第32話

 オークの集落に捕まっていた女2人とそれを救出した3人組のパーティが去っていくのを見送ったレイは、自分が倒したオークジェネラルの死体と、セトが頭部を吹き飛ばしたオークの死体をミスティリングへと収納する。一応周囲には先程の3人が倒したオークの死体2匹分も転がってはいるのだが、他の冒険者が倒したオークに手を着ける気はないのでそのままにしておく。自分の獲物は自分で管理すべきだろうし、どうせあの3人もすぐにここにまた戻って来るんだから問題はないだろうと判断したのだ。


「グルゥ」


 集落の各地で上がっている炎を見ながらセトが警戒を込めて小さく喉の奥で鳴く。

 レイはその背を軽く撫で、暗闇の方へと一瞬だけ視線を向けてから無造作にデスサイズを振るう。


「ブモ!?」


 暗闇の中から放った矢を、無造作に斬り捨てられたオークアーチャーは混乱の声を上げ……次の瞬間にはいつの間にか自分の目の前まで接近していたレイにデスサイズの柄を振り下ろされ、頭蓋骨を砕かれてそのまま絶命した。


「他のオーク達からはぐれたのか?」


 疑問に思いつつも、オークアーチャーの死体をミスティリングへと収納するレイ。

 現在レイとセトがいる場所は集落の北側で、オークの繁殖用に捕まえてきた人間の女が閉じ込められていた小屋の他にはオークの見張り用の小屋らしき建築物があるだけの場所だ。その見張り用の小屋にしても、雷神の斧が東側で起こしている騒ぎに応援に出されているらしく静まりかえっている。女達が閉じ込められていた小屋にしても、自分達の集落が夜襲を受けているというのに女を抱きに来るような真似はオークでもしないだろうと判断していたレイだったのだが……


「オークの性欲を甘く見ていたか? それとも……」


 あるいは、オークの中でも個人行動が許されていたオークアーチャーなのかもしれない。通常のオークならともかく、オークアーチャーはオークの上位種なのだから可能性としてはあり得るだろうと内心で考える。


(とにかく、オークの上位種であるアーチャーとジェネラルの魔石は手に入れた。ただ、セトとデスサイズの分を考えると出来ればジェネラルの魔石をもう1つは手に入れておきたい所だが……それと確認できた上位種の中でも目玉であるオークメイジの魔石。それとこのオーク達を率いている奴の魔石だな)


 内心で呟き、集落のあちこちから聞こえる剣と剣がぶつかり合って鳴らす金属音や、怒声、罵声、あるいは爆発音といったものに注意しながら周囲を警戒する。幸い、はぐれて単独行動をしていたのは先程のアーチャー1匹だけか、あるいはいても主戦場となっている東に向かっているのかレイのいる北側に向かってくるオークは存在しなかった。

 そしてそれから10分程。ようやく先程の3人組が戻って来る。


「すまない、またせたか?」


 パーティリーダーである剣を持った相手に尋ねられ、首を横に振る。


「いや、そっちが思ったよりも早かったからな。捕まってた女達は?」

「ボッブスのいる場所に置いてきた。……本来ならこういう時は女の冒険者がいれば向こうも精神的に安心出来るんだろうが……歯がゆいな」


 ボッブス自身が既に冒険者を引退したとは言っても、まだそれなりの腕を誇っている。その為、今回の夜襲での指揮所とも言える場所にはボッブスが護衛も無しに残っているのだ。当初は数人の冒険者を護衛として付ける予定もあったのだが、集落に存在するオークの数が予想を遥かに超えていた為に少しでも戦力を多くするべきだとボッブス自身が主張し、それが受け入れられた形だ。


「とにかく北からの侵攻は任せるぞ。俺とセトはまた上空に戻って遊撃に専念させて貰う」

「ああ、助かる」


 感謝の声を聞きつつセトの背に跨がり……ふと、リーダーの方へ顔を向ける。


「言い忘れていたが、あそこにお前達の倒したオーク2匹の死体がある。俺が倒したジェネラルとセトが倒したオークはこちらで回収したが構わないな?」


 その言葉にチラリ、とオーク2匹の死体へと目を向けてから小さく頷く。


「ああ。問題無い。オークの死体もそのアイテムボックスの中か?」

「そういうことだ。じゃあ、ここは任せるぞ。セトッ!」

「グルルルゥッ!」


 レイの声に高く鳴き、数歩の助走で翼を羽ばたかせて上空へと昇っていく。その1人と1匹を見送った3人の冒険者達は、地面に倒れているオークの死体はそのままに、次の獲物を求めてよりオークが集まっているであろう集落の中心地へと向かって進んで行く。






「戦況は五分五分……か」


 セトに乗り、夜空を駆けながら地上へと視線を向ける。

 そこでは集落のかなりの部分が炎に包まれながら、それでも尚多数のオーク達が東へと向かっている様子が見えていた。

 最初に戦闘が始まった場所なので、どうしてもオーク達の注意もそちらへと集まっているのだろう。

 レイの視線の先では、エルクが巨大なバトルアックスを振り回して数匹のオークを胴体ごと切断している。同時にミンの持っている杖から大量の氷の矢が放たれ、面射撃的な攻撃で多数のオークに対してダメージを徐々に蓄積させている。

 そんなミンを守るのはロドスだ。魔法使いという遠距離攻撃の手段がある相手をまず潰そうと数匹のオークがミンへと襲い掛かっていくが、その前にロドスが立ち塞がりオークの攻撃を尽く剣で弾き、いなし、回避する。そして攻撃を空振りさせた隙を突いて素早い剣技を披露し、オークを血の海へと沈めていく。


「なるほど。Cランク冒険者だけはあるか」


 その様子を見ながら、感心したように呟くレイ。だが、その視線はすぐに集落から少し離れた場所へと向けられる。雷神の斧の背後から襲うつもりなのだろう、数体のオーク達が集落から迂回するようにして雷神の斧の背後へと回り込もうとしていたのだ。

 そして都合のいいことに、そのオーク達を率いているのは杖を持ったオークだった。


「ようやくオークメイジを発見だな。さすがにメイジというだけあって、他のオーク共よりは頭が回るか」


 幾らAランクパーティの雷神の斧とは言っても、目の前のオーク達と戦っている時に背後から……しかも魔法も込みの奇襲を受けたらかなりの被害が出るのは明らかだ。ただでさえ最後尾は魔法使いであるミンなのだから、その防御力の低さは容易に想像が出来る。


「セトッ!」

「グルゥッ!」


 レイの声に短く鳴き、これまで同様に三度急降下をするセト。

 だが、さすがは上位種族のオークメイジと言うべきか。オークジェネラルやオークアーチャーでさえも気が付かなかったセトの羽ばたく音に気が付き、杖を上空へと向けて呪文を唱え始める。


「構うな、そのまま突っ込め!」

「グルゥッ!」


 しかしレイはそんなオークメイジの行動にも構わず、セトへと突撃を命じる。セトもまた、鋭く鳴いてオークメイジ率いる別働隊へと突っ込んでいく。


『ブモルァッ!』


 オークメイジが魔力の籠もった声で呪文を詠唱し、魔法を発動する。オーク語での呪文詠唱なのでどんな効果なのかはレイには分からなかったが、次の瞬間オークの目の前に頭程の大きさの火球が出現したのを見て口元に笑みを浮かべる。


「グルルルルルルルルゥゥゥゥッッッ!」


 雄叫びを上げつつ突っ込んでいくセト。その様子に半ばパニックになりかけていたオーク達だったが、オークメイジが鋭く叫ぶとその混乱も徐々に収まり、セトを目掛けて火球が放たれる。

 放たれた火球は、かなりの速度で別働隊に突っ込んでくるセトへと向かい……その身体に命中するかと思った次の瞬間、何かに遮られるようにして空中で爆炎を巻き起こした。


「ブモ!?」


 その結果に驚くオークメイジ。セトの足首に嵌っているマジックアイテムの風操りの腕輪は弓や魔法といった飛び道具を1度だけだが防ぐという効果を持っている。その効果が発揮されたのだ。オークメイジにとってはまさに青天の霹靂と言ってもいいだろう。

 そして自分の魔法が効果を発揮すると確信していたオークメイジに、セトの速度に乗った体当たりを回避する術がある訳もなく……


「ブモオオッ!」


 2mを越えるセトの巨体、それも落下速度とセトの翼による突進力を正面からまともに受けてしまったオークメイジは、10m近くも吹き飛ばされ、まるで川で行われる水切りの石のように何度か地面にぶつかりながらもその反動でさらに遠くへと転がっていく。首や手足の殆どがあらぬ方向に曲がっており、既に息をしていないのは確かめるまでもなく明らかだった。

 そして……


『炎よ、踊れよ踊れ。汝らの華麗なる舞踏にて周囲を照らし、遍く者達にその麗しき踊りで焼け付く程に魅了せよ』


 呪文を唱えるに従い、人間大の炎が50程姿を現す。以前魔の森で使った時よりも小規模だが、それは敵の数が少ないからだ。


『舞い踊る炎』


 呪文が完成し、魔法が発動した瞬間。50の炎は己が意志でもあるかのように動き回り、オーク達へと群がっていく。

 今まで見た事もないようなその状況に混乱しつつも、数匹のオークが焼き殺されたのを見るとその場にいては危険だと判断し四方八方へと逃げ散っていく。だが、レイの魔法で現れた炎は逃げたオークへと追い縋り、灼熱の抱擁によってその身を焼き焦がし、同時にその命をも焼いていく。


「ブモォッ!?」

「ブモモ!?」


 それぞれがそれぞれの悲鳴を上げながらも、人の形をした灼熱の抱擁から逃げることが出来ずに数秒後にはその場に存在していた全てのオークの生命が失われることになった。

 周囲には肉を焼く匂いが充満しており、セトがチラチラとそちらへと視線を送っている。

 夜襲が始まってから約1時間。小腹が空いてきたのだろうが……


「セト、今は食ってる時間はない。この夜襲が終わるまではお預けだ」

「グルゥ……」


 微妙に悲しそうな顔をしながらも、大人しく頷くセト。


「取りあえずこのオーク達はこのままミスティリングに収納する。この戦いが終わったら食わせてやるから暫く我慢して……ん?」


 レイの耳に聞こえてきたのは、こちらへと近付いてくる足音。数からして1人のようだが、走って近づいて来ている。


「……この別働隊のさらに別働隊……あるいは残党か?」


 一瞬、集落の北で戦った単独行動をしていたオークアーチャーの姿が脳裏を過ぎり、あるいは残党であるとの可能性も考えてデスサイズを構える。

 だが、集落を燃やしている炎に照らされて浮かび上がってきた影は、オークのものではなく人のものだった。

 その様子に多少の警戒を残しながらもデスサイズの構えを解く。同時にそれを見ていたセトもまた緊張を緩める。

 それでも完全に警戒を解いた訳ではないのは、夜闇の星の件があるからだろう。

 そしてその人影の顔が判別出来る距離まで近づいて来た時……それが誰であるかが判明する。


「ロドスか」

「お前、レイ……か?」

「ああ。と言うか、グリフォンを連れているのは俺以外にいないだろうに」

「……あ、いや。確かにそうだが……このオーク達はお前がやったのか?」


 周囲に倒れている半ば焼け焦げていたり、生焼けだったりするオーク達へと視線を向けて尋ねるロドス。

 その様子を見て、レイは時間を惜しむようにオークの死体を次々にミスティリングへと収めていく。

 そしてセトが仕留めたオークメイジへと近づき。


「ああ。このオークメイジに関してはセトがやったんだがな」


 そう言い、オークメイジもミスティリングへと収納する。


「……お前、この数のオークを1人で片付けられる程の腕を持って……いや、待て。何で死体は燃えていたんだ? お前の武器はその馬鹿げた大きさの大鎌だろう?」

「馬鹿げたとはまた、随分な言い草だな」


 苦笑を浮かべながら地面に置いていたデスサイズを手に取る。


「これは確かに俺の武器だ。だが、マジックアイテムであり……同時に、魔力発動体でもある」

「魔力、発動体? それってつまり……」

「ああ。お前はミンの持ってる杖で見慣れているだろう? あれと同じようなものだ。ただ、その形状が大鎌ってだけでな」

「じゃあ、お前は魔法使いなのか?」


 セトの背を撫でながら小さく首を振る。


「近接戦闘もやるから、どちらかと言えば魔法戦士だな。で、お前は何でここに?」

「魔法戦士……あ、いや。父さんや母さん達と一緒に集落の東側で戦っていたら、いきなり背後に大量の炎が見えたからな。母さんがちょっと様子を見てこいって」

「なるほど。まぁ、防御力の低い魔法使いが背後から奇襲される可能性を考えれば心配になるのも無理は無いか。実際、オーク達が背後に回り込もうとしてたんだしな」

「……らしいな。で、お前はそれを上から見つけて逆にこいつらを奇襲した訳か」

「……」


 ロドスの言葉を聞き、思わずマジマジとその顔を覗き込むレイ。


「何だよ」

「いや、一応理性的な判断が出来たんだな、と感心した」

「おい、喧嘩なら買うぞ」

「そういう台詞は、今まで俺に取ってきた行動を省みてから言うんだな。……セト」

「グルゥ」


 短く鳴いたセトの背へと跨がるレイ。


「おいっ!」

「話は後だ。お前もエルクやミン達の所に一旦戻った方がいいんじゃないか? オークとの戦いはまだ続くぞ」

「分かってるよ。いいか、この戦いが終わったらきっちりと話を付けるからな! 覚えておけよ! 勝手に死ぬんじゃないぞ!」


 背後でそう言い募っているロドスの様子を苦笑を浮かべつつ、レイはセトに乗って集落の上空へと戻っていった。

 だが、その途中で自分に向けられている視線に気が付く。


(これは……なるほど、夜闇の星の連中か。いつ仕掛けて来るかと思っていたが、ここでとはな。他のオークと戦っている時に出てこられても困るし、ここで片付けておくか)


 上空からオークの集落を見回し、まだ火が回っている訳でもなく尚且つオークや他の冒険者達の姿が無い一画へと目を止めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る