高校/初冬 完全理解の道は、遠い、けど

 高校生活にも慣れて久しいとある土曜日。

 明日に控えるひいばあちゃんの三回忌の為にサトちゃんが我が家に泊まることになり、久し振りに師弟の豚汁作りが始まる。


「まあちゃん、牛蒡の皮をアルミホイルでムいてくれ。お年頃だからシゴくの得意だろ」

「あのさ、他の親戚もそうだけど、何で昭和のオッサンは下ネタを言いたがるの?恥ずかしいったらないよね」

「俺は平成だぞ」

「嘘つきは舌抜かれますよー」

「うぐっ、ちょっとくらい大差ねぇだろ!」

「せめて和号が二つ存在する年だったら言い訳も通るのにね、残念。はい、口より手を動かす」


 サトちゃんから手渡された牛蒡の皮を包丁の背でこ削ぎ取り、しゃっしゃっ、とササガキにしながら先日あった出来事を思い切って口にする。


「この間、郊外のショッピングモールでレイちゃんに会った。お腹大きい奥さんと一緒だった」

「ビックリだろ、間もなく一児のパパだぞ」

「知ってたんだ?」

「先月の同窓会で聞いた」

「だから驚きもしないのか、つまんないの。……あのさ、聞いていい?北海道に行く時、レイちゃん居たよね?」


 大根を、皮付きのままいちょう切りにするサトちゃんの手が一瞬止まる。


「姉ちゃんに聞いたのか?」

「やっぱりあの時点で知ってたんだ、母さん。〈覚ラレず〉スキルが半端ない」

「ぷっ、何だそれ。まあちゃんはいつ知ったんだ?」

「見たんだよ、出港後に二人が船内に入るのを」

「……マジか」

「当時は内緒にする意味が判らなかったけど、盗み聞きでそういう事なんだなって」

「引くだろ」

「想定内のお言葉ありがとう。その感じだと、サトちゃんは今もあの時と同じ思いだったりするの?」


 ――――当事者の気持ちは判らねぇよ


「 まさか、あんなイキリ方はあれきりだ」

「良かった、説教するの面倒臭いし」

「するつもりだったのか?」

「当たり前じゃん、いい年齢トシしていつまでも異端ぶってたらそれこそ引くよ。俺にとってサトちゃんはサトちゃんでしかないし、嫌う理由にもなりゃしないよ」

「寛大なヤツだな」

「同じ科の女子でも普通に居るしね」

「……まあちゃん、俺は身内だからいいが他所よそでは考えて行動しろよ」

「え?……あ、オレ、土足で…」

「噂話もだ。話が判るからと油断させて悪用する可能性も否定出来ない。慎重にな」


 あの冬に母さんと話した、本人の許諾なしに迂闊に口にしないとの約束。アウティングによる拡散の防止と人権侵害からの保護だけでなく、間違いだらけの卑猥な知識を始めとする危機からの回避の意味もあるのだと知る。


「ごめん、オレ、相当調子に乗ってた」

「口外できない重圧は苦しいだろうが、関わるからには心に留めておいてくれ」


 いつかの様に寛容な笑みで頭くしゃくしゃ攻撃の後、長葱をななめ切りにし始めるサトちゃんが静かに語り出す。


「レイとは葬式の時には終わってた。

 アイツの実家の診療所でお世話になってたんだが、全てを受け入れてくれた家族は現実に抗えず結局うまくいかなかった。お陰でいい年齢トシしてやさぐれちまったわけだ。

 その後、俺は別地に転職したがそれ以来会わずにいて、先日久し振りに話した。今はこっちで伯父さんの病院を手伝っているらしい」

「あのさ、レイちゃんがパパって事は……」

 聞いて、深入りしたことに直ぐ口を閉ざすが、

「俺より救いがある性質だから心配ない」

 サトちゃんが、オレならばと優しく答える。


 でも。

 それはフェアじゃない気がする。

 同科の子は高校で出逢えたらそれは奇跡で、最早運命だと言っていた。ならば、彼女同様出会いが限られるサトちゃんにとってもあれは運命だったんじゃないの?

 それなのにレイちゃんは。

 暫しの無言に乗せてしまった思いを感じとるように、サトちゃんは苦笑する。

「まだまだ青臭ぇなぁ、まあちゃん。全ての恋愛に共通の〈それが俺たちの運命〉ってヤツだろ。初恋は実らないモンだしな」

「……姉弟だね、全部見透かされる」


 あれ、待って、今、何て言った?

 出逢ったのは仕事上だったよね?

 そんな疑問には気付かぬサトちゃんは、たんたん、と人参の頭と尻尾を落とすと珍しく手元に一点集中する。次の言葉を続けるための照れ隠しのつもりだったみたい。


「それに、幸せを掴んだのはアイツだけじゃねぇし」

「はぁ?……嘘でしょ、早く言ってよ、レイちゃんを悪者にしちゃったじゃん!ねぇねぇ、どんな人なのか見せてよ。どうせ馬鹿みたいに同じショット撮りまくってるんでしょ?―――っていうのは恋バナだからセーフだよね?」

「馬鹿とは何だ、言葉を選べ」

「はいはい、いいから見せる!」

「コメントは要らねぇからな」

「何でさ?……了解、無言で訴える」


 オレが鍋に材料をぶちこみ粒だしと水を注ぐそばで、やれやれと溜め息混じりにスマホを操作する。


「ほらよ」

「……サトちゃん、言っていい?」

「ダメだ」

「……サトちゃん、言うよ?」

「やめろっつったろ、コメント」

「……サトちゃん、言うね?」

「絶対、許さねぇからな!」

「きのこ好きだね」

「はぁ?こ、この画像じゃねぇよ、こっち!何でだよ、もう。これは何処から見ても風が吹いて偶然なっただけだろうがよ」

 あはは!狼狽えるサトちゃんは久し振り。


 写真の男性ひとは、シャープな目元を眼鏡と長めの前髪で隠す辺りがちょっと頼り無さげな雰囲気を醸していて、お節介焼きさんの心を間違いなくくすぐる感じ。無理矢理要求されたと思しきキュンポーズに照れ感満載なのがオレから見ても可愛らしく写る。

 っていい年齢トシの兄ちゃんだけどね。

「見た目に騙されんなよ。年下の癖に言動が容赦ねぇし、年上を敬うことを知らねぇヤツだからな。小言は多いし、細かいし、冷静すぎて一人盛り上がってんのがバカみたいに感じるし……」


 何ということだろう、まさかのオッサンののろけ話が始まった。


「……だが、オレの求めるものを1000倍にして与えてくれる、世界一安心できる存在だ」


 レイちゃんとの繋がりを遥かに越える絆が結ばれているならもう安心だ。


「オレはとうとう二番手かぁ、お役御免で助かった!下ネタおやじと生活を共にするなんて尊敬しかないからよろしく言っといて」

「全く、一言多いヤツめ。まあちゃんはどうなんだ、モテるだろ?」

「まあね。でも高校では作らないよ、守りきれないものを持っても迷惑かけるだけだし」


 オレは高校でも中学以上のにいる。

 ひとつを守るだけで精一杯だ。


「勿体ねぇなぁ、好みのタイプは?」

「そこ聞くの?そうだなぁ。おっぱい大きめで優しいお姉さんかな。口元か目元にほくろが有ったら尚いいね。で、って呼んで貰う。けんちゃんとアッキーにしか使わせてない特別な呼び方で」

「やっとDK感出したな、安心したわ」

「あー、しまった、移ったよ昭和病!いつかラブショット送るからお楽しみに」

「早く来ねぇかな、待ち遠しいわ」

「アホだね、昭和オッサンは」

「うるせぇ」


 具材に火が通った鍋に味噌を溶くと、ガチャン、と玄関の鍵が開く。

 買い出しから両親がお帰りだ。

「「二人ともありがとう」」

 父さんと母さんが鍋を覗き呟く。

「んー、今回も豚汁のトンちゃんはどこかな?」

 あ、やべ、入れるの忘れた!

 またやっちゃったね、師匠。



〈了〉

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