第8話。カロリーハーフと三倍濃縮

「サバの味噌煮というとサバを味噌で煮ているわけなのだけれども」


「そうだな」


「でもサバを味噌で煮ているというのなら味噌でサバを煮ているともいえるわけだろう?」


「そうだな」


「ならサバで味噌を煮ていると言っても過言ではないと思うのだけれども」


「過言ではないけど過言だろうな」


「そうなのかい?」


 会長はそう言いながらサバの味噌煮を上手いこと一口大に箸で切り分けてはこちらの口元へと運んでくる。


「何だ。食っていいのか」


「いいのだけれど」


「いいのだけれど?」


 そう中途半端に区切られると食べるのを躊躇してしまう。


「……あーん」


 しばらく視線のみで攻防を繰り広げては無理やり口を開けさせようと接近してくるサバ。


「……まあ、別にいいけどな」


 口を開けては落下してくるそれをしっかりと口の中へと収める。


「うん。美味いな。しっかりと味が染みてる」


 シンプルにして至高。会長の料理は何度か食べているものの、食べる度にその腕の高さを実感させられるのだから驚きだ。


「君の好みというものが少しだけ分かってきた気がするよ」


「そうか?」


 意外と濃い目の味付けの中に感じられるほのかな風味。何かは分からないが後味がとてもすっきりとしている。


「金髪ツインテール、とかだろう?」


「いやどんな好みだよ」


 とりあえず会長の作るサバの味噌煮よりは味が濃い目のものに違いない。


「なら幼馴染ポニーテールとかかい?」


「どんな印象を俺に持ってるのか知らないが幼馴染がまずいないからな」


「私がいるじゃないか」


「そうだったな」


「やだなあ。ちょっとした冗談だよ」


 適当に乗ってはみたものの、といったところであろうか。会長のその口ぶりからしてどうやら幼馴染という枠組みには収まる気はないらしい。


「なら何なんだ?」


「私は会長さ」


「だろうな」


 会長が会長以外の会長だったらなどと、それはそれで見てみたい気もするが、今更になって会長に成り代われる会長が現れたとしても自分にとっての会長は会長になるのだろう。


「まぁ、それも仮の姿、なのだけれどね」


「仮の姿?」


 何だそれはと眉を吊り上げては目を丸くして見せる。


「あくまでも私は君のパートナーということさ」


「またえらく広い横文字を用いたもんだな」


「でも間違いではないだろう?」


「さぁな」


「ふふっ。君は本当にその三文字が好きだよね」


「そうか?」


「それも良く聞く三文字だよ」


「そうか。そうかもな」


 言われてみればそんな気がしてくるのだからあながち間違いでもないのだろう。


「君は……」


「何だ?」


「いや、私たちは学生だからね」


「あぁ」


「いつかは卒業しなくちゃいけない」


「あぁ」


「……君は……」


 会長は何かを言いかけては静かにその先から目を逸らすように口を閉じる。流石に付き合いもそれなりになる。会長の言いたいことは、言おうとしたことについては何となくだが分からないでもない。


「まぁ……何だ」


 会長のどことなく寂し気な横顔を前に、いつもの調子で開きかけた口を閉ざしてはふと、少しだけその後の顛末について考えを巡らせてみる。


 何も難しい話ではない。こちらの声に対する会長の反応、変わらない過程、行き着く結果。くだらない憶測だが、こちらが答えを出したところで解決にならないのは明白だ。会長自身それを望んでいないことは見ていればどことなく分かる。


 会長の機微の変化が変に分かるようになってしまったがために足踏みしているわけだが……。それにしてもとこれは成長と呼んでいいものなのだろうか。まるで進化の過程で捨てた何かを退化で取り戻しているような。二歩進んで三歩下がっているのに必要なものは一歩後ろにあったかのような奇妙な感覚だ。


「時間みたいだね」


 会長に指摘されてようやく胸元で震えている携帯に気付かされる。どうやら自分でも気づかないうちに考えに集中し過ぎていたようだ。


「ごちそうさま」


 両手を合わせては食後の挨拶を済ませる会長。いつも通りの光景といえばその通りなのかもしれない。胸元から取り出した携帯のアラームをそっと止めては、また胸元へと仕舞いこみながらおもむろに口を開く。


「ちゃんと食べないと午後に響くぞ」


「君……」


 こちらの言葉に会長は目を見張っている。


 どうやらただの当てずっぽうも経験からくる憶測と合わさればたまには真実に行き当たることもあるらしい。正に今の状況を芯を食ったとあえて表現するのならば、以前の自身を思えばこそのホームラン級の快挙だろう。


「そういうところだけは目ざといんだね」


「さぁな」


 偶々バットを振ったところに会長がボールを置いていた。


 言ってしまえばただのまぐれであり会長のファインプレーなのだが、それでも会長は嬉しそうなのでそれ以上は野暮というものだろう。


「女の子には言わなくても分かる時でもたまには言葉にしてもらいたいときもあるんだよ?」


「女の子? どこに居るんだっていたたたたたた――!」


 鼻を思いっきり摘ままれては危うく顔から離陸しそうになる。


「お前……」


「私は君のことを――……」


「何だ?」


「バカ」


 バカバカバカ――。会長はこちらの脇腹をつまんでは不服の意を表明している。


「はははっ。まぁ、何だ。卒業ってのは何も悪いことばかりじゃないだろ?」


「……一応、どういう意味か聞いてもいいかい?」


「終わりよければすべてよし」


「ダメじゃないか!」


 会長の痛烈な拳が腹部に振り下ろされる。ただそれはあくまでも形だけだ。


「まぁそういうなよ。終わるってことは始まるってことだろ?」


「……一応――! 何が始まるのかだけ聞いてあげてもいいのだけれど?」


「例え味噌でサバを煮る時代が終わったとしても、それはただサバで味噌を煮る時代が来たってだけで……」


「君――」


 会長の視線が刺々しい。


「まっ、まぁ、何だ。言いたいことは分かるだろ。終わるとしてもそれまで積み上げてきたものが無くなるわけじゃない。学業と一緒ってことだな」


「……もっとわかりやすくいいなさいよっ!」


 会長は何故か両手でもって両サイドにその長い黒髪を束ねては、どこかで見たことのあるようなツインテール風を再現している。


「べっ、別に会長あんたのことなんて全然好きじゃないんだからねっ!」


「ばーか!」


 こちらのテンプレ通りの応戦に会長はぷいと顔を背けてはそのままの体勢で弁当箱を開け始める。どこまでが演技でどこまでが本気なのか分からないが、意外と会長はこちらが知らないだけでツインテールよりもツインテールなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る