第45話

 スキルを大量に習得した翌日の早朝。レイの姿は当然の如くギルドにあった。セトは既に自分の指定席と言ってもいい場所で寝転がっており、ギルドに来た冒険者や街の通行人達から食べ物を与えられて嬉しげに喉の奥で鳴いていた。


「セトちゃんも、すっかり街の人気者になったわね」


 依頼書が貼られているボードを眺めていたレイに、突然声を掛けて来た人物がいる。

 声のした方へとレイが振り向くと、そこにいたのはオークの討伐隊で一緒にオークキング達と戦った灼熱の風のリーダーであるミレイヌの姿があった。


「そっちも依頼か?」

「そっちもって……じゃあやっぱりレイも? 普通はああいう大きい依頼をこなした後は一週間くらいは休むものなんだけど……」


 そう言いつつも、ミレイヌの視線はボードに貼られている依頼書へと釘付けにされていた。

 その様子に言ってることとやってることが違うんじゃないかとばかりに視線を向けると、ミレイヌはどこかバツの悪い苦笑を浮かべる。


「あー、実はね。オークの討伐で武器とか鎧がおしゃかになって。……しかも私だけじゃなくてスルニンやエクリルも武器や防具に多かれ少なかれダメージを受けてたのよね。で、それを修理したり新しいのに買い換えたりしたら今回の報酬の殆どが消えちゃってさ。……まぁ、元々そろそろ武器や鎧を新しいのにしようかなーって考えてたから丁度いい機会と言えば丁度いい機会だったんだけど。そのおかげでなるべく早く新しい依頼を受けなきゃならなくなったんだけどね」


 ミレイヌの言葉を聞き、その腰に下げている武器と鎧へと視線を向けるレイ。

 確かにその装備はオーク討伐の時に見た物とは違っており、ミレイヌの言葉を信じるのなら以前よりも強力な物になっているのだろう。

 少し離れた位置ではスルニンとエクリルもミレイヌ同様に依頼書の貼られているボードを見ていたが、レイに気が付くと頭を小さく下げたり、あるいは小さく手を振って挨拶をしてきていた。

 その2人に挨拶を返していると、突然ミレイヌが背中からレイへと抱きついてくる。


「ねぇ、レイ。どうせ依頼を探してるのなら私達と一緒に依頼を受けない? ほら、セトちゃ……じゃなくて、レイの実力なら頼りになるしさ」


 その台詞でミレイヌの狙いがどこにあるのかを悟ったレイは苦笑を浮かべる。

 恐らくオーク討伐隊に参加した冒険者の中で雷神の斧を抜かすと一番最初にセトと仲良くなったのもミレイヌなら、同時にセトを一番気に入ったのもミレイヌなのだから。

 だが、そんなミレイヌの言葉にレイは即座に頷く訳にはいかなかった。

 何しろレイの目的はあくまでもモンスターの魔石であり、素材やら報酬やらは二の次なのだ。そして他の冒険者とパーティを組んだ時、レイが魔石を希望すると揉める可能性が非常に高い。モンスターの中で一番高く売れるのが特殊な例外を除いて基本的に魔石なのだから。


「ミレイヌ、余り人に無理を言ってはいけませんよ。人にはそれぞれ事情があるのですから」


 レイの困った顔を見たのだろう。スルニンがミレイヌをそう窘める。


「そうだよ。ミレイヌさんがセトをお気に入りなのは分かるけど、余り無茶言っちゃ駄目ですよ」

「むぅ……けどさぁ」


 スルニンだけではなくエクリルにまで窘められるミレイヌだったが、ちょうどその時レイが1枚の依頼書を見つける。

 依頼内容は魔の森の近くにある別の森の調査と書かれており、ランクは不問で募集人数が5人。


(これなら灼熱の風と一緒に受けてもいいか? 幸い灼熱の風の面子には戒めの種を使ってあるから、俺が魔石を欲しがってる所を見せたとしても深く追究はしてこないだろうし)


「ミレイヌ、この依頼なら一緒に受けても構わないがどうする?」

「え? 本当!? どの依頼?」


 レイの言葉に満面の笑みを浮かべて依頼書を覗き込むミレイヌ。だが、その表情はすぐに曇る。


「うーん、森の調査かぁ……この手の依頼って報酬はそれなりに高額なんだけど、調査というだけあって余り知られてない場所に入り込むからどういうモンスターが出て来るか分からないんだよね。でも、セトちゃんとは一緒にいたいしレイの戦闘力も魅力だしなぁ……うーん……スルニンとエクリルはどう?」


 依頼書を睨みつつパーティメンバーへと尋ねるミレイヌ。

 そもそもランクCの灼熱の風と違い、レイのランクはE。今ミレイヌが見ているようなランク不問の依頼とかでなければ一緒に依頼を受けることは出来ないのだが。一応灼熱の風がランクEの依頼を受けることは可能だが、そもそも金を稼ぎたいというのにわざわざ報酬の少ない低ランクの依頼を受けるというのは無理がある。

 そしてランク不問の依頼というのは往々にして報酬がもの凄く安いか、あるいは報酬が高い場合は危険度も同様に高くなっている。今回の場合は魔の森の近くにある森の調査ということで、どのようなモンスターが出て来るのかが不明なのでどちらかと言えば後者に入るだろう。

 レイや灼熱の風が参加したオークの集落を討伐する依頼も分類的にはこちらに入る。


「申し訳ありませんが、私は反対させて貰います。買ったばかりの杖がまだ馴染んでいない状況で危険度が不明の依頼はちょっと遠慮したいですし」

「だよね。ごめんね、ミレイヌさん。私もまだ新しく買った弓を使いこなせてる訳じゃないからさ」


 申し訳なさそうな顔をしながらも、首を振る2人にミレイヌは溜息を吐く。


「だよねぇ。まぁ、しょうがないと言えばしょうがないんだけどさ。しょうがない、今日は諦めるとしますか。ごめんね、レイ。無理言って」

「いや、構わない。俺は夕暮れの小麦亭に泊まってるからセトもそこの厩舎にいる。暇があったら遊んでやってくれ」

「うん、絶対行くね。じゃ、私達はこの辺で。本格的に良さそうな依頼を探さないと宿の代金を払えなくなりそうだし」


 ミレイヌは残念そうに溜息を吐き、スルニンとエクリルを連れてCランク用の依頼ボードへと去っていく。

 その後ろ姿を見送り、さて自分も何かいい依頼は……と思ったところで、再び近付いてくる人影に気が付いた。

 明らかにレイの姿を見ながら近付いてくるその様子を見れば、誰でもその人物の目的がレイだというのは理解出来ただろう。

 年の頃は10代後半から20代前半程度。身につけている装備は冒険者としてはそれ程レベルの高くない物だろう。ただし腰に装備している剣だけは別で、やけに目を引きつけるものがあった。


(魔剣、か?)


 鷹の爪のバルガスが持っていたバトルアックス。あるいは雷神の斧のエルクが持っている戦斧。そしてオークキングの持っていたグレートソード。そのどれもが魔力を秘めた武器。すなわちマジックアイテムだ。それらは魔力を宿している為にどうしても人目を惹き付ける物があり、だからこそ魔力を感知出来るような能力を持っていないレイでもそれがマジックアイテムの一種であると何となく理解出来るのだ。

 そして自分へと一直線に近付いてくるその男の腰にある剣もまた、それ等と同様の雰囲気を放っておりマジックアイテムの剣、すなわち魔剣であると何となく察することが出来たのだった。


「あんたがレイで間違い無いか?」


 レイの前で立ち止まり、尋ねてくるその男に小さく頷く。


「ああ。で、お前は?」

「俺はアロガン。ランクE冒険者だ」

 

 ランクE冒険者。即ち、それはレイと同ランクということになる。

 もっとも、レイは前日にランクEになったばかりの新米なのだが。


「で、アロガン。俺に何か用があるのか?」

「ああ。俺はちょっと依頼でギルムの街から出ていて、今朝帰ってきたんだが……そこで妙な噂を聞いてな」

「妙な噂?」

「何でもランクGの冒険者がオークキングを倒したっていうとんでもなく有り得ない噂をな」


 信じられないだろう? とでも言うようにレイの顔を覗き込んでくるその様子は、明らかにレイがその噂になっているオークキングを倒した冒険者であると理解した上での行動だった。


(嫉妬か? まぁ、どちらにしろまともに相手をする必要もないな)


 内心で呟き、わざとらしく溜息を吐く。


「おいっ、何だよその溜息は」

「で、用件は?」


 頭に血が昇ったアロガンの様子を無視して用件を尋ねる。

 その態度に再度頭に血が昇りそうになったアロガンだったが、このままペースを握られるのも面白くないとばかりに舌打ちをしてから口を開く。


「何、簡単なことだ。俺とちょっと勝負をして欲しいんだよ。オークキングに勝った実力ってのを見せて欲しいと思ってな」


 予想通りと言えば予想通りのその言葉に、一瞬カウンターの方へと視線を向ける。

 止めて欲しいと思っての行動だったが、そこには以前レイが絡まれているのを見たら上司へ報告するように言われていたレノラは仕事を果たすべく上司の下へと出向いていた為にその姿は既に無く、その代わりという訳でもないだろうがケニーは自分のお気に入りのレイへと絡んでいるアロガンを半ば殺気を込めたような視線で睨みつけていた。


「俺がその勝負を受けるメリットは?」

「は?」


 何を言ってるんだ? とでも言いたげな顔でレイを見るアロガン。

 アロガンとしては喧嘩を売られたらまず間違い無く無条件で買うと睨んでレイへと絡んだのだったが、その予定はあっさりと外れていた。


「おいおい、あの若造本気か? まだランクEだってのにレイに喧嘩を売るとか」

「……話を聞く限りじゃ、アロガンとか言ったか? あいつは暫くギルムの街にいなかったらしいからな。しょうがないと言えばしょうがないさ」

「まぁなぁ……レイのことを何も知らない状態なら絡んでいくのも分からないこともないんだよな。何しろ背は小さいし、見かけも華奢だ」


 ギルドにいる冒険者達が小声で話している声がざわざわと周囲へと響いているのだが、レイを睨みつけるのに精一杯のアロガンには聞こえていなかった。

 そんなアロガンを見る冒険者達の目は、ある種の勇者へと向けるようなものだった。もっとも、その勇者とは棍棒のみを装備してドラゴンへと突撃を掛けるという意味の勇者なのだが。

 何しろギルド登録初日にランクDパーティの鷹の爪を相手に1人で圧勝し、その所持金やら装備品やらを根こそぎ奪うという真似をしたのだから、その行状は嫌でも目立つ。そのおかげで今もまだ鷹の爪は借金を返す為に忙しい毎日を送っているのだから、自分もそのような目に遭いたくは無いと考える冒険者にとっては一見華奢で弱そうに見えるレイは既に鬼門に近い扱いだった。

 そして先程も周囲の者達が見ていたように、若手でも実力派として頭角を現し始めているランクCパーティの灼熱の風と親しく、尚且つランクAパーティの雷神の斧との付き合いもある。……そして何より、とその場にいた殆どの冒険者達はギルドの外にいるであろうグリフォンの姿を思い浮かべた。

 ランクAモンスター、グリフォン。レイと敵対するということは、自動的にあの大空の死神とも敵対するということを意味するのだから。

 だが街に帰って来たばかりで噂だけを聞き、特に裏を取りもせずにレイへと突っかかっていったアロガンにとってはそんなことが理解出来る筈も無い。何しろ自分はもうじきランクDへとランクアップ試験を受ける程の実力者なのだからランクEに上がったばかりの新人はどうとでもなると判断していたのだ。

 ある意味で、これも有名税の1つと言えるだろう。


「とにかく、俺と戦えばいいんだよ。そうすれば俺もお前の実力をきちんと認められるんだからな。それとも何だ? オークキング殺しを成し遂げたっていうのに俺みたいなランクE冒険者を相手に勝つ自信が無いのか?」


(なるほど。夜闇の星のセリルと似たタイプな訳だな)


 自分の信じたいことのみを信じて、そしてそれこそが現実だと認識しているタイプ。

 違うとすればまだあそこまで腐りきってはいないということか。ここでその自信過剰な所を叩きつぶせばセリルの二の舞にはならいだろうとレイは判断する。


(別に、俺がそれをやる必要も無いんだが……)


「だから、俺がお前に勝てるかどうかは別だ。俺がお前との勝負を受けるメリットを示せと言ってるんだよ」

「……な、ならお前は何を出すって言うんだ?」

「はぁ? お前は何を言ってるんだ? お前が俺に勝負をして貰いたいんだろ? なのに何で俺がお前に対価を支払わないといけないんだ?」

「ぐっ、……そ、そうやって言い逃れする技術だけは一人前らしいが……いいだろう。じゃあ俺に勝ったら銀貨3枚渡そう。それでどうだ?」

「……まぁ、いいか。これ以上ここで騒ぐのは面倒になるだけだしな。で、どこでやる?」


 これ以上相手をするのも馬鹿らしいとばかりに話の先を促す。

 それを聞いてようやくレイが自分と戦う気になったと判断したのか自信満々でギルドのドアへと視線を向ける。


「そんなに手間は掛けないさ。ギルドの外でちゃちゃっと終わらせてやるよ」


 そう告げ、ギルドの外へと向かって歩き出すアロガン。レイもまた溜息を吐いてその後を追ってドアを潜って表へと出るのだった。


「さぁ、武器を構えろ」


 アロガンは腰に装備していた魔剣をスラリと鞘から抜き放ってその剣先をレイへと向けてくる。

 レイもまた、その剣を見ながらミスティリングからデスサイズを取り出して構える。

 周囲には通りすがりの物見高い野次馬が集まっており、この人混みの中でレイに恥を掻かせて晒し者にしようというアロガンの狙いは明らかだった。……ただ、その中には以前にも似たようなやり取りがあって鷹の爪が恥を掻いたと知る者もそれなりにいたので、アロガンが期待するような視線は、レイではなくアロガンの方へと向けられていたのだが。

 尚、表に出て来たレイを確認したセトは、立ち上がろうとしてレイに目で止められた為にそのまま再び寝転がって騒ぎの様子を眺めている。


「なるほど、それが噂のアイテムボックスな訳だ」


 レイがアイテムボックスを持っているというのは噂で聞いていたのか舌なめずりをするかのようにレイの右腕に嵌っているミスティリングへと視線を向けていた。

 そんな様子を無視しながらレイはアロガンの持っている剣を観察するように眺める。


(なるほど、過剰とも言える自信はあの魔剣のおかげか。ランクEの冒険者が持てるような魔剣じゃないと思うが……どこで手に入れたのやら)


 アロガンの持っている魔剣は黒い刀身に赤い紋様のような物が浮かび上がっているというものだ。刀身から受ける迫力は、その魔剣がかなりの力を秘めているというのを十分に感じさせるものだった。


「行くぞ!」


 短く叫び、地を蹴ってその魔剣を振り下ろしてくるアロガン。

 だが、その剣を操る速度は遅い……否、鈍いと言ってもいいくらいのものだった。

 キレも鋭さも力強さもなく。

 確かにランクE冒険者として考えるのなら十分な実力を持っているのだろう。だが、同じようなマジックアイテムのグレートソードを持ったオークキングとやり合ったレイにしてみれば、まさに欠伸をしてでも簡単に回避できるような一撃。

 後方へと軽く1歩下がり、アロガンの振り下ろした剣先が自分の目の前を通り過ぎた所でデスサイズを下から掬い上げるようにしてアロガンの魔剣を受け止める。同時にそのまま刃の内側で刀身を絡め取り……上空へと跳ね上げる!

 デスサイズと魔剣が接触したキンッという鋭い音が周囲へと鳴り響いた次の瞬間にはアロガンの持っていた魔剣は空へと高く舞い上がっており、クルクルと回転して弧を描きながらアロガンの近くにある地面へとその刀身を突き刺すのだった。

 余りと言えば余りのその成り行きに、アロガンも含め周囲はシンと静まりかえる。

 その様子を見ながらデスサイズをミスティリングへと収納したレイはアロガンへと向かって声を掛ける。


「いくら武器が1流でも、使い手が3流ではな……」


 そのレイの声は、アロガンだけではなく周囲で成り行きを見守っていた野次馬達の間にも響き渡ったのだった。

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