第102話

 ヴェルに操られ、レイへと攻撃していたキュステが口にした叫び。それは自分を殺してヴェルを討てというものだった。

 その叫びを聞いていたヴェルが、思わずといった様子で笑い声を漏らす。


「くっくっくっく。あーはっはっはっは! あのキュステが! 貴族としてのプライドだけは高い、あのキュステが! あれ程嫌っていたレイに自分を殺してくれとか! あははははは。ひーひっひっひっひ。駄目、駄目だ。笑い死ぬ。わ、脇腹が……な、なるほど。俺を笑い殺そうっていう狙いか? そ、それなら確かにその企みは成功しそうだよ!」


 脇腹を押さえながら大声で笑うヴェル。

 だが、キュステはそんな様子を見もせずに自分の攻撃を尽くいなし、回避し、防いでいるレイへと視線を向けている。


「……私を、殺せ。そして奴を討て。貴様もエレーナ様の護衛として雇われた身なら、その責務を全うしろ!」


 顔面へと狙いを付けて放たれた突きを、数cmだけ顔を背けて紙一重で回避しながら周囲の様子を確認するレイ。

 少し離れた場所では未だにセトとゴーレムの激しい戦いが繰り広げられている。戦いとしてみれば一進一退と言ってもいい状況だが、ゴーレムの盾は既にボロボロになっており、同時にゴーレムにも幾筋かの傷跡がつけられていた。それに対してセトはといえばゴーレムが相打ちを覚悟で振るった剣により軽く傷つけられてはいるが、その首に掛けられているマジックアイテムである慈愛の雫石の効果により与えられたダメージを片端から回復していっている。それ等を見ればどちらが有利なのかは一目瞭然だろう。だが、それでも自らの意志というものがないゴーレムは命じられた内容を淡々とこなすだけであり、傷ついたからといって怯むようなことは無いし、一旦後退して態勢を整えるといったことを考える頭も無い。


(セトの方は勝利は確定的だが、まだ暫く時間が掛かる……か)


 次に視線を向けたのは継承の祭壇近くで気を失い、魔法陣の中へと倒れ込んでいるエレーナとアーラ。

 儀式の途中で強制的に中断させられた影響なのだろう。これ程に近くで戦闘を繰り広げられていても、一向に目を覚ます気配は無い。


(こちらも望みは薄い、か。そうなると……)


 後方へと跳躍しながら最後に視線を向けたのはキュステ。次の瞬間には一瞬前までレイのいた場所をキュステが放った水の魔槍の横殴りの一撃が通り過ぎていった。


「……いいんだな?」


 キュステを回避してヴェルへと迫るのは難しいが出来ない訳では無い。だが、ヴェルの懐から伸びている触手が備えている自動防御の力を考えるとヴェルを仕留めきる前に操られたキュステが援護に回り、結局は2人を相手に戦うことになってしまう。それを避ける為にはまずキュステの動きを止めないといけないのだが、操れられている今のままでは多少のダメージで動きを止めるのは無理だろう。つまり、本気で死ぬか生きるかギリギリの一撃を当てるしかないのだ。


「無論だ。……最後に言っておくが、私は貴様が嫌いだ。憎んでいるといってもいいだろう。貴様は貴族という存在に対する尊敬の念が足りないし、言葉遣いも粗雑であり、礼儀作法も碌に知らない。かと思えばエレーナ様に対しては気安い態度を取る」


 口を開きながらも顔面を突き、足下を払い、返す刃で胴体を薙ぎ払ってくる。

 それらの攻撃をこれまで同様デスサイズで防ぎ、回避し、いなしながらもキュステの言葉をじっと聞くレイ。

 目の前に立つ槍使いを好きになれないというのは事実だが、現在口に出しているのはキュステの最後の遺言となる可能性のある言葉なのだ。それを思えば最後まで聞くのが礼儀だろうと判断し、攻撃を回避しつつもキュステの言葉に耳を傾ける。


「そんな何もかもがなっていない貴様だが、その実力だけは私も認めざるを得ない。何しろ、槍を使っていなかったとは言っても私に勝っているんだからな。それに、こうしてヴェルに操られているとは言っても身体能力の増した私の攻撃を尽く防ぎ続けているのだ」

「あー、まだつまんない話が続くの? あんまり暇だと俺ってばやることなくてエレーナとかアーラに手を出しちゃうよ?」

「っ!? ……だから、恥を忍んで頼む! 奴を、エレーナ様の信頼を裏切り、母国でもあるミレアーナ王国をも裏切ったあの恥知らずを……」

「……了解した。一先ずお前は眠れ」


 言葉と共に、突き出された槍の穂先をデスサイズの柄で下から打ち上げる。

 100kgを越えるデスサイズに、レイの人外の膂力で打ち上げられたその魔槍は、ケレベル公爵騎士団の中でも有数の槍使いとして知られているキュステの握力で握っていても堪えることが出来ずに上空へと高く打ち上げられ、天井へと突き刺さる。そしてその打ち上げた姿勢のままにクルリとデスサイズを一回転させ、柄の先端をキュステのまだ鎧に包まれた腹の部分へと触れさせ……

 バギャンッ! と人が出せるような音ではない音を響かせて吹き飛ぶキュステ。デスサイズの柄で零距離から撃ち抜かれたそのフルプレートメイルの胴体の部分は先に与えた鳩尾部分の一撃の影響もあって完全に砕け散っており、床へと鎧の破片が散らばっている。


「がっ!」


 さすがにその一撃は強烈だったのだろう。吹き飛ばされた先で一声呻きながら気を失うキュステ。最初にヴェルへと攻撃した時のように気を失ったままでも攻撃出来るのかと一瞬頭の中で考えたレイだったが、今はあのキュステが自分の身を捨ててでも、憎んでいる自分に懇願してでも作り出したそのチャンスを逃せないとばかりにヘラヘラとした笑みを浮かべて自分を眺めているヴェルへと向かって地を蹴る。


「はぁっ!」


 雄叫びと共に放たれたその一撃。空間すらも斬り裂くかのような鋭さと早さ、力強さを持った一撃がヴェルへと襲い掛かり……


「残念でしたっと!」


 ヴェルのからかうような言葉と共にレイの手に残ったのは肉を斬り裂く感触でもなければ、骨を砕く感触でもない。金属や石を砕いたかのような手応え。


「ゴーレム、だと?」


 その斬り裂いた感触の正体を思わず口に出すレイ。そう、ヴェルへと向かって放たれたデスサイズの死の一撃を受け止めたのは、どこからともなく現れたゴーレムだったのだ。いや、どこからともなくではない。そのゴーレムがどこから現れたのかは、レイの目にはしっかりと映っていた。ヴェルの腰にぶら下げられたポーチ、そこから現れたのだ。


「あ、驚いた? やっぱり驚いた? まさか空間拡張されたポーチを俺が持ってるとは思わなかったんだろ? そりゃそうか、本来であれば子爵家の財産程度じゃとてもじゃないけど買えないような代物だし」


 チラリ、とレイの視線が向けられたのは継承の祭壇の前で気を失っているエレーナの姿。そのくびれた腰には前日の夜に見た空間拡張型のポーチが付いたままだ。


「ん? 残念。俺のこのポーチは別にエレーナの物を奪ったとかそういうんじゃないんだよね」

「……ベスティア帝国、か」

「ありゃ、分かっちゃったか」

「ふん、お前が故国であるミレアーナ王国を裏切ってベスティア帝国についた上に、これまでのことを考えればベスティア帝国というのは錬金術の技術が高いんだろう。あの巨大カマキリのようなキメラなんかその最たるものだしな」

「大正解! ベスティア帝国は魔導都市オゾスと比べても錬金術のレベルだけなら同等なんじゃないかな。……まぁ、それでも空間拡張型のポーチを作るのにはかなりの費用が掛かるんだけどね。それに俺のポーチだって収納容量はエレーナの物と比べてもかなり小さいし」

「そのようだな」


 たった今斬り裂いたゴーレムへと視線を向けながら呟くレイ。

 その視線の先にいるのは、ゴブリンと比べても尚小さいゴーレムだった。そのゴーレムがデスサイズの一撃を受けて身体を左右2つに分けられてその場に倒れている。


(エレーナに聞いた話では、空間拡張型のポーチとは言っても拡張できるのは一畳や二畳程度が限界だという話だ。なら、それ程大きなゴーレムを入れておける訳もない。実際、俺の一撃を防いだのはゴブリン以下の大きさしか無い訳だしな。つまりそれ程の手札は無い筈! それに何よりこいつの手札は俺の意表を突く物が多い。なら戦闘の主導権を俺が握った方がいい)


 そこまでを一瞬で考え、視界の端に何かが動くような物が見えたその瞬間、反射的にデスサイズを振るう。切り飛ばされたのはヴェルの懐から伸びている触手だった。


「その程度の攻撃が俺に通じると思うな!」


 デスサイズを大きく振るい、幾本も伸びている触手を纏めて数本叩き切る。

 幾ら錬金術で作られたと思しき存在であっても、さすがに魔力を纏わせたデスサイズを防げる程ではない。しかし……


「おおっ、さすがにレイ。戦闘力だけで見れば間違い無くランクAレベルだよね」


 次第次第に懐から伸びている触手を切り取られ続けているにも関わらず、相変わらず笑みを口元に浮かべたままのヴェル。ただし、次の瞬間にはその笑みが面白そうな笑みから、悪戯が成功した子供が浮かべるようなニヤリとした笑みへと変化する。


「けどさぁ……俺ばっかりに構っていていいの?」

「っ!?」


 ヴェルの視線。その視線が向いている方に何があるのかを理解し、デスサイズの柄で自分の身体に絡みつこうとしている触手を纏めて弾いて大きく後方へと跳躍。そうはさせじと触手が再度伸びてくるが、間一髪レイの身体能力が勝り触手は空を掴むことになる。

 空中で向けた視線の先には気を失って倒れているエレーナの姿。……そしてそこへと近寄っている見覚えのある小さなゴーレム。つい先程レイの死の一撃からヴェルをその身を呈して守ったゴーレムだ。デスサイズで破壊されたのだろう頭部をそのままに、ゴーレムがヨロヨロとだが確実にエレーナへと近付いている。

 ゴーレムがヨロヨロとしているのは、破壊されている頭部の他にもその手に持っている巨大な剣が理由だろう。

 いや、それは小さいゴーレムが持ってるからこそ巨大な剣に見えるだけで実際は普通の長剣でしかない。そう。刺したり斬ったりすれば人を殺せる普通の長剣だ。


「いつの間にっ!」


 地を蹴るレイ。だが既にゴーレムはその長剣を大きく持ち上げ、気絶しているエレーナの首へと振り下ろしかけており……


(くそっ、間に合わない!?)


 ミスティリングから短剣を取り出してゴーレム目掛けて投げつけようとするが、既にその剣は振り下ろされ……


「ぐっ!」


 ザクッという肉に剣先が突き刺さるその音がしたのと同時に響いた苦悶の声。だがその声の主はレイの予想していたエレーナのものではない。もっと低い声だ。その苦悶の声を意識的に聞き流してレイは短剣を投擲し、空を斬り裂くようにして飛んで行った短剣はゴーレムの胴体へと突き刺さり、同時にその衝撃によって串刺しにされたゴーレムは吹き飛んで壁へとぶつかり、壊れた玩具の如く石畳の上へと落下する。

 そしてゴーレムが消えた後にレイの視界に入ってきたのは、本来ならば先程のレイの一撃で瀕死の重傷と言ってもいい程のダメージを受けたキュステの姿だった。その背には振り下ろされた長剣の切っ先が刀身半ばまで埋まっている。ただしキュステが身を入れたおかげなのか、その刀身はエレーナではなく石畳へと突き立っている。


「キュステッ!」


 思わず叫ぶレイ。

 先程の、キュステを吹き飛ばした一撃。デスサイズという強力極まりないマジックアイテムとレイの人外の膂力による一撃でプレートメイルが叩き壊されてさえいなければ、恐らくは防げた筈の一撃だった。


「ぐっ、な、何を……している。ヴェルを……討てぇっ!」


 文字通りに口から血を吐きながら叫んだその声に、一瞬だけ唇を噛み締めながら視線をヴェルへと戻す。


「ちぇっ、身を挺して仲間を守るとかつまんない真似をしてくれるなぁ」

「マジックシールド!」


 デスサイズのスキルであるマジックシールドを使用するレイ。その瞬間光で出来たシールドが1枚形成され、レイの周囲へと浮かび上がる。


「どうやらもうこざかしい手段は残ってないらしいな!」

「確かにそうかもしれないけど、そうそう簡単にやられてはやれないよ」


 地を蹴り、デスサイズに魔力を通して大きく振りかぶりながら間合いを縮めていくレイ。そのレイに向かって複数の短剣が投擲されるが、その殆どは身体を最小限動かして尽く回避していく。


「お涙頂戴とか、そういうのは今時流行らないんだよ!」


 間合いが縮まり、次にレイへと襲い掛かったのはヴェルの懐から伸びている触手。それらの鋭い切っ先がレイの身体を貫かんと十数本伸びてくる。しかし……


「邪魔だ!」


 斬っ!


 レイの気合いと共に振り切られたデスサイズが、触手を纏めて一掃する。


「くっ!」


 さすがにこのままでは危険だと判断したのだろう。咄嗟に後方へと跳躍しながら腰のポーチから取り出した何らかのガラス瓶を素早く投げつけるヴェル。そのガラス瓶は弧を描きながらレイへと飛んで行き……


「甘いんだよ!」


 デスサイズを左手へと持ち替えて空いた右手でそのガラス瓶をキャッチ。そのままヴェルへと向かって素早く投げ返す。


「え?」


 今、何が起きたのか分からなかったのだろう。呆けたような声を出し、それでも自分の投げたガラス瓶が投げ返されたのに気が付き咄嗟に回避しようとするが……

 ガシャンッ!

 ヴェルの懐から伸びている触手が勝手に動き、そのガラス瓶を迎撃する。

 そう、ヴェルの懐から伸びている触手は攻撃に対して自動的に反撃するという性質を持たされて錬金術で作られたのだ。その攻撃が剣や槍、あるいはデスサイズのような大鎌であっても。……そしてそれがガラス瓶であってもやるべきことは変わらなかった。即ち、その鋭い切っ先でヴェルへと向かってくるガラス瓶を砕いたのだ。

 あるいは普通のガラス瓶であればそのまま砕けずに床に転がっていたのかもしれない。だが今ヴェルが投げたのは投擲用にわざと割れやすいように作られているものだった。今の出来事でヴェルが一番驚いたのはそのガラス瓶を受け止めつつも割らなかったレイの驚くべき技量であっただろう。

 ガラス瓶が砕ける。それはつまり、中に入っていた液体がヴェルへと降り掛かるということだ。


「うわあああああああああああああああっ!」


 ガラス瓶の中に入っていた液体をまともに浴び、その顔を押さえて悲鳴を上げるヴェル。動きを止めたその一瞬にデスサイズを振り下ろそうとしたレイだったが、ヴェルの顔面が醜く溶け爛れているのを視界に入れたその瞬間、驚愕でデスサイズを振るう軌道がずれ……ヴェルの身体ではなく、その左腕を肩から斬り飛ばすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る