第66話

 ギルムの街にある領主の館。現在、レイはその一室で待たされていた。

 正門で一緒だったセトに関しては領主の館に入る前に別れており、今は恐らく領主の館にある厩舎で昼寝でもしているのだろう。

 夏から秋に移り変わってきているこの季節。外の気温はつい数週間前までの暑さがなんだったのかと言ってもいいくらいに過ごしやすい気温になっている。

 もっとも、グリフォンであるセトはそれこそ夏だろうが冬だろうが平気で過ごせる身体を持っているのだが。

 羨ましい。レイはそんな風に思いつつ、部屋に案内された時メイドに出された紅茶を飲みながら部屋の中を見回す。

 基本的には領主の館というよりも辺境故にいざという時の為の砦として作られているだけに、内部もどちらかと言えば無骨に出来ておりレイの目を楽しませるようなものは殆ど無かった。


「まぁ、分かっていたことではあるんだがな」


 呟き、ミスティリングからモンスターの解体に関する本を取り出して読み始める。

 何しろ、この殺風景な部屋へと半ば連行されるように案内された後は部屋の扉の前、廊下側に見張りの兵士らしき存在がいる他は最初に紅茶を持ってきてくれたメイド以外誰も訪れないのだ。


(姫将軍の護衛部隊といきなりやり合って殺しそうになったんだし……それを考えればこの待遇はどちらかと言えば好待遇なんだろうな)


 そう判断し、部屋の中で大人しく本を読んでいるのだった。

 そしてそれから1時間程。唐突にドアがノックされる音が部屋へと響く。


「ようやくか」


 呟き、本をミスティリングへと収納して返事をすると、ギルムの街の騎士団だろう人物が顔を出す。


「レイで間違い無いか?」

「ああ」

「待たせて悪かった。領主様がお待ちなので付いて来てくれ」


 その言葉に頷き、冷え切った紅茶を飲み干してからその後に付いていく。

 案内された場所は前日にも呼ばれた部屋。中へと入った途端にキュステに襲われた執務室だ。

 精緻に施された芸術品と見紛うような扉は一度見たらそう簡単に忘れられるようなものではないのでその部屋が領主の執務室であるというのは一目瞭然だった。


(まさか今回も襲われたりはしないだろうな)


 そう思いつつも、ここまで案内をしてくれた騎士が先を歩いている為にその心配は無いだろうと判断する。例によって扉の外側に着いているドアノッカーでノックをしてから部屋の中へと入っていく騎士の後を付いていく。


「呼ぶのが遅くなって悪かったな」


 部屋に入った途端にダスカーが謝ってくる声を聞き、小さく首を振る。


「いえ、大丈夫です」

「そうか。ならいい。それよりもこっちに来い」


 部屋のソファにダスカーが座っており、その向かいにはエレーナが座り、護衛の3人はいざという時に何がおきても対処出来るようにその背後へと立っていた。

 そんな様子を見ながら、ダスカーの側へと向かうと立っている3人から鋭い視線を向けられる。


(キュステは昨日の件があるから分かる。アーラとか呼ばれていた女に関しても同様だ。だが、もう1人の御者をやっていた男に何かした覚えはないんだが……いや、仲間を殺されそうになったと思えばしょうがないか)


 内心で呟きながらダスカーの側へと移動するレイ。

 だが、そんな中で自分に向けられる視線のうちの1つが護衛の3人とは不自然な程に好意的であるのに気が付く。

 チラリとその好意的な視線の先を辿ると、そこにいたのは姫将軍と呼ばれるエレーナだった。

 一度見たら決して忘れられないような美貌に、強い意志の籠もった視線。その視線には好意的……というよりも、興味深いといったニュアンスが含まれているようにレイには感じられる。

 そんな風に思いつつ、ダスカーの近くまで移動して護衛の3人同様にその背後へと立とうとしたところで……


「いや、いい。俺の隣に座れ」

「しかし……」


 貴族が自分の隣に平民を座らせる。そんなことは普通有り得ないというのはレイでも理解出来た。だが、そんな横紙破りを平気でやるからこそのラルクス辺境伯なのだ。

 結局、殆ど強引に引っ張られてダスカーの隣へと腰を下ろすレイ。

 そしてそれを待ってましたと言わんばかりのタイミングでメイドが紅茶をレイの前へと置く。


「さて、まぁ、色々と騒ぎはあったが……」


 苦笑を浮かべながらダスカーが口を開く。


「とにかく、この人が今回お前が護衛をするエレーナ殿だ。エレーナ殿、この男がレイと言って今回エレーナ殿の護衛としてギルムの街から派遣される冒険者だ。どれ程腕が立つのかというのは、実際に刃を交えたエレーナ殿には言うまでも無いだろう?」

「うむ。あの一撃を弾いてから暫く手の痺れが取れなかったからな。あれ程の一撃を放てる者だ。冒険者としての腕も一流だろうし私としても文句は無い」

「ありがとうございます」


 どうやらあの件に関しては特にペナルティはないようだと判断し、恐らくそう取り計らってくれたのであろうエレーナへと頭を下げる。


「いや、あの件はこちらの早合点でもあるからな。アーラ」


 エレーナにそう呼ばれ、つい数時間前にレイと刃を交えた女騎士が1歩前へと出る。


「レイ殿、先程は私の早合点で攻撃を仕掛けるという不始末をしてしまったことを謝罪します」


 そう頭を下げるアーラだが、その眼には不満がありありと浮かんでおり、自らが心酔するエレーナに言われて渋々謝っているというのが端から見ても明らかだった。

 だが、現在のレイはあくまでもランクD冒険者にしか過ぎないのだ。騎士という身分にいるアーラを相手に文句を言える筈もなく、同時に言う必要も感じなかったので特に責める様子も無く頷く。


「いや、こっちも反射的とは言っても攻撃してしまったからな。気にしなくていい。お互い様ということにしておこう」

「……はい。ありがとうござます」


 ペコリ、と頭を下げてそのままエレーナの背後へと戻るアーラ。そんな部下の背中をチラリと眺め、エレーナは苦笑を浮かべてレイへと話し掛ける。


「レイ、と呼んでもいいか?」

「はい」

「そうか。ではレイと呼ばせて貰おう。誤解しないで欲しいのだが、アーラは別にレイに敵意を持っている訳では無い。その……何と言うべきか。そう、何故か私に関しては妙に心配性になるのだ。だから余り嫌わないでやってくれ。これから共にダンジョンに挑む者同士、つまらないことでギクシャクしたくはないだろう? それにそんな状態ではダンジョンの中でいざ何かあった時に助かるものも助からなくなる」

「そうですね。こちらとしても同意見です。俺自身はまだダンジョンに潜ったことはありませんが、今回の指名依頼を受けてから色々と調べてみましたが……どうやらそうそう容易い場所でもないらしいので」

「だろうな。それで早速だがダンジョンに向かって出発するのは明日の朝6時の鐘が鳴る頃にしたいと思うが、問題は無いか?」

「はい、俺の方は依頼を受けてからこの1週間程必要な物資は殆ど購入してありますので、なんなら今からこのまま向かっても構いません」


 そんな風に言い切るレイが不愉快に見えたのか、キュステが鼻で笑って口を挟む。


「ふん。このままも何も、着の身着のままでダンジョンに向かう気か?」

「……キュステ、とか言ったか。お前は既に何度か見てる筈だがな」


 右腕に嵌っているミスティリングをその場にいる全員に見えるようにして見せつける。

 それが何なのか、一番初めに察したのはレイについての情報をギルドや警備兵達から仕入れているこの地の領主であるダスカーだった。


「ほう、それがアイテムボックスか」

「はい」


 アイテムボックス、という単語を聞いたエレーナ達はその腕に嵌っている腕輪をマジマジと見つめる。


「なるほど、そう言えば確かにアーラと揉めた時にもどこからともなくあの巨大な鎌を取り出していたが……これがアイテムボックスか。初めて見るな」


 感心したように呟くエレーナに対し、既に2度もミスティリングからデスサイズを取り出すのを見ていたにも関わらずそれがアイテムボックスであると見抜けなかったキュステが眉を顰める。

 だが、それは当然だろう。アイテムボックスというマジックアイテムはそれ程に稀少なのだ。まさか辺境にいるランクD冒険者が持っていると言われてもこうして実際にその眼で見ないと、とても信じられる話ではないのだから。


「ご覧の通り、俺の準備はいつでも万端だ。幸いセトもここにいるしな」

「……確かにお前の準備は万端らしいな。だが、こちらはそうもいかん」


 キュステの言葉に、エレーナが頷く。


「確かに私達はまだダンジョンへと挑む準備が完了してはいない。……それよりも、レイ。アイテムボックスを持っているということは荷物の運搬に関して頼まれてくれないか?」


 オーク討伐隊の時の経験上、そう言われるのを半ば予想していたレイは特に悩むまでもなく頷く。


「それは構いません。ですが、このミスティリングはちょっと特殊なアイテムボックスなので、それを了承して貰えるのなら」

「特殊? それはどういう風に特殊なのだ? そもそもアイテムボックスの実物を見るのが初めてなのでな。説明して貰えると助かる」


 エレーナの問いに頷き、腕からアイテムボックスを外してそれをテーブルの上に置く。


「本来であれば、アイテムボックスというのは誰でも使える物です。例えば俺がこのアイテムボックスに入れたポーションをエレーナ様が取り出す、という風に。ですがこのアイテムボックスは制作途中でちょっと特殊な仕上げをしたらしく持ち主の魔力に反応するようになってます。つまり俺がこのアイテムボックスへと入れた物は俺しか出せなくなる。同時に他の人がこのアイテムボックスを使おうとしても使えないという風に。魔力によって持ち主を認識しているんですよ」

「……ほう。それは素晴らしいな。持ち主を認識するマジックアイテムの武器というのは数が多くは無いがそれなりに存在している。例えば、キュステの魔槍はそうだな」


 エレーナの言葉に笑顔を浮かべながら頷いて口を開く。


「そうですね。例えば今は領主であるラルクス辺境伯の執務室に入るということで武器を預けていますが、その預けられた魔槍を私以外の者が使おうとしても斬れず、刺さらずと使えたとしても棍棒代わりが精々といった所でしょう」


 その説明を聞き、レイはエレーナ以外の者が武器を持っていないことに気が付く。


(……そういう意味ではこのミスティリングを持ってる俺は誰と会う時でも武器を持ち込めるってことになるのか)


 内心で頷くレイ。確かにミスティリングを持っていればどんな場所にも武器を持ち込むことは可能だろう。それはつまり、暗殺には最適の人材であるということだ。


(まぁ、モンスターの魔石を集めるのが目的の俺が暗殺なんて真似は余程のことがない限りはしないけどな)


「とにかくそういうことですので、アイテムボックスに関しては俺を信用して貰えるのなら物資の輸送は引き受けても構いませんが……どうしますか?」

「私としては問題は無いが……お前達はどうだ?」


 エレーナに問われ、まずはアーラが口を開く。


「私はエレーナ様が彼を信用出来るというのならそれに従います」


 続いてヴェルが。


「うーん、悪いけど会ったばかりの人をすぐに信用出来ないかな。それもダンジョンに挑むというんだから余計に。俺としては反対に1票」


 最後にキュステが。


「この者を推薦したラルクス辺境伯には申し訳ありませんが、私もヴェルと同意見です」

「ふむ、そうなると賛成2、反対2という所か」

「エレーナ様、どうなさいますか?」

「そうだな、ここは私の権限でレイに頼むとしよう。ヴェルとキュステの意見ももっともだが、ダンジョンに挑むのに余計な荷物を持って動きを鈍らせるというのは致命的だろう」


 エレーナのその言葉に頷ける所もあったのだろう。反対していた2人も頷いてみせる。


「という訳だ、明日の朝に正門の前に集合するまでに荷物を用意しておくので移動中に収納してくれ」

「分かりました」

「あぁ、それとお互いどういう戦闘スタイルなのかを確認しておいた方がいいだろうな。レイ、お前から教えて貰っていいか?」


 その質問に頷き、ミスティリングを腕に戻しながら口を開くレイ。


「そうですね。俺の場合、基本的には魔法戦士となります。先程も見せたあの大鎌はマジックアイテムであり、同時に魔法発動体でもあります。使える魔法は基本的には炎の魔法が中心となりますが……」


(一応デスサイズに取り込んだスキルに付いても魔法扱いにして教えておいた方がいいだろうな。教えるのはマジックシールドと飛斬で十分か? いや、ダンジョンという初めて行く場所なんだ。腐食についても匂わせておいた方がいざ使った時に怪しまれないで済む、か)


「多少の補助魔法と風の魔法、それと土の魔法が使えます」

「ほう、炎に風、土と3属性が使えるうえに補助魔法も使えるのか。大したものだな」


 感心するように頷くエレーナだったが、関心を得ているのが気に食わないのだろう。アーラが嫉妬混じりの鋭い目付きでレイを睨む。


「あくまでも炎以外はほんの少し使える程度でしかありませんが。それとあの大鎌、デスサイズと言いますがあれと同様にマジックアイテムを使っての戦闘がメインになりますね」

「そのようだな。隠蔽の効果が付与されているようだが、そのローブも相当の業物だろう。左腕に嵌っている腕輪も何らかのマジックアイテムだろうし、そして何よりその靴は私もよく知っている代物だ」


 そう言い、エレーナは己の足へと視線を向ける。その視線を追うレイ。その足に履かれているのは……


「スレイプニルの靴?」

「そうだ。どうやらお揃いのようだな」

「……確かに。ですが、師匠からスレイプニルの靴はかなりの貴重品だと聞いてますが、よく手に入れられましたね」


 自分の設定を思い出しながらそう尋ねるレイ。


「確かに貴重品であるのは間違い無いが、アイテムボックスのように生涯に一度見られるかどうかという程に貴重な品という訳でも無い。それに、それを言うのならレイの方がよくスレイプニルの靴を手に入れられたな」

「俺の場合は師匠から譲り受けた物なので」

「あぁ、そう言えば師匠から修行が終わった後に放り出されたのだったか。ラルクス辺境伯にその辺は多少聞いている。その修行があってこそ、この短期間でランクDまでランクアップ出来たのだろうな。……さて、なら次は我々の番か。私はどちらかと言えばレイと近いな。連接剣や魔法での中距離を得意とする魔法戦士だ。得意属性は風だな」


(同じ魔法戦士タイプでも、デスサイズで近距離を。魔法で遠距離とはっきりと分けている俺とは違って中距離がメインか。100kgを越える重さのデスサイズを弾く実力を持っているんだし、戦闘では頼りになるだろう)


「お互い似たような戦闘スタイルなんだ。いずれ手合わせを頼みたいものだな」

「そうですね。機会がありましたら」


 レイが頷いたのを見て、嬉しそうな笑みをうかべるエレーナ。その美貌が浮かべる笑みに思わず見惚れるレイだったが、エレーナの声ですぐに我に返る。


「次、アーラ」

「はい、エレーナ様。私は騎士で、武器は先程もお見せした長剣となります。純粋な前衛ですのでレイ殿とは隣で戦うこともあるでしょうからよろしくお願いします」


 正門前での出来事を思い出すレイ。確かに自分に振るわれたあの一撃は華奢な外見に見合わぬ剛剣で、剣先が地面へめり込むという威力を持っていた。あの剣が振るわれればその辺のモンスターは恐らく一刀両断だろう。


「キュステ」

「私の武器は先程も言ったように槍で、エレーナ様同様に中衛を務めることが多い。一応剣に関しても使えないことはないがあくまで剣は予備としての意味しか持っていない。それと水の魔法を得意としている為にこの部隊の回復役も務めている」


 余程レイに負けたのが悔しかったのだろう。昨日負けたのはあくまでも使い慣れない剣を持っていたからだと言外に告げるキュステ。その無駄に高いプライドに内心で溜息を吐きながらダンジョンまでの旅路が思いやられるレイ。


「ヴェル」

「基本的に弓を使っての後衛がメインかな。他にも短剣を使った前衛を任されることもあるし、地系統の魔法も多少使える。冒険者で言う盗賊のようなものと思って欲しい」


(なるほど、やはり自前で盗賊の技能を持った人物を用意してきた訳か。これならトラップの心配はしなくてもいいか?)


「以上が今回レイと共にダンジョンへと挑むメンバーとなる。……短い間かもしれないが、よろしく頼む」


 差し出された手を握り返すレイ。その手は、姫将軍と呼ばれるには相応しくない女らしいほっそりとした手だった。普通なら剣を握って戦闘を繰り返せば剣ダコと呼ばれるものが出来るのだが、その類の物は一切無い。恐らくは回復魔法によるものなのだろうと当たりを付けるレイ。

 こうして、レイとエレーナの初顔合わせは終わるのだった。

 そして翌日、いよいよ5人はダンジョンへと出発することになる。

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