第6話 告白、その後

 レイフォード殿下との婚約が決定し、後日正式に婚約の儀を行ってから、私の生活は一変しました。

 まずは十歳になると共に、王立学園へ入学。これは元々入学することは分かっていましたので、特に混乱はありませんでした。しかし、将来的に王妃となるにあたって、様々な勉強を強要されたのです。

 具体的には、学園での成績は常に上位を保つ。その上で、王妃様より直々に王妃教育を受ける。その内容は礼節やマナー、作法に始まり、法律や貴族領の把握、果ては諸外国の関係者についても覚えなければなりませんでした。

 平時ならばともかく、戦時などにおいては王が直々に戦場へ出ることも多く、その間、王が行うべきことは王妃が代行しなければならないのです。そのため、王が行うべきこと全てを覚えるように言われました。あまりにも無茶です。

 ですが、それを嘆いては将来的に殿下を支えることはできません。私の恋心はヴィルヘルム様に捧げていますが、恋が実らぬ以上、妻として支えるべき人物を支えられるよう、努力すべきでしょう。

 レイフォード様は私に冷たいことも多いですが、それでも婚約者であることは変わりません。なので、私は一生懸命勉強をし、王妃として恥ずかしくない振る舞いができるように頑張りました。


 まぁ、全部無駄になってしまったのですけどね。


 結局婚約は破棄され、これから私の代わりに王妃として教育を受けるのはメアリー嬢なのでしょう。私は六年かけて、どうにか必要なことを覚えました。それをこれからメアリー嬢が一から行うというのは、哀れみすら感じます。

 男爵令嬢とのことですので、これまであまり貴族として振舞っていなかったのでしょうし。王妃様は普段はお優しい方ですけど、勉強に関しては厳しいのです。


 そういうわけで。

 私はようやく、自由になれたのです。


「ヴィルヘルム・アイブリンガー様。お慕いしております。キャロルをお嫁にしてくださいませ」


「……は?」


「……は?」


 陛下とヴィルヘルム様が、揃ってお口を開けていらっしゃいます。

 そんなに私は、おかしなことを言ったでしょうか。

 まぁ、確かに四十六歳も年上の男性をお慕いしているというのは、自分のことを除いて聞いたことがありませんし、少々変わっているのかもしれません。

 ですけど、この気持ちに嘘はつけません。私はヴィルヘルム様をお慕いしておりますし、殿下との婚約がなくなった以上、私に遠慮はもうありませんもの。


「きゃ、キャロル嬢……な、何を言っているのだ?」


 しかし、ヴィルヘルム様が最初に言ったのは、そんな、私の頭を疑うような一言でした。割と直接的に申し上げたはずなのですが、伝わらなかったのでしょうか。

 まだどきどきしています。これ以上私に愛の言葉を紡げというのは、さすがにヴィルヘルム様でも酷なことです。

 ですが、ヴィルヘルム様がそれをお求めならば、キャロルは応えますわ。


「ヴィルヘルム様、お慕いしております。幼い頃より、ずっと恋焦がれておりました。どうか、キャロルにヴィルヘルム様のご寵愛をくださいませ。キャロルは不束者ですが、ヴィルヘルム様の妻として相応しい淑女になってみせます」


「ちょ、ちょっと、待ってくれキャロル嬢!」


 ヴィルヘルム様は何故か、周囲をきょろきょろと窺って、それから私を止めました。一体何をそんなに焦っているのでしょうか。

 そして、何故か盛大に頭を抱えています。


「ヴィルヘルム様、どうかキャロル、とお呼びください」


「い、いや、それは……」


「でしたら、ハニーでも構いません」


「それはもっと駄目だ!」


 はて、何が駄目なのでしょうか。

 首を傾げてみます。私はヴィルヘルム様をお慕いしていますし、殿下との婚約もなくなりました。そしてヴィルヘルム様は御年六十二歳というご高齢ではありますが、現在まで浮いた噂の一つもない独身の方です。

 何の問題もありません。


「あの……」


 もしかして。

 その可能性を考えて、思わず私は足が震えました。鼓動が悪い意味で跳ねて、汗が流れます。出来ることならば、そんなことは考えたくないです。

 まさか。

 ヴィルヘルム様は――。


「ヴィルヘルム様は……キャロルが、お嫌いでしょうか?」


「うっ……!」


「キャロルは、ヴィルヘルム様をお慕いしております。ヴィルヘルム様は……キャロルが、お嫌いですか?」


「き、嫌いという、わけでは……」


 ぱぁっ、と不安で潰れそうだった心に、光が走りました。

 もしかすると、私のことをお嫌いなのかと思ってしまいました。幼い頃に良くしてくださったのも、お祖父様のご友人というだけで、本当は嫌われていたのかと思っていました。ですが、決してヴィルヘルム様は、私のことがお嫌いというわけではないようです。


「では、ヴィルヘルム様は、キャロルのことがお好きですか?」


「い、いや、それは……その」


「お嫌いでないなら、お側に置いてくださいませ。私は、それだけで幸せです。ヴィルヘルム様の妻として相応しくないと言われるならば、相応しいと言われるよう努力いたします」


 ヴィルヘルム様と共に過ごすことができるならば、それ以上の幸せはありません。王妃として受けた教育ですが、ヴィルヘルム様をお支えすることもできるでしょう。

 それでも足りないと言われるなら、もっと頑張ります。ヴィルヘルム様と一緒にいられるならば、何も苦はありません。


「ヴィルヘルム」


「……は、陛下」


「キャロル嬢はどうやら……その、お前と結婚したい、ようだが」


「ですが……」


 何故か、ヴィルヘルム様が大きく溜息を吐かれました。

 もしかして、子供の我がままと困らせてしまったのでしょうか。さすがに、いきなりお嫁にしてください、という言葉は早すぎたかもしれない。

 でも、ずっと胸に秘めていた想いを、伝えずにいられなかったのです。


「ギリアム殿」


「私はキャロルの意志を尊重します。キャロルはどうやら、本気であなたのことを慕っているらしい」


「……いや、しかし」


 でも、とか、しかし、とか、なんだかヴィルヘルム様の歯切れが悪いです。

 父上も認めてくださり、陛下にも認めてくださっています。それなのに、ヴィルヘルム様だけがなんだか困っておられます。

 父上が認めたということは、公爵家が認めた、ということです。つまり私の家族が認めたということになります。婚姻は家と家の繋がりと申しますが、私の家はもう認めているのです。それに加えて陛下がお認めになられているということは、国としても認めているのです。

 そして私はヴィルヘルム様をお慕いしており、ヴィルヘルム様も私のことがお嫌いでない。

 どこにも問題はないでしょう。


「その……キャロル嬢」


「はい」


 でもヴィルヘルム様は、私のことをまだ子供扱いします。

 少しだけ拗ねてもいいでしょうか。


「儂はデュークを……キャロル嬢の祖父を、よく知っている」


「はい、存じております」


「その、キャロル嬢が悪いというわけではない。ただ……儂にとって、キャロル嬢は孫のような存在で……家族のようなものだ。それを突然、婚姻などというのは……」


「ヴィルヘルム様」


 そうだ、いつまでもヴィルヘルム様が子供扱いするので、ちょっとだけ意趣返しをしてみましょう。

 恐らく、ヴィルヘルム様がこちらに来るまでお話をされていたのは、他の騎士団の方でしょう。その方たちが、心配そうにこちらを見ています。恐らくあの位置では、声までは聞こえないでしょうし。


「少しだけ、屈んでいただけますか?」


「……む?」


「御髪に木の葉がついておりますわ。取って差し上げます」


「む、そうか……?」


 私の言葉に、ヴィルヘルム様が屈みます。私の手が届くように、と小さく小さく。

 それが、私にとって丁度良い位置です。


 ちゅ、とそのお髭生えた頰に、小さく口付け。


「――っ!?」


「木の葉は嘘です。ヴィルヘルム様」


 うふふ、と顔が赤くなっているヴィルヘルム様に向かって微笑みます。

 きっと私も、顔が真っ赤になっているでしょう。恥ずかしいです。このような衆人環視で口付けをするなんて、はしたないことをしてしまいました。まだ、どきどきしています。


 初めての口付けは、お髭が少し痛かったです。

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