🌹玉瑕王女の愛人志願~婚約解消で嫁ぎ先を失った王女は帝国皇妃になった~

朝比奈 呈🐣

行かず後家になっちゃうの?

第1話・私と彼の婚約解消

 薄曇りの空の下。

彼との別れを惜しみ涙する私に6歳のキランは言った。それは天まで届くような大声だった。


「ぼく、かならずここへかえってくる。やくそくする。このあおいこむぎが、こがねいろになるころにかえってくるよ! だからまっていて。アリー!」


 キランは私の従弟だった。彼は思慮深い少年で1つ年下。宰相の息子である彼は国王の娘である私よりもしっかりしていた。見送る側の私がいつまでも悲しくてビービーと泣いているのに、泣き言一つ言わず三人の侍従と共に国境を越えていった。

 どこか大人びた少年にも思えたけどそれは仕方のないことだった。いずれ彼はこの国を率いる者となる。その為の教育としてシュガラフ帝国で高名で知られるある学士から教えを受けるために彼は旅立った。

 それは今にも泣き出しそうな空の下、寂しい様子を見せる青い小麦畑での別れだった。




 あれから10年。

 小麦畑は何度も黄金色に輝く穂を実らせて収穫の時期を迎えた。その度に「まだキランはかえってこない」と何度も嘆いたけど、ようやく10年目にして彼の帰国の知らせが舞い込んできた。

 キランが帰国すれば、私と婚姻の義をあげて立太子することが決まっている。

王城では皆がそれを喜び、私と彼の未来は明るいものと誰もが信じて疑わなかった。それがまさかひっくり返されるとは思わずに。


 彼の帰城した日。知らせを受けて謁見室に喜び勇んで足を運んだ私が見たものは、宰相に殴られ床に倒れた彼と、それを庇う大きなお腹をした女性に青ざめる侍従たち。そしてそれらを壇上から冷たく見据える私の両親である国王夫妻だった。


「いきなり殴るなんて酷いです!」

「いいんだ。オリティエ。僕は父上に殴られるだけのことをした」

「でも!」


 宰相に似た凜々しい若者が口元を拳で拭っていた。唇の端が切れたようだ。私は一目でこの宰相の怒りを買った若者がキランだと分かった。


「この大馬鹿者が! 許婚のある身でありながら不貞だと?」


 宰相の声は怒りで震えていた。途中からこの場に加わった私には話が見えなかったけれど、この場にいる皆の表情や宰相の「不貞」という言葉、そして彼の腕に取りすがる亜麻色の髪の妊婦を見て大体の事情を察した。


「なぜだ? キラン。おまえは自分の立場を良く分かっていたはずだろう? どうしてこんなことになってしまったのだ?」


 宰相の詰るような声にキランは謝罪を繰り返した。そして「オリティエのお腹には自分との愛の結晶が宿っている。彼女とは責任をとって一緒になる」と、頑なに自分の意見を曲げなかった。

 そして私と彼の婚約は解消され彼を待ち続けた私の10年は水の泡となった。


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