第69話

 ギルムの街を出発したその夜。レイやエレーナ達はまだ日が沈みきらないうちに見晴らしの良い場所へと馬車を止めて野営の準備に入っていた。

 もっとも、野営とは言ってもエレーナとアーラの2人は馬車の中に広がっている部屋で休むので、外で寝るのは男3人のみとなっているのだが。

 そしてキュステとヴェルは自分達用のテントを張り、レイもまたそこから少し離れた場所に自分用のテントを張っていた。


「悪いね、キュステの我が儘で」


 テントを張っているレイへとヴェルが近づき、そう声を掛ける。

 手を上げながら謝っているその様子は、とても貴族とは思えない軽い調子だった。少なくてもこのヴェルを見てキュステと同じ貴族階級であると見抜ける者は数少ないだろう。

 本来なら大きめのテントを1つ張って男3人でそれを使う予定だったのだが、それにキュステが強硬に反対した為にレイはミスティリングに入れてあった自分用のテントを出したのだ。

 もっとも、レイにしても自分を見下していると分かりきっているキュステと同じ空気を吸いたいと思わないのでむしろ歓迎すべき事柄だったのだが。

 テントが倒れないように杭を打ち込みつつ、軽い調子で声を掛けて来たヴェルへと視線を向ける。

 その口調にはギルムの街で感じたような自分に対する忌避感とも呼べるべき物が無いように思え、内心で疑問を覚えつつも首を振る。


「何、気にするな。あいつと俺はどう考えても合わないからな。それに……」


 チラリ、とテントの反対側を引っ張って倒れないようにしてくれているセトへと目を向ける。


「俺以上にセトと気が合わないらしい。変な揉め事が起きる可能性を考えれば最初から別々のテントで休む方がいいさ」

「そう言って貰えると助かる。キュステもああ見えていい所もあるんだけどな。まぁ、それを貴族以外に見せるということは滅多にないんだが……」


 そんな風に言ってる間にも、杭を打っていきテントを完成させる。


「さすが冒険者、慣れてるねぇ」

「そうか?」

「グルルルゥ」


 そんな風にレイとヴェルが会話をしているとセトが鳴きながらレイのドラゴンローブを軽くクチバシで引っ張る。

 その鳴き声だけでセトが何をして欲しいのかを知ったレイはヴェルへと目を向ける。


「悪いな、セトが空腹らしい。昼に収納したアイアンスネークの処理をしてくるからちょっと離れるぞ」

「ああ、わかった。エレーナ様には俺から言っておくから心配しないでゆっくりとしてきてくれ。いつもはソロで行動してるんならずっと人と一緒にいて気疲れもしてるだろうしな」

「まぁ、オークの討伐隊の時とかランク昇格試験とかではそれなりに集団行動をしているんだがな」


 そう言い、セトと共に少し離れた場所まで移動していく。

 その間もレイは先程の会話を思い出しながら内心首を捻る。


(ヴェルは昨日確かに俺を警戒していた、それは間違い無い。だが、それが何でたった1日でその警戒を解く? アーラも似たようなものだが、あっちはエレーナに心酔……というよりは、憧れているからそっちから口添えがあれば意外とあっさりと警戒を解きそうなのは分かる。だが、ヴェルはそういう風でもない。ましてやこのパーティの盗賊役ともなれば……まぁ、いい。俺はあくまでも臨時のパーティ要員でギルムの街から派遣された護衛でしかないんだから、余計なことに首を突っ込む必要はないだろう)


 そう思いつつも、何故かヴェルのしっくりとこない言動が胸に残るのだった。


「グルゥ?」


 どうしたの、とばかりに見上げてくるセトに軽く首を振ってからミスティリングからアイアンスネークを取り出す。

 同時に、久しぶりに取り出したのは素材の剥ぎ方が載っている本だ。

 セトはその様子をじっと見つめて素材の剥ぎ取りが終わるのを待っている。その様子は、端から見ると獅子の身体を持つグリフォンの筈が人懐っこい犬のようにも見えただろう。

 その様子に思わず笑みを浮かべながら本へと目を通す。


「えーと、アイアンスネークの討伐証明部位は牙……は、無しと」


 何しろセトの腕力で頭を潰されたのだ。その牙は頭部と同時にどこかへと吹き飛んでる。


「グルゥ……」

「あー、気にするな。ミスは誰にでもあるって」


 落ち込んだ様子のセトを撫でつつも素材に関して読み進めていく。


「素材は……皮か。まぁ、確かにアイアンスネークと呼ばれる程防御力が高い蛇なんだから防具とかには簡単に流用できそうだよな」


 呟き、腰に差してあるミスリルナイフを抜く。ここでいつも素材剥ぎ用に使っている普通のナイフを出さないのはアイアンスネークと呼ばれるだけあって、普通のナイフでは刃が通りにくく皮を剥ぎ取りにくい為だ。

 そのまま魔力を通してミスリルナイフの刀身を魔力で保護しつつ、アイアンスネークの首から刃を入れて鱗が付いたままの皮を剥いでいく。

 以前はこの剥ぎ取りが非常に苦手だったレイだが、オーク討伐の時に雷神の斧のリーダーであるエルクからコツを教えて貰ったこともあり、現在では以前に比べるとかなり上達していた。今もアイアンスネークから剥いだ皮には多少の肉片が付いてはいるものの、ウォーターベアの時に比べると別人のような仕上がり具合だ。


「よし、と。後は……」


 その後は魔法を使って火を起こし、ミスリルナイフでぶつ切りにした蛇の肉をその辺に生えていた木を串代わりにして焼き始める。味付けは塩だけだが、セトは特に気にせずに上機嫌で焼きたての蛇の肉をクチバシで咥えては腹の中へと収めていく。尚、ついでに取り出した魔石も食べさせてみたのだが、残念ながらスキルの習得は起きなかったらしい。


「グルルルゥ」


 上機嫌で喉を鳴らしながらレイが切り分けた肉を食べていくセト。そこへ背後から4人分の足音が聞こえて来る。

 その人数だけで誰が来たのかはすぐに分かったので、特に気にせずにセトへと蛇の焼き肉を与えていると背後から唖然とした気配が。


「……モンスターも調理した肉を好むのだな。てっきり生肉しか食べないと思っていたのだが」


 そちらへと振り返ると、予想通りにそこにいたのはエレーナ達4人だった。アイアンスネークの焼き肉を上機嫌で頬張っているセトを驚きの目で見ている。

 エレーナのそんな声に、苦笑を浮かべながら焼けた肉をセトへ放り投げる。


「グルゥ!」


 飛んできた肉を上手くクチバシでキャッチし、そのまま口の中へ。


「何しろずっと俺と一緒に暮らしてきましたから、焼いた肉が美味いと知ってるんですよ。普通のグリフォンなら恐らく生肉を食べるんでしょうが」

「うむ。私も今まで幾度かモンスターと戦った経験はあるが、焼いた肉を食べるという話は聞いた覚えがないな」

「あ、エレーナ様。火竜がファイアブレスで獲物を焼いて食べるって何かの本で読んだ覚えがあります」

「ほう。確かに竜種の中には人より高い知能を持つ者も多いと聞く。そう考えると確かにあり得るのかもしれないな」


 アーラの言葉に興味深そうに頷くエレーナ。

 そしてアーラはエレーナの興味を引くことが出来て嬉しそうに笑っていた。

 しばらくそんな様子を見ながら、アイアンスネークの最後の肉をセトが食い終わったのを見たレイは改めてエレーナへと目を向ける。


「さて、エレーナ様。わざわざ離れた所まで来たということは何か目的があるんですよね?」

「うむ。完全に日が落ちる前に昼間に言ったように手合わせをして欲しくてな」


 キン、と腰に差している連接剣の鞘を指で弾くエレーナ。

 その何気ない仕草でさえ、エレーナ自身の美貌やカリスマ性もあり人目を惹き付ける。

 だがレイは苦笑を浮かべてその吸引力を断ち切ってその場から立ち上がり、エレーナと距離を取る。


「グルゥ?」


 不思議そうに自分を見るセトの頭を軽く撫で、心配いらないと告げてからミスティリングからデスサイズを取り出して構えるレイ。


「分かりました、約束は約束ですしお相手しましょう。……一応模擬戦ですし、エレーナ様は俺の雇い主でもあるので危険度の高くなる魔法は抜きで純粋に武器での勝負ということで構いませんか?」

「むぅ、魔法も使ったレイの実力を見てみたいのだが……」


 不満そうに告げるエレーナだったが、その言葉にアーラの雷が落ちる。


「エレーナ様、レイの言う通りです。もしその綺麗な肌に傷でもついたらどうするんですか!」

「まぁまぁ、アーラも落ち着きなよ。そもそもあのエレーナ様だよ? そうやすやすとダメージを受けるなんて真似はしないだろうに」


 いつもの如く軽い口調で告げたヴェルだったが、反対意見は意外な所から出る。


「いや、私もアーラの意見に賛成だ」

「……キュステ、何かおかしな物でも食べたのかい?」

「ふん、私はただ純粋に奴の実力を評価しているだけだ。昨日も言ったが、奴は性格はともかくとして腕は立つ。……いや、立ちすぎると言ってもいいだろうな」

「そんなにかい?」

「何よ、昨日の一件はヴェルも見てたんでしょ?」

「勿論見てたよ? アーラが暴走していきなりレイに斬り掛かった所とか」

「ぐ……」


 何を言われても暴走したのは事実である以上は言い返すような真似は出来なかった。ただ、アーラを庇うとするのなら自分達貴族派と比べて勢力は圧倒的に低いとは言っても、敵対する勢力の……それも、その中心的な人物の治める街へと数人だけで向かったのだから多少の過剰反応は仕方が無いのだろう。……あの一件が過剰で済むかどうかは別として。

 そんな3人の話を聞いていたエレーナは溜息を吐きながら口を開く。


「どうやらアーラ達を心配させない為にもレイの意見を呑んだ方がいいようだな。よかろう、ならば純粋に武器のみで相手をするとしよう」


 腰の鞘から連接剣を抜き、その切っ先をレイへと向けるエレーナ。

 それを受けたレイもまた、両手でデスサイズを構えていつでも反応出来るようにする。


『……』


 お互いが無言で相手の隙を窺いながら少しずつ間合いを詰めていく。

 剣と大鎌であれば大鎌の方が遠くから攻撃出来る分だけ有利なのだが、何しろエレーナの持っている剣はただの剣ではなく鞭と剣両方の特性を持つ連接剣なのだ。射程距離に関して言えばエレーナの方が上だろう。


(それでいて長剣の状態に戻せば近接戦闘にも対応出来るんだから便利と言うか、卑怯と言うか……)


 近距離と遠距離で連接剣が。中距離はデスサイズが有利という所だと判断するレイ。

 エレーナもまた同様のことを考えたのか、レイが一歩踏み出そうとしたその時、連接剣を大きく振るう。

 その動作に反応して刀身が伸び、刃付きの鞭へと変化してレイへと襲い掛かる。

 元来鞭という物は、熟練の者が使えばその速度は音速を超えることすらあるのだ。連接剣という、正確には鞭その物ではないとは言っても振るっているのがエレーナである以上その速度がどれ程のものなのかは容易に想像出来るだろう。


「ちぃっ!」


 人間よりも五感や身体能力が格段に優れているレイだからこそ反応出来たその一撃。殆ど反射的と言ってもいい動きでデスサイズを振るい、胴体目掛けて振るわれた連接剣の剣先を弾く。


「さすがだな。私の一撃をこうも容易く防ぐとは……」


 感心したように呟くエレーナだが、それに対するレイの口元には苦い笑みが浮かんでいる。


「エレーナ様こそ。これ程の一撃を食らったのは随分と久しぶりですよ。……けど、このままやられっぱなしというのも嬉しく無いので、次はこちらから行きます!」


 地を蹴り、デスサイズを構えながらエレーナとの距離を縮めていく。それをさせじとエレーナもまた息も吐かせぬ速度で繰り返し連接剣を振るうのだが、その尽くをレイはデスサイズの刃や柄を使い弾いていく。


「どうした、防ぐだけで回避はしないのか?」


 再度連接剣を振るい、地を這うようにして地面のすぐ上を滑るようにレイの足下へと向かう剣先。

 その一撃を、デスサイズの柄を使い弾くレイ。

 だが、弾かれた連接剣はエレーナが手首を返すと空中で軌道を変更し、その切っ先をレイの胴体へと向ける。それを再度デスサイズの刃で大きく弾き、笑みを浮かべるレイ。


「回避したとしても、今のように軌道を変えられるだけですからね、少なくてもギリギリでの回避というのはこの場合上手い手ではないです……よっ!」


 再度襲ってきた連接剣をこれまで同様にデスサイズで弾く。だが、今までと違っていたのはより強い力でデスサイズを振るったことだ。これまでのものよりも大きく弾かれた連接剣は、エレーナが軌道を変えようとした場合は隙が大きくなる。

 そしてその隙を逃すようなレイではなかった。

 素早く地を蹴り、自分の間合いへと踏み込む。一瞬で連接剣の間合いの内側へと入られたエレーナは感嘆の思いを抱きつつも魔力を使い連接剣を通常の剣の状態へと戻してレイを待ち受ける。


「はぁっ!」


 振るわれた大鎌の刃を刀身で受け流す。レイの一撃がどれ程の重さを持っているのか知っているエレーナにとっては、その一撃を受け止めるという選択肢はない。もし正面から受け止めるなり弾くなりした場合は前日のように腕が痺れて最悪連接剣を地面へと落とすことになるだろうと予想出来たからだ。


(確かにレイの一撃は信じられない程に重い。だが、それ故に渾身の一撃を放った後には隙が出来る筈!)


 刀身に沿って受け流されたデスサイズの一撃。その一撃を受け流した後の隙を突こうと狙っていたエレーナだったが……


「っ!?」


 受け流され、振り切られたその直後。殆ど何の停滞もないままにデスサイズは切り返される。

 デスサイズの重量を使用者に感じさせないというマジックアイテム特有のその能力により、レイはまるで木の枝でも振り回しているかのように軽々と100kgを越える重量を持つデスサイズを操れるのだ。


「何だと!?」


 それでも尚その一撃に反応出来たのは周辺諸国に姫将軍と言われて恐れられているエレーナだからこそだろう。反射的とも言える動きで連接剣へと魔力を込めてその刀身を伸ばし……


「引き分け、ですね」

「どうやらそのようだな」


 デスサイズの刃がピタリとエレーナの首筋へと触れており、同時に連接剣の鞭の如く伸ばされた剣先もまたレイの側頭部へと突きつけられていたのだ。


「……そんな、エレーナ様と引き分け? 初めて見た」


 アーラが信じられないといった表情で驚き。


「……」


 キュステは改めてレイの力量を知り、奥歯をギリッと噛み締める。


「なんともまぁ。腕が立つとは思っていたがこれ程とはね。さすがにちょっと予想外。嬉しい誤算と言うべきかな」


 ヴェルはいつもの軽い調子で口を開きながらも、鋭い視線をレイへと向けているのだった。

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