第4話
「そ、そんなことお義父様がお許しになるはずないわ」
焦ってどもってしまったのがバレていないといいが。
「お前、話を聞いていたか?もう婚約は破棄され、一年の猶予期間後に俺の花嫁になる。それが新たな決定だ」
「……そんなこと」
許されるはずがないと言葉を飲み込み、本当だったらどんなにいいかと思う。
が。
このフォールの態度はどうなのか、とふと気になる。
曲がりなりにも、今、私は想う相手からのプロポーズを受けたはずだ。
フォールからすれば愛しい人に結婚の約束をする大切な瞬間ではないのか?
ならば、プロポーズをした愛しい相手にこの態度は如何なものかと、疑問に似たどうでもいい怒りが湧いてくる。
「フォール。あなた、私がその決定を黙って受け入れると思うわけ?」
「な、に?」
「随分知恵を回したようだけど、私があなたの妻になると思うの?」
形勢逆転だ。
悠然と微笑み、勝利を確信していたフォールの顔色が僅かに変わる。
対して、勝ち誇った笑顔を浮かべ態度が大きくなる私。
「キャル。結婚っていったらさっき俺と抱き合ったくらいのことじゃ済まないんだぞ。こんな話もしたことがないような阿呆とそんなことが出来るのか?」
「結婚ってそういうものでしょ。大体、なんでその解決策がフォールと結婚なのよ」
「なんでって、それは…お前が…」
「私が何よ?」
「俺の許可もなく結婚するとか」
「だから、私の婚約は陛下が決められたのよ?フォールの許可は要らないでしょ」
完全に押し黙ったフォールを見て、不敵に微笑んだ私は逆転を確信する。
って、勝ってどうする?!こんな会話、この婚約話でもなければすることはなかったのに。
……こんな相手の気持ちの探り合いみたいな会話、今までしたこともなかった。
私がフォールを好きなことは置いておいて、結婚を反対したっていうことはもしかしてフォールは私のことを好きなのかしら?と期待を膨らませる。
俯いてしまったフォールを見つめ、言い過ぎたかと内心ちょっと焦っていると気持ちを立て直したらしい彼と目が合う。
「確かにお前の結婚に俺の許可は要らないな。だったら俺の結婚にもお前の許可は要らないことになる、な?」
「ん?」
フォールが何を言おうというのか分からず、口を挟めず黙る。
「さっきお前が返事をしなかったのがいい返事だ。黙って俺の妃教育を受けろ」
(全く以て……意味が分からないわ)
「フォール……。王子で、それだけ見目も良くて、なのにあなたがモテないの、今分かったわ」
「…は?」
「あなたこそ、今の自分の状況分かってる?」
「……?」
「私に自分の妃教育を受けろって言ったわね?」
「あぁ」
「あなた、私にプロポーズしたのよね?」
「っ?!」
「結婚を申し込むならその態度は断られて当然よ」
今度こそ本当に心底驚いた顔をしているフォールを見て、私は心の中で完全勝利宣言をする!
っっって!だから勝利してどうするのって!!
さっきも思ったじゃない!!
あ───……。
我が愛しの銀の妖精が混乱しているわ。
ま、これはこれで珍しい……。
って、だ─か─ら─ぁ─!私!しっかりしなさい!フォールに見入っている場合でなく、反省を全く生かせない自分が本気で情けない。
素直になれない自分も大概なのは認めよう、でもそれこそ一生を決めるプロポーズならサプライズばっちりでシチュエーションも完璧に、愛しい相手から跪いてもらいたいと思うのが乙女の夢よね?
だったら、この有無を言わさぬムードもへったくれもない最低なプロポーズをするフォールに、物申してていいのよね?
あれ?長年の片思い拗らせ過ぎて対応が間違ってる…?のかしら?
ん?
ちょっと待って?
完璧なプロポーズなんて、そんなこと夢に見ていた乙女だった?私。
貴族の娘なら政略結婚は当たり前だから……求婚して貰えただけでも有難いのかしら?
こっちはこっちで色々と考え込んでいても、私の言葉に相当なダメージを受けたらしいフォールは、凄い険しい顔で私を睨んでいる。
ただその相手である私は売り言葉に買い言葉ではないが、フォールの売った結婚申し込みを有難く買い取るのではなく叩き返し、叩き返したらフォールと結婚出来なくなることに気付いて、改めて只今絶賛胸中大騒動中なので彼を見るどころではない。
「……お前。自分が何を言ったか分かるか?」
「……あなたこそ何を言ってるか分かってる?」
お互いに不敵な笑みを交わす。
あぁ。
今の精神状態を絵師が描いたら、まず間違いなく私とフォールはお互いの両手をがっちり組んで譲らぬ一線を掛けて戦っているところでしょうね。
「いいか。お前が阿呆と結婚しないよう俺が助けてやるんだぞ」
「いいえ、違うわ。素直に私と結婚したいって言ったらどう?」
「お前こそ俺と結婚したいって言ったらどうだ?」
「!?」
フォールの言葉に一瞬、言い返すことが出来ずに顔が熱くなった。
「…どうした?」
「なっ!なんでもないわよ!」
今更返答を返したところで動揺は隠せない。
「でもお前、顔が真っ赤だぞ」
「?!別に!」
「それが別にって顔か?」
冷静に返され、フォールの手が私の頬に伸びる。
私は思わず反射的に目を瞑り、身を引いてしまった。
「……何だ、それ」
フォールの声が一段下がる。
心配して伸ばした手を拒否られたのだから怒ったのかもしれない。
これはもう話にならない。
一旦撤収して、改めて話をしに来た方がよさそうだ。
と勝手に私は判断し、フォールに背を向ける。
両手で頬を覆い部屋の扉へと向かう。
「おい!」
背中にフォールの声が掛かるが無視してドアノブに手を掛ける。
だが、長年の片思いが駄々洩れした情けない自分を唯一救ってくれる扉は、フォールの手により押さえられてしまった。
「まだ話は終わってない」
「……」
「キャル。ここにきての無視はないぞ」
「……だって」
小声になった言葉をフォールが聞き返す。
「何?」
「だって、フォールは私が好きなんじゃなくて助ける為に結婚するんでしょ?!私が頼まないと結婚しないんでしょ?!」
本当にずっと滅茶苦茶だ。
フォールに自分の婚約の停止を問いただしに来たのに、正式なプロポーズをされたくなったり、フォールの言葉に勝手に傷付いて突然泣き出せば、さすがのフォールも押し黙る。
「……俺が泣かせてるのか?」
「……他に誰がいるっていうのよ」
「……分かった……降参だ」
大きく息を吐き、でも跪きはしないぞ、と前置きをしたフォールの顔が私の目の前に寄せられる。
「キャデル・シャラ・エクール・カルディア。俺の生涯の愛を誓う。……我が妃に」
聞こえた台詞に勢いよく彼を見上げる。
真っ直ぐ私を見つめるフォールの瞳に自分が見えた。
時が止まったような感覚に頬を覆った手が震える。
「……はい」
絞り出した返事は掠れて、小さくて彼に聞こえただろうか。
耳に届く心地いいフォールの声に、何の気負いもなく素直に返事が出た。
「ふ、……最初から素直であればいいものを」
素直に返事をしたのに。
こんなに柔らかい微笑みで見つめられたことなどないのに。
言った言葉はやはりフォールである。
折角の甘い雰囲気が壊れそうになったので、えいとばかりにフォールの頬にキスをする。
(ほら、突然のことには誰でも驚くものよ)
フォールに傾きそうだった優勢をこちらに戻そうとした、ちょっとした仕返しのつもりだった。
驚いた顔のまま私を凝視するフォールに笑みを返す。
─────あれ?
フォールの顔が妖艶な笑みを取り戻す。
何か、また、私が間違ったのかもしれない。
背中は開くことがない扉。
顔の両脇にはフォールの腕。
絶対に逃げることの出来ない体勢で、こんな間近に私の愛する造形美……
「これからは遠慮なく愛情を示さないとな」
蛇に睨まれた蛙……否。悪魔に微笑まれた鼠。
ゆっくり近づいてくるフォールの顔をいつまでも見つめながら、またそんなどうでもいいことが浮かんでくるが、なお近づいて来るフォールの顔に鼻がぶつかりそうになって、私も目を瞑ったのだった。
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