第139話

「用意周到って言うか、何と言うか」


 武器を売らないように根回しされてもそれ程困らない。そんな風に言ったレイへと向かい、フロンが呆れたように呟く。

 だが、レイはそんなフロンやブラッソ達に向かって小さく首を振る。


「別に今回の件を見越してた訳じゃないんだがな」


 槍に関して言えば、ランクアップ試験時に盗賊から手に入れた物がたまたまアイテムボックスに残っていただけであり、短剣に関してもギルムの街に来た時に鷹の爪から巻き上げたり、街中を散策しているときに何気なく購入した物だったりするのだ。


「……で、パミドール。レイはこう言っておるが、お前さんはどうするんじゃ?」

「ブラッソ?」


 ニヤリとした笑みを浮かべてパミドールへと声を掛けたブラッソに、レイが不思議そうな顔を向ける。

 だがパミドールはそんなレイの様子を気にした様子も無くブラッソ同様の笑みを返す。

 本来であれば悪戯を企んでいるようなと表現すべき笑顔なのだが、元々の強面振りもあって、どう見ても山賊が商人の一団を襲う計画を立てながら浮かべているような笑みにしか見えなかった。


「……パミドール。お前はもう少し自分の顔が野盗顔だってのを理解した方がいいぞ」

「あぁ? んだと、こら。フロン、そんな野盗顔の鍛冶師にお前は自分の剣を打って貰ったんだろうが!」


 凄むパミドールだったが、既に慣れているのかフロンは軽く肩を竦めてやり過ごす。

 そんなフロンを軽く睨みつけてから、パミドールは再度レイへと視線を向ける。


「レイ、だったな。安心しろ。幾らボルンターとやらがギルムの街の武器屋を仕切ってるって言っても、別に俺達は……いや、俺は奴の手下って訳じゃないんだ。あんな馬鹿げた命令は聞く必要ねぇよ」


 その言葉に、目を見開くレイ。


「いや、ちょっと待て。確かにボルンターの手下って訳じゃないかもしれないが、今言ったように奴はこのギルムの街で武器に関する商売を仕切っているんだぞ? そんな奴に逆らったりしたら、お前の方がただじゃ済まないだろ」

「ふんっ、別に俺はこのギルムの街に来たばかりだからな。そんな策は関係ねえんだよ。やりたいように鍛冶をして、それを自分の納得した相手に売る。そんな商売がしたくてわざわざこの辺境にあるギルムの街にやってきたんだからな」

「それはありがたいが、俺を相手に商売をしたら武器屋に商品を買い取って貰えなくなるぞ?」

「はっ、別に俺の客は武器屋だけじゃねぇ。と言うか、こいつらのように直接取引をしている奴等の方が多いしな」


 まさに頑固な職人、といった風に言い切るパミドールに思わず苦笑を浮かべるレイ。


「馬鹿だな、長いものには巻かれていればいいものを」

「はっ。それこそ馬鹿を言うな。そんな風な商売をしたいんなら、別にわざわざこんな辺境にやってくる必要なんかないだろ。俺の作った武器や鎧が辺境でモンスターの脅威に対する者達の助けになると思ったから、このギルムの街にやって来たんだ」

「……はぁ、好きにしろ。物好きな奴だ」


 呟きながら溜息を吐くレイだったが、パミドールがレイに向けてくる眼差しが『お前も同様だ』と物語っていた。


(さて、武器に関しては元々困る予定はなかったが、ここでパミドールの協力を得られたことでより一層他の武器屋に頼る必要はなくなった。そうなるとボルンターをどうするかだが……やっぱりこの前の時にひと思いに仕留めておくべきだったか? ガラハトがもう手出しをさせないと言ったのを信じたからこそあの時は手を退いたというのに、すぐにこの様だ。けどあの件については既に手打ちとなっている以上、ここで改めて俺がボルンターに危害を加えた場合は賞金首になる可能性もある訳だ。……ダスカーの言葉を信じるのならその心配は無さそうだが、かと言ってボルンターの根回しやら金の力を侮るわけにもいかないしな。……となると、一旦ガラハト辺りと接触してみるのが一番か)


 何をすべきかを決めると、次に改めてパミドールへと視線を向ける。


「素材剥ぎ取り用のナイフとかあったら見せてくれないか?」

「ん? 構わねぇが……その前に今使ってるのを見せてみろ。新しいのを買う前に修理出来るかどうかを確認しておきたいんでな」


 その言葉に従い、ミスティリングからいつも素材を剥ぐ為に使っている鉄のナイフを取り出すレイ。同時に、ドラゴンローブの内側にいつも身につけているミスリルのナイフも差し出す。


「お、おい。こりゃあ……」


 さすがに一目でミスリルナイフの価値が分かったのか、唖然とするパミドール。フロンにブラッソの2人もレイが持っているミスリルナイフを見たのは初めてだった為に驚きの目で視線を奪われている。その視線は完全にミスリルナイフへと注がれており、同時に出した普通の鉄のナイフに関しては見向きもされていなかった。


「マジックアイテムで素材を剥ぎ取るとか。どんな贅沢だよ」

「うむ。しかもこのナイフに使われているミスリルはかなり高純度の品質のものじゃ。それこそ、どこぞの貴族の家宝としてもいいくらいにはな。レイ、お主このミスリルナイフをどこで手に入れたんじゃ?」


 ブラッソの言葉に、レイはいつものように決めておいた設定を話すのだった。


「師匠から別れ際に餞別としてな」

「……幾ら弟子の旅立ちだからと言って、アイテムボックスやこのミスリルナイフを餞別として渡すとは……余程の大物か、あるいは馬鹿か。いや、実際にレイ程の弟子を取っているのだと考えれば馬鹿とは思えないから大物で決まりなのか」


 パミドールの半ば呆れたような声を聞きつつ、その視線がミスリルナイフへと固定されているのを見て溜息を吐いたレイは鞘へと戻してドラゴンローブの中へと仕舞い込む。


『ああっ……』


 パミドールとブラッソが残念そうに声を揃えたが、それには構わずにまだ仕舞っていなかった方の鉄のナイフをぐいっとばかりに差し出す。


「さすがに俺もあのミスリルナイフはそうそう使わないさ。基本的にはこの鉄のナイフで解体や剥ぎ取りをして、これで刃が立たないようなのだけあっちを使ってる。と言うわけで剥ぎ取りに関してはこれがメインだな」

「……むぅ」


 低く唸りながら――それだけでも一般人にとっては威圧されているように感じるだろう――レイの差し出した鉄のナイフを受け取り、その状態を確かめる。


「これは……結構使い込んでいるな。その割にはそれなりに手入れも行き届いている。手入れは自分でやってるのか?」

「ああ。とは言っても、剥ぎ取りが終了した後に水と布で拭いたり、夜に宿で砥石を使って研いでいるくらいだが」

「いや、それでも十分だ。今の若い奴らの中には、安物だからと言って使い捨て同然に考えてる奴も多くてな。特に中央の貴族が道楽でやっている冒険者にはその傾向が強いんだが……それに比べれば十分手入れが行き届いている」


(貴族が道楽で冒険者か。まぁ、戦争とかがあるのを考えると、腕を磨こうともしない奴等よりもマシってところなんだろうが)


 内心で呟き、パミドールの持っているナイフへと視線を向ける。


「一応、そのナイフは俺がこのギルムの街に来た時に手に入れた品だからな。使い勝手もいいから重宝している」


 正確に言えば、鷹の爪から巻き上げたというのが正しいのだが……その辺は適当に濁すレイだった。


「ん、まぁ、そうだな。素人として考えればそれなりに手入れはされているが、それでもやっぱり本職の俺から見れば色々と足りない所もある。取りあえず挨拶代わりに研ぎ直してやるよ。ちょっと待ってな」


 そう言い、奥にある鍛冶場へと入っていくパミドール。それを見送り、ブラッソの方へと顔を向けて何かを言おうとした時……


「ただいまー!」


 扉が開けられ、元気のいい大きな声が工房の中へと響き渡るのだった。


「あ、やっぱりレイお兄ちゃんだ! 外にセトがいるからすぐに分かったよ! 前に言ってたように遊びに来てくれたんだ!」


 その声の持ち主は工房の中にいるレイをその視線に捉えると、そのまま勢いよく目的の人物へと向かって走って近寄り、飛びつくように抱き付く。


「っと!」


 その人物、10歳程の少年で利発そうな顔付きをしているクミトを抱きとめつつその場に留まるレイ。


「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「うん! でもお兄ちゃん遊びに来るのが遅いよ! もっと早く来てくれれば一杯遊べたのに」


 笑みを浮かべつつも口を尖らせるという器用な真似をするクミトに、苦笑を浮かべつつその頭を撫でてやる。


「悪いな、これでも一応冒険者なんでな。仕事があるんだよ。ほら、その2人に見覚え無いか?」


 そのままクミトの体勢を変えて、フロンとブラッソの方へと向けると一瞬きょとんとした後に再び口を開く。


「あーっ! フロンお姉ちゃんにブラッソおじちゃん。2人共お父さんに用事? レイお兄ちゃんとも知り合いだったんだ!」

「ああ、お前はいつも元気でいいな。その元気を俺にも少し分けて欲しいくらいだよ」

「お姉ちゃんとか呼ばれてる割には、随分と年寄り臭いことを言っておるのう」

「はんっ、おじちゃんのブラッソよりはマシだろうよ」

「儂は別におばちゃん……いや、おじちゃんと言われても特に気にしないんじゃが?」


 おばちゃん。その単語を聞いたフロンは頬をひくつかせながらも口元へと笑みを浮かべる。……もっとも、その笑みは般若の笑みとでも呼ぶべきものだったのだが。


「ブラッソ。今何か言ったか? 何か妙な寝言が聞こえたような気がするんだが……訂正するなら今のうちだぞ?」

「はて、何じゃろうな。何しろ儂はおじちゃんじゃからな。物覚えが悪いんじゃよ」


 お互いに言い合いながらも、周囲へとどこか緊迫した雰囲気が満ちていく。

 レイはその様子にまたか、と溜息を吐きクミトを連れて2人から距離を取ろうとしたのだが……


「喧嘩しちゃ駄目ーっ! 全く、2人はいっつもこうなんだから。レイお兄ちゃんからも何とか言ってよ」


 勢いよく飛びだし、フロンとブラッソの間に立ちはだかるクミト。そしてレイへと視線を向けてくる。


「とは言ってもな。この2人はそれこそいつものやり取りなんだから、気にする必要はないだろう」

「でも喧嘩だよ? 止めなきゃ」

「いや、これは喧嘩とは言わないな。どちらと言えば一種のじゃれ合いみたいなもんだな。セトとかがよく頭を擦りつけたりしてくるのを見たことがないか?」

「……知らないよ。僕まだ殆どセトと遊んだことないし」


 口を尖らせながらそう言ってくるクミトは、既にフロンとブラッソの2人を止めるというのよりも自分がセトとあまり遊べていない不満を素直に顔の表情に現している。

 そしてじゃれ合いと言われたフロンとブラッソはお互いに構えていた拳を下ろして溜息を吐く。


「レイ、別に俺達はじゃれあいなんか……」

「うむ。そんなつもりは毛頭ないぞい」


 タイミングを合わせたように口を開いた2人。そんな2人を見て、クミトは不思議そうに首を傾げる。


「でも、息がぴったりだよね?」

『ぐっ……』

「はっはっは。お前等は俺を笑わせにきたのか? っと、クミト。戻ってたか」


 奥の鍛冶場から笑い声をあげつつ出て来たパミドールが、クミトの頭を乱暴に撫でる。同時に、左手に持っていた鞘に収まっているナイフをレイの方へと放り投げてくる。


「ほれ。手入れはしておいた。また切れ味が鈍ったりしたらここに来い」


 投げられたナイフを受け取り、そのままミスティリングの中へと収納して小さく笑みを浮かべる。


「悪いな、助かった。ハーピーの素材を剥ぐ時に早速使わせて貰う」

「そうしろ。道具は使ってこそだ。飾られているだけの道具なんざ道具じゃねぇ」


 パミドールのそんな言葉を受けながら、ブラッソとフロンの2人へと視線を向けるレイ。


「とのことらしいが、山で収納したハーピーの解体はどうする? アイテムボックスに入っているから腐るなんてことはないが、それでも素材を剥ぐのなら早い方がいいだろう?」

「む、そうじゃな。じゃが、外はもう既に暗くなっておるしな」


 呟きながら工房の扉を少し開けて外へと視線を向けるブラッソ。

 元々工房へと来た時には夕暮れであった為、工房の中でパミドールと話していたりナイフを研いだりとしている間に外はすっかりと暗くなっていたのだ。


「そうなると明日か?」

「あー、俺は明日の午後からちょっと用事があってな」


 フロンの言葉に申し訳なさそうに口を挟むレイ。だがそんなレイの言葉に、フロンとブラッソの2人は問題無いとばかりに顔を見合わせる。


「ハーピーの数自体は10匹程度なんだから、午前中でどうにかなるだろ。ただ、場所がなぁ。ハーピーの姿形が姿形なだけに、迂闊な場所で解体すると下手をすれば騎士団辺りに通報されそうなんだよな」


 溜息と共に吐き出すフロン。何しろハーピーはその胴体と顔は人間の女なのだ。確かにそんなモンスターを解体しているのを他の誰かに見られでもしたら誤解される可能性が高い。


「だったら、街の外の……少し離れた場所で解体するか?」

「まぁ、それが一番じゃろうな。街のすぐ近くじゃと、それこそ街に入ろうとしている商人やら何やらに誤解されて通報される可能性が高い」


 ブラッソがそう告げた時だった。まず最初に気が付いたのはレイ。鋭い視線を工房のドアへと向け、先程ミスティリングへと収納したばかりのナイフを手に取る。それを見て事態を察知したフロンが腰の剣へと手を伸ばし、ブラッソは地揺れの槌がこの場で振り回すのは向いていないと理解しているのかクミトを守るべく側へと移動する。

 クミトは何が起きているのか理解出来ない顔で周囲を見回し、パミドールはその厳つい顔を凶悪に歪めながら工房の中にあった小さめの金槌を手に取る。


「クミト、ちょっと鍛冶場の方に行ってろ」

「え? う、うん!」


 パミドールの言葉に従い、不安そうに一瞬だけ父親の顔へと視線を向け奥へと入っていくクミト。

 そしてその瞬間……


「レイッ、ここにいるのか!?」


 工房の扉を開けて飛び込んできたのは、身体の数ヶ所から血を流して左肩に矢が刺さっている男、ガラハトの弟分とも言えるムルトの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る