第57話

 ランクアップ試験終了翌日。遠出をして盗賊団を倒すというのはともかく、殆ど面識もない人物達とパーティを組み、尚且つそのパーティリーダーを任されるという肉体的にはともかく精神的な疲労を癒すべくぐっすりと眠っていたレイが起きたのは既に昼近くになってからのことだった。

 そのまま身支度をし、いつものようにドラゴンローブとスレイプニルの靴を身につけてから夕暮れの小麦亭の1階の食堂で遅めの朝食……というよりは、早めの昼食を済ませて厩舎の方に移動する。

 昨日はセトが嬉しさの余りはしゃぎすぎた為に宿の女将であるラナに注意をされたが、さすがに1晩も経てばセトも落ち着いたらしくレイを出迎えたのは普通の鳴き声だった。


「グルルゥ」

「ああ、おはよう。さて、今日は依頼は無いがランクアップ試験の結果を聞きにギルドに行くんだがセトも行くか?」

「グルゥ」


 当然、とばかりに頷くセトに笑みを浮かべつつ、共に厩舎から出て行く。

 その際、厩舎の中にいた馬達が安心したように見えたのはきっとレイの気のせいではないだろう。

 夏も終わりに近づいて来ている為か、今日の天気は昨日までと違い薄い雲が上空を覆っている。そんな天気の中、レイとセトの1人と1匹は街へと出掛けていく。

 そして、ギルドに向かう途中では既にお馴染みとなった屋台からサンドイッチやら串焼きやらといった歩きながら食べられる物を買ってはセトと共に分けて食べ、あるいはギルムの街の住人達がセトへと干し肉やパンを与え、子供達がセトと戯れる。あるいはギルムに来たばかりでセトのことを知らない為に、セトを見た途端逃げ出そうとする者とそれを止めて説明する者達を眺めながら歩く。そんな風にしながら半ば散歩のようにしてギルドへと向かっていた1人と1匹だったので、ギルドに着いた時には既に昼も終わりそうになっていたのだった。


「セト、いつものように馬車のスペースで待っててくれ。ただ、今日はちょっと時間が掛かるかもしれないが……まぁ、問題は無いか」

「グルゥ」


 何しろ、現在のセトはギルムの街でもかなり有名なモンスターだ。ランクAモンスターであるというのに、その人懐っこさのギャップで子供から大人まで。それこそ女、子供、老人にもセトのファンはいる。

 ……まぁ、それでもモンスターはモンスターだとしてセトを忌み嫌っている者達もいるのだが、そちらはあくまでも少数派でしかない。

 それ故にセトを構いたい者達はかなりの数が存在し、ギルドの馬車や従魔が待機する為の場所はそんなセトと触れ合える場として密かに人気のスポットになっていたのだ。

 それを知っているレイは、セトの頭を軽く撫でてからギルドの中へと入っていく。


「あ、レイ君おはよう! ……いや、こんにちはかな。とにかくこっちこっち」


 カウンターの中で大きく手を振って来るケニー。その声はギルド中へと響いており、少なくない冒険者達の視線がレイへと集まる。

 その隣ではレノラが冒険者に依頼の説明をしているという、レイにしてみればいつもとは逆の光景が起きていた。

 そんな様子を珍しく思いながらケニーのカウンターへと移動するレイ。


「ランクアップ試験の合否発表を聞きに来たんだが」

「うん、聞いてるよ。他の参加者の人達ももう何人か来ているみたい。場所は昨日レイ君達が借りた会議室ね」

「そうか」


 と頷いて階段に向かおうとした所でふと足を止める。


「そう言えば、昨日はいつくらいまであいつらが会議室を使っていたか分かるか?」

「うーん、エルフの人と戦士の人はレイ君の少し後に帰ったけど……」

「アロガン、キュロット、スコラの3人か」

「名前は詳しく分からないけど、もう1人の戦士の人と、盗賊と魔法使いのコンビはしばらく残ってたわ。まぁ、最終的にはグランさんに一喝されてどうにかなったみたいだけど」

「結局はそうなったか」


 欲をかくからそうなったんだ、とばかりに苦笑を浮かべながらケニーに礼を言って2階の会議室へと向かう。


「あら、遅かったわね」


 そんなレイを出迎えたのはフィールマのそんな声だった。

 会議室の中ではフィールマとキュロットが話をしており、スコラは何かの本を読んでいる。


「そうか? まだ残り2人が来てないんだし言う程遅くもないと思うが」


 フィールマにそう返しながら、近くの椅子へと腰を下ろしてキュロットへと声を掛ける。


「昨日は随分長い間言い争ってたって?」

「らしいわね。私達も今、丁度その話をしていた所なのよ」

「それを私に言われても……アロガンが欲張るのが悪いのよ」

「どっちもどっちだと思うがな。で、結局分け前はどういう風になったんだ?」

「……まだ継続中。今日もこの発表が終わったら話を再開する予定よ」

「まぁ、俺はもう自分の取り分をきちんと貰ったから何とも言わないが……欲張り過ぎるのはどうかと思うがな」

「それを言うなら私じゃなくてアロガンに言ってよね」

「……それは俺の台詞だよ」


 不機嫌そうに会議室に入ってきたのはアロガンだった。


「盗賊というのは強欲と相場は決まってるが、お前はその中でも飛びっきりだな」

「ちょっと、それはどういうことよ!」

「そのままの意味に決まってるだろうが」


 キュロットと言い合いをしながらも、その隣へと腰を下ろす。

 その様子は確かに一見するとランクアップ試験開始当初のような険悪な様子にも見えるのだが、根底にはお互いを認め合った者同士のような一種の信頼のようなものがあった。

 ああだこうだと言い合いをしている2人をフィールマと共に呆れた様子で眺めているレイ。本来キュロットのストッパー役になる筈のスコラは我関せずと本を読むのに集中している。


「そっちはそっちで随分と本に夢中になってるらしいな」

「そっち? あぁ、スコラね。何でも前から欲しがっていた魔法書がようやく入荷したからって朝一番で買ってきたらしいわ」

「報酬は銀貨1枚で、盗賊のお宝もスコラの希望はポーションの類と安物のマジックアイテムだったのによくそんな金があったな」

「なんか、前から取り寄せを頼んでた本だからその為にお金を貯めてたって話よ」

「へぇ、魔法を使う身としては興味あるな。どんな魔法書なんだ?」

「魔人の1人としても有名な希代の錬金術師、エスタ・ノールの関係らしいわ」

「……ほう」


 突然出て来たその言葉に、一瞬固まるレイ。

 何しろエスタ・ノールと言えばゼパイル一門の錬金術師であり、レイが身につけている数々のマジックアイテムもその殆どがそのエスタ・ノールが作った作品なのだから。


「レイ?」

「いや、思ったよりも大物の名前が出て来たからちょっと驚いてな。それにしてもスコラは風と水を得意とする魔法使いだったと思うんだが、錬金術にも手を出すのか?」

「さぁ? それを私に聞かれてもね。そういうのは本人に聞いてよ」

「そう言えばそうだな。まぁ、本に集中しているようだし今はいいさ」


 そんな風にアロガンとキュロットが言い争いをし、レイとフィールマが世間話を。スコラが魔法書へと熱中しているとようやく最後の1人が姿を現す。


「どうやら俺が一番最後らしいな」

「確かに。けどまだグランが来た訳じゃないから気にしなくてもいいと思うぞ」


 そう言いながら会議室へと入ってきたスペルビアは、前日までとは違う鎧を装備していた。

 種別としては同じレザーアーマーなのだろうが、より上等な物へと変わっている。


「なるほど、それがお前の選んだ防具か」

「ああ。……昨日は疲れた。防具ってのは当然重いし、場所を取るからな。自分の分と予備だけを取って置いて、残ったのは全部店に売り払ったんだが……」

「あぁ、なるほど」


 ポーションや宝石といった物はそれ程スペースを取らないし、レイにしても希望したのは槍が10本に短剣が5本程度だ。それくらいなら持ち歩くのもそう大変ではないし、何よりレイにはミスティリングがある。それに比べてスペルビアが受け取ったのは防具。盾にしろ鎧にしろ、金属やモンスターの皮や骨を使って出来ているのだからその重さは相当だろう。


「どうしたんだ?」

「知り合いを呼んで運んで貰った。おかげでそれなりの金になったけどな」


 と、そんな風にスペルビアと話していたレイがピクリと会議室に近付いてくる足音を聞き取る。


「どうやら来たな」

「何?」

「俺達がランクアップ出来るかどうかの判断をする人物が、だよ」


 レイの言葉通り、それから数秒もしないうちに会議室の中へとグランが入ってくる。

 そのグランは会議室の中を見回し、ランクアップ試験に参加したメンバーが全員いるのを確認してから口を開く。


「よし、全員いるな。じゃあ早速だが試験の結果を発表する」


 グランの声に、さすがに緊張しているのか会議室の中は静まりかえる。

 本に集中して周囲の様子を気にしていなかったスコラも、さすがに今は緊張した様子でグランへと視線を向けている。

 皆の注目を集める中……グランは笑みを浮かべて頷いた。


「おめでとう。お前達全員、ランクDに昇格決定だ」

「よっしゃぁぁぁぁっ!」

「やったやった」

「あー良かった……」

「何とかなった、か」

「一安心ね」


 アロガン、キュロット、スコラ、スペルビア、フィールマがそれぞれ安堵の息を吐きながら自分のランクアップ試験合格を喜ぶ。

 そしてレイもまた、安堵の息を吐きながら嬉しそうに笑みを浮かべる。

 何しろ、人付き合いが苦手な自分がパーティリーダーを務めての試験だったのだ。得意分野であるのなら自信もあったのだろうが、さすがに苦手分野で試験の結果を判断するとなるとレイと言えども緊張していたのだ。


「おめでとう、レイ」

「ああ、そっちもな」


 近くにいたフィールマの言葉に笑みを浮かべて返事をしながらお互いの合格を喜ぶ。


「取りあえず喜ぶのはその辺にしておけ。おい、入ってこい」


 グランの声に、ギルドの職員と思われる人物が会議室の中へと入ってきてレイ達の側へと近寄ってくる。


「全員、ギルドカードのランクを更新するからこいつに渡すように」


 指示に従い全員がギルドカードを渡す。それを念の為に確認しながら集めていくギルドの職員。


「グランさん、では私は早速作業に入りますので」

「ああ、頼む。出来上がるまでは暫く今回の試験について話して時間を潰しておくからよ」

「はい、それ程時間は掛からないと思いますので」


 それだけ言って出て行くギルド職員を見送ってからグランはレイ達を改めて見回す。


「お前達はこれで晴れて今日からランクD冒険者となる。ただし、今回の試験はかなり危なかった場面もあるというのを覚えておくように。まずはレイ。試験開始前にも言ったが、お前は戦闘力については問題無い。ただ、ランクD以上では多かれ少なかれパーティを組むということが増えてくる。その際の人間関係が問題だったんだが……戦闘中についての指示は完璧とは言わないが及第点だった。仲間との連携も同様だ。ただし商人を助けた後のやり取り、特に積荷に関してのやり取りは減点要素だな。お前が無料で荷物を返したというのを他の冒険者達にも強要するような商人だったらかなり問題になっていたぞ。……幸い、あの商人達はそういう悪知恵を働かせるような者じゃなかったから今回は良かったが、ランクD以上になったらそういうことにも気をつけるように」


 グランの言葉に頷くレイ。

 それを確認したグランは、キュロットへと視線を移す。


「次、キュロットだ。お前はランク試験当初は緊張のせいかレイやアロガンに食って掛かっていたのと、レイにも言ったように商人に荷物を無料で返すというのが問題点だ。だが、それ以外の盗賊としての力量はランクDに相応しいものがあるから今後も精進するように」


 キュロットもまた頷く。

 そしてグランの視線はスコラへと。


「スコラの場合はその精神的な弱さが問題だな。前衛職ならともかく、後衛の魔法使いであるお前が盗賊を殺したことで動揺してどうする。これからの課題は精神的な強さをどう身につけるかだな」

「はい、頑張ります」


 スコラがそう返事をする。

 その様子に満足そうに頷きながら、グランの視線はスペルビアの方に。


「次、スペルビアとフィールマ。お前達2人は人を殺すという行為をしても動揺を表に出すこと無くきちんと自分のやるべきことをしっかりとこなした。今回のランクアップ試験に点数を付けるとするのならお前達2人がトップだな。だが、お前達はまだランクDでしかない。冒険者全体で見れば上はまだまだいる。これに満足しないでこれからも精進するように」

「そうさせて貰おう」

「肝に銘じておくわ」


 2人が頷いたのを見て、最後にアロガンへと。


「今回の試験で一番評価が低かったのはお前だ。自分の力を過信して他人を低く見る。待ち合わせ時間に遅れる。パーティの仲間とのコミュニケーションも上手く行ってなかったな。そして人を殺した後の精神的な弱さ。正直、あのままだったらお前はランクアップ試験に落ちていたのは間違い無いだろう。だが、人を殺したという精神的な弱さについてもキュロットやスコラ達と本音で話し合って乗り越えたし、そのおかげという訳でも無いがパーティ内の人間関係も及第点に達している。……ただし、いいか。本当にお前はギリギリでランクアップ試験に合格したのだということを忘れるなよ」

「……ああ」


 グランの酷評に、苦い顔をしながら頷くアロガン。

 その様子を確認してから、次はその場にいる全員へと視線を向ける。


「とにかく、お前達は今日からランクD冒険者だ。初心者や駆け出しといったランクEを越えてきた一人前の冒険者として見られることになる。その辺をくれぐれも忘れないようにして行動しろ。……特にアロガン、お前はその辺を常に意識しておけよ」

「お待たせしました」


 グランの言葉が終わると、丁度タイミング良く先程の職員が戻ってくる。

 その手には6枚のギルドカードが握られており、それぞれへと返却される。

 ギルドカードに刻まれているランクは皆がEからDへと変わっており、それを見てランクアップしたというのを実感したのかそれぞれの顔に笑みが浮かぶ。

 それは普段あまり表情を変えないレイもまた、同様だった。


「よし、ではこれでランクアップ試験を終了とする! これからもお前達の活躍に期待する。解散!」


 その声に従い、それぞれが席を立ち会議室から出て行く。アロガンとキュロットは昨日の続きをしようというのか、本を持ったスコラを引っ張っていくのだった。

 レイもまた、その後を追おうと席を立った所で……グランに声を掛けられる。


「レイ、お前はここに残ってくれ。ちょっと話がある」


 どこか厳しい顔付きをしたグランがそう告げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る