第58話

 ランクアップ試験も無事終了して合格を貰い、ランクもDランクへと上がった。そして解散……となった後、会議室を出て行こうとしたレイを止めた声があった。ランクアップ試験の試験官でもあったグランだ。


「ランクアップで何か拙いことでもあったか?」


 そう尋ねるレイへと小さく首を振るグラン。そのままチラリとギルドカードを持ってきた職員へと視線を向けると、承知したとばかりに小さく頷いて会議室を出て行く。

 その背を見送り、きちんと会議室の扉が閉められているのを確認したグランは先程までレイ達が座っていた場所へと腰を下ろす。


「レイ、ちょっと大事な話がある」


 その顔は巫山戯ている類のものでないことはレイにもすぐに分かった。その為、特に何を言うでもなくグランの正面の椅子へと座る。


「で、話っていうのは?」

「あー、そうだな。……まず何を言ったらいいのか。まぁ、最初はやっぱりこれからだな。ランクアップ試験合格おめでとう」

「何か改まって言われると照れるが……ありがとうと言っておくよ。で、まさか祝いの言葉を言いたくて残した訳じゃないんだろう?」

「当然だ。早速だが本題に入らせて貰う。知っての通り冒険者が依頼を受けるにはボードから依頼書を持っていくという手段があるが、その他にも幾つか種類がある。そんな中の1つに、指名依頼というものがある。その辺はギルド登録時に聞いてるか?」


 グランの言葉にギルドに登録する時レノラから聞いた話を思い出すが、その辺は聞いていなかった為に首を振る。


「いや、指名依頼というのは聞いてないな。ただまぁ、その名称から大体どんなものかは予想がつく。依頼ボードのように不特定多数に任せるんじゃなくて、自分が指名した冒険者にその依頼を任せるって所か?」

「大体その認識でいい。当然わざわざ指名して依頼をするんだから相応に難易度が高かったり、守秘義務が課せられるようなものもある。あるいは、依頼人側の事情だったりな」


 そう言いながら、微かに苦い表情を浮かべるグラン。その様は、指名依頼というものにいい印象を持っていないのだろうというのはレイにも感じ取れた。


「で、今その話を俺にするということは……」

「ご名答。レイ、お前に対して指名依頼が入っている」

「……まぁ、話の流れでその辺は分かったが何故俺に? 俺は今日ようやくランクDになったばかりなんだが」

「そう。確かにお前は今日ランクDになったばかりの新米だ。大勢いる冒険者達から見れば、ランクDに成り立てのひよっ子に過ぎないだろう。だが、同時にお前はランクBモンスターのオークキングを独力で倒す力を持ち、ランクAモンスターのグリフォンをテイムしている。つまり戦闘力だけをみればランクDの枠には収まりきらない訳だ」

「そういう特殊なランクD冒険者が必要だってことか?」


 レイのその質問に頷くグラン。


「おまけに、この依頼でレイを指名してきたのはこの街の大物中の大物だ」

「……そういう表現になるということは、貴族か?」


 ギルムの街にも、それなりに貴族はいる。それもギルムの街の領主であるラルクス辺境伯が所属している中立派と言われる勢力だけではなく、国王派、貴族派といった者達も少なからずこの街には存在しているのだ。何しろこのギルムの街は辺境に接するラルクス辺境伯の領地で唯一の町。つまりそれだけ辺境に住むモンスターの脅威を直接確かめる必要があったり、あるいは辺境だからこそ有能な冒険者達が存在しており、あわよくばそのスカウトという目的もある。そんな貴族達からの依頼だろうとレイはグランに問うたのだが……


「そうだな、貴族と言えば貴族で間違い無いだろう。何しろこのギルムの街の領主なんだからな」

「……何?」

「だから、この依頼でお前を指名してきたのはこのギルムの街の領主でもあるラルクス辺境伯だって言ってるんだよ」

「何でそんなお偉いさんが俺を……いや、聞くまでもないか」


 グランへと問いかけ、すぐに納得して苦笑を浮かべる。

 何しろ先程グランも言ったように自分はランクAモンスターのグリフォンを従えて、オークキングすら倒す実力を持っているのだから。誰かが奇異に思って領主へと報告してもおかしくはないのだろうと。


「その様子だと理解したらしいな。どうやらラルクス辺境伯はお前のことを随分前から気に掛けていたらしい。何しろ今回のランクアップ試験自体が領主からの直々の指示によって行われたものらしいからな」

「俺を紐付きにでもする気か?」


 レイにとって、この街の領主であるという人物がそこまで自分に対して便宜を図るという理由はそのくらいしか思いつかなかった。

 なにしろギルドに登録したての新人としては桁外れと言ってもいい実力を持っているのだからそう考えてもおかしくはないのだと。


「さて、その辺は俺には分からない。何しろ貴族の中でも辺境伯といえば上位に位置する爵位を持つ存在だ。そんな人物が考えていることをギルドの一職員でしかない俺が理解出来る筈もないだろうよ。ただ、可能性として言えば紐付きというよりはこの街にとっての重要な戦力として期待されてるんじゃないかとは思うが。……この国の貴族は主に3つの勢力に分けられている。それは知ってるか?」

「ああ。図書館にある本に載ってたな。国王派、貴族派、中立派の3つだろう?」

「そうだ。そしてその中でも一番小さい勢力が中立派で、そしてここの領主であるラルクス辺境伯はそんな中立派の中でも大物として認識されている訳だ。つまり、このギルムの街から強力な戦力を引き抜くというのは中立派の戦力を低下させるのと同様の意味を持つ。それを警戒しているんだと思うが……まぁ、あくまでもギルドの一職員としての邪推だ。気にしすぎる必要は無い」


 苦笑を浮かべながらそう告げてくるグランだが、レイにしてみれば参考になる意見だったので深く頷く。


「っと、話がずれてたな。で、その指名依頼についてだが……1週間程後に、このギルムの街に貴族派の中でも中心人物の1人であるケレベル公爵の一人娘とその御一行が来る訳だ」

「……自分と敵対している派閥の街に貴族派の中心人物の一人娘を送り込むのか?」

「ああ。と言っても、今回は別に派閥争いに関してどうこうする予定という訳ではないらしい。……少なくても、向こうさんとしてはそう明言しているからそれ程気にする必要はないだろう」

「なら、何の為にそんな貴族のご令嬢ともあろう者がこんな辺境にわざわざ来るんだ?」

「それが、どうも目的はダンジョンらしい」

「ダンジョン?」

「ああ。お前が鷹の爪と揉めた時に、ルーノが話していた内容を覚えているか?」


 ルーノ、という名を出されて脳裏に浮かぶのは鷹の爪とレイが揉めた時に一人だけ我関せずとしていた調子のいい男の顔だった。


「確か、魔力を直接見ることが出来る魔眼を持ってるとかいう」

「そう、そいつだ。で、お前が鷹の爪と揉めた時もそのダンジョンでの探索が上手く行った打ち上げでだっただろう?」

「そう言えば、そんなことを言っていたな。……つまり、その公爵令嬢が来るのはそのダンジョンが目的なのか?」


 呆れた、とでも言うようにグランを見るレイ。

 だが、グランはそんなレイに向けて苦笑を浮かべながら首を振る。


「お前が何を想像したのかは知らないが、ケレベル公爵令嬢はそこらの貴族のお姫様とは違う。それこそ冒険者としてギルドに登録すれば今すぐにでもランクB……下手をしたらランクAってくらいの実力は持っている」

「……一応聞いておくが、公爵令嬢なんだよな?」

「ああ」

「俺のイメージする貴族のお嬢様と言えば蝶よ花よと育てられた箱入り娘とかが思い浮かぶんだが……どこか間違っているか?」

「まぁ、大筋では間違ってはいない。実際、王都にいる貴族の令嬢と言えば大抵がその想像通りだろうさ。だが、ケレベル公爵令嬢は違う。何しろ2年前に起こったベスティア帝国との小競り合いでは自らケレベル公爵の騎士団を率いて戦場を駆け巡り、最終的には敵の将軍を一騎討ちで討ち取ったって話だしな」


 ベスティア帝国。それはミレアーナ王国に隣接する国の1つであり、同時にこの大陸でも最大級の国力を持っている国だ。大陸でも有数の大国でもあるミレアーナ王国と比べてもその国力は上であり、今でも近隣の小国を徐々に自らの支配下に加えていっている所にその拡大政策が見て取れるだろう。

 当然、レイにしても図書館で自分が今いる国については学んでいるので、ベスティア帝国がミレアーナ王国と長年に渡って対立しているというのも知っている。

 だが、さすがに公爵令嬢ともあろう存在が戦場を駆け巡ったというのは初耳だった。


「それは本当に公爵令嬢なのか? 俺の持っているイメージとは違いすぎるんだが」

「まぁな。実際、相当珍しいのは事実だろうさ。ベスティア帝国でも姫将軍とか呼ばれて恐れられているらしい。でもってその名前がミレアーナ王国にも広がっている訳だ」

「姫将軍、ねぇ……貴族が姫と名乗ってもいいのか?」

「それを俺に言ってもな。言うならベスティア帝国の連中に言ってくれ。だがまぁ、貴族の姫なんだし間違ってはいないと思うが。で、話を戻すとだ。理由は分からないが、その姫将軍が数名の供だけを連れてダンジョンにやってくるらしい。それでケレベル公爵からラルクス辺境伯に依頼があった訳だ」


 グランの言葉に、納得しつつも小さく眉を顰める。


「それなら別にランクDじゃなくても、それこそランクAとかBの連中を雇えばいいんじゃないのか? あるいはダンジョンなんだからキュロットみたいな盗賊とか」


 当然と言えば当然の疑問。何しろ愛娘をダンジョンという危険な場所に送るのだ。その護衛という意味で冒険者を雇うのだとしたら、実力が証明されているランクの高い冒険者の方が安心出来るだろう。何もランクDになったばかりのレイを雇う必要は無いのだ。


「その辺も俺には余り詳しく知らされてないんだが、どうやらランクC以上の冒険者は駄目らしい」

「……あからさまに怪しいだろ、それは」

「まぁな。だが、公爵なんて存在に依頼されたらラルクス辺境伯だって明確な理由も無しには断れないだろうさ」


 実際、権力の大きさで言えば中立派と貴族派では随分と差がある為に、迂闊な真似をすると途端に中立派が追い詰められることになるのは間違い無い。また、辺境伯と公爵と身分の面でも差があるのだからラルクス辺境伯としては受け入れるしかなかったのだ。


「で、ラルクス辺境伯もしょうがなくその依頼を受けることにした訳だが、国内外でも名を轟かす姫将軍とも言われる公爵令嬢が自分の領地で万が一にでも死んでしまった場合は……どうなるか、予想はつくだろう?」

「最悪、ラルクス辺境伯という貴族そのものが存在出来なくなるか」

「ああ。最良の結果だとしてもかなりの領地を削られるだろうさ。……まぁ、実質ラルクス辺境伯の領地で街はこのギルムの街のみだから他の場所を幾ら取られてもそれ程問題は無いだろう。だが、もしこのギルムの街を奪われでもしたら……」


 グランの言葉に深く溜息を吐く。


「で、ランクDにも関わらず腕の立つ護衛ということで俺が選ばれた訳か」

「その通りだ。そもそも姫将軍と呼ばれて戦場にも出て行く人物で、敵の将軍を一騎討ちで倒しているというのを考えても腕は相当に立つらしいのは確かだ。だからあくまでもレイの存在はいざという時の為なんだろう。それにお前の場合はグリフォンを従えているというのも大きいしな」

「一応聞いておくが、指名依頼というのは断れるのか?」

「そういう聞き方をしてるってことは、大体予想が付いてるんだろう? 普通なら指名依頼を断るというのは可能だし、それ程珍しい話でもない。だが、今回の依頼主はこの街の領主でもあるラルクス辺境伯なんだ。断れる筈がない」


 グランの言葉を聞き、内心で依頼について考える。


(断るのは無理か。だが、この依頼はダンジョンに一度は行ってみたかった俺に取ってはチャンスであるとも言える。ダンジョンにはかなり高ランクのモンスターもいるらしいから、魔石についてはある程度の質と量は期待出来るだろう。……問題は、その魔石を俺が売らないのを怪しまれるかどうか……いや、王都の公爵令嬢だ。どんな用事があってダンジョンに向かうのかは知らないが、用事が済めばこんな辺境からはとっとと帰るだろう。なら俺が魔石を売らないという不自然さに気が付く可能性は低い)


「ちなみに、そのダンジョンにはセトを連れて入ることが出来るのか? より正確に言えばそのダンジョンの中でセトの巨体で戦闘が可能な広さがあるのか?」

「その辺は問題無い。基本的にダンジョンの中にはお前のグリフォンであるセトよりも大きなモンスターも確認されているからな。そいつらが不自由しない程度の広さは確保されている」

「なるほど。なら何とかなるか」

「そういう言葉が出て来たってことは、依頼を受けるという判断でいいんだな?」

「元より断れないと言っていたのは誰だ?」


 レイの言葉に、グランは苦笑を浮かべるしか無かった。


「それもそうだが、やっぱり本人の意志ってのは大事だろ。で、受けるってことでいいんだな?」

「ああ。で、俺はどうすればいい? その姫将軍とやらが来る1週間後にギルドに来ればいいのか?」

「そうなる。まぁ、詳しい話は近いうちに出来るだろう。お前は体調を整えておいてくれ。いざ依頼となった時に怪我をしていて戦力になりませんでしたってのは洒落にならないからな。出来ればこの1週間は討伐依頼とかも受けないでくれると助かる」

「……そこまでする必要があるのか?」


 思わず出たその問いに、グランは大真面目に頷く。


「ああ。何しろ公爵令嬢の身の安全、引いてはギルムの街の命運も掛かってるからな。お前もそのつもりでいてくれ」

「……はぁ、分かったよ。ちなみに報酬は?」

「成功報酬だが、光金貨2枚」

「……本気か?」


 光金貨2枚。一度の依頼でそれ程の報酬が出る依頼となると、ランクAでも滅多にない代物だ。


「何度も言ったように、それだけ重要な依頼だってことだ。その辺、肝に銘じておけよ」


 こうしてランクDに上がったばかりのレイは、いきなりの指名依頼を半ば強制的に受ける羽目になるのだった。

 そして、この依頼こそがレイにとっての重大な分岐点になるのだが、それを本人が知る由も無かった。

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