第189話
蒸留酒の保管をしている場所の様子を見る為に宿を出て来たレイとサザナス、そしてセトは街の中をサザナスの案内で進んでいた。
さすがに魔熱病の特効薬を使われても、宿屋の主人達のように体力が回復していない者が大多数の為、殆どの者はまだ寝込んでいる。それでも、魔熱病を発症してから日が浅い者達はすっかり元気になっており、街の中にいる人の数は昨日レイが見た時よりも明らかに多くなっていた。
それらの者達は、一様にレイ達を……正確にはセトを見て驚きの表情を浮かべるが、殆どの者がすぐに笑みを浮かべて頭を下げる。
薬を配っていた者達によって、誰がアウラーニ草の粉末を運んできてくれたかが知れ渡っているのだ。
またそれは同時に、グリフォンというこの街で絶対に見ることが出来ないモンスターを見て住民が恐慌を起こさないようにとディアーロゴが指示したことでもあった。
「……で、この街に蒸留酒の保管場所はどのくらいあるんだ?」
頭を擦りつけて甘えてくるセトの頭を撫でながら、前を案内しているサザナスへと尋ねるレイ。
そんなレイの問いに、サザナスは軽く肩を竦めて視線をモンスター避けの為に街を覆っている壁の方へと向ける。
「一番大きいのは街の南にある。その他にも東と西にも1つずつあるな。大きいのはその3つで、そこに何も無いとしたら残る可能性は個人で保管している場所だろうな」
「何だってまたそんな風に面倒臭い真似を? 何処か1つに纏めておけばいいじゃないか」
「さて、その辺の事情までは知らないな。酒を熟成させるにしても色々と条件があって、それに従っていると聞いた覚えはあるが。実際その3つの場所の酒はどれもそれぞれに味が違うからな」
「なるほど」
エルジィンに来るまでは普通の田舎の高校生でしかなかったレイにとっては、酒の知識はTVか何かの特集で見たようなものしかない。それ故にサザナスにそう説明されればそうなのか、と頷くことしか出来なかった。
そのまま世間話をしながら40分程歩き、やがて南の保管場所へと到着する。
さすがに街の特産品を保管している場所だけあり、街の警備兵達がしっかりとその門の前に存在していたが、そんな2人の警備兵はサザナスを見て驚きの声を上げる。
「サザナスさん!? どうしたんですか、こんな場所に」
「おいおい、こんな場所ってのはないだろ。仮にもバールの街の特産品を保管している場所なんだから」
「……ちょっと寄こせとか言っても駄目ですよ? きちんとどのくらいの量が保存されているのかはチェックされてるんですから」
「ばっ、お前、冗談も程々にしておけよ。俺は魔熱病がバールの街で流行した原因を突き止める為に来ただけだ!」
「魔熱病の原因ですか? こんな場所に?」
片方の警備兵が疑わしいような視線をサザナスへと向けている。
その視線がサザナスが普段どう思われているのかを如実に表していた。
だが、サザナスの相手をしていなかった方の警備兵が相棒の肩を軽く叩く。
「ん? どうした?」
「ほら、サザナスさんの後ろに居る1人と1匹。話に聞いていたアウラーニ草の粉末を持ってきてくれた人じゃないのか?」
「……あぁ、確かに。サザナスさん、どうやらサザナスさんの言っていることの正当性が認められました。どうぞお入り下さい」
手の平を返すかのようにあっさりとそう告げる警備兵に対し、額に血管を浮かび上がらせながらも強張って笑顔を向けるサザナス。
「お前達が俺をどう思っているのか、よーく分かった。次の合同訓練でその思い込みをきちんと正してやる必要があるようだな」
「そんな、ずるいですよサザナスさん。そもそもサザナスさんがこれまで色々と面倒事を引き起こしてるからじゃないですか」
「はぁ? いつ俺がそんな真似をしたよ」
「例えば先月の上旬。街にやって来た冒険者と乱闘騒ぎを起こしましたよね?」
「それは、あの冒険者が街の人に絡んでいるのを止めたからだろ!?」
「先月の下旬、街にある鍛冶師と一緒に酔っ払って飲めや歌えの大宴会を開きましたよね」
「そ、それはあれだ。鍛冶師の娘の結婚が決まってだな」
「だからと言って、職務中の警備兵の隊長が騒ぐとか有り得ないでしょう」
「ぐ、ぐぅ……」
その後も細かい出来事を引き出されては責められるサザナス。
さすがにその様子を哀れに思ったのか、レイは苦笑を浮かべながら口を挟む。
「悪いが、こいつのことは俺がしっかりと見張ってるから中に入れてくれないか? 魔熱病の調査を進めたいってのは本当なんでな」
「しょうがないですね。いいですか、サザナスさん。くれぐれも誘惑に負けて中の酒を飲んだりはしないように」
「……了解」
警備兵の言葉責めによりグロッキーだったサザナスが軽く手を振って溜息を吐きながら、開けられた保管所の中へと入っていく。
その後へと続こうとしたレイに、先程までサザナスの騒動を口に出していた方の警備兵が小さく頭を下げてくる。
「色々と大変かもしれませんが、サザナスさんのお守りをお願いします。ああ見えて色々と抱え込む人ですから」
「……その割には色々と言ってたが?」
「そのくらいは当然ですよ。騒ぎを巻き起こすというのも事実なんですし」
苦笑を浮かべている警備兵にレイもまた小さく笑みを浮かべて頷き、蒸留酒の保管所へと入っていく。
その途端に木の樽で出来た匂いと、蒸留酒の熟成している匂いがレイの鼻へと入ってきた。
「グルゥ」
セトもまたそれは同様だったのだろう。酒好きであるのなら香しいとか芳醇なとか表現出来るのだろうが、そもそもそれ程アルコールを好んでいないレイやセトにとってみればあまり嬉しく無い匂いだった。
その匂いを我慢しつつ周囲を見回す。
大きさ的には街の中にある普通の家が5軒程入るくらいの広さを持っており、2階へと続く階段も存在している。
「さて、レイ。じゃあ早速お互いに分かれて何か異変がないか探すとするか」
「……一応言っておくが、本当に酒にちょっかいを出したりするなよ? もしそんな真似をしたらギルドマスターや領主代理に報告しないといけないんだからな」
「お前もあいつらの虚言に騙されるなよ。幾ら何でも、俺だってこの件がお遊び気分で調べられるものじゃないってのは分かってるよ」
「だといいんだがな。何しろお前の所業を粗方教えられているし」
「ぐっ、……まぁ、いい。ほらとっとと行くぞ。2階は1階よりも狭く出来ているから俺が2階を調べる。お前とセトは1階を頼む」
「グルゥ?」
呼んだ? とばかりに円らな瞳をサザナスへと向けてくるセトに、一瞬手を伸ばし掛けるもののすぐに階段へと向かうサザナス。
そんな後ろ姿を見て、レイはセトと共に早速1階の調査を開始するのだった。
「……セト、何かおかしい魔力を感じるか?」
「グルルルゥ」
レイの言葉に首を振るセト。
(となると、魔力は関係無いのか? 魔熱病というくらいだから、魔力とかが関係していてもおかしくは無いと思うんだが)
「しょうがない。地道に見て回るか」
熟成用に樽へと入って積み重ねられている場所の影や、恐らくこれから酒を入れるのだろう、まだ空の樽。あるいは補修作業用の場所へと出向いて回るが、特に異常を発見するようなことは無かった。
「うーん、手掛かりの1つも無しか。いや、まだここだけを見た限りじゃ分からないよな。他の2つも回ってみないと」
溜息を吐いていると、2階へと続く階段からサザナスの下りてくる足音が聞こえて来る。
「こっちは手掛かり無しだ。そっちは……いや、その様子だと聞くまでもなさそうだな」
「ああ。特に妙な場所は無いと思う。少なくても俺の目では見つけられなかった」
「グルゥ」
自分のことも忘れるな、とばかりに頭を擦りつけてくるセトを撫でるレイ。
「そうだな。グリフォンでもあるセトの感覚を使っても怪しい場所とかは見つけることが出来なかったとなると、ここには何も無いと考えてもいいだろう」
「じゃあどうする? 他の保管場所に行くか?」
「そうだな。取りあえず何も無いなら何も無いで構わないんだからそうしよう。残るのは西と東だった筈だが、どっちが近い?」
「どっちもそう距離は変わらないが、敢えて近い方を上げるとするなら西だな」
「なら西の方に行くか。セト、外に出るぞ」
「グルルゥ」
木の樽から微かに漏れてくるアルコールの匂いが気になるのだろう。嬉しそうに喉の奥で鳴くセトだが、またこれから他の保管所へと向かうのだから、それはあくまでも一時的な物でしかなかったりする。
「あ、サザナスさん。盗み飲みなんかしなかったでしょうね?」
保管所から表へと出た途端に警備兵からそう言われ、地味にだがへこむサザナス。
その様子を見ながら、レイは苦笑を浮かべつつ心配はないとばかりに頷く。
「安心しろ。セト、そこにいるグリフォンは鼻が利くからな。もし酒を飲んでいれば一発で分かるさ」
「グルゥ」
どうだ! とばかりに胸を張るセト。
そんな様子にランクAモンスターの威厳は殆ど無く、どちらかと言えば大きめのペットのようにも見えたのかもしれない。
体長2mを越えるペットだが。
「あ、あはははは。確かにこんな強力な見張りがいればサザナスさんも盗み飲みとかは出来ないですよね」
「お前等、俺を一体なんだと。……まぁ、いい。ほら、西の保管所に行くぞ」
「ああ。……手間を掛けたな」
「いえいえ。魔熱病に関しては幸い収束の気配がありますけど、かと言ってその原因が分からないとこちらとしても完全に安心は出来ませんしね。では、魔熱病の調査の件お願いします」
ペコリと頭を下げてくる2人の警備兵に見送られ、レイ、セト、サザナスは西の保管所へと向かって歩き出す。
「結構慕われてるじゃないか」
「そうか? 何か微妙に舐められてるように見えるんだがな。まぁ、それでもこの街に愛着を持っているんだからいいけどよ」
そんな風に会話をしながら、あるいはバールの街に関してのことをサザナスに聞きつつ暫く歩き続けると、先程の保管所と同様の建物が見えてくる。
「あれか」
「ああ。西の保管所。……もし何か異変があるんだとしたら、ここで見つかって欲しいんだが」
呟きつつ、保管所の方へと向かうとやがて南の保管所の時と同じように2人の警備兵が姿を現す。
「サザナスさん? どうしたんです?」
「魔熱病に関しての調査でな。……ほら、聞いてないか? こいつがアウラーニ草の粉末を持ってきてくれたレイだ」
サザナスが自分の後ろにいるレイとセトの方へと顔を向けると、警備兵の1人が顔に笑顔を浮かべて近付いてくる。
「君がレイ君か! いや、薬の材料を届けてくれたそうだね。助かったよ。うちの父親も魔熱病に感染していてね。もし君の持ってきた材料がなければ恐らく助からなかっただろうと医者に言われたんだ」
手を握りしめつつ振り回す警備兵に、多少圧倒されながらも小さく頷くレイ。
「あ、ああ。助かって良かったな。……で、サザナスも言ってたが、現在俺達は魔熱病が急に流行したその原因を探しているんだ。この保管所の中にその何かがあるかもしれないんで、覗かせて貰ってもいいか?」
「ええ、勿論。ただ……」
チラリとサザナスへと視線を向ける警備兵。少し離れた場所では、もう1人の警備兵もまた同様にジト目に近い視線をサザナスへと送っている。
(こいつは、一体今までどれだけ悪さをしてきたのやら)
レイはそんな様子に溜息を吐き、宥めるようにして警備兵の肩へと手を置く。
「安心しろ。勝手に飲まないようにきちんと見張っておくから」
「お願いします」
「全く、お前等は……少しは俺を信用してだな……」
「はいはい。それはサザナスさんの日頃の行いがですね」
と、南の保管所と同じようなやり取りをしてから中へと入るのだった。
「うーん、周囲の様子を見る限りだと特に何も無いが……セト?」
「グルゥ」
2階へと上がって行ったサザナスを見送り、1階を見て回るレイ。そのまま隣を歩いているセトへと尋ねるが、やはりここでも魔力の類を感じるようなことは無いらしく、小さくその首を振っている。
「となると……残りは東か。あー、やっぱり保管所に何かあるってのは俺の思い過ごしだったのか? けど、他に当てがある訳じゃないしな」
それでも念の為ということで1階部分を隅々まで見て回るが、やはり何の異常も存在はしていなかった。
その頃になるとサザナスもまた2階から降りてきて小さく首を振る。
「後残るのは東の保管所だけ、か」
「なぁ、もしかして完璧に無駄足なんじゃないか?」
「そうは言うが、何か他に手掛かりになりそうなものがあるか?」
「いや、それは無いが……」
お互いに愚痴とも言えない愚痴を言いつつ保管所を出て、警備兵に見送られて最後に残った東の保管所へと向かう。
何しろ、結果の出ない調査程やる気を削る物は無い。そんな状態ではあったが、それでも他に当てが無いという消極的な理由により東の保管所へと辿り着いたのだが……
「グルルゥ」
その保管所を視界に入れた途端、セトが警戒の唸り声を上げる。
「……どうやら、万が一の確率が当たったらしいな」
レイもまた、保管所を視界に入れながら得体の知れない何かを感じ取り、そう呟くのだった。
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