第101話

 レイとヴェルの間に立ちはだかった者。それはつい先程ヴェルへと攻撃を仕掛けようとした時に妨害をしてきたキュステだった。

 ただしその目に意志のある光は無く、どこか霞がかったような自分の意志というものを感じさせないままにレイの前に立ちはだかっている。


「ほら、これで壁役は解決っと」


 そんなキュステの後ろでヴェルが相変わらずの狂気染みた笑みを浮かべながらレイへと視線を向けている。だが……


「確かに壁役としては使えるかもしれないな。だが、所詮はキュステだ。お前も知っての通り、純粋な実力という意味では俺とキュステには圧倒的な差がある。それなのにキュステ1人に壁を任せる気なのか?」


 わざと挑発するように言いつつ、気絶している残り2人の気配へと意識を集中するレイ。


(もしエレーナとアーラも何らかの手段で操られているとしたら、ヴェルの性格からいってここで自慢気にそのカードを切る筈だが……)


 内心で呟きながら周囲全ての様子を逃さずに捉えようとしていたレイだったが、それに対するヴェルの反応は予想外のものだった。


「確かに普通の状態ならキュステはレイに及ばないと思うよ。……けど、普通の状態じゃないとしたら?」

「……何?」

「そもそもさぁ、人の意識を操る魔法薬を使ったらその対象の能力が十分に発揮されないってのは大体予想出来ないかな? 例えば身体に染みついた動きならともかく、戦闘に関する思考とかその辺は操られている以上は十分に発揮されないんだし。……まぁ、世の中には俺が使った物よりもっと高度な魔法薬があるから、中にはそういうのを全く関係無く操れる代物もあるらしいけど。残念ながら俺が今回使った魔法薬はそこまで高性能な奴じゃないんだよね。……全く、ベスティア帝国も技術が外に知らされる云々とか細かいことに拘りすぎだと思うんだよなぁ。あのカマキリとかはそれなりに凄かったけど」

「……カマキリ、だと?」


 カマキリ。その単語で思いつくのは、ギルムの街からこのダンジョンに向かう道中で接触した巨大なモンスターだ。光学迷彩のようなものを使い、周囲の景色に溶け込んで自分達を待ち受けており、倒した途端に証拠隠滅とばかりに溶けて消えたあのモンスター。


「なるほど、あれもお前の仕込みだった訳か。それにしてはお前も驚いていたけどな」

「ん? あぁ、違う違う。確かにあのモンスターがベスティア帝国の錬金術師の仕業ってのは確かだけど、あれには俺は関わってないよ。と言うか、向こうだって例えミレアーナ王国を裏切った俺がいたとしても、姫将軍のエレーナを殺す機会があったらどっちを優先するのかってのは考えるまでもないと思うけど」

「つまりお前は捨て石も同然だった訳か」


 殊更に挑発するようなことを口に出すレイだが、それを聞いてもヴェルは全く堪えた様子も無く柳に風とばかりに聞き流す。


「まぁ、そういうことかな。それはそれでいいんだよ。捨て石扱いされて死ぬようなら、俺は所詮その程度の存在だったってことなんだから。当然大人しくやられるつもりはないけどさ。……それよりさっきから時間稼ぎでもしてるみたいだけど、エレーナにしろ、アーラにしろ、キュステにしろ、そうそう簡単に目を覚ましたりはしないと思うよ? それに時間稼ぎをしてたのはそっちだけじゃないしね。……そろそろ時間かな」


 笑みを浮かべつつ、懐から取り出した笛をこれみよがしに見せる。

 その笛を見た瞬間、レイの背筋にゾクリとした嫌な予感が生まれ……


「セトッ!」

「グルルルルゥッ!」


 レイの呼びかけと同時にウィンドアローを放つセト。放たれた風の矢を水の魔槍で弾いているキュステの横を駆け抜け、笛を口へと持っていったヴェルへと目掛けてデスサイズを振り下ろす。……否、振り下ろそうとしたその瞬間、ヴェルの全身を覆っていた触手から何の脈絡もなく数cm程の卵のような物が複数放たれる。


「ちぃっ!」


 殆ど反射的にその卵を回避し、あるいはデスサイズで斬り裂いたレイだったが、その隙にヴェルは後方へと跳躍してレイと距離を取っていた。そして大きく息を吸い、手に持っていた笛へとその息を吹き込む。


 ピィーーーーーーッ、という甲高い音が周囲へと響き渡ったかと思うとウィンドアローを連続して放っていたセトが跳躍して今までいた場所を跳び離れる。そして次の瞬間……

 轟っ! と音を立てながら人間とほぼ同じ大きさの何かがつい一瞬前までセトがいた場所へと降り立っていたのだ。

 もしセトがウィンドアローを放つのに固執してその場から離れるのを少しでも躊躇していたのなら、今頃潰されていたのは石畳の地面ではなくセトの背骨だっただろう。


「……それも錬金術の恩恵って奴か?」


 セトと共に一旦後退し、ヴェル、キュステから距離をとって落下してきた何かへと視線を向けながら口を開くレイ。


「そうそう。今回の任務でベスティア帝国から俺に貸し出された一品。いわゆるゴーレムって奴だね。まぁ、見て貰えば分かるけど普通のゴーレムに比べるとかなり高性能に出来てるよ。何しろレイどころか、セトにすら感知させずに後を追って来てたんだから」


 ゴーレム。それは石や土、木、あるいは骨といった様々な物を使って錬金術で作りあげる人工生命体の一種だ。ただし人工生命体とは言っても、基本的には感情や意志という物は無く、ただ主人に下された命令を淡々とこなすといった、レイにしてみれば一種のロボットのような印象だ。

 そして、確かに今レイの前にいるゴーレムはレイがゼパイルの知識で知ったものや、あるいは図書館等で見た本の内容とは随分と違っていた。まずその大きさが違う。普通のゴーレムというのは3m前後のものが多いのだが、そのゴーレムはレイとそう大差ない身長なのである。つまりは1.6m程度。通常のゴーレムの半分程の大きさだ。


(ゴーレム……というよりは、オートマタといった所か。いや、この世界にその概念はないからゴーレムでいいんだろうが)


 セトと共に目の前に立つゴーレムへとデスサイズを構えながら内心で考える。


(ゼパイル一門の錬金術師であるエスタ・ノールならこのレベルのゴーレムを作れたかもしれないが……ゼパイルの知識によると、マジックアイテムの開発には熱中していたがゴーレムの類には興味が無かったようだからな)


「例えこのゴーレムを入れても結局俺が有利なのは変わらないと思うがな。セトをゴーレムにぶつけて、俺がキュステとお前の相手をすればいいんだからな」

「んー、まぁ、確かに普通に考えればそうだろうね。……普通に考えれば」


 そう言いつつ、再び懐から取り出したのは数cm程度の三角錐の形をした宝石のようなものだった。一瞬それを魔石かとも思ったレイだったが、その形状でそれが魔石ではないと言うのは明らかだ。


「これが気になる? これはねぇ、こうやって使うの……さ!」


 三角錐の宝石を握った手を、そのまま振り下ろす。……キュステの首筋へと。そして……


「がっ、がああああぁぁぁぁぁああぁぁぁっっっ!!」


 宝石の先端が突き刺さったその瞬間、まるでその宝石が何らかの生き物であるかのように首筋からキュステの体内へと入り込み、同時にキュステから獣のような絶叫が放たれる。


「お? 思ったよりも衝撃が強かったのかな? もしかして意識を取り戻しちゃったとか?」


 面白い演劇でも見るかのような目でキュステへと視線を向けるヴェルだったが、次の瞬間にはその瞳に歓喜の色が浮かぶ。


「な……なんだ、私は、何をしていた? この身体に走る痛みは……」


 そう、気を失っていた筈のキュステが目覚めたのだ。

 そして自分の顔を面白そうな目で覗き込んでいるヴェルに気が付き、同時にその瞬間、気を失う前の出来事を思い出す。


「ヴェル、貴様ぁっ! ……何!?」


 殆ど反射的な動きで手に持つ魔槍をヴェルへと突き立てようとしたキュステだったが、次の瞬間には自分の身体の首から下が全く動かないことに気が付く。


「ヴェル、私に何をした!」


 強烈な殺気の宿った視線でヴェルを睨むキュステ。もし視線で相手を殺すということが出来るのなら、恐らくこの時点でヴェルは死んでいただろうと思わせる程に強烈な殺意を伴った視線だ。


「何って、覚えてないの? ほら、今まで何回か俺の水筒で水を飲んだだろ? あれに魔法薬が入ってた訳。あ、聞かれる前に言っておくけど俺自身は解毒薬を飲んでるから平気なんだけどね」

「……貴様、何が目的でこんなことを」

「いや、それは決まってるでしょ。ベスティア帝国に降る為には向こうを散々苦しめてきた姫将軍の首とかがあれば優遇して貰えるし。……いやぁ、本当に苦労したんだよ? まず普通の時はエレーナが鋭いわ、キュステやらアーラ、あるいは他の騎士団の連中が護衛に付いてるから俺だと手も足も出なかったし。……で、そこに継承の祭壇の情報が舞い込んで来た訳だ。この儀式の特性上向かうとしたら俺達3人に、ダンジョンのある場所の関係でラルクス辺境伯の所から1人くらいって予想してたけどドンピシャだったね。ただ、唯一にして最大の誤算が父さんに入れ知恵してランクD冒険者って限定したのに、その肝心のランクD冒険者がレイみたいな規格外な存在だったってことだけどさ」


 ギリッと奥歯を噛み締める音が周囲へと響く。その音の出所は当然キュステだ。


「貴様……貴族としての誇りは無いのか!」

「誇り? 俺にしてみればそんなのは誇りどころか埃以下だけどね。その誇りとやらのおかげで俺は戦争以外では好きに人も殺せなかったんだし」

「くっ!」

「さて、説明はもう十分? じゃあそろそろこの舞台も終幕と行こうか」


 パチンッと指を鳴らすヴェル。するとキュステの身体が勝手に動き出し、その手に持っていた魔槍をレイの方へと向けて構える。


「な!?」

「それがキュステがこれまで飲んできた魔法薬の効果って訳。さらに……」


 再びパチンッと指を鳴らすと、次の瞬間にはキュステは地を蹴りレイへと向かってその魔槍を突き立てんと間合いを縮めていた。


「くっ、避けろ!」


 自由にならない身体に強制的に動かされつつも、そう叫ぶキュステ。レイとしても攻撃をまともに受ける訳にもいかない為にキュステの攻撃を回避して、そのまま脇を通り過ぎてヴェルへとデスサイズを叩き込む。そういうつもりだったのだが……


『何!?』


 レイとキュステから、同時に驚きの声が漏れる。

 レイにしてみれば、これまでダンジョンを攻略する為に見てきた攻撃とは比較にならない程の速度で突き出された魔槍を見た為に。そしてキュステにしてみれば、自分の身体がいつもの自分以上に素早く、鋭く、力強く動いていた為だ。

 その鋭い動きで突き出された魔槍を、殆ど反射的な動きでデスサイズを振るって弾くレイ。


「あははははは。驚いた? 驚いたよな! 今のキュステの身体能力はいつもの2倍……いや、3倍近くまで高められているのさ。分かったかな、これが俺が余裕でいられた理由だよ」


 得意気に叫ぶヴェルの声を聞きつつ、連続して放たれるキュステの魔槍を回避し、防ぎ、あるいはいなす。

 そこから少し離れた場所ではゴーレムとセトの戦いが始まっており、ゴーレムが持っている長剣の一撃を回避し、鋭い鷲爪を使って反撃を行っては盾の表面を削るということが繰り返されている。


「ヴェル、貴様ぁっ! 私の身体を自由に操るなど……絶対に許さんぞ!」


 激怒という感情に支配されたかのように叫ぶキュステだが、ヴェルはそんな怒りなど全く関係無いとでもいうように面白そうにキュステとレイの戦いを眺めていた。


「ほらほら、俺の方を見ててもいいのか? キュステの身体は勝手にレイへと向かって行ってるけど」

「くっ!」


 腹、胸、喉と三連続で突き出されたキュステの三連突き。その全てをデスサイズの柄で弾くレイ。その顔には数秒程前まで感じていた焦りの色は既に無い。幾らキュステの身体能力を高めて自由に操ったとしても、それはやはり無理矢理に、そして強引に操っているのだ。キュステ自身が修めた槍術の全てを使いこなせる訳でもない。


(いや、正確に言えばその使いこなせない分をあの宝石の力を使って強引にキュステの身体能力を上げて補っている、というのが正しいのか)


 そう思いつつも、右足を払いに来た魔槍の一撃をデスサイズの柄を地面に突いて盾代わりにして弾く。


「がっ!」


 幾ら身体能力を強化したとは言っても、デスサイズ自体の重さが100kgを越えるものであり同時にそれを操るのは人外の身体能力を持つレイだ。本来であれば足を薙ぎ払う予定だったキュステの一撃は、デスサイズの柄に弾かれて強化された膂力の分キュステの手に痺れをもたらす。

 だが止まらない。そのまま弾かれた勢いを利用してその場で回転し、レイの左側から魔槍を振るって一撃を入れようとする。

 その一撃を後方へと素早く下がって回避し、目の前を魔槍が通り過ぎたのを確認してから素早く地を蹴りキュステとの間合いを殺す。


「死ぬなよ」


 呟きつつ、キュステの鳩尾を狙ってデスサイズの柄を叩き込む!

 キュステの意識を刈り取ろうという一撃だったのだが……


「が、がぁっ!」


 何故か鳩尾に一撃を食らってもキュステの意識は保たれたままだった。

 確かにキュステが装備しているのはフルプレートと呼ばれる全身鎧だから防御力は高い。だが、今の一撃はその鎧さえ砕いて鳩尾へと放たれた一撃だったのだ。だが普通ならまず間違い無く気絶している筈のその一撃を食らいつつも、キュステは表情を苦悶に歪めながらも意識を保ったままだった。


「あはははははは。無理無理。今のキュステは気を失うなんて真似はまずしない……いや、出来ない。それだけの強化はされてるんでね。もっとも、その代償に全身をとんでもない痛みが襲っている筈だけど。ねぇ、キュステ。どういう気持ち? 身体が自由にならないで気を失うことも出来ないとか、プライドの高いキュステには凄い屈辱じゃないの?」


 心底面白い、とばかりに笑うヴェル。


「……ろせ」

「え? 何か言った? もう殺して欲しいとかそういう泣き言は聞きたくないんだけどなぁ、俺」

「私を殺して……奴を討て! レイ!」

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