第238話
「何でああも簡単に逃がしたんだ? まさか盗賊が本気で改心するとでも思っているのか?」
不思議そうな顔をしながら、持っていたデスサイズを大きく振るって刃に付いていた血を吹き飛ばし、1度魔力を通してからデスサイズが万全の状態であることを確認し、ミスティリングへと戻す。
その様を見ていたタエニアだったが、再び自分に向けられたレイの視線に小さく肩を竦める。
「私だって、別に盗賊達が本気で自分の行いを後悔する……何て思ってないわよ。でもしょうがないでしょ? 雇い主の要望なんだから」
「……何?」
「ま、今はアレクトールさん達と合流しましょ。きちんと説明してくれると思うし」
そう言い、レイとセトをその場に残してさっさと戻っていくタエニア。
その後ろ姿を数秒見送るも、やがて小さな溜息を吐いてそのまま血と臓物の臭いが漂う夜の林を後にする。
既にレイが最初に使った炎の魔法で燃え広がった火は消えており、後に残るのは夜の闇に残された無数の死体のみだった。
(今のうちに焼いてしまった方がいいんだろうが……)
内心でそう思うも、この暗闇の中1人でその作業をする訳にもいかない為に死体の処理は後回しにして、まずはアレクトールと合流すべく林の中を戻っていく。
「レイさん! ご無事で何よりです!」
林の中から出て来たレイとセトへと真っ先に声を掛けた人物。それは当然この商隊のリーダーでもあるアレクトールだった。
レイの着ているローブに返り血の1つも付いていない様子に驚いて小さく眉を動かすものの、特にそれについては何を言うでもなく笑みを浮かべて1人と1匹を出迎える。
「それで、何でわざわざ盗賊を逃がすような真似を? この場で処分してしまうか……あるいは、犯罪奴隷として街に連れて行って売った方が得になるんじゃないか?」
「ええ。最初は私もそれを考えました。しかし、今の馬車の状態を見て貰えば分かる通り盗賊達を閉じ込めておけるような空きは全くありません。紐で縛って歩かせてもいいのですが、護衛がレイさんと麗しの雫の3人しかいない現状ではそちらの監視に回す訳にもいきませんし、かと言って私達が見張っても本職ではないので逃げられる可能性が高いです。正直、犯罪奴隷として売るというのは今回受けた損失を考えると非常に惜しいのですが」
「……なら、殺さなかった理由は?」
その質問に答えたのはアレクトールではなく、その隣で護衛として周囲を警戒していたタエニアだった。
「レイ、セトがいればすぐにでも飛んでくるルイードがいないのに気が付かない?」
「ん? そう言えば確かに」
「グルゥ?」
レイとタエニアの視線を向けられ、首を傾げるセト。
確かにこれまでの経験から考えると、セトが姿を見せればすぐにでも抱き付いてくる筈のルイードが姿を見せなかったのはおかしかった。
「どうしたんだ?」
「ルイードはああ見えて、隠密行動にも長けているのよ。まぁ、弓術士としてはそれ程珍しくないんだけどね」
タエニアの言う通り、弓術士は気配を消して弓を射るという戦闘スタイルを取る者が多い。ルイードもまたその1人なのだろう。
そしてそこまで言われれば、レイの脳裏で先程逃がした盗賊達や隠密行動を得意としているルイードがここにいない理由が結びつく。
「……なるほど。奴等のアジトを見つけ出す為に、気絶した奴を連れて行かせるような真似をしてわざと逃したのか」
「そ。アレクトールさんのような商人にしても盗賊はいないに越したことはないし、私達のように護衛をしている冒険者にとっても同様。そして盗賊達のアジトには恐らくある程度の蓄えもある筈だしね。……分け前は期待していいんですよね?」
「ええ。商人としては盗賊の数を減らすのが最優先です。もちろん、こちらにもある程度の分け前は頂きたいですが……そこは無理にとは言いません」
タエニアの悪戯っぽさを含んだ笑みに、アレクトールもまた同様に何かを含んだ笑みを浮かべていた。
その様子を見ていたファベルは、自分達のリーダーと雇い主のやり取りに苦笑を浮かべつつ自分もまた好戦的な笑みを浮かべる。
問答無用で自分達を殺しに来た相手なのだ。自分達もまた手加減をする必要は無いと考えていた。
「という訳なんだけど……レイも協力してくれるわよね?」
そう尋ねるタエニアの目には、どうあってもレイに協力させるとばかりに強い視線を向けている。
何しろ、盗賊のアジトを襲撃する以上は戦力は多い方がいい。と言うよりも、敵の数がまだ20人近く残っていると判明している以上は麗しの雫だけで全滅させるのは不可能に近い。30人近い盗賊を圧倒的な戦闘力を持って短時間で殺すことが出来たレイとセトのコンビがいてこその計画なのだから。
「それは構わないが……なら、盗賊達のお宝の優先権は俺が貰うぞ?」
そして当然レイとしても、自分の戦力が今回の作戦の要となっているのを知っている以上は報酬の優先権を主張する。
50人以上という、それなりに規模の大きい盗賊団だ。そうなると、当然アジトにあるだろうお宝にはレイ好みのマジックアイテムや、投擲用の武器として使えそうなものもあるだろうという判断だった。
「……しょうがないわね。けど、あまり欲張ったりしちゃ駄目だからね」
タエニアにしても、この場の主導権が誰にあるのかは理解していた為、少しだけ釘を刺して交渉は纏まる。
その後、月が沈む頃になってようやくルイードが戻って来た。
「お待たせー」
「ちょっと、遅いんじゃないの?」
「だってー。こっちも色々と忙しかったのよー? 私だって出来れば早く戻って来たかったわよー。それに向こうが気絶してる人を背負っている以上は速度がでないんだししょうがないじゃないー」
ファベルの言葉に、頬を膨らませて抗議するルイード。
「まあまあ、ファベルもその辺にして。それよりもアジトの場所は分かった? 尋問した盗賊達によると、この林の奥にある洞窟だって言ってたんだけど」
「うん、確かに洞窟に盗賊の人達が集まっていたよー。でも、罠とか仕掛けられていたから注意が必要かもー」
「……なるほど。さすがにその程度の用心はしているのね」
「で、誰が行く? 俺とセトでいいのか?」
「うーん、それはちょっと難しいわ。戦力的にはレイとセトで十分だとは思うけど、私達も一応行きたいし」
そう呟くタエニアだったが、内心では自分達のパーティからも人を出さないと、レイが盗賊達の溜め込んだお宝の中から良さそうな物を根こそぎ奪う可能性を考えての言葉だった。
(何せ、レイはアイテムボックス持ち。だとすると、どれだけ盗賊達が溜め込んだお宝を先に奪ったとしても、それを証明することが出来ないしね)
「けど、それだと戦力のバランスが悪くなるんじゃないか? 俺達はあくまでも商隊の護衛であって、今回の盗賊退治はついででしかない。それなのに、俺とセトの他にお前達までこっちに来たら護衛が疎かになりすぎるだろ」
「そうね。だから、セトとレイには2手に別れて貰おうと思ってるわ。盗賊退治がレイ、ルイード、私。護衛がセトとファベルね」
「えー、私もセトと一緒の方がいいー。ファベルばっかりずるいよー」
「……ま、戦力として分けるならそうなるかな。残念だけど私はそれでいいわ」
タエニアの指示にファベルはあっさりと頷き、セトと遊びたいルイードが文句を言うが、呆れた様にタエニアに言葉を返される。
「何を言ってるのよ。そもそも、アジトの正確な位置を知ってるのはあんただけでしょ。私も行くんだから、大人しく案内しなさい。……レイもいい?」
「そう……だな。確かに戦力を均等に分けるとなると、俺とセトは別々の方がいいか。……セト、商隊の護衛を頼めるか?」
「グルゥ」
任せて、とばかりに喉の奥で鳴くセト。
その様子に小さく笑みを浮かべ、頭を撫でる。
「アレクトールさんも、それでいいわよね?」
「ああ、もちろんだ。他の商人達が犠牲にならない為にも、是非とも盗賊の討伐はお願いしたい。私達は大人しくここで……」
アレクトールがそう言った時だった。ふと先程自分やセトが殺した盗賊達のことを思い出したレイが口を開く。
「悪いが、林の中にある盗賊達の死体を片付けておいてくれないか? 今は冬だからそうそう腐るようなことは無いと思うが、このまま春まで放っておけば腐って変な病気を蔓延させる可能性もあるし、あるいはアンデッドになる可能性もある。それ以外にも、餌として妙なモンスターを引き寄せる可能性もあるからな」
レイの言葉にアレクトールが少しの間考え、やがて頷く。
「分かりました。私達がこの街道を通ることはもう暫くは無いでしょうが、他の商人や旅人がそれ等の被害に遭う可能性も考えられます。それに、近くにアンデッドになる可能性のある死体があるというのは、ここで夜を越すにしても気持ちのいいものではありませんしね。ですが、盗賊達の使っていた装備品はこちらで頂くことになりますが……」
アイスバードの襲撃で受けた損害を考えると、少しでも稼げる場所で稼いでおきたいというのがアレクトールの本音だった。盗賊のアジトにあるだろうお宝が本命なのは変わらないが、それは実際に襲撃を仕掛ける冒険者達に大半が渡るだろう。ならば、端金にしかならないとしても盗賊達の装備品を手に入れておくのはそう悪い選択ではなかった。
そして、レイにしてもアレクトールがその程度のことを言い出すのは予想していたので、特に躊躇する様子も無く頷く。
「分かった。なら、早速行動に移るとしようか。ルイード、頼む」
「えー……私はセトとー」
「ルイード」
呟きながら、強い視線をルイードへと送るタエニア。
「分かったわよー。……こっちー」
溜息を吐き、ルイードは弓を手に持ちながらレイとタエニアの2人を先導するようにして夜の林の中へと入っていく。
「セト。じゃあ、こっちの護衛は頼んだぞ」
「グルゥ」
「ファベルもよ。サボったりしないできちんと働きなさいよ」
「分かってるわよ。私の分もお土産よろしくね。盾を買い換えた分、結構厳しいのよ」
「そうね、いい子にしてたらお土産を持ってきてあげるわ」
「はーい、お母さん」
「誰がお母さんよ。私はあんたみたいな子供はいらないわよ」
ファベルの言葉に、これでもかと言わんばかりに嫌そうな顔をするタエニア。
「何よ、そっちが先にやったんじゃない。とにかくここは私とセトでしっかりと守ってるから、盗賊の方はお願いね」
その声に送り出され、3人は盗賊のアジトへと奇襲を仕掛けるべく夜の林の中へと進んでいくのだった。
夜の林の中を、出来るだけ音を出さないように進んで行く人影が3つ。
言うまでもなく先行しているのがルイードであり、その後を追っているのがレイとタエニアだ。
ルイードは元々夜目が利くらしく、あるいは先程通った道であることも影響しているのか特に迷ったような様子も無く、夜の闇に包まれた林の中を進んで行く。レイに関して言えば、肉体自体に元々暗視の能力が備わっている為に全く苦労した様子も無くルイードの後を追っている。
だが3人の中で唯一夜目が利かなければ暗視の能力も無いタエニアは、そんな2人の後を必死になって追っていた。
あるいは夜空に出ている月が雲に隠れていなければ多少ではあるが視界を確保出来ていただろう。いや、もし月が明るく輝いていたとしても、林である以上は木の枝で覆われて明かりが入って来ていなかったかもしれないが。
「ちょっ、ちょっと。2人共もう少しゆっくり……きゃっ!」
地面から浮き上がっている木の根に躓き、そのまま倒れそうになるタエニア。だが、それでも咄嗟に木の幹へと手を伸ばして転倒を避けることが出来たのは、さすがはランクD冒険者なのだろう。
「もうー。タエニアも冒険者ならこれくらい出来るようになってよねー」
「無茶言わないで! 私は元々普通の冒険者なの。ルイードみたいに夜の林を走り抜けるような真似を期待されても困るわよ。大体ルイードは弓術士で山の中でも動けるように訓練してるからともかく、何でレイまで普通にこんな暗闇の中を移動出来るのよ!」
理不尽だ、と言わんばかりに隣を移動しているレイへと視線を向けるタエニア。月は雲に隠され、さらに降り注ぐ微かな月明かりに関しても周囲に生えている木の枝で遮られている。そんな状態でも全く影響がないかのように移動を続けている2人へと恨めしそうに声を掛ける。
(ルイードは訓練してるからいいとしても、レイなんかあんなローブを着てて、しかもフードまで被ってるのに……)
「そんな目で見られてもな。俺は元々夜目が利くし、ちょっと前までは師匠と一緒に山奥で暮らしていたんだ。この程度の明かりがあれば全く問題が無い」
「うー……」
「はぁ、しょうがないなー。はい、タエニア。私の手を掴んでー」
既に幾度となく転びそうになり、本格的な怪我はしていないものの擦り傷は何ヶ所かに出来ている。そんなタエニアを見ながら、しょうがないとばかりに手を伸ばすルイード。
「しょうがないって……人には……」
「待て」
何かを言い掛けたタエニアの口を、レイの手が塞ぐ。
「んむぅっ!? ……んう?」
突然のレイの行動に目を見開くタエニアだったが、林の奥へと鋭い視線を向けているレイに気が付くと何かが起こっていると感じたのだろう。タエニアもまた息を潜めて視線を林の奥へと向ける。
そして、視界の先。自分達が出向こうとしていた方が明るくなっているのに気が付く。同時に、喚声のような声も耳に入ってくる。
タエニアが落ち着いたと思ったのだろう。自分の口を押さえていたレイの手が離れるのと同時に、レイとルイードへと視線を向けて小さく口を開く。
「何があったの?」
「さあな。だが、宴会の類で騒いでいるんじゃないのは確かだと思う。……ルイード、さっきの盗賊達のアジトはこの先でいいんだな」
「それは間違い無いわー」
「となると……私達の襲撃に失敗した盗賊達が頭目に叱られてるとか?」
「いや、恐らくそれは無いな」
タエニアの言葉を即座に否定するレイ。
「何でよ?」
「行ってみれば分かるさ」
短く言葉を返し、盗賊達のアジトへと向けて歩を進めていく。
漂ってくる大量の血の臭いに眉を顰めながら。
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