第156話
貴族街にあるボルンターの屋敷の2階、ダンスホール。そこで行われている戦いの趨勢は次第にレイ達が有利になってきていたと言ってもいいだろう。
まずレイ達を待ち受けていた一行の中で、唯一の魔法使いであった中年の女魔法使いはレイを見た瞬間に戦意を喪失して床へと座り込んでいる。
次にアゾット商会の盗賊達を纏めているテンダがレイのデスサイズによる一撃で吹き飛ばされ気を失い、そして幾度となくムルトを狙ってきた弓術士の男に関してもセトを相手にするのはさすがに無理があったらしく、現在は床に倒されてその背へと前足を乗せられ完全に身動きが出来なくなっていた。
こうして現在アゾット商会側の冒険者で戦闘が可能なのはフロンとブラッソの2人と戦っているランクCパーティである雪原の狼の3人。そして……
「……」
ハルバードを構えながら無言でレイへと近付いてくるハルバードの男の4人のみだった。
(こいつ、やっぱり相当に腕が立つな。ランクB冒険者はガラハトだけだって話だったが……盗賊だったテンダといい、こいつといい、色々と予想外の人物が多いらしい。いや、このハルバードの男に関してはガラハトやムルトも見覚えが無いと言ってたから、しょうがないといえばしょうがないんだろうが)
近付いてくる相手を見つつ、レイもまたデスサイズを構えながら1歩を踏み出す。
そうしてお互いがお互いの間合いへと近付いていき……
「っ!?」
「はぁっ!」
それぞれが間合いに入った瞬間、レイがデスサイズを。男がハルバードをそれぞれ振るう。
轟っ!
お互いの振るう長物の武器がそれぞれ空気を斬り裂きながら迫り……
キンッッッ! という甲高い金属の音を周囲へと響かせながらぶつかり合う。それも1度や2度ではない。幾度も連続してだ。
ハルバードの斧の部分とデスサイズの巨大な刃の部分が幾度となくぶつかり合い、お互いの武器を弾く。
手に感じるその衝撃に軽く驚きの表情を浮かべるレイ。
(まだ十分に魔力を込めていないとは言っても、デスサイズとまともにぶつかり合える武器だと? マジックアイテムか!?)
驚愕の表情はレイだけではない。男の方も同様だった。これまで数え切れない程に戦闘を繰り広げ、その尽くに勝ち続けてきた自分と、そして何よりも世界で最も信用する相棒であるハルバードとまともにぶつかり合える武器があるとは思ってもいなかったのだ。そう、伝説とも言われている錬金術師が作り出したマジックアイテムである自らのハルバードと、だ。
「……」
無言でレイへと感嘆の視線を向け、一度ハルバードを退いて距離を取る男。
本来であれば追撃を仕掛けるべき場面ではあったのだが、自分のデスサイズと互角に渡り合う男のハルバードを警戒して、距離を取る男を見送るレイ。
(フロンとブラッソの方は今の所互角とは言っても、人数の差がそのうち影響してくる筈だ。何しろ今日1日はずっと働きっぱなしなんだからな。俺みたいに身体能力やら何やらが人外染みていない分、そろそろ体力的に厳しくなってくるだろう。そうなるとセトが弓術士を気絶させて援護に向かうか、あるいは俺がこのハルバード使いを倒して援護に向かうか)
内心で色々と考えつつも、その視線は決して目の前の男からは外さない。
じっと黙ったまま向き合いながらも、お互いに相手の隙を窺っているのだ。それをどうにかしようと微かにデスサイズを握る手に力を込めたり、あるいは半歩分だけ踏み込んだり、わざと隙を作る為に意図的に関係の無い方へと視線を向けたりもする。
だがレイと対峙している男は対人戦に余程慣れているのだろう。レイの誘いには一切乗らずに、逆に同様のフェイントを幾つも仕掛けては攻撃を誘う。
お互いが相手の隙を誘うようにしながら向き合って数分。このままお互いに動きがないと次第に不利になっていくのは体力の消耗が激しいだろうフロンとブラッソだと考えていたレイは、事態を動かす為に向こうの予想外であろう一手を繰り出す。
「マジックシールド」
デスサイズの習得したスキルの1つ、1度だけという回数制限はあるがどんな攻撃も防ぐという魔力の盾が形成される。
「はぁっ!」
いきなりレイの近くに現れた光の盾に男が驚いている間に、その一瞬の隙を突いて地を蹴りデスサイズを振りかぶりながら男を間合いの内側へと収めるべく距離を縮めていく。そしてそのまま次の一手を放つべくデスサイズのスキルを発動する。
「風の手!」
振りかぶっているデスサイズ。その柄の先端から無色透明の触手を1本作り出す。
レイの言葉で何かを仕掛けてきたというのは分かったのだろうが、それでも瞬時に無色透明の風の触手を把握するのは無理だったらしく、兜に覆われた顔で素早く周囲を見回す男。だが結局は何も見つからず、ブラフと判断した男はデスサイズを振りかぶっているレイを迎え撃つべくハルバードを構える。
「はぁっ!」
鋭い声と同時に振り下ろされるデスサイズ。男もまた、デスサイズの威力が最大限に発揮されるよりも前に一撃を防ごうと1歩前へと出た所で……
「そこだっ!」
「っ!?」
風の手を操り、その先端で男が踏み出そうとした右足首を固定する。同時に。
「パワースラッシュ!」
締めの一撃だとばかりに、最後のスキルを発動する。
風の手により右足を固定され、身動きが出来ない状態の男へと向けて放たれたその一撃。パワースラッシュは一撃の威力を上げる代わりに刃の斬れ味を鈍らせるという効果を持つスキルだが、今回の場合はそれでも良かった。何しろガラハトから敵をなるべく殺さないように頼まれているのだから。振るわれたデスサイズは刃の付いていない方向、刀で言う峰の部分が男へと目掛けて撃ち込まれていく。
「っ!?」
右足が風の触手で固定されているとは言っても、所詮風の手のレベルは1でしかない。もっと高レベルであれば男の足首を固定したままでいられたかもしれないが、油断を突いての一瞬ならともかく、自らの足首を何らかの動きで封じられていると知った男は力ずくで強引に風の手から抜き出し、そのままハルバードをレイへと目掛けて振るってくる。
既にどうやってもレイの一撃を無傷で防ぐのは無理だと判断し、せめて相打ちを狙っての一撃だったのだが……
(その程度、お見通しだよ)
内心で呟き、口元にニヤリとした笑みを浮かべながら、振るわれたハルバードを全く気にした様子も無くデスサイズを振るうレイ。
レイの頭部を狙って振るわれたハルバードが、命中する寸前……
ギンッ! という金属音を立ててレイの周囲に浮かんでいた光の盾がハルバードの一撃を受けとめ、光の盾が役目を果たして霞の如く散っていく。同時にデスサイズはフルプレートメイルの脇腹へと吸い込まれるようにして叩き込まれた。
100kgを越えるデスサイズの重量、レイ自身の人外の膂力。そしてデスサイズのスキルであるパワースラッシュにより振るわれたその一撃は、鈍い音を周囲へと響かせながら男の着ていたフルプレートメイルの胴体部分を容易に砕きながら吹き飛ばす。
「ぐがぁっ!」
この部屋に入って以来初めて漏らした男の声は、苦痛と衝撃を堪える為の苦悶の声だった。
「よし、こっちは片付い……何?」
今の一撃を食らえばまず間違い無く気絶しただろう。そう判断してフロンやブラッソの方へと振り向いたレイだったが、背後から聞こえてきた物音に思わず唖然として振り返る。通常の一撃を脇腹に食らったテンダはそのまま意識を失っている。それなのに、パワースラッシュを使っての一撃を受けた男がまだ意識を保っているというのがレイには信じられなかった。もちろんテンダが装備していたのは盗賊らしく防御力よりも機動力を重視したレザーアーマーだ。防御力という点ではフルプレートメイルとは比べものにならない代物だが、それでもパワースラッシュを使っての一撃だったのだ。マジックアイテムでもない限りレザーアーマーだろうがフルプレートメイルだろうがそのその防御力は誤差の範囲内でしかない筈だった。
「お前、本当にただの人間か? いや、その頑丈さから考えると普通の人間には思えないが……かと言ってドワーフにしては背が高いし、エルフならそもそも人間よりも打たれ弱い筈だ。あるいは俺の知らない亜人種族か……」
多少動きが鈍いながらも、それでも尚立ち上がってきた男へと向けて尋ねるレイだったが、男は相変わらず一言も漏らさずに黙ってハルバードを構える。
(殺してもいいのなら何とでもなるが、それが禁止されているのが痛いな。そうなると、やっぱり手足の1本や2本へし折って……いや、さっきの手応えだと間違い無く肋骨は大半がへし折られている筈だ。それなのに今更手足を折っても奴に効果があるとは……待て。動きが……)
男が立ち上がってからまだ1分と経っていないというのに、目の前の男は確実に動きが滑らかになってきていた。それこそ、まるで怪我をする前のように。
(怪我をする前のように?)
何かが脳裏を過ぎったが、時間を与えるのすら惜しいとばかりに男はハルバードを構えて前進してくる。
その動きは、肋骨を折られた影響は殆ど見えない。
(っ!? そうか、セトが身につけているような常時回復効果がある慈愛の雫石のようなマジックアイテムか!)
数あるマジックアイテムの中でも、特に稀少な種類の1つ。それだけにレイがその可能性に辿り着くのに若干時間が掛かり、その隙を突くかのように男はハルバードを振るう。先端の斧で薙ぎ払い、槍の部分で突き、斧の反対側の部分から伸びている鋭いスパイクを使って殴り掛かってくる。そんな怒濤の攻撃を、レイはデスサイズの刃の部分で弾き、あるいは受け流し、柄の部分で弾く。
まさに先程の繰り返しとでも言うようなその戦いをじっと見ている者達がいた。
ダンスホールの入り口近くにいる、ガラハトとその護衛のムルトだ。ランクCやDといった者達にはまず出来ないような剣舞……否、演舞と言ってもいいようなその動きに、2人はただひたすら息を呑む。
デスサイズにしろハルバードにしろ、どちらの攻撃も鋭く、速い。そして何よりも、一撃でも当たれば自分ならまず確実に死ぬと思える程圧倒的な威力を持っているのは明らかだった。
(あれが……俺と同じハルバード使い? 技量の桁が違いすぎる)
ムルトが思わず内心でレイと戦っている男の技量に自らとの差を感じ取って圧倒される。
ムルトにしてみればレイに勝って欲しいのが当然なのだが、何しろ自分と同じ武器を使っている相手だ。どうしても男の方に肩入れをしてしまう。
だがそんな演舞も長続きはせずに、やがて終局へと向かい始める。
最初にそれに気が付いたのは、当然の如くムルトよりもランクが高く、戦闘経験も多いガラハトだった。
「……勝ったな」
「え?」
ガラハトの言葉に思わず尋ね返すムルト。自分ではこの距離からでも目で追うのがやっとのその戦いではあったが、それでもムルトの目から見てまだ互角のように見える。それなのに何故ガラハトがレイの勝ちを確信したのか。見ていてもどうしても分からず、視線で尋ねる。
「分からないか?」
「はい。俺の目には全くの互角に見えます」
「そうだな、互角に見えるな。今の所は……な。だがもうちょっと注意して見てみろ。そうすれば違う物が見えてくる筈だ」
ガラハトの言葉を聞き、デスサイズとハルバードの演舞を注意深く観察するムルト。すると次第にガラハトの言っている意味が理解出来るようになる。
「あれ? ハルバードの男の方がほんの少しだけど反応が鈍くなってきている?」
思わず呟くムルト。そう、ムルトの目から見てほんの少し。一瞬とも言えるような速度ではあるのだが、ハルバードの男がレイの攻撃に対して反応するのが遅れているように見えていた。だが、ガラハトはそんなムルトの言葉に小さく首を振る。
「惜しいな。いや、意味的には合ってるんだが正確じゃない。あれはハルバードの男の反応が遅くなってきているんじゃなくて、レイの速度が上がってきているんだ。……まさかあの状況からもう1段階上の速度があるとは、さすがに予想外だった」
(あるいは、先の一撃の影響がここに来て出て来ているのかもしれないが……な)
ほんの少し……だが確実に形勢がレイへと傾いていくのを見ながら内心で呟くガラハト。
その視線の先では、確かにガラハトが口にしたように徐々に、本当に徐々にではあるがレイの振るうデスサイズがハルバードを振るう速度を上回り、フルプレートメイルへと小さくではあるがいくつも傷を付け始めていた。
そのまま事態が進めば、恐らく後10分もしないうちに勝負が付くだろう。そう思っていたガラハトとムルトだったが、次の瞬間その予想は大きく外れることになる。
レイのデスサイズの一撃で男を覆っていたフルプレートメイルの胸元に大きく一筋の傷が付けられると、何故か後方へと1歩、2歩と下がり始めたのだ。
「……どうした?」
そんな男を見て、思わず呟くレイ。
確かに今の一撃は鎧越しとは言ってもそれなりの衝撃を男に与えただろう。だが、だからと言って今の一撃だけで勝負が決まる程の物でもなかったのは事実。だと言うのについ数秒前までレイと戦っていた男は数歩程後ろに下がり、そのまま後退をやめずにレイとの距離を大きく取る。
否、距離を取るのではなくそのままダンスホールの裏口へと向かっていく。
特に何も言わず、戦闘を一方的に放り出して退いていくその姿に首を傾げながらも、レイは特に追撃を掛けるような真似はしなかった。
(自動回復効果のあるマジックアイテムを持っている以上、ガラハトとの約束通りに殺さずに無力化すると言うのは難しい。自分から退いてくれるのならそれに越したことはないだろう。……ボルンターが潜んでいるだろう部屋に再び現れたのなら、その時は勝負をつければいいだけだしな。それにしても、今の男の実力はランクB程度なんてものじゃなかった。何故それ程の実力を持つ者がボルンター如きに協力している?)
内心で首を傾げながらも、とにかく手が空いたのは事実なのでフロンとブラッソがやり合っている雪原の狼に背後から攻撃を加えるべくデスサイズを構えたまま1歩踏み出すのだった。
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