第34話34.華蓋にて
ミオンは意気揚々としてアレの元に向かう。
フェイロンの後ろ盾を得て、アレを処罰できると考えたのだ。「見たら殺す」と言っていたフェイロンだ。目の前に連れ出せば処刑は確定だろう。
キリルの部屋へ赴けば、そこにアレはいなかった。
侍女に聞けば華蓋にいるという。
ミオンは護衛の騎士を引き連れて華蓋に向かう。茶色いくせ毛の騎士と砂色の髪をした騎士だ。
華蓋でアレは、人質の子どもたちといっしょに鬼ごっこをして遊んでいた。
ジュンシーから、たくさんの人に天使の存在を知ってもらった方がいいといわれ、アレは積極的に外に出ることにしていた。
たしかに、いろんな人に知ってもらっていた方がいいよね。
アレの存在が消せない事実になれば、その分命の安全が確保されるとアレは思った。
ひっそりと存在も知られず土蔵で暮らす子どもを一人消すのとでは訳が違ってくる。
小さいアレはリュウホにまたがって鬼ごっこに参加している。
その姿をジュンシーが見守っていた。
ワイワイと戯れる子どもたちの姿に、ミオンは苦々しく思う。
こんな蛮族の子どもと仲良くするだなんて! やっぱり卑しい子。
「アレ!!」
ミオンはいきなり叱りつけた。
予期せぬミオンの登場に、アレは驚き身体が固まる。スッと血の気が引いて、顔が真っ青になる。ジュンシーも姿勢を正す。
子どもたちも厳しい声に驚き動きを止めた。
ヒソヒソと周りの人々が「女官長だ」と囁きあう。
「こんなところでなにをしているのですか? お前のいて良い場所ではないでしょう?」
リュウホはアレを乗せたまま、ふいと背を向けて歩き出した。
ミオンは気持ちが逆なでされる。
「アレとその虎、皇帝陛下がお呼びです」
ズンと重い一言。空に大きな雲が走り、影が落ちる。
リュウホは足を止めた。
(俺も?)
アレは何も言えない。
ミオンは満足げにニンマリと笑った。
「行きますよ」
優しげにミオンは言った。冷たい風がアレの頬を撫でる。
「天使さま、行っちゃうの?」
「しっ!」
子どもの一人が駆け寄ろうとして、周りの大人に止められる。
ザワザワと人々が様子を窺っている。
アレは息を一つ吐くと、決意したように顔を上げた。
「リュウホ、行こう」
(行くのか?)
リュウホが尋ねる。
アレはコクリと頷いた。
「逃げちゃいけない」
遅かれ早かれ皇帝には会わなければいけないのだ。
遠征から帰ってきたと聞いたとき、その日のうちに処罰されるかもしれないと思っていた。キリルは守ってくれると言っていたが、いつまでもこのままではいられないのだ。
それに、五歳までに名をもらう、そのためにできることをしなくちゃ。ピンチはチャンスだって、酒場のおじさんも言ってた。
アレは覚悟を決めた。
「行こう。リュウホ」
(ああ)
リュウホはアレを乗せたまま歩き出した。
「下りなさい」
ミオンがアレに命じる。
「陛下の御前に虎で向かうとは無礼千万」
(なんだとっ!)
「わかりました」
アレは大人しく従う。
「しかし、幼児の足では時間がかかります。私が抱いていきましょう」
ジュンシーが声をかけた。
ミオンはジュンシーを睨む。
「お前はなぜここにいるの?」
「私は」
「お前は何か勘違いしていない? いくらキリル殿下の信用を得ようとも、後宮に権限などないのですよ」
ミオンは優しく優しく諭す。
そうして、自分の甥の耳元にそっと唇を近づけた。
「恥を知れ」
ミオンは周りに聞こえないように囁いた。
ジュンシーはゾッとして俯いた。
皇帝が帰ってきた以上、後宮で自由にはさせないと言う意味なのだろう。
「じぶんで、あゆく」
アレはまた舌を噛み、顔を真っ赤にした。
茶色いくせ毛の騎士が、アレの前に跪き安心させるように微笑んだ。
「ゆっくり参りましょうね? 足が痛くなったら言って下さいね?」
「うん。ありがとうございます」
ミオンはそのやりとりにイラッとする。
「行きますよ!!」
厳しい声が響いた。ミオンはアレに背中を向ける。
アレはミオンの後ろをついて行った。ジュンシーもその後についていく。
護衛の騎士に挟まれて、広く長い直線の道を幼女が歩く。まるで罪人を連れて行くようで、哀れみの目が向けられた。
茶色い髪の騎士は何度も何度もアレを振り返る。気遣っているようだ。
「なにをしているの! 早くなさい!!」
度々足を止める騎士をミオンは叱責した。
「お急ぎならば、抱いたほうが早いのでは? 幼児の歩幅は大人とは違います」
ジュンシーが言えば、ミオンは軽蔑するような目を向け黙った。
天鉞(てんえつ)楼の階段は一段が高い。アレは手をつきながら、黒く磨かれた階段をヨチヨチと登った。リュウホはアレのお尻を鼻先で押して、登るのを手伝ってやる。
茶色い髪の騎士などは、両手を握り絞め、小声で「がんばれ! がんばれ!」と応援していて、アレは思わず笑ってしまった。
皇帝が使う執務室は最上階の九階にある。やっとの事で登りついたとき、アレのスカートは汚れきっていた。手のひらも汚れている。
パタパタと手を払い、スカートの埃を払う。
泣きもしないその姿がジュンシーには悲しく映り、ミオンには忌々しく思えた。
それも、これでおしまいよ!
ミオンは執務室のドアを開いた。
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