第3話・何しに来たのかしら?


「アリーダさま。その格好でお会いするのですか?」


 これから晩餐で顔を合わせるのは、私が小離宮に引っ込んでから一ヶ月後に王太子となったキランだ。元許婚とはいえドレスを着た方がいいのでは? と言うマナに着る気はないと言った。


「勿論よ。だって向こうが勝手に先触れもなくやって来たのよ。それなのにこちらがあちらに合わせる道理はあって?」


 本来なら先触れを出してこちらの都合を窺い、訪問日をすり合わせるのが決まり。それなのに手間を惜しんで勝手に押しかけて来たのは向こう。そんな常識に欠ける相手の為に着飾って出迎える必要もないと思うのよね。マナは困惑していたけど、ここの小離宮の主人は私だし好きなようにさせてもらうわ。



 食堂に向えば私と同じ宵闇色の髪と紫色の瞳の持ち主が待っていた。元許婚のキランだ。青みがかった黒髪に菫色の瞳はゲルト王家特有のもの。私達が血縁者であることを示している。私達は母親同士が姉妹で、父親は兄弟だった。その為、実の姉弟のように仲良く育ってきた。


 半年前の彼の帰城の際は、弟のように思っていた許婚との10年ぶりの再会で心が浮かれた。その彼が凜々しい若者になっていたのを見て大変好ましく思ったのだけど、すぐにガッカリする羽目になった。

 キランは私という許婚がいながら、他の女と深い仲になり身籠もらせて連れ帰ってきたのだ。女の名前はオリティエ。キランが身を寄せていたシュガラフ帝国の女性。しかも彼より5歳年上の女性で、端から見れば相手の女性に誑かされたようにしか思えなかった。


 血筋ってこんな時、厄介だと思う。彼に何か問題があろうとも、このゲルト国を継げる立場の王家の血を継ぐ正統な男子は他にいない。彼を王位継承者候補から外すに外せない現状。私は元許婚の裏切りに心を痛めて小離宮に引きこもっていると言うのが大概の者の認識だ。

 複雑な思いで彼を見たが、キランはそれを気にせず笑顔を浮かべてきた。政務には真面目に取りかかっているらしいけど案外、人の機微に疎いのかも知れない。


「ようこそ。お越し下さいました。王太子殿下」

「これはどこの見目麗しい貴公子かと嫉妬を覚えたらきみか。ジュストコールがよく似合っているよ。アリー」

「お褒めに預かり光栄でございます」


 キランは私の側まで来て席までエスコートした。何のつもりだろう? 私はエスコートなんて必要としない。もうキランは私の許婚でもなんでもないのに。


「今日は鹿狩りをしていたんだって? 凄いね。狩りが得意な女性なんて初めて聞いたよ」

「ええ。私は狩りが大好きですわ。今夜は鹿料理が並ぶ予定です。お嫌いですか?」

「いいや。そりゃあ、楽しみだ。きみの捕らえた鹿の料理を口に出来るなんて嬉しいよ」


 席に着くなり聞かれた。キランは苦笑する。口で言うほど私の行動を歓迎してないのは見て取れる。特権階級の女性達は、私のように剣や槍を振り回したりはしないし、狩りになど出たりしない。

 大概の女性達は日焼けを嫌い、部屋の奥に引きこもって所作事のマナーを学び、ダンスや読書や刺繍、編み物をするのが嗜みとされている。王妃である母も私にそう望んでいたが母の願いを叶えることは出来なかった。

 私はゲルト国の変わり者王女。男勝りやじゃじゃ馬姫と陰口を叩かれてきた。


──それにしてもこの人、何しに来たのかしら?


 思わず疑問が口を突いて出た。


「あなたさまは王城から出て来て宜しいのですか?」

「堅苦しい物言いはなしだ。アリー。執務の所用は大体済ませてきたから問題ないよ」

「さすがはキランですこと」


 私の嫌みが二人きりの食堂内に響き渡る。キランが不快な様子をみせたのには気がついたけど、そっちから堅苦しい物言いはしなくてはいいと言ったのだしね、この際遠慮はしない。

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