第33話

 オークの集落の北西。そこで夜闇の星の4人はオーク相手に戦っていた。


「ブモォッ!」


 自分目掛けて振り下ろされたオークの剣を持っていた盾で防ぎ、たたらを踏んだオークの喉へと突きを放つ。

 鋭い突きにより喉に穴を開けられたオークは、首を半ば千切れさせてそのまま地面へと倒れ伏す。


「ったく、切りがない。アル、スニィ、そっちは無事だね!」


 オークの喉を抉った剣を一振りし、剣先に付いていた血と肉片を吹き飛ばしてセリルが近くにいる2人へと声を掛ける。


「俺はまだ大丈夫だ」

「こっちも同じく問題は無いですけど……姐さん、前方からオークが2!」


 セリルへと注意を促しながら、持っていた弓を引いて矢を放つ。


「ブギィッ!?」


 暗闇に紛れて近づいて来ていたオーク。そのうちの1匹の胴体へとスニィから放たれた数本の矢が続けざまに突き立っていく。


「最初の攻撃が始まった東ならともかく、北西にいる私達の担当地区までこんなにオークが大量に来なくてもいいだろうにね。アル、お前はそのハリネズミの相手をしな」

「分かった!」


 通常のオークは基本的に鎧といった防具を装備しない。自分達にあった鎧を手に入れるのが難しいというのもあるが、最大の理由はオーク自身の身体にあるだろう。人の数倍とも言える筋力を持つ筋肉。そしてそれを覆っているのは分厚い脂肪だ。一般人では例え剣で斬り付けたり、槍で突いたとしてもその脂肪を突破することは難しい。

 そしてそれはスニィの矢にしても同様だ。一見ハリネズミのように大量に矢が突き刺さっているように見えるオークだが、その矢の殆どは脂肪で止まっており致命的なダメージとはなっていない。

 だが、身体に矢が突き刺さっているということは、オークが身動きする際にはその矢が邪魔になりほんの一瞬ではあるが行動のロスになる。


「くたばれ、この豚モドキが!」


 その一瞬の隙を突き、アルは己の体重の殆どを乗せたバスタードソードでの一撃をオークの胴体へと叩き込む。


「ブモォッ」


 その一撃を自分の持っていた剣で防ごうとしたオークだったが、矢が邪魔をしてそれを防ぐことが出来ずに胴体を深く切られる。

 斬るというよりは、叩き切ると言った方が正しいその一撃を受け、胴体の半ば程までを失ったオークは無言で地に倒れ伏して地面へとその血と臓物をばらまくのだった。


「ぜはぁっ、ぜはぁっ、ぜはぁっ」


 そしてオークを倒したアルは剣を地面に突き立てて身体を支え、息を荒くしながら呼吸を整える。

 本来であればアルはDランク冒険者であり、ランクDモンスターのオーク相手でも1人でどうにか戦える実力がある。だが、それはあくまでも1対1での話であり、何度も戦闘を繰り返せば自然とその体力は底を突く。


「姐さん、一旦休憩した方がいいんじゃないですか?」


 アルの様子を見たスニィがセリルへと進言するが、そのセリルは残り1匹のオークの顔面に得意としている高速の突きを放って素早く片付けると小さく眉を顰める。

 多少息は上がってるように見えるが、それでもまだ余裕を残している所がCランクのセリルとDランクのアルの実力差を如実に示していた。


「そうだね。アルもちょっときつそうだし……にしても、こうまでオーク共に群がられちゃあの新米を見つけるのも難しい。ムルガスから連絡は?」


 セリルの言葉に首を振るスニィ。

 今頃ムルガスはレイの姿を探してオークの集落を文字通り跳び回っている筈だ。臆病な質のムルガスだったが、セリルが脅し、アルが宥め、スニィが言い聞かせてようやく今回の仕事、すなわちこの夜襲を仕掛けているオークの集落の中から遊撃を担当しているレイを探しだし、あわよくばアイテムボックスを奪うという仕事を任されているのだ。襲撃が出来ないようでも、レイの居場所さえ分かれば自分達が出て行くのみだとセリルは判断しており、現在ここでオーク達と戦っているのはかなり不本意な出来事だった。

 何しろ、本来なら集落の東に戦力が集中してその反対方向にいる自分達はかなり楽を出来る筈だったのだ。それなのに何故かかなりの数のオークが襲い掛かってきており、その対処で手一杯の事態になっているのだから。

 実は、これは夜闇の星のパーティ構成に問題があった。本来は4人パーティであるが、現在はその中でも盗賊のムルガスが抜けて3人。そのうち2人が女なのだ。30代でまだまだ女盛りと言ってもいいセリルに、20代のスニィ。どちらもその性根はともかく外見はそれなりに整っている為にそれを見たオーク達の性欲を刺激した。何しろこの集落が出来たばかりで繁殖用の女は移動中に偶然遭遇した人間の女2人だけなのでどうしてもオークの数が余るのだ。

 その結果、上位種の命令に逆らうように数匹のオーク達が夜闇の星へと襲い掛かり、それに気が付いた他のオークも仲間と戦っている夜闇の星を見つけて己の性欲に従い……と現在の状況になっていた。


「しょうがない。一旦オーク達に見つからないようにあのボロ小屋に隠れるよ。アルも息を整えないといけないしね」

「はぁ、はぁ、はぁ。……す、すまない」

「ほら、ったく。オークごときにそこまで手こずるようだからまだまだランクDなんだよ」


 足をもつれさせたアルを引きずるようにまだ火の付いていないオークの住居へと姿を隠すセリル。周囲を警戒するようにその後ろを付いていくスニィ。そうしてようやく3人は一時の休憩を取ることが出来るのだった。


「全く、あのオーク共は煩わしいったらないね。ああも大量にこっちに向かって来たりしなかったら、今頃はあの新入りを見つけ出せていたかもしれないってのに」

「姐御、アイテムボックス云々は取りあえず後回しにして、今はオークの討伐に集中しないか?」


 ようやく息を整えたアルがセリルへとそう声を掛けるが、戻ってきたのは睨みつけるような視線だった。


「何だい、アル。あたしのやることに文句でもあるのかい?」

「いや、そういう訳じゃないけどよ。でも、このまま中途半端に戦ってるとオークに隙を突かれるぜ?」

「ふん、アイテムボックスを奪ってしまえばそのまま王都に逃げ込むんだ。ギルムの街がどうなったって構やしないよ」


 この時、アル程では無いとはいえセリルもかなり疲労していた。何しろ性欲にギラついた目で自分を襲ってくるオークとずっとやり合っていたのだ。幾らランクCの冒険者と言えども、精神的な疲労はかなり貯まっていた。だからだろう、つい本音をポロリと漏らしてしまったのは。


「姐御、今何て?」


 若干低い声でセリルへと尋ねるアル。


「あ? ギルムの街がどうなってもいいってことかい? 言葉通りの意味だよ。あんただってこの仕事が終わったら王都に出るんだからギルムの街がどうなったって構わないだろう? それにこの前にも言ったが、この討伐隊が負けたって王都の騎士団が出て来るだけだ。ある程度の被害はあるかもしれないが、最終的にはどうにかなるさ」

「……確かにそうかもしれないけど……」


 さらにアルが何かを言い募ろうとしたその時、表を警戒していたスニィが短く叫ぶ。


「姐御、ムルガスが戻ってきました」

「そうか! よし、スニィはそのまま警戒を。ムルガスは中に入れな、話を聞きたい。アル、あんたとの話は取りあえず置いておく。今は私の命令に従って貰うよ」

「……ああ」


 アルが不承不承頷くのと、ムルガスが勢いよく建物の中に入ってくるのは殆ど同時だった。


「姐御、お待たせしました」

「ったく、随分待たされたね。で、新入りはどこにいるのか分かったのかい?」

「はい、何とか。何しろ遊撃任務なんで地上に降りてきたかと思うとオークを蹴散らしてまた上にって具合なんで手こずりましたが。少し前には東にいる雷神の斧の後方へ回り込もうとしたオーク共を蹴散らしていました。オークメイジ率いる一団でしたが、それをあのグリフォンが吹き飛ばしてましたよ」


 その言葉に眉を顰めるセリル。当然セリルとしてはレイのアイテムボックスを狙っているのだから、出来ればレイを自分達と同じグループにして欲しかった。そうすれば不意打ちはいつでも自分の好きな時に実行出来るのだから。だが、前日の夜にグリフォンを信頼出来ないと言ってしまった以上はそういう訳にもいかずにレイは遊撃に回されることになってしまったのだ。

 ……もっとも、実は他の冒険者パーティの数名、特にセトに餌付けをしていたメンバーが自分達と一緒に行動して欲しいとボッブスに直訴したのだが希望者が多かった為に結局セトとレイは遊撃担当になってしまったという経緯もあったりする。


「で、新入りはまだ東側の雷神の斧の背後にいるのかい?」


 もしそうだとしたら襲撃するのは難しい、そう思いつつ尋ねたセリルだったがムルガスからの返事は予想外のものだった。


「それが、戦闘の連続で疲れたらしくて、まだ火の回ってない場所に降りてきて休憩してます。襲うなら今しかないと思って戻ってきた訳で」

「……へぇ。火の回ってない場所にねぇ。ちなみに周辺にオークや討伐隊の連中は?」

「その辺は問題ありません。少なくても俺が戻ってくる前にはオークも他の討伐隊の奴等も新入りの近くにはいなかったんで」

「なら、あのグリフォンはどうだい?」


 何しろ、レイを襲撃する上で一番厄介なのがあのグリフォンなのだ。少なくてもセリルは自分を含む夜明けの星のメンバー総出でグリフォンと戦っても勝てる気はしない。

 だが、ムルガスからの返事はこれもまた予想外のものだった。


「それが、グリフォンだけは上空に戻して遊撃をさせてるらしくて。だからこそ今のうちに」

「……なるほど、それは確かに一世一代の大チャンスだね。自分は休憩しつつも、グリフォンに遊撃を任せて功績稼ぎはしっかりとやってる訳か。馬鹿だねぇ。欲張るから自分の命を失うことになる」


 ニヤリ、とした笑みを浮かべながらこれからの算段を考えていくセリル。それを素早く纏めて口を開く。


「いいかい、まずはあの新入りを全員で襲う。ただし、最初はスニィの矢で先制攻撃だ。出来れば頭に命中して即死といきたい所だけど、最悪胴体や手足に当たっただけでも構わない」

「姐御、私の腕を見くびってるの? ギルドに登録したばかりの新入りくらい、一発で片付けられるわよ」


 入り口付近から頬を膨らませて文句を言ってくるスニィだが、セリルは小さく首を振る。


「忘れてるようだが、あの新入りは鷹の爪を1人で倒せる実力を持ってるんだ。油断は禁物だよ」

「……分かった」

「いい子だ。で、スニィの弓が当たったのを確認したら全員で一気に襲い掛かる。出来れば殺しておきたい所だね。そうすればあたし達が動いたのをボッブスが知るには少し時間が掛かるだろう」

「で、その後は王都に?」

「ああ。馬車とウォーホースはボッブスのいる場所に集まってるから、ムルガスとスニィで何とか気が付かれないようにウォーホースを出来れば4頭。最低でも2頭は連れてくるように。ウォーホースなら途中で潰れるということもないだろうし後はそのまま王都まで一目散だよ。……まぁ、出来ればウォーホースを全頭連れて行ければ追っ手の心配は暫くいらないし、いざという時の替え馬にもなるんだろうけど……さすがに全頭をボッブスに見つからないようにして連れてくるなんてのは無理だろうからね」

「王都まで移動するとなると数日って訳にはいかないが、その間の食料は?」

「それこそアイテムボックスにたっぷりと入ってるだろうさ。それにもし食料が入ってないようなら、アイテムボックスの中身を途中の村なりなんなりで売り払ってその金で食料を買ってもいいだろうしね」

「姐さん、王都に行くのはいいとしてもアイテムボックスを売り払うツテはあるの?」


 入り口の方から聞こえてきたスニィの声に、セリルは笑みを浮かべて頷く。


「ああ。以前にギルムの街で世話になった人がそっち関係の組織に入っていてね。連絡先も当然知っている」

「よし、姐御。ならあの新入りが休憩を終える前に早速襲撃を実行しようぜ」

「ああ。ムルガス、案内を頼んだよ。アルとスニィはオーク共に気が付かれないようにね」


 こうして、夜闇の星の一世一代の大博打が開始されることになる。

 もっとも、セリルにしてみれば自分が勝つと分かりきっている博打だという認識だったのだが。

 この時、もしムルガスがレイが魔法を使う可能性があるとセリルに言っていれば夜闇の星に訪れる結果は違っていたかも知れない。だが、ムルガスはレイが魔法も使えるという情報を一切持っておらず、同時にグリフォンの生態に関しても殆ど知らなかった為にオークメイジ以外のオーク達を焼き殺したのはグリフォンの種族特有の能力か何かだろうと考え、そのグリフォンがいないのだからとセリルを急かすだけで説明はしなかったのだ。






 其処此処が燃え広がっているオークの集落。その中でもまだ火が広がっていない場所でレイは休憩していた。……少なくても、他の誰かが見た場合は休憩しているように見えるよう偽装していた、というのが正しいだろうが。

 周囲にはいつもいるセトの姿も無い。自分を狙っていると思われる夜闇の星を罠に掛けるという目的があるのだが、それでオークの集落で行われている他の戦いに対する遊撃を疎かにする訳にもいかない。


(それに、ギルドに対する貢献度を稼ぐチャンスを見逃す訳にもいかないしな)


 内心で呟くレイ。この点に関してだけ言えば、セリルの考えは正しかったと言えるだろう。

 そして……


(ようやくお出まし、か)


 チリチリと感じるソレ。クイーンアントやゴブリンの希少種から感じたのと同じ物だが、より純粋なソレを放ってきたモンスター達と比べて、今感じているのは欲望に濁ったソレだ。即ち……殺気。

 握っているデスサイズに微かに力を込めて、いつでも反撃出来るようにとドラゴンローブの中で見えないように態勢を整える。

 レイに見つからないように移動しているつもりなのだろうが、常人を越えた五感、そして第六感すら持っているレイにしてみれば夜闇の星の4人が自分を囲い込むように展開しているというのは音や気配、殺気といったもので丸分かりだった。

 そして聞こえて来るキリキリという音。弓を引き絞ってる音だろう。


(なるほど。最初に弓で先制攻撃を仕掛けるか。なら……)


 自分に襲い掛かってくる馬鹿共を嵌めてやろうと一計を案じ……次の瞬間矢が放たれる!

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