第242話
冬の夜。強風に煽られつつも、レイの魔法で点けられた焚き火は消えること無く燃え続けていた。
食事も終わり、アイスバード2匹の肉を串焼きで食べきったセトが満足そうに寝転がっている中で、レイはミスティリングから魔石を取り出す。
アレクトールの商隊が襲われた時に手に入れたアイスバードの魔石だ。食事でその肉を食べ、デザート代わりとでもいうかのように魔石を吸収する。それはある意味でコース料理と表現しても良かったのかもしれない。
「……いや、無いか」
内心で思った言葉を、苦笑と共に否定する。そして嬉しそうに目を輝かせてレイへと視線を向けているセトへと魔石を差し出す。
セトにしても、魔獣術で作り出された存在だ。当然その本質とも言うべき魔石の吸収で強くなるというのは望むところであり、レイの手に乗っていた青い魔石をクチバシで咥えて一飲みにする。そして……
【セトは『アイスアロー Lv.1』のスキルを習得した】
と、いつもの如く脳内にアナウンスが流れる。
「グルルルルゥ」
新たなスキルの習得に、嬉しそうに喉を鳴らしながら頭をレイへと擦りつけるセト。
その頭を撫でながら、納得の表情でレイは口を開く。
「さすがにアイスバードの魔石だけあって、氷系のスキルを習得したのか。……これでファイアブレスとかがレベルアップしてたら、ある意味で面白かったんだが……いや、あるいは同じ水系等ってことで水球辺りがレベルアップする可能性はあったのか? あるいはアイスアローじゃなくて、アイスボールとか」
「グルゥ?」
どうしたの? と小首を傾げるセトに、何でもないと首を振ってから近くにある岩へと目を向ける。
「セト、じゃあ早速習得したスキルを見せてくれ。狙いはあの岩だ」
「グルルゥッ!」
レイの指示した岩へと向かい、鋭く鳴き声を上げるセト。すると同時に、セトの周囲に5本程の氷の矢が作り出される。
その氷の矢は本来の魔石を持っていたアイスバードが使っていた物と比べると若干小さいが、それでもその鋭利な切っ先は氷特有の冷たい光を宿していた。あるいは冬の夜の出来事である為、余計にそう感じさせたのかもしれない。
「グルゥッ!」
そして再び夜空へと響く鳴き声。すると次の瞬間には5本の氷の矢は素早く射出されて岩へと向かってその牙を露わにする。
1、2、3、4本。次々に着弾してはその衝撃で砕けていく4本の氷の矢に対しては持ち前の固さで耐えきった岩だったが、最後の5本目が突き刺さるとピキピキッという音が微かに聞こえ……次の瞬間には100kg以上はあろうかという岩がひび割れていき、やがてアイスアローの突き刺さった場所を中心にして岩が割れて地面へと倒れる。
「グルゥ?」
どう? と首を傾げてくるセトに、レイは笑みを浮かべて頭をコリコリと掻いてやる。
「凄いな、純粋な威力に関して言えばウィンドアローよりも上だぞ」
「グルルルゥ」
レイの褒め言葉に、嬉しそうに鳴くセト。
(風と氷。同じアローでも威力の違いは気体と固体の違いか? まぁ、Lv.1でもこの威力だ。十分使いものになるだろう)
「さて、じゃあ次は俺の番だな」
呟き、もう1つのアイスバードの魔石を取りだし……
「グルルゥ!」
頑張って、というセトの応援の声を背に魔石を空中へと放り投げる。同時にデスサイズを一閃。その刃によって真っ二つに切断された魔石が、霞のように姿を消していく。そして……
「……」
そのまま数秒程黙ってそのまま待機していたが、スキル習得のアナウンスがレイの脳裏に流れることはなかった。
「……ちっ」
「グルゥ」
舌打ちをするレイに、セトが慰めるように鳴くのを聞き、小さく首を振る。
「気にするな。元々アイスバードはそれ程高ランクのモンスターじゃなかったからな。セトがスキルを覚えられただけでも運が良かったと思わないとな。それにデスサイズのスキルはどれもそれなりに使えるものが揃っている。無理に新しく覚えるようなことがなくても十分やっていけるさ」
強がりのようにも聞こえるその言葉だったが、レイとしては純粋にそう思っているが故の言葉だった。
何しろスキルが使えなくてもレイには炎の魔法がある。更には、レイ自身の身体能力やデスサイズを含めた各種のマジックアイテムも揃っている。攻撃手段は確かに多いに越したことは無いのだが、逆に多すぎて使いこなせない状態でも意味は無い。
「それよりも、昨日の盗賊退治で睡眠不足気味なんだよ。見張りを任せてもいいか?」
「グルゥ」
レイの言葉に嘘は無いと感じたのだろう。セトはそのまま短く鳴き、地面へと寝そべる。
夜営の時にいつもしているように、自分の身体に寄り掛かって眠れと言っているのだ。それが分かったレイは、感謝の意味も込めてセトの滑らかな手触りの背を撫で、そのまま寄りかかり……数分程で眠りにつくのだった。
それを見届けたセトもまた、優しい視線で眠っているレイを一瞥して目を閉じる。
勿論そのまま眠った訳では無い。いつものように聴覚や嗅覚、魔力、気配といったものをより鋭敏に感じる為のものだった。
もし今のセトが眠っていると思って襲い掛かってきたモンスターや盗賊がいるとすれば、己の命を以てその浅はかな判断を後悔することになるだろう。
そして、冬の夜にも関わらずセトの温かい体温に包まれながらレイは睡眠不足を解決すべく熟睡するのだった。
「セト、少し急ごう。寒さは問題無いけど、雪とかが降ってくると飛ぶのに邪魔だろ?」
「グルゥ」
レイの言葉に喉を鳴らして答え、翼を大きく羽ばたかせるセト。
昨晩ぐっすりと休んだレイは、既に睡眠不足といった様子は一切無く――元々表には出していなかったのだが――雲に覆われて、日の光が殆ど無い空を見上げながらセトの首筋を撫でていた。
もちろんセトや、その背に乗っているレイにとって雪や雨といった存在は致命的ではない。しかし致命的ではないからと言って不愉快でないのとイコールではないのだ。それに落雷に当たったりすれば、さすがにグリフォンであるセトでもダメージを受ける。もっとも、落雷を受けても死なずにダメージで済んでしまうところはさすがにグリフォンであるといってもいいのだろうが。
レイの場合はドラゴンローブがあるので、こちらもまた落雷に当たった程度で死ぬことは無かったりする。
とにもかくにも、レイとセトは雪や雨が降り出す前にギルムの街に到着しようと急いでいた。
そして幸い、特にモンスターに襲われるようなことも無く……飛び始めてからそれ程経たないうちに見慣れた街の姿が眼下に姿を現す。
「ふぅ、何とか降り出す前に間に合ったか。……セト、一応街から少し離れた場所に降りてから進もう」
以前ランガに街のすぐ近くでは降りないで欲しいと言われていたことを思い出しながらセトへと声を掛けるレイ。
もっとも、その理由は街に入る者達を脅かさないようにとの配慮から出た言葉だったので、冬で街に向かっている者が殆どいないこの状況ではそこまで気にする必要も無かったのだが。
「お帰り、レイ君、セト。随分早かったけど……護衛はアブエロの街までだったのかい?」
ギルムの街の正門前でランガが1人と1匹を出迎える。
その顔は相変わらず強面で顎髭が威圧感を与えるのだが、その口調は優しい。初めて見た人にはかなり強い違和感を抱かせるだろうその容姿と性格だったが、幾度となく接してきたレイにしてみれば既に慣れたものだ。
ギルドカードを渡しながら、ランガの言葉に首を振る。
「いや、サブルスタの街までだな。ただ、向こうに着いたのが昼少し前くらいだったから、そのままセトに乗せて貰ってアブエロの街の近くで夜営をしてから帰ってきた」
「……セトの足の速さはさすがと言うべきだろうね」
感心したように呟き、制服のポケットから取り出した干し肉をセトへと与えるランガ。
セトもまた、喉を慣らしつつその干し肉を咥えて飲み込んでいく。
そのままギルドカードを返して貰い、従魔の首飾りを受け取ってレイとセトはギルムの街へと入っていく。
後ろ姿を見送るランガは、冬に入ってようやくベスティア帝国関係の騒動が落ち着いて来たことで一時期は疲労で痩せていた体重も元に戻り、平穏な毎日を楽しんでいた。
(このままこっちに手を出さないといいんだろうけど……それは無理なんだろうね。レイ君がいると退屈しないよ、本当。もっとも、その騒動でギルムの街が平和になるのならもう少し頑張ろうって気にはなるんだけど)
ランガは内心で呟きながら街の中へと入っていく1人と1匹を見送るのだった。
「あー、美味い。やっぱりうどんはこうでなくちゃな」
「そんなにサブルスタの街で食べたうどんは美味しくなかったの?」
レイの向かいに座っているケニーが、自分もまたフォークで巻き取ったうどんへと息を吹きかけて冷まし、口へと運びながら尋ねてくる。
ギルドで依頼完了の手続きをしたレイは、前日にサブルスタの街で食べた不味いうどんの記憶を上書きしようと満腹亭へとやってきたのだ。
その際に、丁度昼休みに入る直前だったケニーがこの機会を逃がして堪るかとばかりにレイと共に食事をすることになった。
ケニーとしては、出来れば裏通りにあるような大衆食堂ではなく雰囲気のいい場所で食事をしたかったのだが、レイのうどんを食べたいという希望に負けた形だ。
「ああ。何しろうどんの麺をスープで煮込んでいるからな。コシが全く無くなっていて、ふやけきっていた」
(あれは……カップラーメンにお湯をいれたのを忘れて2時間くらい後に気が付いた時のような感じだったな)
脳裏に、日本にいた時の失敗を思い出すレイ。
そのまま捨てるのも勿体ないので少し食べてみたのだが、とても食べられたものではなかった。そして結局は泣く泣く捨てる羽目になったという悲惨極まりない経験だった。
「それは確かに美味しく無さそうね。うどんをスープの具だと勘違いしてたんじゃないかな? きっとレシピが伝わる途中で変に間違って伝わったんだと思う」
「だろうな。俺もそう思う。まぁ、レシピが伝わるうちに独自の変化を遂げていくってのはあるのかもしれないが、あれは失敗例だな。一応正しい作り方を教えては来たけど……人の話を聞かない奴だったからどうなることやら」
職人と呼ぶよりは我が道を征くとばかりの態度だった屋台の店主を思い出すレイ。
そんなレイの様子に苦笑を浮かべつつも、ケニーの口が開く。
「そう言えば、普通の冒険者はこの時期は依頼を受けないで身体を休めるのが普通なのに、レイ君は妙に依頼を受けているわよね」
「……まあ、確かに。ガメリオンに関して言えばまだ秋だったけどな」
脳裏を過ぎる騒動の数々に、つくづく自分がトラブルに巻き込まれる体質だというのを理解する。
「あはは。私も5年くらいギルドで受付嬢をやってるけど、ここまで騒動に巻き込まれる人は珍しいわよ。もっとも、レイ君の場合は相応の利益を得てるんでしょうけど」
「マジックアイテムとかな。特にギルドマスターから貰った茨の槍はかなりの品だ。……惜しむらくは、俺の武器がデスサイズだってことか。折角の茨の槍が、投擲用の武器としか使えないからな。しかも、高レベルのマジックアイテムだけに使い所も難しいし。そういう意味だと、昨日までやっていた商隊の護衛ってのは悪くない依頼だったな。報酬として使い捨ての槍を100本近く貰ったし」
「使い捨ての槍、ねぇ。この前、どこかの商人が鍛冶屋や武器屋を回ってもう使えそうにない槍を集めて回ってたって話を聞いたけど……」
「それだな。実際、俺が槍を使う場合は基本的に投擲だから、1度の投擲に耐えられればそれでいいんだよ。それこそ、敵に命中した後に柄の部分が折れようが、穂先の部分が砕けようがな」
酷く残酷なことを言いつつも、レイはうどんのスープに入っている肉へとフォークを伸ばす。
十分に煮込まれている為か、特に抵抗らしい抵抗もないままに肉へとフォークが突き刺さり、そのまま口へと運ばれる。
口の中で解れる感触を楽しみながら、持っているフォークに若干不満そうな視線を向ける。
箸という文化がある中で育って来たレイだ。もちろんパスタを食べる時のようにフォークを使うことが無い訳では無かったが、それでもうどんをフォークで食べるというのはどこか違和感があった。
(とは言ってもな。小さい頃から箸を使ってるならともかく、この街の住民は絶対に箸を使えない。そうなると悪目立ち……まぁ、今更か)
変人や趣味人といった者達が多く集まっているこのギルムの街でも、自分が目立っているというのはレイにも分かっていた。
それなら、箸というこの世界の住人にとっては未知の食器を使っていてもそう大差無いだろうと判断し、どうにかして自分用の箸を作ることを決心するのだった。以前見た本で得た知識と言えば問題は無いだろうと言い訳を考えながら。
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