第199話
両手に持った魔石をどう配分するかで悩んでいたレイだったが、やがて自分の身体から空腹を自己主張するような音が聞こえてくると溜息を吐きながらセトへと視線を向ける。
そこには、既にオークのブロック肉を全て食べきったセトの姿があった。
オーク肉のブロック肉を食べきっても、空腹だったセトにとっては間食程度の量でしかなかったのか、どこか期待したような視線をレイへと向けている。
「そうだな。空腹のまま考えてもいい考えが浮かぶ訳でもないよな。まずは腹ごしらえでもするか」
「グルゥ」
空を飛んでいる時に、レイが今日の夕食はガメリオンの肉にするという言葉を覚えていたのだろう。嬉しそうに喉を鳴らすセト。
早く食べようとばかりに、自分から周辺に落ちている枯れ木をクチバシで咥えたり、あるいは四肢を使って転がしながらレイの方へと持ってくる。
楽しみだ、というのを身体全体で表しているセトの様子に笑みを浮かべ、集めた枯れ木に簡単な火の魔法を使って火種として火を付ける。
「グルルルゥ」
早く早く、とばかりにレイへと身体を擦りつけるセト。
そしてレイは促されるようにミスティリングからガメリオン希少種のブロック肉を取り出す。
「ほら、落ち着け。それに折角の期間限定の肉なんだ。今日だけで食べるんじゃなくて、また今度食べる為に全部は食べないぞ」
「グルゥ……」
地面へと寝転がりながら、どこか残念そうに下を向くセト。
そんな様子に苦笑を浮かべつつ、レイ自身もここ暫くの食生活でそれなりに空腹であった為に、早速ガメリオンの肉の調理を始める。
とは言っても、レイ自身は料理が得意な訳ではない。それこそこの場で出来るとすれば串焼きか、あるいは適当にミスティリングの中に入っている野菜の類を使った簡単な煮込み料理くらいだ。その為、串焼きを作るべく金属の串に、包丁。そしてギルムの街の加工食材店で購入した幾つかのタレを取り出していく。普通の冒険者が夜営で食べる食事と言えば、基本的には干し肉やパン。あるいはちょっと手が込んでいて野草と干し肉を煮込んだスープといったところなので、それ等の料理に比べると非常に豪華な食事だったりするのだが……レイ本人としては、冒険者として活動を始めた時からミスティリングがあるのが普通である為、ガメリオンの希少種の串焼きという、通常の冒険者達にしてみれば羨まずにはいられない献立だったりする。
まずは包丁でガメリオンの肉を1口大に切り分け、金属の串へと手際よく刺し、軽く塩を振ってから焚き火から少し離れた場所の地面へと立てていく。
そして肉の焼ける匂いと、脂の焦げる匂いが周囲に漂い始めたところでタレを軽く塗る。
数分後、やがてタレの焦げる匂いがしてきたところで串焼きが完成し、ミスティリングから取り出した皿の上へと載せる。レイの分は串に刺したままだが、セトの分は食べやすいようにきちんと串から抜いておく。
その時点でセトは喉の奥を鳴らしながら早く食べたいとせっつき、レイもまた同様に腹の音が自己主張をしていた。
「……さて、じゃあ食べるか」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは早速肉をクチバシで銜え、レイもまた串を手に取り肉へと噛ぶりつく。
まず口の中に広がるのは、焦げたタレの香り。次いでガメリオンの肉から出て来た肉汁が溢れ出し、最後に肉本来の旨味が残る。
冬に備えてたっぷりと栄養を取っていたのか、かなり脂っこいようにも感じるのだが、次の瞬間にはスゥッと口の中から脂が消えていき、レイを驚かせる。
「……ほお」
肉その物の味としては、ウサギのさっぱりした部分と豚肉のこってりとした部分が合わさったような味、とでも表現出来るだろうか。口の中で溶けるように無くなっていくのは、牛肉のサーロインのようにも感じられた。
(もっとも、サーロインステーキなんて数回しか食ったことがないんだけどな)
内心で苦笑しつつ、ミスティリングから取り出した焼きたてのパンを口へと運ぶ。
そのまま約30分程。新たに何度か肉を焼きつつ食事を済ませたレイは、満足したように溜息を吐く。
セトもまたガメリオンの味には満足したのか、地面へと寝転がって幸せそうに時々喉の奥でゴロゴロと鳴いていた。
そんなセトへと寄り掛かりながら食後の休憩をしていたレイだったが、やがてこのままだと眠ってしまうと考えたのか首を振りつつ体勢を立て直す。
「さて、セト。食事も済んだことだし明日に備えて寝る……前に、ガメリオンの魔石だ」
「グルゥ」
場の雰囲気が変わったのに気が付いたのだろう。セトもまた小さく鳴き、視線をレイへと向ける。
「色々と考えたんだが、俺はいざという時には魔法もあるから通常種の魔石を。セトには希少種の魔石を吸収して貰うことにする。まぁ、どっちがどっちを吸収してもそれ程の差は無いと思うんだがな。一緒に行動してればどっちがどの魔石を吸収しても変わらないだろうし」
「グルルルゥ」
セトもまたレイと離れるのは望まない為に、同意だとでもいうように小さく鳴きながら頷く。
「よし。ならまずは俺からだな。折角の希少種だ。こっちに関しては最後のお楽しみにしておこう」
呟き、ミスティリングから取り出したガメリオンの魔石を空中に放り投げ一閃。
次の瞬間には魔石が2つに斬り裂かれ、そのまま霞の如く消え去る。
「……」
その後、暫く待つがレイの脳裏にいつものメッセージが流れることはなかった。
「ハズレか」
「グルゥ」
セトが小さく鳴きながら、慰めるように顔を擦りつける。
「気にするな。幸い、ダンジョンの核で地形操作を習得出来ているからな。何も覚えていないよりは随分とマシだ」
擦りつけられている頭を撫で、その手触りを楽しみながらもガメリオンの希少種の魔石をミスティリングから取り出す。
「さて。通常のガメリオンの魔石だと駄目だったが、希少種だ。これまでの経験から言えば、希少種の魔石ならほぼ確実にスキルを習得出来る筈だ。セト」
いつものように投げるのではなく、撫でられて気持ちよさそうに目を細めているセトの前に魔石を差し出す。
「グルルルゥ」
その魔石を、クチバシで銜えて一飲みにするセト。
すると次の瞬間。
【セトは『毒の爪 Lv.2』のスキルを習得した】
と脳内にアナウンスが流れるのだった。
「グルルルゥッ!」
新たなスキルに喜びの声を上げるセト。
レイもまた、相棒のセトがより強くなったのを喜びながらその頭を撫でてやるのだった。
「にしても、毒の爪Lv.2か。ガメリオンは牙に毒があったからその影響だろうな。セト、ちょっと見せてくれるか? あぁ、もちろん俺をその爪で傷つけないようにな」
「グルルゥ」
右前足をレイの前へと差し出し、低く鳴くセト。すると次の瞬間には毒の爪が発動したのだろう。その爪先が紫色へと変色しているのがレイにも理解出来た。
「紫か。どうしてもあの霧を思い出すが……いや、あっちの霧は麻痺だったが。あぁ、もういいぞ」
「グルルゥ」
再びセトが鳴くと、瞬時に爪の色が紫から元の色へと戻る。
「分かりやすいのはいいんだが、後はこの爪がどれだけの毒の強さかだな。ダンジョンで戦ったオーガだと毒が身体に回りきるまでに10分程度。そうなると……いや、身体の大きさを考えれば、単純に比較は出来ないか。とにかく一度モンスター相手に使ってみないとどうにもならないな」
「グルゥ」
同感だ、とでも言うように小さく鳴きながら頷くセト。
「となると、確認すべきことは既に終わった。なら後は明日に備えて寝るべきか。セト、見張りは頼んだ。ここは一応辺境じゃないが、それでも夜になればモンスターが出て来る可能性もあるからな」
「グルルルルルゥ」
任せろとばかりに鳴き、地面へと寝転がるセト。その様子を見ていたレイは近くに生えている木に寄り掛かって目を瞑ろうとしたのだが、セトの尻尾が伸びてきてその足へと巻き付く。
「セト?」
「グルルルゥ」
クイクイッと自分の胴体へと視線を向けるセト。
まるでそこだと寒いから自分に寄り掛かって眠れとでも言ってるような……
「いや、そうだよな。お前はそんな優しい性格をしてるんだった。俺が寄り掛かっていれば見張りをする時にも邪魔になるだろうに」
「グルゥ」
レイの言葉に問題無いとばかりに鳴くセト。
「じゃあ、悪いけどお言葉に甘えさせて貰うか」
ドラゴンローブを着ていれば雪が降る中でも暖かくして眠ることが出来る。そんな状態でも、セトのように暖かい体温を持つモンスターに寄り掛かって眠れるのなら、それはそれである種の幸せを感じられるのだった。
「明日、ギルムの街に戻ったら……また屋台で色々と買って食おうな……」
「グルルルゥ」
呟きつつも、冒険者らしく素早く眠りへと落ちていったレイを一瞥し、すぐにまた闇の中へと視線を戻す。
セトとレイの近くでは焚き火が燃えており、時々パチッパチッと火の粉の跳ねる音が弾ける音が周囲に響く。
そんな中、そっと首を動かして薪をクチバシで銜えては焚き火の中へと放り込み、少しでも自分の大好きな相棒であるレイが暖かく過ごせるようにするセト。
ゆっくり、ゆっくりと夜の時間が過ぎて行き、薪もそろそろ数が少なくなって来た頃。
「……」
自分の身体を枕に、あるいはソファにして寝ているレイを起こさないようにしつつも、セトは鋭い視線を闇の中へと向ける。
焚き火の明かりに興味を持って近づいて来ていた数匹程のオークがいたのだが、セトが発した鋭い視線を感じ取り後数歩でも近付けば自分達は死ぬと理解したのか、声も上げずに元来た方へと走り去っていく。
そのまま今の騒ぎでも起きなかったレイを眺め、満足そうにセトもまた目を閉じて気配や聴覚、臭覚を利用して闇の中の気配を探る。
結局その後も2度程モンスターが焚き火に興味を持ち、あるいはその焚き火の側にいるだろう人間を目当てに近づいて来たのだが、結局はセトの存在を感じ取るとそのまま逃げ去っていくのだった。
そんな風にしながら夜を過ごし、やがて朝日が昇り始めた頃、ようやくレイは目を覚ます。
その頃になるとさすがに用意しておいた薪もなくなっており、焚き火の炎も消えかけていた。
「んー……あぁ、おはよう、セト」
「グルゥ」
レイの声に小さく鳴くセト。
そんなセトの背を数回撫で、大きく伸びをしてミスティリングから流水の短剣を取り出して顔を洗う。
数分で身支度を済ませたレイは、同じくミスティリングから取り出したサンドイッチでセトと共に軽く朝食を済ませてから出発準備を整える。
「ん? あぁ、どうやらモンスターは来なかったのか。あるいはセトが追い払ってくれたのか。もっとも、セトに寄り掛かって寝ていた以上はもしモンスターが襲って来てれば嫌でも目が覚めただろうけどな」
周囲にモンスターの死骸が無いことに気が付き、呟く。
「さて、今日の昼くらいにはギルムの街に到着したいが……まぁ、セトの速度なら大丈夫だろうな」
「グルゥッ!」
レイの言葉に、任せろ! と鳴くセト。
そんなセトの背を撫で、滑らかな手触りを楽しみながら空へと視線を向ける。
「……あまり降らないといいんだがな」
視線の先にはまだ太陽が昇り始めたばかりだというのもあるのか、若干薄暗い。そして朝で気温が低い為にレイの吐く息が真っ白に染まっている。
幸い今はまだ雪が降っていないが、既に冬に入っているだろう季節を考えると多かれ少なかれ雪が降るのは確定事項のようにレイには思えていた。
「ま、それならそれで早めに街に到着して、夕暮れの小麦亭で暖かくして過ごせばいいんだしな」
そう言いつつも、何しろ魔熱病の補給物資を託されたのだ。その辺の報告は最低限しないといけないだろうことはさすがにレイにも分かっていたのだが。
そして全ての準備を済ませると、セトの背へと跨がって空へと浮かび上がっていく。
まず見えたのは朝日が完全に昇りきり、澄んだ空気の中で柔らかな日差しが広がっている光景。周囲の気温を考えなければ、まるで春の日差しのようだと表現してもおかしくない太陽の光だった。
そんな朝陽の光を浴びつつ、セトは翼を羽ばたかせて空を飛ぶ。幸いまだ朝が早いという関係もあるのか、バールの街へと向かう時のようにソード・ビーに襲われることもなく飛行距離を稼いでいく。そしてやがて以前に夜営した場所から1時間程度でアブエロの街を通り過ぎ、そのままおやつ代わりにと果物を数個程囓り、同時に後ろを向いたセトへと与えていると……
「グルゥ」
セトが鳴きながら、視線を前方へと向けているのに気が付く。
かなり遠くにある為に、レイの視力でも当初は分からなかったのだが、距離が縮むごとにセトが何を示しているのかを理解出来るようになった。
街を覆うようにして立っている巨大な壁。それその物はこれまでに見てきた他の街と同様だが、辺境に存在しているだけあって、その壁の厚さや大きさは間違い無く一連の街よりも上だった。
レイがこの世界で一番初めに辿り着いた、ある意味故郷と言ってもいいようなギルムの街。そんな懐かしい街がレイの視界の中に入って来る。
「ようやく帰ってきた、か」
どこか安堵したように呟き、その声を聞いたセトは地上へと向かって降り立っていくのだった。
【セト】
『水球 Lv.2』『ファイアブレス Lv.2』『ウィンドアロー Lv.1』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.2』new『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』
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