第2話2.ファーストバトル 2


 その瞬間、ミオンの後ろにいたふたりの騎士が、アレとミオンの間に割って入った。言葉の裏の意味を感じ取ったのだ。


「流石に職権乱用です。女官長どの」


 毅然とした態度でミオンをただした。

 ミオンは小さく笑う。


「冗談です。どうせ、アレには意味などわからないでしょう?」


 馬鹿にした目でアレを見た。


 今までは虐待が怖くて何も言えなかった。何をされても笑って我慢するしかなかった。でも、我慢したところで何も変わらなかった。感情と表情を失っただけだった。だから、もう我慢なんてしない!!


 アレは、ケーキの付いた汚れたままの姿で騎士を見た。


「あなたがころす?」


 アレの言葉にふたりの騎士はたじろいだ。三歳の子どもの言葉とは思えなかったのである。


「……ママころした、ばつなの。ママのとこいって、ごめんなさいするの」


 涙をためた瞳で笑う幼子に、周囲の大人たちは涙ぐんだ。

 

 ちょっとあざとすぎたかしら? でもミンミンならこれくらいしたわ!


 アレは内心思う。


 マルファはアレに駆け寄って、抱きしめた。


「姫様のせいではありません! 皇后様は命をかけて姫様をお残しになったのです。姫様が皇后様の元へ逝かれたらきっと悲しみます。そんな嘘を誰が言ったのですか!」


 アレは潤んだ瞳のままミオンを見た。


「うそじゃないもん。にょかんちょうさまがいったもん。ほんとうよ。わたしがわるいこなの」


 実際にアレはそう言い聞かされて、ずっと自分が悪いと思って生きてきたのだ。低すぎる自己肯定感を窘めてくれたのが下町の酒場の人たちだった。


 騎士やメイドたちが疑うようにミオンを見た。


 ミオンは言葉を失った。自分に向かってアレが何か言うことなど今まではなかったからだ。何を言ってもただ笑って、それ以上の虐待から逃れようとした。


 それなのに、今日に限ってなんなの?


「何かの誤解だわ? 子どもだし思い違いか聞き違いでしょう。私はただ皇后様のお墓参りへお連れしようと思っただけよ」

「ほんとうに? つれてってくれるの?」


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 アレはミオンにわざと期待のまなざしを向けた。

 そんなことはできないと知っていて聞いたのだ。アレは皇帝から疎まれている。皇后の死の原因はアレにあると皇帝は思い込んでいる。そんな者を皇后の墓へ連れて行くなど、言い出せるはずもないのだ。

 ミオンはたじろいだ。


「っええ、皇帝陛下に相談させていただきましょうね?」


 ミオンはあくまで優しく答えた。


「ありがとうございます。おねがいします。にょ、にょかんちょうしゃま」


 アレはマルファの腕からでて、床につくばい額を土につけた。噛んだのはわざとではない。

 ミオンとともにやってきた騎士たちがギョッとした顔でミオンを見る。三歳の幼女が土下座をしたのだ。


「アレさま、そんなことなさっては」


 ミオンが慌てて、アレを抱き起こす。ミオンはイライラとしていた。全く予定通りに行かない。

 予定ではここで誕生パーティーを開いていたアレの様子を騎士たちに見せつけ、アレたちは不敬だという噂を立てさせるはずだった。

 しかしこのままでは逆に自分の立場が危うくなる。

 そのイライラをぶつけるように、アレの背中を強くつねった。


「ぃたぁい!!」


 アレは大きく声を上げた。


「あら虫を潰すのに力が入ってしまったようね」


 ミオンは平静を装って微笑みかけた。目で「黙れ」と睨みつける。

 アレの中にいる「悪い虫を殺すため」つねるのだと、ミオンはいつも言い聞かせていたのだ。アレもループ以前はそれを信じていた。そうして、アレにいつも同じ言葉を言わせてきた。

 アレは涙目で笑って、いつも通りの言葉を答えた。


「ありがとうございます」


 ミオンは満足げに笑った。痛みのせいで、いつも通りのアレに戻ったと思ったのだ。


 しかし、今日はいつもと違い、アレは上着をまくり上げ、つねられた場所をマルファに見せた。


「にょかんちょうしゃま、やさしいから、いつもこうしてむしをころしてくれるんです」


 つねった後が、幼児の背中の柔らかい場所に赤く残っている。その痛々しい様子に、騎士たちも驚きミオンを見た。


「あら、間に合わなかったようで、悪い虫にさされてしまいましたわね。力に立てず申し訳ございません。すぐに薬を届けさせます」


 ミオンは何事もなかったように薄く笑って土蔵から出て行った。


「母を偲んでケーキを食べていただけでは不敬とはいえないのではないでしょうか。どうやら乳母の手作りの物のようですし」


 灰髪の騎士がミオンに尋ねた。ミオンはニッコリと微笑んで頷く。


「嘘の情報で謀ろうとしたメイドを処罰した方が良いわね? アレ様に何かあっては遅すぎます」

 

 内心は計画通りにならず忌々しく思っていたが顔には出さず、まるでアレを思いやってのことのようにミオンは答えた。

 ふたりの騎士は安心したかのように頷いた。


「女官長殿、皇后様のお墓参りについて陛下に進言されるのですか?」


 茶色い天然パーマの騎士が尋ねる。ミオンは優しさに溢れる笑顔を張り付けて騎士を見た。


「……そうね、あなたがなさい」


 その笑顔とはかけ離れたゾッとするほどの冷たい声に、騎士の背中には冷や汗が流れた。



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