第22話

「はああぁぁっ!」


 セトが上空から一切の躊躇いもせずに急降下し、レイもまたそれに合わせてデスサイズへと魔力を流しながらクイーンアント目掛けて大きく振るう。


「ギギギギギギ!」


 それを迎え撃とうとクイーンアントは口を開き……


「っ!? やばい、セト!」

「グルゥッ!」


 感じた危機感そのままにセトへと声を掛け、それを汲み取ったセトは翼を大きく羽ばたかせて強制的に真横へと移動する。

 そして次の瞬間にはつい数瞬前までセトのいた場所をクイーンアントの口から放たれた液体が通過していくのだった。

 回避したその液体が地面へと落ち、煙をあげながら周囲の土を溶かしているのを見たレイは、あの液体の正体が酸……いわゆる蟻酸の類であると判断する。


「ギギギギギ!」


 自分の攻撃が外れたのが不満なのだろう。叫び声を上げながらその巨大な前足を振るってくる。

 その一撃をセトが掻い潜り、上空を通過する前足へとレイがデスサイズを大きく振るう。

 振るわれた刃は何の抵抗もなくその巨大な前足を斬り裂き、前足は振り下ろされたその勢いのままにあらぬ方向へと飛んでいく。


「ギィッ!?」


 ソルジャーアントと違い痛覚も発達しているのか、短く悲鳴を上げるクイーンアント。その隙を突いてレイはセトの背から飛び降りる。

 ズサァッという音と土煙を上げながら地面へと着地したレイはすぐにその場を跳躍。同時に振り下ろされたクイーンアントのもう1本の前足がレイの着地した場所を叩き潰す。

 そのまま連続して跳躍し、クイーンアントと距離を取る。そこまでして、ようやくレイはクイーンアントを観察する余裕が出来た。

 体長はソルジャーアントよりもかなり大きく、5m程度はあるだろう。そして腹部は肥大化しており、その先にはまるで尻尾のように鋭いトゲが生えている。


(……ここまででかいとはな。さすがにちょっと予想外だ)


 レイの聞いていた情報ではソルジャーアントの体長は1m程度。ならばその女王蟻でもあるクイーンアントは大きくても3m程度だと予想していたのだ。だが、実際にクイーンアントと接触してみるとその大きさはレイの予想を大きく外れた大きさだった。


「けど、まぁ……」


 デスサイズを構えてクイーンアントへと鋭い視線を向ける。


「やるしかないよな!」


 そう叫び、クイーンアントへと向かって走り出すレイ。そして上空からはレイを援護しようと水球を撃ち続けるセトの姿があった。


「ギギギ!」


 放たれた水球を煩わしそうに後ろ足を一振りして破壊する。だが、セトの狙いは水球でクイーンアントにダメージを与えることではない。レイがその並外れた身体能力を使ってデスサイズの間合いまで入り込むことなのだ。

 そしてその目的は果たされる。


『炎よ、汝は蛇なり。故に我が思いのままに敵を焼き尽くせ』


 魔の森でウォーターベアの命を奪ったその呪文を唱えながら、あの時と同じように……否、今度はデスサイズの刃の部分を振り下ろす。

 サクッとした軽い感覚でクイーンアントの右側真ん中の足へと何の抵抗もなく大鎌の先端が刺さり……


『舞い踊る炎蛇!』


 その魔法が解放される。同時にデスサイズの刃が刺さったクイーンアントの足へと炎の蛇が潜り込んでいった。


「ギギギギギギギ!」


 目の前の巨大な蟻は、身体の内側から焼かれる痛みに悲鳴を上げる。

 だが、それだけで終わらないのはさすがにクイーンアントと呼ぶべきか。悲鳴を上げつつも反対側の真ん中の足で火の蛇が体内を焼きながら移動している方の足を引きちぎったのだ。


「何っ!?」


 余りと言えば、その余りの行動に驚愕するレイ。咄嗟に後方へと跳躍してクイーンアントとの距離を取る。

 そしてそれと殆ど同時に地面に投げ捨てられたクイーンアントの足から炎の蛇が姿を現し……そのまま霧散して消えていった。


「ギギギ!」


 クイーンアントは自らに傷を付けた目の前の小さな人間に対して怒りのままにその口から蟻酸を飛ばし、残った足を振り回し、その鋭い顎で胴体を切断しようと隙を狙ってくる。

 その攻撃の殆どを回避し、あるいはデスサイズで受け流す。


「しぶといんだよ!」


 振り下ろされた前足を回避しつつデスサイズを一閃。残っていた左の前足を斬り飛ばし、これで残っている足は左中足、左後足、右後足の3本のみとなっている。だが、それでもクイーンアントの攻撃は熾烈を極めた。その尾から生えている毒針が木へと突き刺さり、あるいは吐き出された蟻酸が岩をも溶かす。

 そのしぶとさにさすがCランクモンスターとある種の感心を覚えながらも、上空にセトの姿があるのを確認してクイーンアントの注意を引きつけるべくデスサイズを大きく振るって注意を引きつける。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 呪文を唱えるとデスサイズの前に直径30cm程の炎の球が現れる。そしてレイはデスサイズを振りかぶり……魔法を発動させる。


『火球!』


 セトの使う水球の炎バージョンとも言える炎の塊は、振り下ろされたデスサイズに従って高速で飛ばされ、クイーンアントへと向かっていく。

 だが、クイーンアントもまた、目の前にいる小さい生き物が使う炎の魔法に関しては体内を焼かれてその威力を知っている為にまともにその攻撃を受けずに地に伏せることで回避する。

 ……それが、レイの狙いとも知らずに。

 地に伏せる。すなわちすぐに次の動きに移るのは難しいということだ。そしてその隙を突くかのように上空で待機しつつ戦闘へと介入する機会を探っていたセトが地上へと急降下してくる。クイーンアントも最初は水球を放ってくるセトを脅威に思ったのかその存在を気に掛けていたのだが、実際に自分にダメージを与えるレイがより危険度の高い存在と認識したのだろう。そのレイと戦っているうちにセトの存在がその頭から消えていたらしい。また、セトもそれを狙ってレイとクイーンアントが激しい戦いを繰り広げている間は手出しすることなく隙を窺っていたのだ。それもこれも、クイーンアントの決定的な隙を突くこの一撃の為に。そしてセトはレイが作ってくれた千載一遇とも言える好機を見逃すような真似はしなかった。


「グルルルルルゥッ!」


 雄叫びを上げ、その強力無比な腕力により鷲の鉤爪を振りかぶり……落下の速度と合わせてクイーンアントの頭部へと叩き付ける!

 グシャッ、という聞き苦しい音が周囲へと響き渡り、クイーンアントの頭は粉々に砕け散ってその肉片を周囲へと撒き散らすのだった。


「グルルルゥッ!」


 勝利の雄叫びを上げるセト。それはおかしな話では無かっただろう。何しろ頭を砕いたのだから普通はそれで勝ったと判断しても間違いではない。だが、セトはソルジャーアントと戦った時のことを忘れていた。頭部を破壊されてもまだ暫く動きを止めなかったその生命力の強さを。

 そしてレイやセトが戦っている相手はソルジャーアントより上位の存在であるクイーンアントなのだ。その生命力の強さは当然ソルジャーアントを上回る。

 それを示すかのように、頭部や足を半分失ったにも関わらず左中足を振りかぶるクイーンアント。

 セトの雄叫びを聞いていたレイの目にその光景が映し出され……


「セトッ、避けろぉっ!」


 咄嗟にそう叫び、地を蹴りデスサイズを構えてセトへと向かう。


「グルゥッ!?」


 レイのその声に反射的に地を蹴り空へと逃れるセト。この時に幸運だったのは、クイーンアントの攻撃が振り下ろしや切り上げといったものではなく横薙ぎの一撃だったことだろう。上空へと飛び攻撃を回避するセト。横薙ぎの一撃を放つクイーンアント。その交差はほんの一瞬の差でセトに軍配が上がった。

 横薙ぎに振るわれた攻撃はセトにかすり傷すら付けることなく空を虚しく斬り裂いていた。

 そしてその懐にはレイの姿が。


「大人しく死ねぇっ!」


 大きく、素早く、そして鋭く振るわれたデスサイズはクイーンアントの右後足を斬り飛ばし、毒針を切断する。


「はぁっ!」


 返す刃で残っている左中足と左後足も纏めて切断し、クイーンアントは頭、6本の足、尾の全てを失い今度こそ本当に動きを止めたのだった。


「……」


 先程の件もあるのでそれでも尚警戒を解かずにデスサイズを構えるレイだったが、クイーンアントが動きを止めてから数分。それだけ経っても本当に動かないというのを確認してからようやく緊張を解くのだった。


「グルルゥ」


 空を飛んでいたセトが地上へと降りてきて低い声で鳴きながら頭を下げる、自分が油断してレイを危険な目に遭わせたことを反省しているらしい。

 その頭を撫でながら、首を振るレイ。


「気にするな。確かに油断したのは悪かったが、そもそもセトは生まれてからまだそれ程の時間が経ってる訳でもないんだからな。同じ過ちを繰り返さなきゃいい」

「グルゥ」

「それに今回はたまたま俺が離れた位置にいたから気が付いたが、立場が逆になってる時だってあるだろ? その時はセトが助けてくれればいいよ」

「グルゥッ!」


 任せろ、とでもいうように先程とは違う自信を感じさせる鳴き声を発するセト。

 その様子に笑みを浮かべながらデスサイズを持ってクイーンアントの側へと向かう。


「さて……これを解体する訳だが……」


 いつものようにミスティリングから魔物の解体 初心者用を取り出して調べてみるが、そこにはソルジャーアントやインペリアルアントはともかく、クイーンアントの解体方法は載っていなかった。


「と言うか、あの羽付きは本当にインペリアルアントって名前だったのか」


 安直すぎないか? とも思ったレイだったが、自分が使う魔法の名前も安直であると自覚していたのでそれを言葉に出すことは無かった。


「となると、解体は後回しにして死体はミスティリングに入れておくとして……魔石だけでも取っておくか」


 呟き、まずはデスサイズで斬り飛ばした足や毒針が伸びている尾の部分をミスティリングへと収納してアイアンダガーを抜いて、どうやって魔石を取り出すのかを考える。

 頭を失った後のやり取りで足や尾がなくなり胴体だけになっている。それはいいのだが、うつぶせの状態で倒れており一番柔らかな腹が地面と接触しているのだ。魔石を取り出すには柔らかい腹の部分から裂くのが手っ取り早い。


「セト、悪いがこの身体をちょっと引っ繰り返して腹の部分を上に向けてくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉に小さく鳴き、自分の倍はあろうかというクイーンアントを特に苦労した様子も無く引っ繰り返す。

 その様子に、純粋な身体能力でならクイーンアントよりもセトの方が上だと確信するレイ。だが、それでもセトはクイーンアント相手には善戦できても勝利するのは難しかっただろう。それは何故か。


(純粋にセトの経験不足だろうな。セトは生後1週間も経っていないが、クイーンアントはこのエルジィンという世界の野生を生き残ってきたんだからな。そしてそれは俺にも当てはまる)


 身体能力や潜在能力、魔力といった諸々を考えるとレイとセトがクイーンアントとは言ってもランクC程度のモンスターを瞬殺出来ないのがおかしいのだ。本来ならそれだけの性能差がある。だが、セトはレイも考えたように生後1週間にも満たない経験しか無く、レイに至っては実質的に戦闘をするようになったのはエルジィンに来てからなので戦闘経験自体はセトとそう変わらない。融合により殺すという行為に対する忌避感は殆ど無いが、それだけで生き残ることが出来る程にこの世界は甘くは無いのだ。


(学ばなければならないな)


 内心で呟き、クイーンアントの腹部へとアイアンダガーの刃を振り下ろし……

 キンッ!

 刃が立たずに跳ね返される。


「甲殻に覆われていなくてもこれか。……まぁ、しょうがない」


 アイアンダガーをミスティリングへと戻してミスリルナイフを抜く。その刀身に魔力を流して腹部へと差し込むと、さすがにミスリル製と言うべきか何の抵抗もなくクイーンアントの腹を斬り裂いていった。

 そしてクイーンアントの体内を探って行くレイ。


「……ん? 心臓がある?」


 虫には本来心臓と呼ばれる器官は無く、肺脈菅というものがその代わりを果たしている。レイもそれを知っていただけに本来は心臓にある魔石を探すのを苦労するとばかり思っていたのだが、クイーンアントの体内にはきちんとした心臓があったのだ。


「まぁ、昆虫系でもモンスターであることは変わらないんだし、ありと言えばありなのか?」


 疑問に思いつつも、魔石を取り出すレイ。その魔石はレイの拳程の大きさがあり、魔の森で手に入れたウォーターベアの魔石とほぼ同じ大きさだった。


「ゴブリンの魔石とは格が違うな。色は黄色となると、地属性か。……さて」


 魔石を片手に持ちながら地面に置いてあったデスサイズを手に取るレイ。


「グルゥ?」

「悪いな、セト。このクイーンアントの魔石はお前じゃなくてデスサイズに吸収させようと思う」

「グルゥ」


 構わない、と頷くセト。その様子に笑みを浮かべながら魔石を空中に放り投げて魔力を込めたデスサイズを振るう。

 何の抵抗もなく魔石が切断され、次の瞬間にはまるで煙のように消滅する。これがデスサイズの魔石を吸収する方法であり、同時にそれはセトの吸収と同じく魔石の消滅を意味していた。


【デスサイズは『腐食 Lv.1』のスキルを習得した】


 そしてセトの時と同じように聞こえて来るアナウンスメッセージ。

 どうやらセトが吸収してもデスサイズが吸収してもアナウンスは流れるらしい。


「にしても、腐食か。恐らく蟻酸の影響だろうが、また微妙なものを」


 苦笑しながらクイーンアントの胴体をミスティリングへと収納してギルムの街へと向かうレイだった。

 尚、帰還時にはセトに乗って移動して街の入り口から少し離れた所で着地、そこから歩いて街へと戻っていったのでランガに文句を言われることはなかった。

 この日の報酬はソルジャーアントの魔石と素材、合わせて銀貨7枚とG級冒険者にしては破格のものとなったのだった。






【セト】

『水球 Lv.1』『ファイアブレス Lv.1』


【デスサイズ】

『腐食 Lv.1』new


腐食:対象の金属製の装備を複数回斬り付けることにより腐食させる。Lvが上がればより少ない回数で腐食させることが可能。

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