第175話

「……ふぅ」


 首から上を斬り飛ばした影響で、再び林の中で最初に倒したガメリオンの時と同様に切断面から血が大きく噴き出す。

 その血飛沫を嫌い、ガメリオンの希少種の死骸から距離を取るレイ。


「グルルゥ」


 その隣には、先程希少種の頭部へと致死の一撃を加えたセトもまた優美に地上へと降り立っていた。


「良くやってくれたな。タイミングもこれ以上ないくらいに的確だったぞ」


 セトへと感謝の言葉を告げながら、その喉を撫でる。


「グルゥ」


 グリフォンであり、上半身は鷲だと言うのに、まるで猫が喉を撫でられてご機嫌であるかの如くゴロゴロと鳴くセト。

 大きさを考えないと、まるで主人に甘える子猫のようにしか見えない甘えっぷりだった。


「おーいっ!」


 そんなセトを感謝を込めて撫でていると、遠くから声が掛けられる。

 そちらの方へと視線を向けると、先程林の中に避難した4人の冒険者達とハスタが興奮しながらレイの方へと走ってきていた。


「おいおいおいおい、凄いな。いや。お前さんが街で噂のレイだって話はさっきそこのハスタから聞いたけど、本当に噂以上の実力者じゃないか」

「そうそう。まさかあの希少種をたった1人。いえ、そのグリフォンも入れれば1人と1匹で倒せるなんて思ってもみませんでした」


 先程すれ違った時に話した戦士風の男に続いて声を掛けて来たのは、厚手の布の服を着ている弓術士の男。


「本当に。まさか噂の希少種と遭遇するなんて思っても見なかったわよ」


 続いて、レザーアーマーと槍を装備した明るそうな女戦士が。


「いや、全く。ここで僕の人生は終わるかとばかり」


 最後に、レイと同様にローブを着て杖を持っているハスタと同年代の男が。

 それぞれ感謝の言葉をレイとセトへと投げかける。

 そんな中、レイは杖を持っている魔法使いと思しき存在へと視線を向ける。


(これまでの魔法使いの多くは俺を見ると色々と驚いていたようだが……こいつは違う。となると、魔力を感じ取る能力が俺同様に低いのか)


 内心で呟きつつ、何でも無いと首を振る。


「礼ならそこにいるハスタに言ってくれ。お前達を助けると判断したのはそいつだからな」

「そんなっ! 確かに僕がお願いしましたけど、実際にこの希少種を倒したのはレイさんじゃないですか! 僕なんか普通のガメリオン相手にも防戦一方だったし……」


 あたふたとするハスタに、冒険者達のリーダー格の男が笑い声を上げながらその肩を叩く。


「わははは。そもそもガメリオン相手に1人でどうにか出来る奴の方が少ないんだ。そこのレイは数少ない例外だ例外」


 豪快に笑いながらも一息つくと、真面目な顔になってレイの方へと向き直る。

 その様子をみて、残り3人の仲間達も男の近くに集まってきた。


「今回は助けてくれて礼を言う。俺はランクCパーティ風の刃を率いるソクルスだ。そっちの弓術士はウルイプカ、槍使いはジュレ、魔法使いはコーテシー」


 ソクルスの言葉に、紹介されたパーティメンバーが頭を下げる。

 風の刃の者達にしてみれば、まさに九死に一生を得たと言っても過言では無かった。レイという存在がいなければ、自分達が希少種の胃袋に収まっていたというのはまず間違いないと理解していたからだ。もしそれにハスタが加勢をしたとしても、それは単純に希少種の昼食が少し増えるだけになっていただろう。


「さっきも言ったが、気にするな。……とは言え、もちろんこの希少種は俺が仕留めた以上俺達が貰っても構わないな?」

「え? ああ、それはもちろんだが。金とかの礼はいらないのか?」


 意表を突かれたように思わず尋ねるソクルス。

 その様子に、改めてそう尋ねればさらに要求されるだろうにと内心苦笑しつつも、レイは小さく首を振る。


「構わない。金に関してはそれ程困っていないしな」


 レイのそんな言葉に、金に困っているハスタが若干羨ましそうな視線を向けてくるが、そんな視線を向けている自分に気が付いたのか、すぐに顔を逸らす。


「けど、さすがに命を助けられたって言うのに何も無しって訳にはいかないだろ。……出来れば俺達が仕留めたガメリオンを1匹くらい譲りたい所なんだが……」


 ソクルスが苦笑を浮かべつつ肩を竦める。

 何しろ希少種に追いかけられていたのだ。風の刃が仕留めたガメリオンの乗っている荷車を運んでくるような余裕は無く、今頃はどこか他のモンスターの昼食になっているだろうと溜息を吐きながらぼやく。


「ほら、ソクルス。命があっただけマシだって考えましょ。仕留めたガメリオンはともかく、荷車は多分無事……だといいなぁ。だってあの荷車、借り物なんだよ? もし壊されてたら弁償しなきゃいけないし……」


 ソクルスを慰めるように声を掛ける槍使いのジュレだったが、すぐにギルムの街に戻ってからのことを考えると次第に沈んだ口調になっていく。

 それはウルイプカとコーテシーも同様で、雰囲気が暗くなる前にとレイが再び口を開く。


「あー、そうだな。どうしても俺に礼をしたいって言うんなら、ギルムの街で今度会った時にでも飯を奢ってくれればそれでいいさ」

「……そんなんでいいのか?」

「ああ。と言うか、荷車の弁償とかの可能性を考えると余計な出費は控えるべきだろ」

「まぁ、確かにそうだけど」


 そうは言いつつも、風の刃一行はレイやセトがどれだけ食べるのかと言うのを知らなかったが故にあっさりとその提案を受け入れるのだった。


「それにしてもお前の噂はギルドで聞いてたけど……改めて凄いな。それで本当にランクDってのは信じられないくらいだ」

「いや、僕はそれよりもあの魔法が凄いと思ったかな。一撃であれ程の威力を叩き出す火の魔法とか、僕にはちょっと無理だよ」


 ソクルスの言葉を聞いていたコーテシーが自分より年下に見えるレイの放った魔法に素直に賞賛の声を上げる。


「って、だからのんびりしている場合じゃないってば! とにかく荷車! 無事だといいんだけどなぁ。……ほら、行くよ!」


 叫びつつ、ジュレが左手に槍を。そして右手でソクルスの耳を引っ張って自分達が逃げてきた方へと早足で向かう。

 当然耳を引き千切られたくないソクルスはジュレの後を強制的に追うことになるのだった。


「痛っ、おいこらジュレ! 痛いって。耳、耳! 千切れる!」

「うるさいわね! これでガメリオンの死骸が他のモンスターに食べられてて、荷車まで壊されてたら今回の仕事は完全に赤字よ、赤字! ただでさえこれから冬で依頼の達成が難しくなっていくのに、ここで赤字なんか出したら冬を越せないわよ! それこそ去年みたいに雪の中で討伐依頼なんて真っ平御免だわ。なんとしても冬を越せるだけの蓄えを溜めて暖かくして冬を越すのよ!」

「分かった。分かったから! 初対面の奴らの前で俺達の恥を曝すなよ!」

「待って、待って。僕の魔法無しでこの草原を進むとか無茶しないでよ!」


 そんな2人の後をコーテシーが追っていき、最後に1人だけ残ったウルイプカが小さく頭を下げてくる。


「すいませんが、あの2人をそのままにしておく訳にもいかないので私達はこの辺で失礼します。……今回は本当に助けて貰ってありがとうございました。……ソクルスの奢りの際には是非好きなだけ食べて下さいね」


 ニコリとした笑みを浮かべながらそれだけ言って、3人の後を追いかけていく。


(……ソクルスって奴はともかく、今のウルイプカとか言う奴は俺やセトの食事量がどれくらいなのかを知ってたっぽいな。それを自分達のリーダーに教えないんだから、妙に腹黒いと言うか何と言うか)


 内心で苦笑し、去って行った風の刃の後ろ姿を見送っていたハスタへと声を掛ける。


「さて。希少種なんて予想外の大物も倒すことが出来たし、ギルムの街に戻ってもいいんじゃないか?」

「あ、はい。そうですね。あの希少種の大きさを考えれば、通常のガメリオンよりもかなり多い肉が取れそうですし」


 ハスタにしても、希少種に遭遇するというのは正直最悪以外のなにものでもなかったのだが、それでもレイのおかげで巨体を誇る希少種を倒すことが出来たのだ。結果だけを見れば幸運だったと言えるだろう。


(ギルドでレイさんに声を掛けて、本当に良かった……)


 過去の自分を褒め称えているハスタの横で、レイは斬り飛ばした尻尾と首をミスティリングの中へと収納していく。

 そして残るのはその巨体故に未だ首から血を吹き出している胴体のみとなった。


「あー……どうする? ここで血抜きをしていくか? それともギルムの街に戻ってから血抜きをするか?」


 そんな質問に、ハスタは心苦しそうにしつつも口を開く。


「安全面を考えれば、さっさとレイさんのアイテムボックスに回収してから街で血抜きをした方がいいんですが……食堂の近くにあるモンスターの解体する場所はこれ程の大物だと入れるのがやっとなので、血抜きをするとなると色々と手間になります。なので、申し訳ありませんがここで血抜きをお願いしてもいいですか?」


(まぁ、俺的にはセトやデスサイズがまだ吸収していない魔石を入手出来る可能性があるからいいんだが)


 内心でそう思いつつも、ハスタへと向かって真面目な表情で問いかける。


「ハスタがそう言うのならそれでも構わないが……血の臭いで他のモンスターがやってくる可能性もあるぞ? 当然その覚悟はあるんだろうな?」

「はい。さすがにガメリオンのようなランクCモンスターが出て来れば僕1人ではどうにも出来ませんが、ゴブリンとかなら全く問題ありません」


 ハスタのその言葉により、結局この場で希少種の胴体をセトと共に強引に上下逆にして血抜きが完了するまで暫く待つことになるのだった。


「それにしても……まさか街から出る時に聞いた希少種とこうして遭遇することになるとは思ってもいなかったな」


 もしかしてフラグだったのか、そう内心で思いつつ呟くレイ。


「そうですね。でもこの希少種を父さんに見せたら腰を抜かすかもしれませんよ」

「おいおい、お前の目的は実家の食堂に安く肉を提供することなんだろうに。それで肝心の食堂が休みになったらお前の目的でもある借金を返すのが遅くなるぞ」

「あー、確かに。でも父さんなら1日や2日休んでも、気合いで何とかしそうな気が……」


 そんな冗談染みたように言葉を交わしつつ、それでも現在レイ達がいるのはモンスターの跳梁跋扈する地である以上は油断せず、お互いにどうでもいいような話を続ける。

 もちろん、これはお互いがお互いをある程度信頼しているからこそ出来ることだ。そうでもなければ、きちんと周囲を警戒するようにどちらかが口に出しただろう。

 ハスタはレイが希少種を倒すところをその目で見ているし、レイはハスタがランクDになってから1年は経ち、それなりにベテランであるのを知っている。そして何よりも2人にとっては、グリフォンであるセトがレイの近くで地面に寝転がったまま周囲を警戒しているのが最も安心出来る要素だった。


「ちなみに、ガメリオンの肉は美味いって言ってたが、具体的にはどんな料理に合うんだ?」

「うーん。色々と調理法はありますけど、僕が好きなのはシンプルに塩を振って焼いた奴です。皮をパリッと焼いて肉は少し固いけどしっかりとした噛み応えがあって。囓ると口の中にたっぷりの肉汁が広がって……」


 いかにも美味そうな顔をしてガメリオンの味を説明するハスタに、思わずレイの喉がゴクリと唾を飲み込む。


「ただ、うちの食堂で一番人気なのはガメリオンのシチューですね。たっぷりと栄養を蓄えているこの時期だからでしょうけど、肉の脂がスープに溶け込んで野菜と一緒に食べると……何杯もおかわりする人がいますよ」

「どっちも美味そうだな」

「あははは。何しろ元々肉自体がランクCモンスターとしては平均以上に美味しいのに加えて、この時期だけの期間限定というのもあるんでしょうね。あ、そうだ。ギルムの街に戻ったら父さんに頼んで今回取ったガメリオンの料理を出して貰いますよ。レイさんの食べる量を考えると好きなだけ……って訳にはいきませんが、今説明したシチューくらいなら出せると思います」

「……いいのか? そもそも今回ガメリオンを倒しに来たのは、お前の食堂にある借金を返す為だった筈だが」


 珍しくレイの口から出た心配そうな言葉に、ハスタは口元に満面の笑みを浮かべながら頷く。


「はい。何しろレイさんが希少種を倒してくれたので、父さんがガメリオンの料理を出すにしても肉が余ってしまうかもしれませんし。元々ガメリオン1匹程度の予定でしたから」

「そうか。お前がそう言うんなら、その言葉に甘えさせて貰おう。……あぁ、そうだな。なら俺が言ってた料理にガメリオンを使うと言うのもいいかもな」

「それは……是非お願いします!」


 料理の話を聞き、大きく頭を下げるハスタだった。






 結局、この後はガメリオンの血の臭いに惹かれてゴブリンやポイズントードが数匹程襲ってきたが、ハスタがさっさと片付けてしまうのだった。

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