第254話

 ミンとロドスが助けられた翌日、レイはアブエロの街中を1人で歩いていた。

 ……そう。1人で、だ。

 さすがに前日には緊急事態ということで、セトが街中に入るのをギルドマスター権限を使って許可して貰ったのだが、明るい中でグリフォンを自由にさせる訳にはいかないと申し訳なさそうにティラージュに言われた為だ。

 現在のセトは街の外で自由にモンスターを狩って腹を満たし、あるいは温かくなってきた陽気に昼寝をするといった風に街の外で楽しんでいた。

 もっとも、それも今日だけなのだが。

 本来であれば、ミンとロドスを助けた以上はもう用は無いとギルムの街へ帰ろうとしたレイとセト。だが雷神の斧最大の戦力でもあるエルクがいない以上は、ミンとロドスだけでギルムの街に戻るのは危険だと判断して共に戻ることになったのだ。

 そしてその2人は、人質になっていた間の事情聴取やミンが捕まる切っ掛けになったロドスへの襲撃事件といったことの説明で、今日1日は街中に留まる必要があった。その為に今日は休日と割り切ったレイは、以前護衛で通った時には殆ど見ることが出来なかった街中を見て回っていた。


「へぇ。この槍はいい品だな」

「だろう? うちと取引のある鍛冶屋から回ってきた代物だ。マジックアイテムの類じゃないが、純粋な武器として見れば極上物だぜ。ただ……坊主に買うのは無理だぞ。業物であるからには値段も相応だ」

「幾らだ?」

「……金貨2枚ってところか」


 その値段は、確かに武器の値段としてはかなり高めなのは間違い無い。だが、レイの手にある槍はその値段相応の……否、掲示された値段以上の品質であるというのはすぐに理解出来る。

 よって。


「金貨2枚か。買った」


 あっさりとミスティリングの中から金貨を取り出し、ローブの下から出したように見せかけて店主へと手渡すのだった。


「おっ、おい!? 坊主、お前一体……この金貨、本物か?」


 何の躊躇も無いかのように渡されたその金貨に、一瞬本物か偽物かを見るような目で確認する店主。だが、長年の商売の経験から考えても間違い無くその金貨は本物以外の何物でも無い。


「ま、毎度あり……」

「高い買い物をしたんだから、短剣の1つくらいはおまけでつけてくれてもいいと思わないか?」

「あ、ああ。分かった。ほら、これを持っていきな」


 その金貨の驚きも冷めやらぬうちにおまけをつけろと言われ、特に何を言い返すでもなくそのまま短剣を2本、鞘ごとレイへと手渡す店主。


「へぇ。この短剣も中々の品質だな」

 

 レイもまた渡された短剣の質の良さに驚きつつ、そのまま懐へとしまい込む振りをしてミスティリングの中へと収納する。

 そして満足そうな笑みを浮かべて武器屋を後にするレイ。後に残ったのは、今起こった出来事が夢かどうかを悩む店主の姿だけだった。

 もっとも、その手に金貨がある以上はすぐに現実だったと思い知ることが出来たのだが。

 そんな店主を置き去りにして、予想外に良い買い物が出来たレイは上機嫌で街中の散策を再開し……


「……何?」


 視線の先に、1つの屋台を見つけて思わず足を止めてじっと見つめる。

 屋台その物は別に珍しい訳では無い。他にも串焼きやシチューを売っている屋台、そして中にはギルムの街で誕生したうどんを売っている屋台もあるのだから。もっとも、うどんに関して言えば不完全ながらもサブルスタの街にも売っていたのだが。

 だが、今レイの視線の先にある屋台が売っている料理はそれらとは根本から違っていた。この世界でもバーベキューをやる時に使うような鉄板が屋台の中央に据えられており、十分に熱せられた鉄板の上では肉や野菜が炒められていた。そこに屋台の隅にある調理器具で茹でて水で締められたうどんが投入されて共に炒められる。うどんが鉄板に投入された次の瞬間にはデミグラスソースのようなものをふりかけ、炒め上げていく。

 最後に投入された調味料こそ醤油ではなくデミグラスソースのようなものだったが、その調理法は間違い無くレイの知る焼きうどんのそれだった。この時に驚いたのは、レイがギルムの街で教えた焼きうどんは塩ダレだったのに対し、ここではデミグラスソースのようなものが使われていたことだ。


「へいらっしゃい。坊主、食べてくかい?」


 20代後半から30代程の男が、フラフラと近寄ってきたレイを見つけて声を掛ける。

 その言葉に頷き、銅貨2枚という辺境ではちょっと高めの料金を支払って屋台の席に着く。すると1分も経たないうちに皿に盛られた焼きうどんと共に、フォークが出される。


「……」


 無言のまま、フォークに焼きうどんを巻き付け、口へと運び……


「美味い、な」

「へへっ、そうだろ。うどんや焼きうどん自体はギルムの街で考えられた食材だが、このソースは俺が独自に作りあげたんだ。もっとも、料理名は塩を使ったのと同じ焼きうどんってそのままなんだがな」

「焼きうどん、か」


 素早く強火で炒められている為に、炒められた肉や野菜の食感はベチャリとしておらずに噛み応えがある。

 この辺は人の好みにもよるのだろうが、レイとしては噛み応えのある方が好みだったので賞賛はせど文句を言う筋合いはない。

 うどんも茹でて水で締めた後に炒めすぎていない為にコシがしっかりと残っており、こちらも噛み応えがある。少なくてもサブルスタの街で食べたうどんもどきとは比べものにならない程にきちんとうどんとして成立をしていた。


(まぁ、独自のソースとやらがデミグラスソースっぽいのは……しょうがないか。俺は元々焼きうどんは醤油派だったけど、ソース味も別に嫌いって訳じゃないし)


 内心で呟きながら焼きうどんを食べているレイだったが、その食べっぷりに店主も笑みを浮かべながら声を掛けてくる。


「どうだ、美味いだろう? 最近結構評判なんだぜ?」

「ああ、美味い。……ただ、買えるのは皿だけなのか? 出来れば持ち帰り用に買いたいんだが」

「あー……悪いな、坊主。残念ながら持ち帰りは考えていないんだ。食器の問題でな。まさか屋台で食器ごと売る訳にもいかないしな」

「……なら、食器は俺が用意しよう。その中に作った焼きうどんを入れて売るってのはどうだ?」

「ん? んー……まぁ、そうだな。こっちとしちゃ売れるなら売れるで全く問題は無いが。でも食器分の割引とかはしないぜ?」

「決まりだな。ちょっと待っててくれ。すぐに食器を買ってくる」


 屋台の店主へとそう告げると、話は早いとばかりにそのまま近くにある雑貨店へと向かい食器を買う。

 ……尚、その食器が皿や丼のような類ではなく子供なら入るくらいの巨大な鍋だったのは、もちろんレイが最初からそれを狙っていた為だ。

 そしてその巨大な鍋を抱え、屋台のあった場所へと戻ると……


「おいおいおいおい、食器を買ってくるとは言ってたけどそんなにでかいのかよ。つか、それだと料金もかなりのものになるぞ? 坊主に出せるのか? いやまぁ、それだけでかい鍋を買える金があるんなら大丈夫だとは思うけどよ」


 レイの持っている鍋の大きさに驚きを隠せない店主に、問題無いとばかりに金貨を1枚取り出す。


「……坊主、お前一体何者だよ? 何で金貨なんてもんを持ってるんだ?」


 鍋で唖然とし、渡された金貨で更に驚愕した店主のそんな問いかけに、無言でギルドカードを出すレイ。


「ギルムの街でランクC冒険者をやっているレイだ。だからこの金もきちんと稼いだもので、後ろめたい金じゃない」

「なるほど。……けど、悪いがお前さんの話には頷けない」

「何でだ? きちんと金も支払うと言ってるんだが」


 首を捻って問うレイに、店主は大きく溜息を吐いてから口を開く。


「いいか? 焼きうどんってのは確かに美味い。俺が作るからそりゃ当然だ。だが、美味い物はいつまでも美味いままじゃないんだよ。美味さの持続時間ってものがある。冷えて、更には麺がのびたら折角の焼きうどんが台無しじゃねえか」

「あぁ、なるほど。そう言えばここはアブエロの街だからな」


 店主の言葉にようやく理解したと頷くレイ。

 レイにしてみれば、いつも料理を大量に買い込むというのはギルムの街で普通にやっていることなので、そこに突っ込まれるとは思ってもいなかった。

 

「問題無い。焼きうどんは全部温かいうちに食べさせて貰うからな」

「だからよ、そんな鍋に入るくらい大量に買っても食ってる途中で冷めるって。それとも何か? その鍋一杯に作ったのを、片っ端から食っていくってのか?」


 レイと話しているうちに、次第に頭に血が昇ってきたのかその目付きが据わってくる店主。

 幾ら言ってもレイが1歩も引かないのだから、ある意味ではそれも無理は無い。

 だが、レイは再び小さく首を振って口を開く。


「俺はこう見えてもアイテムボックスを持っている」


 そうして論より証拠とばかりに、ミスティリングから幾つかの料理を取り出していく。

 熱々で肉や野菜が大きく切られて入っているシチュー、焼きたてで未だにサクサクとした食感を残しているパン、今焼き上がったと言われても信じてしまいそうになる程に肉汁の滴っている串焼き等々。


「……」


 次から次に何も無い空間から出て来る料理の数々を、店主は黙って見ていることしか出来なかった。

 やがて、それらの取り出した料理の数々を冷める前にと再びミスティリングに戻したレイは、視線を店主へと向けて口を開く。


「見て貰った通り、料理は温かいままで保存できる。……どうだ? 焼きうどん、売って貰えるか?」

「……俺の料理をアイテムボックスなんて、超高級マジックアイテムを使ってでも食べたいってのか?」

「ああ。ソース味の焼きうどん……見事だ。ただ、出来ればもう少し炒める野菜の種類を吟味した方がいいかもしれないな」


 食べた焼きうどんの中に、長ネギが入っていなかったのを残念に思いながら告げるレイ。

 焼きうどんの具としてはタマネギの方が一般的かもしれないが、レイの……玲二の家では長ネギが使われていた為に、そちらの方が馴染みがあった為だ。


「野菜、野菜か。そうだな、もう少し研究してみるのもいいかもしれないな。よし、分かった。俺の料理に対してそこまで評価してくれたんだ。それも、アイテムボックスを使ってまで食べたいとな。俺も料理人としてはその心意気に応えなきゃいけないだろ。待ってろ、すぐに作る!」


 そう告げ、野菜を切り、肉を切り、うどんを茹でる為のお湯を沸かしていく店主。

 その様子をじっとレイが見つめていると……


「あれ、レイか?」


 唐突にそう声を掛けられる。 

 振り返ってみると、そこにいたのは昨日の夜に行動を共にしたビルト、ベグリフ、ビルケ、カーラのランクDパーティ、蒼穹の刃の4人だった。


「あ、本当だな。昨日の今日でどうした……おい」


 ポール・アックスを背負ったベグリフがレイへと声を掛けようとして、屋台の様子に気が付く。

 店主が鉄板の上で大量の……見ただけで胸焼けがしてくる量の焼きうどんを作っていたのだ。


「なぁ、レイ。お前一体何人分頼んだんだ?」

「っていうか、その巨大な鍋は何なのよ。もしかしてその鍋に焼きうどんを入れるつもり?」


 ベグリフの言葉に続けるようにしてビルケが問いかけ、レイは頷く。


「ああ。うどん発祥の地でもあるギルムの街で見たことの無い味の焼きうどんだからな。独自にソースを作りあげたというのは賞賛に値する」

「……そこまで言う程のものなのかしら? 確かに前に食べた時は美味しいと思ったけど、それでもそこまで絶賛するようなものには思えなかったけど」

「ここの焼きうどんは絶品と言ってもいいぞ。特に独自に配合されたソースの焦げる臭いとかを嗅いでいるといくらでも食べられそうだ。……まぁ、ここの焼きうどんしか知らないならこれが基準になるんだろうが……正直に言わせて貰えば、うどんの本場であるギルムの街でもこの焼きうどんよりも美味い焼きうどんは無いぞ」

「はっはっは。嬉しいことを言ってくれるな坊主」


 大量の材料を炒めながら、汗を近くにあった布で拭きつつ笑みを浮かべる店主。

 そこに茹でてぬめりを取ったうどんを放り込み、ソースを投入。

 その途端、周囲にソースの焦げる匂いが漂い、食欲をこれでもかとばかりに掻き立てる。

 レイにしてみれば多少の匂いの違いはあれども、どこか日本にいた時の夏祭りで食べた焼きそばやたこ焼き、お好み焼きを連想させるような香りだった。もっとも、お好み焼きに関して言えば材料は具のほぼ全てがキャベツという代物ではあったが。

 ゴクリ。

 思わず唾を飲みながら焼きうどんを見ていると、皿に入れられた焼きうどんが渡される。


「ほら。そんなに物欲しそうな顔をしなくても、この焼きうどんはお前のなんだから気にせずに食え」

「あ、ああ」


 つい先程も1皿分食べたばかりだというのに、レイの腹はまだ足りない、もっとよこせ、いくらでも食い尽くしてやるとばかりに自己主張をする。

 そんな誘惑に負けるようにして、渡されたフォークを皿へと伸ばし……結局その場にいた蒼穹の刃の4人もまたレイに奢って貰って焼きうどんを食べるのだった。

 こうして通りの一画ではそれからしばらく香ばしい匂いが漂い、否が応でも近くを通りかかっている通行人達の食欲を刺激することになる。

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