第49話

 セトを灼熱の風に預ける約束をした翌日、まだ9時の鐘が鳴る前にレイはセトと共に大通りを歩いて正門へと向かっていた。

 大通りを歩くセトを見て、街の住人やセトを知っている冒険者達はいつものように干し肉やパン、果物といった食べ物をセトへと与えようとするのだが、今日のセトは小さく鳴くだけで何も貰おうとはしなかった。


「ねぇ、セトに何かあったの? いつもなら喜んで僕の干し肉食べるのに」


 セトへと干し肉を与えようとしていた10歳くらいの少年が心配そうに尋ねてくるが、レイは苦笑を浮かべて口を開く。


「ちょっとな。俺が依頼の為に暫くセトと離れ離れになるからそれで寂しがってるんだよ。まぁ、坊主が話し掛けてやれば気も紛れるだろうからこれに懲りずにセトと遊んでやってくれ」

「うん!」


 元気に返事をし、そのまま走り去る少年を見ながらセトの頭をコリコリと掻く。


「セト、いい加減元気を出せ。昨日も言った通り、1週間なんてすぐだ。それに順調に進めば5日程度で戻ってこられる筈だしな」

「グルゥ……」


 喉の奥で小さく鳴くセト。

 そんなセトを宥めるように、頭の次は背中を撫でる。そしてシルクのような手触りを楽しみながら大通りを進んで行くとやがて正門が見えてきた。


「あ、レイ君。今日も依頼ですか?」


 レイの姿を見たランガがまっすぐに向かって来て声を掛ける。


「いや、ランクアップ試験だ。それよりもちょっと待ってくれ。ここで待ち合わせが……」

「セトちゃーん! 元気してた? あ、レイも昨日振り」


 噂をすれば何とやらと言うべきか、ふと気が付くとセトを預け先のパーティである灼熱の風のリーダー、ミレイヌがセトへと抱きつきながらその頭や背を撫でていた。


「んー、相変わらずの手触り、肌触り。……でも、やっぱり元気ないわね。レイと離れるのは寂しいかもしれないけど、数日間はよろしくね」

「おや、ミレイヌさん。……レイ君と離れる、ですか?」

「実はレイ君はこれからランクアップ試験を受けに行くんですが、その際にグリフォンは過剰戦力だとギルドの方から言われたらしいんですよ。かと言ってセトを宿屋の厩舎に1週間近くも閉じ込めておくのも可哀想だというので私達がランクアップ試験が行われている間、セトを預かることになったんです」


 要領を得ないといった様子のランガへスルニンが説明する。

 その説明に理解の色を示したランガだったが、それでも自分の役割とばかりにレイへと声を掛ける。


「従魔を知り合いに預けるというのは構いませんが、従魔登録をしているのはレイだからもし何かあった場合はレイが責任を取ることになるけど……それを承知の上でかな?」

「その辺については昨日スルニンから聞いている。こいつらなら安心してセトを預けられると判断してるからな」

「そうですか、承知の上であればこちらからは何も言うことはないですね。ではギルドカードと従魔の首飾りを」


 ランガの言葉に従い、ミスティリングから取り出したギルドカードとセトの首に掛かっていた従魔の首飾りを手渡す。


「はい、結構です。では、くれぐれもお気を付けて」


 従魔の首飾りはそのままに、ギルドカードのみを返して貰い灼熱の風と共に正門の外へと出て行く。


「じゃ、私達はトレントの討伐依頼があるからここで失礼するわね。セトちゃんに関してはなるべく気をつけておくからレイはきちんとランクアップ試験を頑張ってきなさい。ほら、待ち合わせはあそこでしょ?」


 ミレイヌの示した方向へと視線を向けると、そこには大きめの馬車が1台存在していた。そしてその馬車の隣には試験官であるグランの姿と、これから暫く共に行動をすることになるスペルビアの姿があった。


「ああ。じゃあ、セトのことは頼むな。セト、また1週間後に会えるのを楽しみにしてるぞ」

「グルゥ……」


 寂しげに頭を擦りつけてくるセトだったが、レイはその頭を軽く撫でるとそのままグランの方へと向かっていく。


「グルゥ!」


 最後に一声、頑張ってとでも言うように高く鳴くと、そのままセトはミレイヌ率いる灼熱の風と共に街道を進んで行くのだった。






「あのグリフォンが昨日言ってた従魔か。……確かに、凄い迫力だな」


 レイが馬車へと近付くと、スペルビアがそう声を掛けてくる。


「まぁな。俺の掛け替えのない相棒だよ。それよりそっちは早いな」

「ああ。何しろ毎朝の剣の訓練が日課になっていてな。自然と早起きするようになったんだ」


 そう言いながら、腰に装備しているロングソードを軽く叩いて見せるスペルビア。


「なるほど。で、グラン。ギルドで用意した馬車ってのはこれでいいのか?」


 グランへと声を掛けつつ、馬車へと視線を向ける。

 大きさ的にはオーク討伐に行った時に乗ったものと同じ型だ。レイ達6人とグランの合計7人が乗るにはちょっと狭いかもしれないが、御者や見張りもレイ達が出さなければいけないのだから実質的に不都合はないのだろう。ただ、オーク討伐の時と違う所があるとすれば……


「小さいな」


 レイの視線の先にいるのは、馬車を引く馬だ。オーク討伐の時に使われたウォーホースではなく、極普通の馬。ただし、ウォーホースの印象が強く残っているレイにとっては小さく、頼りなく感じられたのだ。ただし、その代わりという訳ではないのだろうがウォーホースが2頭だったのに対して、レイの目の前にある馬車を引く馬の数は3頭に増えている。

 それを察したグランは苦笑を浮かべながら馬車に繋がれている馬の背を撫でる。


「お前が何と比較してるのかは分かるが、ギルドにしてみてもウォーホースは貴重なんだ。幾ら何でもDランクへのランクアップ試験で貸し出して欲しいと上申しても却下されるだけだよ」


 そんな風に会話をしていると、やがてギルムの街の正門からキュロットとスコラの2人が現れる。


「おはよう。今日からしばらくよろしくね」

「よろしくお願いします」


 そのままレイ達の方へと移動してくると、2人揃ってペコリと頭を下げて挨拶をしてくる。

 その様子は昨日とは打って変わってしおらしいものになっており、あれだけの勢いでレイへと噛みついてきた人物だとは思えないものだった。

 そんなレイの様子を見て、何を考えているのか察したのだろう。グランと話しているキュロットをそのままに、スコラがレイとスペルビアへと近付いてくる。


「その、キュロットの様子が昨日と違うから驚いたでしょ?」

「そうだな」

「確かに随分と違うな」


 そんな2人に苦笑を浮かべながらスコラが口を開く。


「実はキュロットって、ああ見えて結構上がり症なんだ。それにこれが初めてのランクアップ試験だからね。それもあって意気込みとかそういうので暴走気味だったんだよ」


 スコラの台詞に意外そうな表情を浮かべながらグランと会話をしているキュロットを眺める3人。

 確かに言われてみれば、レイの眼から見てもキュロットにはかなり力が入っているように感じられる。


(パーティの眼として動く盗賊が力んでいるというのは余り嬉しくないな。セトがいればその心配はいらないんだろうが)


 グリフォンであるセトの感覚はそのモンスターランクに相応しく、文字通りの意味で人外の領域にある。そして今までレイとセトが依頼を受けてモンスターの討伐をする時は敵を発見する、誰かが接近して立てる音や気配を感じ取るといった役目はセトのものだった。

 それ故にパーティリーダーを務めることになったレイにとって、現在のキュロットの様子は余り嬉しいものではない。


「あら、皆早いわね。ちょっと遅れたかしら? おはよう」


 そんなレイ達に新たに声を掛けられる。

 その声の持ち主は手に弓を持ち、背中に矢筒を背負ったエルフのフィールマだ。

 それぞれが挨拶を返し、今回の試験に関することや何を持ってきたのか等を話していると、やがて9時の鐘が周囲へと鳴り響く。


(……で、アロガンはどこだ?)


 鐘の音を聞き周囲を見回すが、そこにいるのはグラン、スペルビア、キュロット、スコラ、フィールマの5人とレイのみだ。話している間にレイ以外もそれに気が付いたのだろう、周囲を見回していた。

 だがそれでも周囲にアロガンの姿がないと分かると、グラン以外の4人の視線はレイへと集まる。

 パーティリーダーだからどうにかしろという無言の圧力に、グランへと声を掛ける。


「アロガンが9時の鐘がなっても来ないんだが、こういう場合はどうなるんだ?」

「あー、そうだな。さすがにこういう展開は予想してなかった。ただ、冒険者にとって依頼の開始時間に遅れるというのはかなり大きいマイナスポイントだ。しかも、肝心の試験当日に遅刻するようじゃとても上のランクには……」


 グランがそう言い、アロガンの失格を宣言しようとした時だ。正門からアロガンが悠々と歩いてくるのが見えたのは。


「悪い、遅れたか?」


 そしてそのまま軽い調子で話し掛けてくる。


「……おい、それだけか?」


 その様子に、思わずなのだろう。スペルビアがそう声を掛ける。


「あん? 何だよ。別にまだ出発してないんだからいいじゃないか」

「ちょっと、あんたねぇ! そっちにとってはランクアップ試験がどうなっても構わないかもしれないけど、こっちは真剣なのよ! 遅れてきた癖にその態度は何よ!」


 アロガンの態度が我慢出来なくなったのだろう、キュロットが食って掛かる。だがそれに対するアロガンの態度は鼻で笑うというものだった。


「ふんっ、昨日の模擬戦で俺に手も足も出なかった癖に口だけは立派だな」

「なっ!」


 あからさまに自分を馬鹿にしたその言い分に、さらに食って掛かろうとするキュロット。それをスコラが宥めて、スペルビアとフィールマの2人はアロガンへと冷たい視線を送っている。

 そしてレイは臨時とは言え、パーティの仲間のそんな様子を見て思わず溜息を吐く。


(そもそもキュロットは盗賊であって戦士じゃないんだから、戦闘という自分の土俵で勝ったからと言っても自慢にはならないだろうに)


 さてどうした物かと周囲を見回すと、自分へと視線を向けていたグランと目が合う。その目はパーティリーダーなんだからお前がどうにかするようにと告げている。

 再度溜息を吐き、ミスティリングからデスサイズを取り出して皆の眼に止まらぬような速度で刃をアロガンの首へと突きつける。


「キュロットを相手に手も足も出ないで云々と言っていたが、ほんの6日前のことも忘れたのか? ギルドの前で俺に絡んできたあげくそれこそ手も足も出ないで自慢の魔剣を飛ばされたのは誰だった?」

「……」


 さすがに自分の首へと巨大な刃が突きつけられては先程までのような態度を取ることは出来ないらしく、無言でレイへと視線を向けるアロガン。

 元々、今レイが言った出来事のせいで苦手意識を植え付けられているだけに、キュロットに対して取ったような強気な態度を取ることも出来ないらしい。

 そんなアロガンに対し、スペルビアとフィールマ同様に冷たい視線を送りながら、改めて口を開く。


「何か言うことがあるだろう?」

「……遅れて悪かった。次からは気をつける」


 それでも渋々、といった様子で告げるアロガンの首に突きつけていたデスサイズをミスティリングへと収納する。


「これは個人での試験ならともかく、パーティを組んでの試験だ。お前が自分の足を引っ張るのは勝手だが、それが他の面子にまで悪影響を及ぼすということを理解しろ。……いいな?」

「……ああ」


 アロガンが頷いたのを見て、レイはグランへと視線を向ける。


「そろそろ出発したいんだが」

「ここからはお前達が決断をしていくんだ。俺は盗賊のアジトまでの案内はするが、それ以外は口や手を出したりはしない」


 その言葉を聞き、レイは周囲を見回す。


「まずこの中で、馬車の御者をやったことのある奴はいるか?」


 その質問に、キュロット、スコラ、スペルビアの3人が手を上げる。


「そうか、ならお前達3人が交代で馬車の御者を頼む。俺とフィールマ、アロガンの3人は御者の隣で襲ってくるモンスターがいないかどうかの警戒だ。……ただし、アロガン。お前は先程のペナルティとして他の者よりも多く見張りをやってもらう。見張りに関して手を抜いてモンスターに奇襲を受けるようなことになったら……次に空を飛ぶのは、お前の魔剣ではなく頭部になるかもな?」


 レイの言葉に本気を感じ取ったのだろう。アロガンは真剣な表情をして頷くのだった。


「よし、じゃあ出発だ。最初の御者はスコラ。見張りはアロガンだ。持ってきた荷物は馬車の後部に纏めて置いてくれ」


 ランクアップ試験に参加する者達にそう宣言し、皆で馬車へと乗り込むのだった。

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