第256話
雷神の斧に対する補償を決めろと言われたレイだったが、その言葉に思わず首を捻る。
(補償。普通に考えれば金なんだろうが、別に金には困ってないしな。となるとマジックアイテム? 雷を放てる雷神の斧は確かに魅力的と言えば魅力的だ。だが、槍ならともかく斧だと俺が持っていても使い道は殆ど無いしな)
レイの脳裏に、アーラへと譲ったパワー・アクスの姿が過ぎる。
あのパワー・アクスも雷神の斧に劣るとはいっても、かなり高ランクのマジックアイテムだった。だが、レイが使う武器は基本的にデスサイズであり、遠距離で投擲用の槍だ。後は予備として短剣といったところか。その為、アーラへ渡すまでバルガスから奪った後はミスティリングの中で死蔵されていたのだ。
もちろん冒険者の中でバトルアックスを使う者はそれなりの数がいる。だが幸か不幸か、レイが行動を共にした者でバトルアックスを使う者は殆どいなかった。その為、アーラの剣が使い物にならなくなるというトラブルがあるまではパワー・アクスも出番が全く無かったのだ。
(そうなるとマジックアイテムで補償を受けても意味が無い、か。雷神の斧以外で目立つ物は無いし。火の防御力を上げる首飾りってのも炎の魔法を得意としている俺にはそれ程意味は無いし。……なら……いや、待てよ? ランクAパーティ。つまり戦力として考えれば……いける、か?)
ふと思いついた内容を、急いで頭の中で纏めていく。そして30秒程経ち、レイが口を開く。
「補償。つまりは俺に対する借りを返す行為と思っていいんだよな?」
「そうね。私はそう認識してるけど……エルクはどうなの?」
レイの言葉に頷き、エルクへと視線を向けるマリーナ。
「もちろんだ。俺に出来ることなら何でもしよう」
エルクもまたそう断言し、自分の横に座っているレイへと頷く。
その言葉を聞いたレイは、内心で笑みを浮かべつつも表面上は感情を出さないようにしながら口を開く。
「そうか。なら、もうすぐ起きるだろうベスティア帝国との戦争。その戦争に参加して活躍して欲しい。それも、雷神の斧としての力を最大限まで発揮して、出来る限りだ。ベスティア帝国に与える被害は大きければ大きい程いいからな」
「……何? それだけでいいのか?」
レイの提案に、思わず尋ね返すエルク。
エルクにしても、このミレアーナ王国は愛する故国だ。それにギルムの街は自分が骨を埋める地とも思っている。その国や街を守る為に戦争には傭兵的な扱いとして元より参加するつもりだったのだ。
実際、ランクAパーティでもある雷神の斧が戦争に参加するともなれば国からは歓迎されるだろう。ランクA冒険者というのは、決して強さだけで到達出来る地位ではないが、強さそのものも大いに評価されるべき地位なのだから。
「ああ。だが、もちろん並大抵の戦果では納得しないぞ。敵の将軍の首を取るなり、敵兵士を根こそぎ倒すなりといった大戦果を期待している」
「……分かった」
レイの言葉を聞き、しっかりと頷くエルク。
エルクにしても、レイからの提案は渡りに船以外の何ものでもなかった。何しろ、ベスティア帝国の者達には愛する家族を人質に取られたのだから。そしてその命と引き替えにレイを殺すように命令された。
(暗殺対象がレイでなければ……普通の冒険者だったりしたら、恐らく俺はその命を絶っていただろう。そしてその後は用済みとばかりに俺もまた殺されていた可能性が高い。何せ、ミンとロドスが人質に取られているんだからな。そして俺が死んでしまえばミンやロドスも……こんなふざけた真似をしてくれた借りはきちんと返してやらないといけないしな)
内心でベスティア帝国に対する決意を新たにしているエルク。その巨体から吹き出すように闘気や殺気といったものが溢れ出す。
「っ!?」
ロドスが父親の様子に一瞬息を呑み、他の者達の様子を窺うが、ロドス以外の者は特に表情を変えた様子も無くエルクから放たれるその空気を受け流している。
(……まだまだ力不足だな。今回の件も俺が原因だしな)
ロドスがそう思って溜息を吐いた時、マリーナが視線をミンとロドスへと向ける。
ロドスにしても、雷神の斧のメンバーである以上はギルドマスターのマリーナと会ったことは何度かある。それでも、マリーナの溢れる色気には毎回必ず目を奪われていた。
ただ今回はエルクの殺気により、外見はどうあれ内心で怖じ気づいていたといっても良かっただけに、その色気に救われたのは確かだっただろう。
「それで、エルクは戦争で手柄を。他の2人はどうするの?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれギルドマスター! レイの暗殺を実行したのはあくまでも俺だ。この2人には……」
マリーナの言葉が余程予想外だったのか、つい数秒前まで吹き出していた殺気を綺麗に消して思わず言い募るエルク。
だが、マリーナはそんなエルクの言葉に黙って首を左右に振る。
「駄目よ。悪いけど、今回の件は貴方だけじゃなくて雷神の斧全体の問題なのよ。なら当然貴方達が受ける罰についても雷神の斧全体で受けて貰うことになるわ」
「けど、ギルドマスター!」
尚も言い募ろうとするエルクだったが、意外なことにそれを止めたのはエルクの隣に座っていたミンだった。
「エルク、構わない。私としてもベスティア帝国に対して怒りを覚えているのはお前と一緒だからな」
「ミン……けど、ロドスはどうするんだよ? 確かにロドスは実力だけで言えばその辺の兵士よりも余程強い。盗賊達を殺した経験もある。けど、そういうのと実際の戦争は別物だってのはお前も経験しているから分かるだろ?」
「父さん! 俺だって……」
エルクの言い分に思わず声を上げたロドスだったが、鋭い視線を返されるとそれ以上言葉を発することが出来ずに黙り込む。
そんな息子の様子に苦笑を浮かべつつ、ミンは口を開く。
「心配するな。私は元々魔法使いなんだから、後方から魔法を撃つことに専念させて貰う。ロドスは私の護衛として近くで待機させておく。お前と違って前線に出るとは言わないさ」
「……それなら……」
不承不承妻の意見に頷こうとしたエルクだったが、そこに再び声が掛かる。
「2人とも待ってくれ。俺を心配するのは嬉しいけど、今回の件は俺が最大の原因なんだ。だからきちんと俺にも責任を取らせて欲しい」
数秒前にエルクの視線で引き下がったロドスだったが、それでも再び口を開く。
それに対して再びエルクが何かを言おうとした時……
「あー、その辺の話は後で家族会議か何かでやってくれ。とにかく、雷神の斧が戦争に参加するというのが俺からの要請だ。役割分担については、そっちで決めてくれていい」
レイの言葉が割り込む。
何しろ、レイにしてみれば今回のこのペナルティで大事なのはエルクの存在だ。ランクA冒険者のエルクが思う存分にその力を発揮すれば、ミレアーナ王国としても十分な戦力になるだろう。また、ミンに関しても凄腕の魔法使いであるというのは事実なのだからその腕を発揮して貰えばそれでいいと判断していた。
(今度の戦争では、間違い無く魔獣兵とかが出て来る筈だ。なら、こちらも出来るだけ戦力を揃えておく必要がある。そういう意味ではエルクとミンの2人を戦場に引っ張り出した時点で俺の目論見は達成されている。ロドスには悪いが、いてもいなくても大して変わらない扱いだろうな。もっとも、エルクが言っていたように普通の兵士と比べれば随分と強いんだろうが)
そんな風に思っていると、黙って話を聞いていたマリーナにしてもこのまま言い争いに巻き込まれる気は無かったのか手を叩いてその場にいた者達の注目を集める。
「じゃあ、雷神の斧に対するレイからの罰は戦争参加ということで。悪いけど、罰である以上報酬は出ないわよ」
「ああ、問題無い」
確かに戦争で傭兵として雇われた時の報酬はそれ程高くはないが、その分目立った手柄を立てれば大きく報酬は上がる。だがランクA冒険者として活動してきたエルク達は金にはかなりの余裕がある為に報酬に特に拘りは無く、戦争に参加した時の報酬が無いのは痛手ではあるが、所詮多少の痛手でしかなかった。
「雷神の斧が得た報酬はギルドが没収となるわ。それがギルドからの雷神の斧への今回の罰となるから」
「分かった。……ギルドマスター、レイ。今回は俺のことで大変な迷惑を掛けてしまった。……申し訳ない」
エルクが頭を下げ、それに続いてミンとロドスも頭を下げてくる。
そのまま数秒。やがてマリーナが口を開く。
「しょうがない……とは言わないけど、今回の件は起きるべくして起きたといったところでしょうね。それとさっきの戦争の時にも話が出てたけど、貴方達もロドスを過保護にするのはやめなさい。子供が可愛いのは分かるけど、それだと子供の成長そのものを妨げることになるわよ? これはギルドマスターというよりも、貴方達人間よりも長く生きているダークエルフとしての忠告だけどね」
「……」
頭を上げて、無言のままのエルクとミンへ向けてマリーナは言葉を続ける。
「別に家族でパーティを組むのがいけないと言ってる訳じゃないわ。実際、これまでにも家族でパーティを組んでいる人達なんか星の数程見てきてるし。それに雷神の斧は実力があってランクAまで上がってきている。けど親離れ、子離れといったものも必要なのは事実なのよ。その辺、よく考えておいてちょうだい。……あー、柄でもないことを喋っちゃったわね。とにかくこの件はこれでお終い! ダスカーには私から連絡をしておくから気にしないでいいわ。貴方達は戦争に向けて体調を整えて、腕を磨いておいてちょうだい。さ、行っていいわよ」
話はこれで終わり、とばかりにソファから立ち上がって執務机へと向かい書類に目を通し始めるマリーナ。
その様子を見ていた4人だったが、やがてこのままここにいても意味は無いと理解したのか執務室を出て行く。
「レイ、その……なんだ。一緒に飯でもどうだ? 今回の件の礼代わりって訳でもないが、奢らせて貰うぜ?」
ギルドを出て、最初にエルクの口から出た言葉がそれだった。
さすがに今回の件で色々と迷惑を掛けたのは悪いと思っているのだろう。
「そうか。奢ってくれるんなら俺としては大歓迎だ。もちろん俺だけじゃなくてセトもいいんだよな?」
「グルゥ?」
レイがギルドから出て来た為に、近寄ってきていたセトが喉を鳴らしながら小首を傾げて、自分にもご飯をくれるの? といったその様子に、迷惑を掛けてしまった実感のあるエルクが断れる筈も無く、頷くのだった。
「も、もちろんだ。けど、どこで飯を食う? 俺達だけならともかく、普通の食堂だとセトを連れてはいけないだろ?」
「んー、そうだな。俺が知ってる限りだと、満腹亭はセトにも料理を出してくれるぞ。もっとも、さすがに店の中には入れないが」
「満腹亭? ミン、知ってるか?」
「ああ。確か裏通りの方にある店だな。そこの店主の息子が冒険者をやっていたと思う。味も量も平均以上に美味いとは聞いてるな」
「そうか、ならそこで決まりだな。ロドスもいいよな?」
「ん? ああ、うん。俺も構わないけど……あ、いや、ごめん。やっぱり俺はいいや。ちょっと1人で考えたいこともあるし、ここで別れるよ」
ロドスがそう言い、エルクとミンが何か言う暇も無く去って行く。
ロドスにしてみれば、マリーナに言われたことをじっくりと考えるために時間が欲しかった為の行動だった。
エルクとミンもそれが分かったのだろう。多少残念そうな顔をしながらも、特に何を言うでもなくそのまま送り出す。
「……さて、じゃあ行くか。今日は色々あったから思い切り食べて、飲むぞ。レイとセトも好きなだけ食ってくれ。さ、その満腹亭とやらまで案内を頼む」
エルクにそう言われ、レイは特に何かを言うでもなくそのまま満腹亭へと向かうのだった。
「へぇ……こりゃなかなか」
テーブルの上に乗った肉の炒め物や串焼き、あるいはシチューといったものを口へと運びながらエルクが満足そうに呟く。
その手には度数の高いアルコールの入ったコップがあり、料理を摘みつつ口に運んでいる。
庶民的な食堂といってもいい満腹亭。本来ならエルクのような有名人が来れば大騒ぎになりそうなものだったが、来た時間が午後2時過ぎと昼のピークを過ぎている時間であった為に食堂の中には数人の客しかいなかったことや、更には店主であるディショットが気を利かせて店を貸し切りにした為に、エルクの登場に驚いたのは店にいた客達だけになっていた。
そしてその客達にしても、自分達数人だけではエルクの存在感に押されてそれ程に騒ぐことは出来ない。おかげでレイやエルク達は周囲に騒がれることなく食事を楽しめていた。もっとも、セトは当然のように食堂内に入ることは出来なかったので外での食事となっていたが。
「お待ちどう」
そう言い、ディショットが次に持ってきたのは外側はカリカリに、中身はジューシーに焼かれたファングボアのステーキだった。
肉の臭みといったものが殆ど無いのは、ディショットの料理人としての腕だろう。
そんなステーキを見て、ふと悪戯を思いついたかのように笑みを浮かべるレイ。
「ディショット、この街に存在しない味付けの焼きうどん……食ってみたくはないか?」
「ほう、それは俺に対する挑戦か? いいだろう、是非その挑戦を受けさせて貰おう」
レイの言葉に料理人としてのプライドを刺激されたのか、笑みを浮かべてそう告げるディショット。
そんな返答に、レイもまた笑みを浮かべてアブエロの街で手に入れたデミグラスソース味の焼きうどんが入っている鍋を取り出すのだった。
……尚、巨大な鍋一杯もあった焼きうどんは、結果的にディショットとエルクの2人にその殆どを食べ尽くされることになる。
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