ヤマザキタイムリープストアー
蛾次郎
第1話
「あのコンビニは、もうこりごりだ」
そう翔星は呟いた。
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あれは50年後、いや今日の出来事だろうか?
「今日こそは連絡先を渡そう。絶対に。何が
あっても連絡先だけは渡す」
私立の男子校に通う翔星は、近所のコンビニ
でバイトをしている「かとう」という女性に
想いを寄せていた。
「かとう」は見た目から翔星とほぼ同世代に見えた。
翔星は、私立の男子校に通う16歳。女性と
の出会いが無く、クラスのイケメングループ
が他校の女子生徒達と付き合っていたり、合
コンの話に花を咲かせる様子を羨ましげに
聞き耳を立てるだけの冴えない学生だ。
「この思春期ど真ん中に退屈な学生生活を送ったら後でとんでもねえ後悔をしちまう!」
どちらかと言うと内向的な翔星だが、内に秘
める「チヤホヤされたい」というメンタリテ
ィは果てしないものがあった。
そんな悶々としていた翔星が或る日、近所の
コンビニで「かとう」という、うら若き女性
店員が働いてる姿を見たのだ。
マスク姿で顔全体は分からなかったが、目が
大きくぱっちりとした二重で、垣間見える綺
麗な鼻筋、程よいブラウンヘアのショートカ
ットが翔星の心を一瞬で射止めた。
彼女は毎日午後4時から8時に店に居て、レジの扱いがベテラン店員と比べやや拙いので、まだこの店で働き始めて間もないと推測した。
彼女がここで働く前に翔星が買うものとい
えば、グラドルが表紙を飾るコミック誌やア
ダルト動画配信のギフトカード、カロリーの
高いカップ麺くらいだったが、彼女の存在を
知ってからは、毎日彼女が働いている時間に
来て、ヨーグルトやスムージードリンク、1
8品目の野菜、レジ横のガラスケースに入っ
ているオススメ商品のホットスナックなど、
彼女に好感が持たれそうな商品を選び、更に
は店の売り上げに貢献しているぞという遠
回しなアピールをしていた。非常に安易だ。
更には自分の名前と住所を確実に知って貰
えるよう月々のネット代の請求書も彼女が
働いている時間に行って、他の客が居なくな
ったタイミングで彼女に会計をしてもらう
という徹底ぶりだった。
請求書は受領の判子を押したり紙を切り分ける作業など普段の会計より手間が掛かる。もしかしたら「あいつワザと私に会計させてね?めんどくせーわ。無言のご指名かよ」などと裏で彼女が店員達と陰口を叩いているかもしれないと想像しながら、逆にそれが数多の客の中で自分への意識がより高まる最善のアピールだという歪んだ恋愛感情を持っていた。
或る日、翔星がいつものように店へ行くと、
彼女が店の外でゴミを処理している光景を
目の当たりにした。その時ふとマスクが外れ、彼女の横顔がチラリと見えたのだ。
翔星のゾッコン度は更に高まった。
彼女の素顔は、竹下通りの入り口に入る前に
大手芸能事務所のスカウトマンが一斉に集
るほど透明感に溢れ、事務所入りした翌日に
はいきなりメジャー雑誌の表紙グラビアを
総ナメしていてもおかしくないと思うほど
の美しさだった。
翔星は、想像以上の彼女の美しさに少し不安を感じた。
何故ならこの美しさが既に周辺に知れ渡っ
ている可能性が高いと思ったからだ。
「モジモジしている暇があったら一早く自
分の気持ちを伝えなければいけない!そし
て無理ならば早々に諦めて次の恋に賭けよ
う!」翔星は、そう決意した。
その翌日。コンビニを外からチラと覗くと、
いつもと変わらず彼女がレジに居た。
翔星が店に入る。
「いらっしゃいませー」
彼女の高く優しく柔らかい挨拶が聴こえた。
その瞬間、翔星はいつもとは違う緊張に包ま
れた。
微笑む彼女と目が合うと、更に鼓動が激しく
なり、店内をまわる動きも明らかにぎこちな
くなっていた。
覆面調査員だったら仕事にならないレベル
だ。
たかがレジで買い物をする次いでに彼女に
連絡先を渡し、「これ良かったら貰ってくだ
さい!」と一声掛ける事すら怖気づく己のメ
ンタルの弱さに「ガラスケースのチキンより
よっぽどチキンじゃないか」と軽いショック
を受けた。
「緊張で何も買わず店を出て行くのはあま
りにもチキン過ぎる。逃げるにしても何かし
らの爪痕を残そう」
そう決意した翔星は、缶コーヒーを手に取り、男性店員の待つレジへ持って行った。
会計を済ませ、そそくさと店を出ると、それ
までの緊張から解放された。
とりあえず店の外に並ぶゴミ箱の横で缶コ
ーヒーを飲んで気持ちを落ち着かる。
その際ふと店の外壁を見ると、壁紙が少しめ
くれている事に気づいた。
「この壁ってブロック塀じゃなくて壁紙だ
ったのか…」
翔星は、めくれている部分を何となく引っ張ってみた。
…が、その瞬間、強風の勢いで店全体の壁紙
がめくれてしまったのだ。
「えーーーーー!!!!!????」
翔星は、あまりの事態に口をあんぐりさせ、
その場に立ちすくんだ。
強風で遥か彼方に飛んでいく巨大な壁紙。
店の外壁は元のヒビ割れた白い壁が剥き出
しになり、もはや空きテナントのような仕上
がりになっていた。
翔星は一刻も早くこの事態を伝えなければ
と大慌てで店に入った。
「すいませーん!!店員さーん!!?」
大声で店員を呼ぶと、スタッフルームから真
っ白なロボットが出て来た。
「ナニカゴヨウデスカ?」
ロボットが翔星に用件を尋ねる。
周りを見渡すが、彼女も他の店員も居ない。
よく見るとレジカウンターの位置にはレジ
もガラスケースも無く、在るのは真っ白でツルッとした材質の丸みを帯びたテーブル
だった。
商品棚は中が見えるロッカーのような形に
変わり、雑誌棚はその痕跡すら無かった。
「ナニカゴヨウデスカ?」
ロボットが再び用件を尋ねるが、頭が混乱し
ている翔星は何を話せば良いのか分からず
只、呆然と立ちすくむだけだった。
すると、しばらくして店に高齢の男性が入っ
て来た。
身なりはごく普通だが、やけに店を周るスピ
ードがスイスイと速い。男性の足元をよく見
ると数㎝浮いている。
男性が商品棚の前を通るとロッカーの一部
から「ピッ」という音がする。その後、男性
がロボットの前に止まると、テーブルの裏か
ら商品の入ったスケルトンのケースが浮上
して来た。男性は、そのケースを肩の上でふ
わふわと浮かせた状態で、そのまま店を出て
行った。
「アリガトウゴザイマシタ」
ロボットが頭を下げて退店の挨拶をする。
「どうやら、ここ。未来のコンビニ…だな」
翔星が呟く。
「ナニカゴヨウデスカ?」
ロボットが翔星に3回目の用件を尋ねる。
「この店に人間は居ないんですか?」
翔星がロボットに尋ねると、ロボットは無言
でスタッフルームへ戻って行った。
「え?シカト?」
ロボットの急な愛想の無さに意表を突かれ
ていると、スタッフルームから、あの彼女が
やって来た。
エナメルのような光沢の制服に身を包んだ
彼女が翔星を見て言った。
「ヒューマノイドです。どう致しました?」
「ヒューマノイド?」
「ええ。人間です」
「あのー…かとうさん…ですよね?」
翔星が確認すると、彼女は首を傾げてスタッ
フルームへ戻った。
暫くして今度は、高齢の女性が出て来た。
女性はニコリと微笑みながら翔星に言った。
「こんにちは」
翔星は女性の顔を見てピンと来た。
この女性が「かとう」さんだと。
「あら?あなたもしや翔星さんのお孫さん?」
女性が翔星の顔を見て言った。
「孫って言うか…まあ、はい、孫です」
「やっぱりそうでしょ!?若い頃の翔星さんそのままだもの!」
「あのー、今、来られた若い店員さんはお孫さんですか?」
「そう。孫のサリオ。若い頃の私にソックなのよ。翔星さんが見たら驚くと思うわ」
翔星は、翔星の孫を装って少しばかりこの店
の歴史を未来の「かとう」さんと話した後、
そろそろ店を出ようと出口へ歩を進めた。
その時、未来の「かとう」さんが翔星に言っ
た。
「そうだ。翔星さんに伝えといて。あの時、婚約破棄して良かったって」
店を出た後、翔星は、とりあえずあの壁紙を
みつけて再び店に張り直せば元の時代に戻
るはずだと考えた。…が、辺りの景色も面影一つなくすっかり変わっている事に気づいた。
「この店だけ、フランチャイズでずーっと続いてんだなあ‥‥」
50年後のコンビニを眺め、翔星は呟いた。
そして、こうなりゃもう「かとう」さんの生
き写しであるサリオに告白すればいいや
と半ばヤケクソな感情に変わり、再び店に入
って行った。
数分後、翔星は舌打ちをしながら足早に店を
出て行った。
「あのコンビニは、もうこりごりだ」
そう翔星は呟いた。
(了)
ヤマザキタイムリープストアー 蛾次郎 @daisuke-m
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