バイトはクビになるし大学ではボッチだし、でも意識だけは高いワナビな僕が煽り女と民俗学サークルを作るのだ!~行け、マヨイガ探索隊~

なつくもえ

プロローグ


 ガッシャーン! と、器の割れる音が響く。

 

 忙しなく動く皆の目が向いてくる中で、僕は氷の中にでも閉じ込められたように思考も身体も停止している。

 床にバラまかれたスープ、麺、具材。そしてドンブリのかけら。

 時刻は午後八時。客席は仕事帰りのサラリーマンや大学帰りの学生などで埋まって、ひと際忙しくなる時間帯。


 ……よりにもよって、何でこんな時に、僕はこんなミスをしてしまうのか。


 瞬くような意識の空白のあと、自己嫌悪と後悔の嵐が襲ってくるが、それは


「――何やってんだ! ガリクズ!!」


 という、パツキン先輩の怒声で吹き飛ばされた。


「――! すみませんっ!!」


 電撃が走り、動けるようになった身体でどんぶりをかき集めようとする。


「バカやろう! 素手で触るな!! ――片づけよりも先に代わりのラーメン! モップで端寄せて動線確保! さっさと動けっ!!」


 がなり声の指示と共に周りの同僚たちがカバーに動き出す。

 僕は厨房端にあるモップを取りに向かうが、すでに後輩の子が行っている。


「あ、あ、あ、も、も、モップ……」

「いいですよ。俺、やりますから」


 冷たく言って、カオナシのように棒立ちする僕には目もくれず、後輩の子は手際よく僕がぶちまけたどんぶりとラーメンを端に寄せる。

 そして周りは僕のことなど眼中にないように機能的かつ機械的に動き続ける。


 ……どうして、そんなに効率よく動けるんだ? 

 ……どうして、僕にはそれができないんだ?


「――ガリクズ! お前もういいから器洗ってろっ!!」


 先輩の怒鳴り声にビクリとし、僕は逃げるように食器洗い場の前へと行く。

 大量に運び込まれてくる器を軽く水洗いして食器洗い機につめ込んでいると、瞳からポロポロと涙が零れてきた。


 ……何で僕は……どうして僕は……こんなにも……。


 胸は張り裂けそうで、呼吸はまともにできなくて――それでも手だけは動かさねば。

 この手を止めれば、僕はもう本当に動けなくなる。


「……使えねー」

「……向いてねーんだよな、アレ」

「……何であんなの雇ってんだよ、店長」


 微かに聞こえる同僚たちの囁き。それを背に受けて、僕は心を丁寧に丁寧に小箱の中へしまい込み、思考することを放棄したのだった……。     

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