第253話

「……こいつら、本気だったのか?」


 唖然と地面に倒れ込んでいるオーガの心臓のメンバーを見ながら呟くレイ。

 その表情には、呆れというよりも驚きが張り付いている。

 自信満々でレイへと挑み掛かって来たオーガの心臓のメンバー達だったが、デスサイズを使うまでもなく素手の攻撃であっさりと全員倒され、その場で気を失ってしまった。

 レイが驚いていたのはその弱さだ。その行動や口調、身のこなしからそれ程強くはないだろうと思ってはいたのだが、それでもレイが予想していたよりも遥かに弱く、むしろそれが何らかの作戦で弱い振りをしているのでは? とすら一瞬疑ってしまったのだが……結局は、レイにあっさりと倒されたその実力が真の実力だったらしい。


「そう言うなよ。元々ギルムの街で活動しているとあそこが標準に思えるかもしれないが、あそこの冒険者達はミレアーナ王国の中でも腕の立つ者が揃ってるんだぜ?」


 ロドスの言葉を聞きながら思わず眉を顰めるレイ。


「それにしたって弱い。弱すぎるぞ。これならまだゴブリンの涎の方が手応えがあった」

「ゴブリンの涎って……お前、こいつ等にもゴブリンの胆石とか言ってたけど、もしかしてゴブリンに恨みでもあるのか?」


 どこか呆れた様な表情でレイへと視線を向けるロドス。


「いや、別にそんな訳じゃないな。ただ、こう……何となくだ」

「そこの2人、いつまでも喋ってないでこれからどうするかを考えないといけないだろう。いや、その前にやるべきことがあったか」


 呟き、ミンがレイに向かって深々と頭を下げる。


「ちょっ、母さん!?」

「ロドス、お前もレイに頭を下げるんだ。私達を掠った者達の理由が何であれ、むざむざとレイに対する策略に使われてしまったんだ。しかもエルクにまで……ありがとう。この恩はいずれ何としても返す」

「気にするな……とまでは言わないが、そうだな。後で頼みたいことがあるからそれを聞いて貰えればいいさ」

「……ありがとう」


 頭を下げたまま再度礼を告げ、その様子を見ていたロドスもまた釣られたようにミンの隣で頭を下げる。


「助かったよ。いずれこの借りは返す」


 いつもの、どこか強がったような口調で礼を言いながら。

 ロドスにしてみれば、レイが自分よりも実力的に上だというのは理解している。だがそれでも、やはり同年代の年下に負けるというのは悔しいものがあるのも当然であり、素直になれない原因の1つだった。

 もっとも、確かにレイはロドスよりも戦闘力という面で見れば上なのだが、純粋に冒険者としての総合力で見ればロドスの方が上だというのも事実であったりする。レイが戦闘に特化しているという理由もあるが、そもそも人付き合いが苦手であったり、護衛や調査といった依頼を殆ど受けた経験が無いということもあって、総合的に見た場合はやはりレイの方が下なのだ。ただ、他の者達が冒険者に期待する最大要因が戦闘力である為にロドス本人もそれに惑わされているのだが。


「礼に関しては後でどうにでもするとして。……こいつらをどうするかだな」


 ゴブリンの胆石と名付けた、オーガの心臓の面々へと視線を向けるレイ。

 だが、幸いオーガの心臓の件についてはそれ程間を置かずに解決することになる。


「レイッ、無事……か? って聞くまでもなかったな」


 剣を片手にビルトが部屋へと突入してきたのだ。同時に、その後ろから他の蒼穹の刃の面々も姿を現す。


「まあな。だが、ある意味予定通りというか何というか……こいつらに絡まれてな。しょうがないから無力化させてもらった」

「あちゃあ……人数を揃えてもランクEの冒険者が、ランクCの……しかもソロで活動しているレイに勝てる訳ないじゃん。少しは自分の実力って物をきちんと理解して欲しいよね」


 これまでに自分達も年が若いというだけの理由や、4人パーティで人数がオーガの心臓よりも少ないという理由で絡まれていた為に、兄に続いてビルケの口から出た言葉は予想外に冷たいものだった。


「そうよね。前から絡んできてたんだけど……それも私達がランクを上げてから止んでいたと思ったのに。まさかこんな所で私達よりも高ランクのレイに絡んで返り討ちに遭うとはね。余程自爆が好きらしいけど……どうせなら、死ぬ前に私に全財産を預けてくれれば良かったのに」

「おい、死んでない。死んでないから」


 ベグリフが額に冷や汗を浮かべながらカーラへと突っ込む。


「でも、ギルドマスター直々の依頼を無視してこうなったのよ? いくら何でも今回は罰金程度じゃ済まされないと思うけど……」

「それは確かに。さすがにギルドを追放まではいかないと思うが、ランクを下げられたり強制的に特定の依頼を受けさせられたりはしそうだよな」


 カーラの言葉に頷くビルト。


(例え筋肉の鎧で身を包んでいても言葉の刃は防げない、か)


 蒼穹の刃の面々のやり取りを見ながら、内心でそんな風に呟くレイ。


「グルルルゥ?」


 そして丁度その時、レイが先程突っ込んで破壊した窓の向こう側からセトが覗き込んでくる。


「ああ、心配いらない。セトのおかげでもう片付いたよ」


 セトという存在がいたからこそレイは敵へと奇襲を仕掛けることが出来た。それを理解しているだけに、レイは笑顔を浮かべながら窓から手を伸ばしてセトの頭を撫でるべく手を伸ばす。


「セト、君にも迷惑を掛けたようだね。ありがとう」


 そしてそんなセトとレイへと向けてミンが笑顔を浮かべながら礼を言う。

 元々セトとミンは初対面の時から気が合っていたこともあり、セトも喉を鳴らしてミンへと返事をするのだが……


「その、セト。助か……」

「グルゥッ!」


 ロドスがミンに続けと言わんばかりにセトへと声を掛けると、その言葉を遮って鋭く鳴き、睨みつける。

 ミンとは逆に初対面の印象が悪かったのか、セトは未だにロドスに対して敵対的な態度を取っていた。


「あー……うん。ごめん。俺の出る幕じゃなかったな」


 ロドスとしても、さすがに助けてくれたセトを相手にして文句を言える筈も無く、大人しく引き下がる。

 その様子を見ていたビルトがやがて我に返った様に口を開く。


「と、取りあえずオーガの心臓については俺に任せてくれればいいから。レイ達はギルドに向かってくれよ。ギルドマスターに今回の件が終結したって伝えてきてくれるか? 人質になってた2人も早くゆっくりしたいだろうし」

「そうだな。そうして貰えると私としても助かる」


 さすがに女の身で人質にされていたのは色々な意味で辛かったのだろう。ミンが頷き、その言葉に同じ女でもあるビルケとカーラが同情したように視線を送る。

 結局この場の後始末については蒼穹の刃に任せることになり、レイ達はそのまま建物を出てギルドへと向かうのだった。


(……そう言えば、魔獣兵は結局いなかったな。まあベスティア帝国でも重要機密的な扱いをされているんだから、無理も無い……のか?)


 内心でそんな疑問を抱いたレイも、この場に出てこなかった以上は結局今回魔獣兵の動員はされていなかったのだろうと判断したのだが……






(なるほど。あの男がこの地方での影の活動を幾度となく邪魔してきたレイという存在か。確かに戦闘力は非常に高いが……それだけに見えるがな。むしろ、注意すべきは奴と共にいるグリフォンだろう。あのグリフォンは私の存在に気が付いていた節がある)


 ミンとロドスが人質になっていた建物から5km程離れた場所。そこに1人の男が夜の闇に紛れるようにして存在していた。

 そして5km離れたこの場所から、肉眼のままで今回の騒動を最初から最後まで見ていたのだ。

 もちろん普通の人間に出来ることではない。弓の扱いに長けたエルフやダークエルフ、あるいは視力が人間その物よりも高い獣人や地下で暮らしているドワーフでもこの位置からでは見えないだろう。更には夜という条件もある。

 だが、そんな男の存在を……本来であれば感知範囲外にいるにも関わらず、セトは半ば本能的に察知していた節があった。何しろレイを建物の中に放り込んだ後、誰にもこの場には手出しをさせないとばかりに上空を飛んで周囲を警戒していたのだから。


(とにかく、今回の策は失敗と成功半々といったところか。エルクとレイが相討ちになってくれるのが最良の結果だったんだがな。それでも奴の実力の一端は確認出来た。そしてその相棒であるグリフォンも。……戦場で相見えた時には、まともにぶつかるのでは無く絡め手を使った方がいいだろう。奴のような相手とまともに戦っては戦力の消耗が激しすぎる)


 内心で呟き、そのまま建物の影から姿を現して夜の闇へと紛れるように姿を消していく。


「我が帝国に恵みの海を手に入れる邪魔は決してさせん」


 執念すら感じさせる呟きをその場に残しながら。






「レイさん、それに雷神の斧のお2人もご無事で何よりです。現場ではちょっとした問題もあったと聞きましたが」


 アブエロの街のギルドへと戻って来たレイ達を入り口で出迎えたのは、ギルドマスターの秘書をしているベルデだった。

 相変わらずの無表情ながらも、その口調に微かに柔らかさを感じることが出来たのはミンだけだっただろう。少なくてもレイとロドスには表情を変えているようには見えなかった。もっともロドスとは違い、レイは今日この街に来たばかりでベルデと顔を合わせたのも1度きりなので無理も無いのだが。


「ベルデ、久しぶりだな。今回は手間を掛けさせた」

「……ベルデさん、お久しぶりです」


 ミンが頭を下げ、両親が捕まった最大の原因が一番最初に捕まった自分であると理解しているロドスもまた同様に、自らの失態で顔を赤くして頭を下げる。


「いえ、気にしないで下さい。私達の街は今まで何度か雷神の斧の皆さんに助けられています。その恩返しが少しでも出来たのなら何よりですので」


 喋っている言葉は非常に真摯と言ってもいいのだが、その表情がピクリとも動いていない為にレイやロドスにしてみれば本気で言っているのかどうかは判断出来なかった。


「ま、まぁ。それはともかくだ。結局残っていた3人の内1人は仲間に口封じに殺されて、もう1人は毒か何かで自殺。生きて捕らえることが出来たのは1人だけだったんだが……セト」

「グルルゥ」


 喉を鳴らしながら現れたセト。その背には気を失った黒尽くめの男が1人乗せられている。ただし舌を噛んだりして自殺が出来ないように猿轡を噛まされ、更には身動きが出来ないようにと……そして、半ばミンやロドスが意趣返しのように自分達が縛られていた時のように身体中へとロープを巻き付けて手足の先や頭部くらいしか動けないようになっていた。


「これは……」


 さすがにその光景は予想外だったのか、数秒程唖然として捕虜の男へと視線を向けるベルデ。


「一応自殺防止の為にね。縄抜けされても困るし」


 笑顔すら浮かべながら告げるミンの様子に、それでも表情を動かさずにベルデは小さく頷く。


「この男はこちらで見張っておりますので、皆さんはギルドマスターの執務室へどうぞ」

「そうだな。今回の件もきちんと報告しないといけないしな。……あぁ、そうそう。さっき言ってた問題だが、ゴブリン……じゃないな。えっと、そう。オーガの心臓とかいう奴等が先走ってスパイの隠れ家に突入しようとしていた。で、そうするとこの2人が危ないと判断して俺が先に突入。スパイを制圧したんだが……その直後くらいにオーガの心臓が突入してきて、制圧したスパイを自分達の手柄にしようと実力行使をしてきたから反撃させて貰った。取りあえず骨折程度の怪我はさせたかもしれないが、致命傷はないから安心してくれ」

「それは……申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしました」


 表情を動かさずに頭を下げてくるベルデに見送られながら、レイ達3人はギルドマスターの執務室へと向かうのだった。






「ミン! ロドス!」


 執務室の中へと入った途端聞こえてきたその声。ミンにすれば夫であり、ロドスにすれば父親の声はティラージュの執務机の上にある通信用の水晶から聞こえてきた。


「エルク、今回は迷惑を掛けたな」

「父さん!? ……ごめん」


 水晶に写し出されたエルクへと申し訳なさそうな顔をして謝る2人。

 そんな2人を、ティラージュは笑みを浮かべながら眺めていた。


「ご無事で何よりです。私としても、人質に取られていた雷神の斧の2人が無事だったというのは嬉しい限りですね」

「すいません、ギルドマスター。違う街の私達の為に……」

「いえいえ、ミンさんが気にすることじゃありません。元々この街を舞台にしたのは向こうなのですから。正直、私としても舐められているようで嬉しくありませんしね」

「ギ、ギルドマスター?」


 笑みを浮かべつつ口にしたその言葉に、ロドスが思わず声を掛ける。

 温厚な人柄で有名なティラージュだった為に、この反応は予想外だったのだろう。

 だが、温厚なだけでギルドマスターの地位に就ける筈も無い。その柔和な顔の奥には、間違い無く鋭い牙を隠し持っているのだ。それを理解していなかったのがオーガの心臓のメンバーであり、同時にロドスである。


「とりあえずは今回の報告を聞きましょうか。うちのギルドとしてもこんな馬鹿な真似をしてくれた者達に対しては相応のお礼をしたいですしね」


 柔和な笑顔を浮かべながらも、そう告げたティラージュの迫力に思わず1歩後退るロドスだった。

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