第48話

「さて、これで大体それぞれの実力は理解出来ただろう」


 訓練場でランクアップ試験参加者の前でそう告げるグラン。

 それを受ける者達は、ある者は小さく頷き、またある者は笑みを浮かべ、あるいは悔しそうな顔のままグランの言葉を聞いていた。


「何度も言うようだが、今回の模擬戦はあくまでも盗賊討伐依頼をこなす上で必要なお互いの実力を知っておく為のものだ。余り拘らないようにな。で、次に決めるのはこの臨時パーティのリーダーを誰がやるかだが……」


 呟き、6人の顔を順繰りに見つめていくグラン。それぞれが自分がなりたい、なりたくないは別にして誰がリーダーに指名されるのかを息を呑んで待ち受けている。そんな中、グランの視線はある1人へと固定されていた。


「レイ、お前がリーダーだ」


 そしてそう告げる。


「何? 俺か?」


 グランの言葉に驚きを顔に浮かべるレイ。だが、グランは何の躊躇いも無くその問いに頷く。


「ああ。正直お前の戦闘力自体は既にランクDとかそういうレベルのものじゃないというのは理解している。何しろオークキングを倒す実力を持っているんだからな。だが、お前の場合はその高い戦闘力とは裏腹にあくまで個人、ソロで活動するのが前提になっている。Eランクまでならそれでもいいのかもしれないが、Dランク以上になれば臨時だったり固定だったりはするが、自然と他の者とパーティを組む必要が出て来る筈だ。だからこそ、人と接するのが苦手なお前が上のランクに上がるにはそれをどうにかしないといけない。少なくても、最低限のコミュニケーションは取れるようにな」


 理路整然と指摘してくるグランの言葉に、レイは沈黙を守るしか無かった。基本的に自分が人との付き合い方がそれ程上手くないというのは自覚していたからだ。そしてそれが上のランクに上がる為の条件だと言われれば、レイにとってリーダーを引き受けないという選択肢は残っていなかった。


「分かった。リーダーを引き受けさせて貰う」

「他の奴等もいいな。このランクアップ試験の課題である盗賊の討伐が終わるまではこの臨時パーティーのリーダーはレイだぞ」


 グランのその言葉に、皆がそれぞれ頷く。

 ……もっとも、それぞれがそれぞれの表情でだったが。


「よし、じゃあ早速だが今回の盗賊討伐依頼の詳細だ。まず、盗賊のアジトはこのギルムの街から2日程の位置にあるというのは説明したな。そこまでの案内は俺がすることになる。と言うか、試験官なんだからどのみちお前等と一緒に行かないといけないんだがな。出発は明日の朝。9時の鐘が鳴る前には正門前に集合だ。足としてギルドが馬車を出してくれる。何か質問は?」


 グランの言葉に、キュロットが口を開く。


「馬車の用意はギルドがしてくれるってことだけど、その他の物資。特に食料やポーションの類は?」


 キュロットのその質問によく気が付いた、とでも言うようにニヤリとした笑みを浮かべるグラン。


「ギルドから提供されるのは馬車だけだ。その他の物資はそれぞれが自分で必要な分を用意するように。当然、各自が用意した物資も査定に入れさせて貰うから気をつけるようにな」


 次に口を開いたのはスペルビア。


「盗賊団というが、具体的にどの程度の人数なのかの把握は出来ているのか?」

「最低でも20人程度はいるとのことだ」

「……なるほど。最低でも、か」


 グランの言葉の裏を理解して頷くスペルビア。その辺はオーク討伐の時と一緒だった為にレイにもすぐに察することが出来た。


「最低でもって、何でその言葉にそこまで拘るんだよ?」


 言葉の裏を理解出来ていないアロガンがスペルビアへと尋ねる。スコラも同様に首を傾げて隣にいるキュロットへと視線を向けていた。


「どうやら分かっていないのが数人いるみたいだな。レイ、リーダーとしての初仕事だ」


 グランに促され、レイが溜息と共に口を開く。


「最低でも20人ということは、それ以上の人数、それこそ40人だったり100人だったりする可能性もある訳だ」


 その言葉にギョッとするアロガンとスコラ。

 だが、その2人を安心させるようにフィールマが言葉を続ける。


「とは言っても、これはあくまでもギルドのランクアップ試験に選ばれた任務なのだから、そこまで無茶な数はいないと思ってもいいでしょうね」


 その言葉に、あからさまに安堵の息を吐く2人。だが、グランは意地悪そうな笑みを浮かべて再度口を開く。


「確かにこれはギルドの試験でもあるが、だからと言って絶対に安全ということはないんだ。気を緩めると死ぬぞ。……さて、他に質問は?」


 グランのその言葉に、誰も口を開かない。それを確認したグランは、その視線をレイへと向ける。


「レイ、減点1だ。これが依頼である以上はリーダーとして報酬のことを聞いておくべきだろう」

「……あぁ、なるほど」


 指摘され、小さく頷くレイ。

 レイにとっての依頼とは魔石を手に入れる為の手段であって、報酬自体はそれ程気にしていなかった為にその点に思い至らなかったらしい。


「小さいようだが、報酬の確認をしておかないと依頼達成後に依頼主と揉める可能性がある。……まぁ、ギルドの依頼ボードに貼られている依頼を受けるというのならこの辺は気にしなくてもいいが、ランクD以上になると稀にだがギルドを通さないで依頼をされることもある。その場合は今言ったようにきちんと報酬や依頼に関する注意点を聞いておくのを忘れないように。ちなみに今回はランクアップ試験という関係上報酬はそれぞれ銀貨1枚となっている」


 グランの言葉に皆が頷く。


「よし、では今日はこれで解散とする。先程も言ったが、明日の朝9時の鐘がなったら出発するからそれまでに各自荷物を整えて正門前に集合だ。それとこれも繰り返しになるが、レイはグリフォンを連れてくるのは禁止とする」


 その言葉を合図に、皆がそれぞれ散っていく。

 臨時のパーティメンバー達の後ろ姿を見ながら、思わず溜息を吐くレイ。

 まさか自分がパーティリーダーなんて任される羽目になるとは思わなかったというのもあるが、それよりも問題なのは……


(セトをどうするか、だな。行きに2日、帰りに2日。そして恐らく向こうで1日で5日。しかもこれは何のトラブルもないと仮定してのものだ。一応余裕を持って2日程見るとして1週間。……さすがに1週間もセトを厩舎に閉じ込めておく訳にはいかないし……となると、誰かに預けるしかない訳だが適当な人材が……いや、待て)


 その瞬間、レイの脳裏に浮かんだのはミレイヌの姿だった。ある程度自分達の異常さを知っており、それでも尚親しみを込めて接してくる希有な人物。それでいて誓約の種を埋め込んである為に万が一の心配もいらない。また、ミレイヌ自身がセトへとかなりの愛着を持っているのは見ていれば分かる。


「そうなると問題は明日までに捕まえられるかどうか……か」


 小さく呟き、善は急げとばかりにギルドの中へと向かうのだった。






「レノラ、灼熱の風のミレイヌと連絡を取りたいんだが何かいい方法はないか?」


 ギルドの中へと戻り周囲を見回すが、そこにはミレイヌを含む灼熱の風の姿は無かった。既に日中という時間帯なので冒険者がギルドにいる可能性は少ないと踏んでいた為、特に気落ちもせずにカウンターへと向かいレノラへと声を掛ける。


「灼熱の風のミレイヌさんですか? 彼女でしたら今日の夕方には依頼を片付けてギルドへ戻って来ることになってますが」

「正確な時間は分かるか?」

「いえ、さすがにそれは……申し訳ありません」

「あぁ、いや。気にするな。俺も無茶を言った。じゃあ、ミレイヌが戻ってきたら伝言を頼めるか?」

「それは別に構いませんけど」


 レノラの言葉に、ほっと安堵の息を吐くレイ。

 もし伝言を頼むのが駄目なようなら、灼熱の風が戻って来るまでずっとギルドで待っていなければいけなかったのだ。

 ミスティリングの中には遠出に必要な物はあらかた入っているが、それでも完全ではない。その補充や他にも持っていったら便利な物を買っておきたかった。


「あー、レイ君。私という存在がありながら浮気するつもりなの?」


 そんなレイを見ながら、レノラの隣で興味深そうに2人の会話を聞いていたケニーが声を掛ける。

 その様子に苦笑を浮かべながら首を振るレイ。


「そういう意味での伝言じゃない。知っての通りランク昇格試験を受けてるんだが、セトを連れていくのは戦力過剰過ぎて駄目だと言われてな。かと言って、1週間近くもセトを宿の厩舎に入れておくのは可哀想だからミレイヌにその間の世話を頼もうかと思ったんだ。幸い、ミレイヌはセトに対してかなり好意的だし」

「なるほど。確かにDランクのランクアップ試験にあの子を連れて行ったら戦力的にちょっと問題ですよね。分かりました、伝言をお預かりします」

「じゃあ、依頼が終わって戻ってきたら夕暮れの小麦亭に来るように言ってくれ。セトの件で話があると」

「はい、お任せ下さい」

「ちぇー。なんか仲間はずれにされてる雰囲気」


 レイの言葉にレノラが頷き、その隣ではケニーが若干不満そうにレイへと視線を向けていた。






 夕暮れの小麦亭で夕食を食べ終え、部屋で寛いでいるとドアがノックされる。


「レイ、いる? ギルドで伝言を貰って来たんだけど」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 寛ぐ為に脱いでいたドラゴンローブを羽織り、スレイプニルの靴を履き、ドアを開ける。

 そこには約束をしておいたミレイヌの他にも、灼熱の風のパーティメンバーである魔法使いのスルニンと、弓使いのエクリルの姿があった。


「大まかな話はレノラから聞いてるよ。セトちゃんを暫く私達に預けたいってことでしょ? 一応、灼熱の風全員に関係のあることだから皆で来たんだけど」

「問題無い。入ってくれ」


 ミレイヌの言葉に頷き、ドアの前から移動して3人を部屋の中へと招き入れる。

 さすがに1人用の部屋に4人も集まっていると狭苦しいのだが、それぞれが椅子や床、あるいはベッドへと腰を下ろす。

 最初に口を開いたのは当然の如くミレイヌだった。


「で、セトちゃんについてだけど、私達に預けるって本気?」


 そう問いただしてくるミレイヌだったが、その顔には期待に満ちた笑みが浮かんでいた。セトに夢中になっているミレイヌにしてみれば、自分達にセトを預けるというのはまさに渡りに船なのだろう。


「ああ。ギルドでレノラから聞いたかもしれないが、俺の受けるランクアップ試験にセトを連れていくのは禁止だと言われてな。かと言って、最短で5日。余裕を見れば1週間もセトを厩舎に閉じ込めておくなんて真似をするのもちょっとな」

「従魔の首飾りを付けてるんだから、好きにさせればいいじゃない。セトちゃんならきっと街の皆からも歓迎されるわよ?」

「ミレイヌ、それはちょっと無理です」


 ミレイヌの言葉に待ったを掛けたのは灼熱の風の知恵袋でもある魔法使いのスルニンだった。


「例え従魔の首飾りを付けていたとしても、さすがにグリフォン程の高ランクのモンスターが主の冒険者も無しで歩き回っていてはこの街に住んでいてセトのことを知っている者ならともかく、ギルムの街に来たばかりの人やレイとセトを知らない住民がパニックを引き起こす可能性があります」

「えー、あんなに可愛いセトちゃんなのに……」

「スルニンの言うことももっともだから、誰かセトに付いていてくれれば安心して自由に出来る訳だ。もちろん何のメリットもなくセトを預かれなんてことは言わないさ。俺がランクアップ試験を受けている間はセトをそっちの従魔扱いにして依頼を受ける際の戦力として考えてくれてもいい。どうだ?」


 レイのその言葉にミレイヌは見るからに歓迎といった様子で表情を明るくし、エクリルもまた賛成らしく小さな笑みを浮かべている。そのままミレイヌがセトの件を引き受けようと口を開こうとして……そこにスルニンが割って入る。


「確かに従魔を短期間ながら他人に貸し出す、あるいは事情があって面倒を見て貰うというのは良くある……とまでは言いませんがそれなりに聞く話です。ですが、もし従魔が預けられた先で何か問題を起こした場合はその主が全ての責任を取らなければならないのですが……それを理解した上での提案ですか?」

「それは問題無い。お前達を信頼しているというのもあるし、セト自身頭がいいから何かあってもどうとでもなるだろう」


 レイのその言葉を聞き、スルニンもまたミレイヌへと視線を向けて小さく頷く。


「分かりました。そこまで私達を信頼して下さっているのなら引き受けても構いません。依頼の際に戦力が増える……それもあのグリフォンのセトなら私も文句は一切ないです」


 こうして灼熱の風の全員がセトの受け入れを了解し、レイがランクアップ試験で盗賊の討伐に出向いている間はセトとレイは別行動を取ることになるのだった。

 ただ、それを聞いたセトが喉の奥で小さく鳴きながらその円らな瞳でレイへと寂しそうな視線を向けてきた為にレイや灼熱の風の面々の中には小さな罪悪感が芽生えることになったのだが……

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