番外編 名のあるモフモフの夜が更ける
虎の姿のリュウホは、自分に用意された寝床の中であんぐりと口を開けた。
「それでは、姫様、おやすみなさい」
「うん、マルファ、またあしたね」
アレの乳母マルファと、アレが夜の挨拶を交わす。
そして、ギイと音を立てて土蔵の重い扉が閉ざされた。
(こんなところに、こんな小さい子供を置いていくのか!?)
リュウホは信じられない気持ちで、アレの腕の中であんぐりと口を開けた。
アレと初めて過ごす土蔵の夜である。
灯を消され、暗くなった土蔵の中は、かび臭い。
昼間に干された布団だけが、お日様の薫りをしている。
差し込んでくる月明かりが、土蔵の壁のヒビやシミを照らしだし、まるでお化けが潜んでいるようにも思える。
アレはいそいそと布団へ潜り込んだ。
固く粗末な寝台に、使い込まれた布団である。清潔ではあるが古い。
アレは頭まで布団を被ると、クルンとお腹を抱えこみ卵のように丸くなった。
リュウホはその様子を気の毒に思った。
幼児らしくない縮こまった姿が、なにかから、必死で身を守ろうとしているようにみえたのだ。
それでも、彼女は泣き言を言わない。
リュウホに助けを求めない。
スースーと寝息が聞こえてきて、リュウホは寝床から立ち上がった。
昼間トラバサミに挟まれた足は、もう痛みを感じない。
アレのおかげで傷が治っていたのだ。
伸び上がり、アレの寝台に乗る。
アレは眉間に皺を寄せて眠っている。
自分の布団の中でさえ、彼女は安らぐことができないのだ。
リュウホはそれが信じられなかった。
彼は王子として、聖獣炎虎の血をもつ者として、甘やかされ育ってきたからだ。
リュウホは胸の奥がギュッと苦しくなった。
少しでも、この小さな女の子を幸せにしてあげたかった。
濡れた鼻先を、アレの眉間の皺にくっつけてみる。
アレは少しだけ身じろいだ。
リュウホはアレの布団を鼻先でめくり上げ、アレの隣に潜り込んだ。
丸くなった彼女の腹にお尻をピッタリとくっつける。
すると、リュウホの上にアレの腕が降りてきた。
(目が覚めた?)
リュウホはギクリとしてアレを見るが、彼女はまだ眠っている。
リュウホは安心して、目を閉じた。
耳のあいだに皇女の寝息がかかり、こそばゆい。
それがなんとも幸せで、リュウホのノドがゴロゴロと音を立てた。
リュウホの背中で、アレの柔らかなお腹がフワフワと上下している。
「……リュウホ……」
アレが寝言でリュウホを呼んだ。
リュウホは、彼女の腕の中でゴロリと向きを変え、向き合った。
アレの眉間の皺は伸び、口元は幸せそうに緩んでいる。
(少しは楽になったかな)
リュウホは自分の額をアレの顎に付け、アレの腹に腕を乗せて抱きしめた。
(明日はもっとコイツを笑わせてやるんだからな)
リュウホはそう決意した。
土蔵の夜が更けていく。
ホーホーとフクロウが鳴いている。
リュウホはゆっくりと目を閉じた。
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