第46話

 アロガンとの決闘……というよりは、茶番劇から5日程。その日の昼過ぎにレイの姿はギルドの2階にある会議室の中にあった。

 そう、オークの討伐隊に関する説明をボッブスから受けた会議室だ。

 そして会議室の中にはレイの他にも5人程の冒険者達の姿がある。レイを含めて合計6人。それがランクDへのランクアップ試験を受ける者達だ。

 尚、その中にはレイと茶番劇を行って本来の目論見とは逆の意味で名を広めてしまったアロガンの姿もある。会議室に入ってきたレイと視線を合わせたその瞬間、勢いよく視線を外したのを見ればアロガンがレイにどのような感情を抱いているのかは分かるだろう。


(ランクアップ試験か)


 前日、いつものようにギルドへとやって来たレイへと声を掛けて来たのは既に担当と言ってもいいような存在になっているレノラだった。その時のレノラとの会話を思い出す。


『あ、レイさん。ランクアップ試験ですが、明日から始まりますので昼過ぎに会議室へ来て下さい』

『……やけに急だな。普通ならもっと余裕をもって知らせるんじゃないのか?』

『まぁ、確かにそうなんですけどね。ただ、この場合はあくまでも冒険者のランクアップ試験です。緊急の依頼やいざ何かあった時に、時間がないのでもう少し待って下さいとは言えないでしょう?』

『なるほど、確かにそうだな。明日の昼過ぎだな?』

『はい。ギルドに登録してから一月もしない間にランクアップ試験を受けるというのはギルムの街での最速記録ですよ。頑張って下さいね』


 そんな会話を思い出しつつ周囲の面々、共にランクアップ試験を受ける者達へと視線を向ける。

 まず1人目は言わずと知れたアロガンだ。先日の一件で恥を掻いたとは言っても、腐ってもランクEの魔剣使い。本人の技量はともかく、かなり高性能の魔剣を持ってる以上は力押しの戦い方を好むのだろう。

 2人目。動きやすいように髪の毛を短く切りそろえている女だ。その髪の毛と同様に動きを阻害しないように何らかのモンスターの皮で出来たレザーアーマーを身につけており、その腰には2本の短剣。罠のチェックや偵察等をこなす盗賊なのだろう。年齢的には10代後半と言った所か。

 3人目。レイと似たようなローブを身につけ、その手には杖が握られている。典型的な魔法使いタイプの男で、どこか木訥とした顔をしている。2人目の女の隣に座って笑みを浮かべながら話している所を見ると、2人目の女とは知り合いなのだろう。こちらも年齢的には10代後半と言った所だ。

 4人目。鋭い目付きをした男の戦士だ。装備自体はアロガンの持っているような魔剣に比べると圧倒的に劣る、街で売ってるような普通のロングソードだが、レイの見た所では戦士としての格ではアロガンよりも上に感じられた。年齢的には20代前半でアロガンより1つ2つ上といった感じだ。

 5人目。椅子へと座り、じっと目を瞑っている女だ。顔立ちはどちらかと言えば端正と言ってもいいだろう。特筆すべきはその耳。普通の人間より大きく先端が尖っているその耳は、女がエルフであることを証明していた。そして眼前のテーブルの上に大きめの弓が置かれているのを見ると弓使いなのだろう。外見年齢は10代後半と言った所だ。


(そして俺、か。はてさてどんな試験が行われるのやら)


 そんな風に考えていると、ふと盗賊の女と目が合う。


『……』


 お互いがお互いを無言で見つめ合うこと数秒。やがて根負けしたかのように盗賊の女が口を開く。


「私に何か用?」

「いや、特に用は無い」

「けど、今私のことをじっと見てたじゃない。何か用があったんでしょ? それとも何、もしかしてこんな時にナンパでもするつもりだったとか?」

「ちょ、キュロット。何いきなり絡んでるのさ。えっと、ごめん。キュロットは初めてランクアップ試験を受けるから緊張してるんだ。余り気にしないでくれると嬉しいな」


 盗賊の女、キュロットの隣に座っていた魔法使いの男が女の代わりとでもいうようにペコリと頭を下げてくる。


「スコラ、何であんたが頭を下げてるのよ。悪いのはこいつでしょ。人のことをイヤらしい目でジロジロと見て」

「あー、もう。ごめん。本っ当にごめん。悪気は無い……とは言わないけど、普段はここまで意固地じゃないんだけど……」

「気にするな。少なくても俺は気にしてないからな」

「何よ、私なんか相手をする価値も……」

「騒がしいな」


 キュロットの金切り声で騒がしかった室内に、不意に響いた声。その人物が会議室の中へと入ってくるのを感じていたレイはともかく、他の者達は反射的に声のした方へと視線を向けるのだった。

 そこにいたのは40代程の中年の男。ただし、その鍛えられた身体付きは現役の冒険者のものと言っても差し支えないだろう。


「ほら、ランクアップ試験の説明を始めるぞ。聞く準備はいいか?」


(……どこかで見た顔だな。確か……あぁ、ゴブリンの涎と揉めた時の)


 そう、そこにいたのは鷹の爪と揉めた時にレイの戦闘力を十分だと判断してランクGにしてくれた人物、グランだった。

 その顔を思い出しつつ、レイはキュロットを無視するようにグランの方へと向き直る。

 キュロットもまた、グランが誰かを悟ったのだろう。最後にレイをキツイ目で一瞬だけ睨みつけるとグランの方へと向き直る。

 尚、その横では再度スコラがレイへと向かって頭を下げてからグランの方へと振り向くのだった。


「さて、皆聞く準備が出来たようだな。では早速だがランクDへのランクアップ試験についての説明を始める。まず、この後でお前達同士で1度戦って貰う」


 グランがそう告げた瞬間、これまでのレイとキュロットのやり取りを我関せずとばかりに無視していたアロガンがギョッとした表情でレイの方へと振り向く。

 その戦闘力の違いを思い知らされてからまだ5日程だ。もしレイと当たったらまず勝ち目が無いと微妙に顔から血の気が引いていく。

 だが、そんなアロガンを安心させるかのようにグランは話を続ける。


「とは言っても、その戦闘で負けたからと言って即ランクアップ試験を失格になる訳じゃない。……まぁ、査定の参考にするというのは否定しないが。戦いの主目的はお前達がお互いの実力を知ることだ。で、肝心のランクアップ試験だがここから2日程度の場所に盗賊の根城があることが判明した。この盗賊の討伐がランクアップ試験の内容だ」


 盗賊の討伐、と言われて会議室の中がシンと静まりかえる。

 基本的にここにいる者達はランクDへのランクアップ試験を受けるのだから、ランクE以下の依頼しか受けていない者が殆どだ。一応ギルドの規則的には自分のランクよりも1つ上の依頼まで受けられるのだが、EとDの間にある壁の存在を先輩冒険者達から聞いている為に実際にランクDの依頼を受ける者は極少ない。

 そして、ランクE以下の依頼と、ランクD以上の依頼。そこにある明確な差は討伐対象に盗賊や賞金首といった人間が入っていることにある。

 モンスターとの戦闘が日常茶飯事のこの世界でも、やはり人を殺すという行為に抵抗を覚える者は多い。それ故に、盗賊や賞金首の討伐というような人を相手にするような依頼はランクD以上に位置付けられているのだ。


「その様子を見る限りでは全員知ってるようだが、ランクD以上の依頼には稀に盗賊の討伐、あるいは商人や旅人の護衛といった仕事が入ってくる。そうして依頼を受けて、いざという時に敵を殺すのを躊躇した為に逆襲されて仲間や護衛対象が殺されてしまいました、なんてことになったら最悪だからな。前者はまだしも、後者の場合は冒険者ギルド全体の信頼にも関わってくる。だからこそ、Dランクへと上がる為のランクアップ試験は基本的に人を殺す依頼を受けることになる」


 グランの言葉だけが会議室の中へと響き、ランクアップ試験に挑む者達はじっとその話を聞いている。

 ただし、その中でもレイは他の者程緊張をしてはいなかった。何しろ、オークの討伐任務で夜闇の星の4人をその手に掛けているのだ。確かに人を殺すというのは好んでしたいような行為ではなかったが、だからと言っていざという時に躊躇するような弱さがある訳ではない。

 そしてもう1人。


(あいつも、か)


 レイの視線の先にいるのはアロガンではない方の戦士だ。集中してグランの話を聞いているように見えるが、他の者のように目に見えて緊張してるといった雰囲気ではない。それだけで恐らく自分同様に人を殺した経験があるのだろうとレイは何となく理解するのだった。


「さて、話は分かったな。じゃあ早速それぞれに戦って貰う。当然試験を受けに来てるんだから自分が使う武器は持ってきてるな? 俺に付いて来い」


 そう告げ、会議室を出て行くグラン。その後をレイ達もまた追っていく。


「いいか、戦闘に関しては訓練場がギルドの奥にあるからそこでやるぞ」

「訓練場?」


 思わず呟いたレイの言葉に、近くを歩いていたキュロットが呆れたような視線を向ける。


「呆れた。あんたギルドの裏にある訓練場も知らないの? そんなんでよくランクEまで上がって来れたわね」

「あー、もう。何でそんなにこの人に突っかかるのさ。ごめんなさい、キュロットのことは気にしないでくれると助かります」

「気にするな」


 そんな2人のコンビっぷりに苦笑を浮かべつつ訓練場について考える。


(ゴブリンの涎といい、アロガンといい、何で俺と戦う時に訓練場を使わないんでわざわざギルドの前を……あぁ、そうか。自分が勝つ所を野次馬の目に見せて俺を晒し上げたかったのか)


 何となく理解しながら、グランの後を付いてギルドの1階へ。そこでレイの姿を見たケニーが小さく手を振って来るのと、そんなケニーに突っ込みを入れているレノラの姿に小さな苦笑を浮かべつつギルドの裏口を通って外へと出る。

 そのまま数分程進むと、グランの言っていた訓練場が見えてきた。

 とは言っても、特に大仰な設備が整えられている訳ではない。広い空間を柵を立てて囲ってあるだけで、屋根すらも存在していなかった。

 訓練所自体の広さはかなりものがあり、それこそ騎士団同士の模擬戦を行ってもまだまだ余裕がありそうな程だ。そして現在はその訓練所の中にポツポツと10人程度が存在してそれぞれに訓練をしている。


「ん? なぁ、あの集団って何だ?」

「あー、ほら。グランが新人を率いているってことは、恐らくランクアップ試験」

「あぁ、なるほど」


 剣と槍で撃ち合っていた冒険者達の声がレイにも聞こえて来る。他の訓練をしている者達も興味があるのか、視線がグラン達全員に集中していた。

 グランはそんな視線など知るかとばかりに訓練所の真ん中まで移動する。

 だが、それも無理は無い。ランクアップ試験の度に毎回こうなのだから。何しろ、ここで有望な新人を自分達のパーティに引き抜くことが出来れば危険な依頼を受けても生き残る可能性が上がるだけに、パーティを組んでる冒険者としては有能な原石とでも言える新人は幾らでも欲しいのだから。


「ほら、お前等。余り周りの視線に気を取られるなよ。今から行う模擬戦の成績が試験の結果に直結する訳では無いとは言っても、参考にするというのは変わらないんだからな。まず、自己紹介からだ。1人ずつ自分の名前、職業、知られてもいいスキルを順番に言え。まず、お前からだ」


 グランが指名した人物、それは予定調和と言うべきかレイだった。

 ニヤリ、とした笑みを浮かべているグランに苦笑を浮かべつつも口を開く。


「レイだ。職業は魔法戦士。得意武器は……」


 ミスティリングからデスサイズを取り出して一振りする。ほんの一振り。それだけで訓練場にいる者達の視線はレイとデスサイズへと釘付けになる。


「この大鎌、デスサイズだ。それと炎の魔法を得意としている。……テイムに関しても?」


 この場にはいないセトに関しても話すのか? と暗に尋ねるが、グランは小さく頷きを返す。


「他にも1匹モンスターをテイムしている。それなりに知ってる奴もいると思うが、ギルドの馬車スペースでよく寝転がっているグリフォンだ」

「ちょっ! じゃああんたがあのオークキング殺しの!?」


 グリフォン、という単語でレイの素性が理解出来たのかキュロットが思わずといった様子で叫ぶ。


「おい、オークキング殺しって確か……」

「ああ、そうだよ。確かにレイとかいう冒険者がオークキングを仕留めたって話はあったが、ランクGとか聞いたんだが」

「となると、オークキングを倒した功績で一気にGからEに上がって、ランクアップ試験でDに?」


 ちらほらと周囲からそんな声が聞こえて来るが、それはアロガン以外のランクアップ試験参加者達も同じだった。

 

「ほら、騒ぐのは分かるがまだ自己紹介は終わってないぞ。次、お前だ」


 パンパン、と手を叩いて皆の注目を集めたグランが次に指名したのは、女盗賊のキュロットだった。

 唖然とレイを見ていたキュロットは、横にいるスコラに背中を突かれて我に返る。


「私はキュロット。職業は盗賊。得意武器は見ての通り短剣よ。スキルについては、そうね……偵察とか罠の設置を得意としてるわ」

「なるほど、盗賊か。今回の試験では色々と活躍しそうだな。次」


 次に指示されたのはキュロットの隣にいるスコラ。


「僕はスコラ。職業は魔法使いで、得意武器は特に無いかな。魔法に関しては水と風、回復魔法を使えるよ」


 ランクアップ試験参加者だけではなく、訓練場にいる他の冒険者達からも注目されていた為か微妙に緊張しながらも自己紹介を終える。

 その説明を聞いていたグランが感心したようにスコラへと視線を向ける。


「ほう、攻撃魔法の他に回復魔法も使えるのか。これは将来有望かもしれんな」


 魔法使いというのは、基本的には攻撃魔法が得意な者は回復魔法が苦手で、同様に回復魔法が得意な者は攻撃魔法が苦手というのが一般的だ。それ故に攻撃と回復の両方に適性のあるスコラは冒険者達の中でも数が少ない魔法使い。その魔法使いの中でもさらに稀少な存在と言っても過言では無かった。


「あいつは俺達のパーティが目をつけた」

「おいっ、抜け駆けかよ」

「こういうのは早い者勝ちって言うんだよ」


 そんな声を聞きつつ、自分が評価されているのを聞くのはやはり嬉しいのだろう。スコラは頬を赤くして笑みを浮かべて照れ隠しに俯く。


「次」


 次に指名されたのはアロガン。レイの視線を気にしつつも、意図的に気にしないようにして口を開く。


「俺はアロガン。剣士だ。武器はこの魔剣。スキルという訳じゃないが直接的な攻撃力に関しては自信がある」

「ランクEで魔剣使いか、しかもなかなかの威力を持つ魔剣らしいな。……使いこなせればその威力は目を見張るものがあるだろう」


 先日起きたレイとの諍いを知っていたのか、暗に今のお前では宝の持ち腐れだと匂わせグランは次の人物へと目を向ける。

 その言葉を聞いたアロガンは微かに眉を顰めつつも言い返すことなく黙り込む。


「次」


 次に指名されたのはレイの他に唯一人を殺した経験があると思われる鋭い目つきをした剣士の男だった。


「スペルビア、剣士だ。武器はこのロングソードで先に紹介されたアロガンのように特に謂われのある物ではない。スキルも剣士としての能力以外には特に無い」

「……なるほど。腕の方は問題無いようだな。次」


 チラリ、と一瞥しただけでスペルビアの腕を見抜いたのか小さく頷いて最後の1人へと視線を向ける。

 大きな弓を背負ったエルフの女はグランの視線を受け止めてから小さく頷き口を開く。


「フィールマ・パトローノ。メインの武器は弓を使っているわ。職業的にはレンジャー、あるいは精霊魔法使いかしらね。スキルは今も言ったように精霊魔法をある程度は使えるわ」


 その言葉に、再びざわつく訓練所の冒険者達。それも当然だろう。森に引き籠もって滅多に人の街には出てこないエルフの美人というだけではなく、精霊魔法も使えるというのだから。

 エルフというのは、それこそ老人から子供までが弓の達人であるとして知られている。また、人間よりも大きな魔力を持つことから魔法使いとしても優れているが、その両方を使いこなせるという者は滅多にいない。その稀少さは先程の攻撃魔法、回復魔法の両方を使えるスコラに勝るとも劣らないものだ。

 そして、フィールマ・パトローノ。名字持ちということは、エルフの世界でもそれなりの家の出であることを示していた。

 グランもまた、フィールマの自己紹介を聞いてニヤリとした笑みを口元に浮かべる。


「ほう。エルフというだけでも珍しいのに、弓と精霊魔法を使いこなすか。レイといい、スコラといい、今回は随分と豊作だな」


 そう呟き、自己紹介が終わった試験参加者達を一瞥する。


「さて、簡単な自己紹介はこれでいいだろう。次はお互いに模擬戦をしてそれぞれの実力を把握してもらう。何しろ、基本的にはお前達だけで盗賊団の討伐をやってもらうんだからな。習うより慣れろって奴だ。まず最初の試合は……レイとスペルビア」


 グランはそう言い、レイとスペルビアの2人を指名するのだった。

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