! そうすればあいつ等もどうにも出来なくなる」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に喉の奥で鳴き、向かって来る竜騎士にチラリと視線を送ったセトは、再度翼を羽ばたかせ、更に上空へと向かって昇っていくのだった。

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