第2話
「え?フォールが?」
「はい。昨日陛下にお約束を取り付けられたそうですよ」
まさか。
と思うが、小さい時より自分の世話をしてくれている侍女のクレアが嘘を言うわけがない。
今朝は昨日泣き腫らした顔をフォールや両親に見られたくなく自室で朝食を摂った為、太陽も昇り切ったこの時間にだらだら身支度をしている。
普段なら、他の国の王室は分からないが我が王家は極力家族全員で食卓に着く決まりがあり、王女たる自分は準備が色々あるので実はめちゃくちゃ早起きをしている。
たまに公務がない日などはお寝坊をしたくもなるが、公務で忙しくなると何日も互いに会えないことがざらなのを、子ども達より両親の方が先に寂しくなり決めた約束だ。
よもや今更一人「別で食べたい」など言えない状態だ。
いや、そんなこと言わなくてもいいくらい仲がいい家族なので思ったことは実際にはないが。
私に与えられている部屋は、家族の中で一番小さい自室だがそこは王宮である。
普通に庶民の家、一軒より広い。
調度品も華美なものでなく落ち着いた一級品ばかりが置かれている。
だから物理的なものは勿論、寂しい思いも不自由をしたことは一度もない。
お母様の連れ子で、王家の血が入っていない私に王女としての教育を受けさせてくれ、自分の息子と同じくらい愛情を与えてくれる陛下が義父で本当に良かったと思っている。
顔だって、フォールにあと二十年落ち着きを兼ね備えて優しい雰囲気を加えたら…という感じなので、治世も見た目も含めて王様として国民から愛されてる。
……それに引き換え、フォールのあの滲み出るふてぶてしさは……。
顔が綺麗なだけに迫力が増す。
普段は鑑賞対象として素晴らしくとも、王子、王女としてセットで並ばされることが多いから隣にいれば比較されるのが最近地味に嫌だ。
そりゃ私だって、一般的に見たらかなり可愛い方に入る。……つもり。
例え平々凡々な甘茶の髪に、アーモンド色の瞳だとしても。
お母様だって侯爵家令嬢として厳しく育って、今王妃の立場でも陛下に引けを取らぬ美貌と知性で陛下を支えている。
でもお母様の隣にはフォールはいない、ってところが大きい。
フォールに負けずと様々こなしてきて、王女としてのスペックはハイレベルでも、フォールが持つ滲み出るふてぶてしさをカバーする顔面力は私にはなかった。
だから血筋もそうだけど、いずれフォールの隣には私のような子じゃなく、大人しい可憐な子がくるだろうと諦めていた。
諦めていたからこそ、自分しか分からない胸の内で盛大に恋をしていた。
だから昨日、陛下から言われた婚約の話もすんなり受け入れたのだ。
それが、本人を差し置いて反発したのがフォールとは……
やや太めのクレアが細々動き回っているのを鏡越しに見る。
彼女の仕事ぶりは言わずもがな完璧で、髪を結い終えたそばからドレスや小物を用意している。
今日は用事がないからコルセットもしないと伝えてあるので、王宮の侍女たちが来ることもない。
クレアが何でも出来るお陰で、王城の侍女たちが常に部屋におらずとも快適に生活が出来る。
元々母の実家で母の侍女をしていた彼女は母と同年代で、外見こそ大きく違うが私に対する愛情は母と同じくらい貰っている。
だから十年前に母と王城に上がった際についてきてくれたのだ。
もちろん母が王妃になってしまったから、それまでの生活が一変してしまい、簡単にお母様に会うことがままならなくなった幼い日々の中、実の母以上に側にいてくれた人だ。
そんな彼女を眺めながらフォールの行動を考える。
昨日、自分が婚約したことをフォールに告げたわけだが、どうやら自分のところから去った後、直接父親である王陛下に話をしにいったというのだ。
私の婚約を差し止める為に。
……何の為?
キャデル・シャラ・エクール・カルディア。
これが十年前からの私の名前。
義兄の名はフォールブラッデイ・フォン・ウォル・エクール・カルディア。
本名はもっとちゃんと長いが、大きくなっても覚える気はない。
本人だとてそれこそ結婚の宣誓書ぐらいのものでなければ本名など書かないであろう。
それがこのカルディア国の王太子だ。
お母様の再婚相手が国王陛下だったから、必然で王太子と義理の兄妹になった。
誕生日は二か月しか違わない。
お母様と陛下は元々私のお父様も含めた三人で幼馴染みだったそう。
そこにフォールのお母様が嫁いで来られて仲良くしていらっしゃったみたい。
でもフォールのお母様はフォールを産んでからの肥立ちひだちが悪く、長く臥ふせっていたところへやはり残念なこととなり、同じような時期に私のお父様も馬車の事故でお亡くなりになったと聞いた。
大切な人を次々と亡くしたお母様達は前よりも一層支え合って、今の家族の形になる決意をしたそう。
ただ幼かった私がお父様を覚えているかというと正直、断片的にしか思い出せない。
それよりも、新しく出来た美しい義兄の方が自分にとっては大きなことだった。
初めて会った日から今日まで思い出にはすべてフォールがいる。
普段喧嘩をしていてもいざとなれば彼なりの、素直でない優しさでも私には分かる幸せが溢れた思い出ばかりだ。
王宮で同じ年で遊べる子どもがいただけでもラッキーなのに、いつまでも見飽きないあの見目麗しい顔は時々口を開かなければ…と幼心に本気で思いつつも、初めて暮らす王宮の生活に楽しさを大いに与えてくれた。
そう。
そんな喧嘩してても仲がいい、二人の関係を私が昨日壊した。
いつもであれば何か憎まれ口を叩いていく彼が、何も言わずに私の前から去って、初めて本当にフォールを怒らせたのだと思い知った。
(なのに……)
お義父様に私の婚約の取り止めを願い出るなんて……
私への新しい嫌がらせにしては度が過ぎている。
そんな考えもしてみたが、やはり普通に考えてもフォールの意図が分からない。
ならばフォールに直接聞くしかない。
クレアに身支度の続きを急ぐよう頼み、フォールの自室に行くこと決めた。
◇ ◆ ◇
気が焦っていても王宮内を走ることは出来ず、出来る限りの早歩きでフォールの部屋の前まで来る。
勢いそのままに掴もうと思った扉のノブが、これまた勢いよく無くなり、重心を掛けてしまった前に思わず倒れ込む。
倒れた!と思い目を瞑ったが、床に当たる痛みが来ることはなく、反対にしっかりした何かに包まれた。
「…っお前。危ないだろ!」
目を開ければ、しっかりした何かはフォールの腕の中だった。
「っ!そっちが急に開けたんでしょ」
いつも通り言い返すが、ノックもせずに開けようとした自分が悪い。
瞬間的に自分の非に気が付くが、言い返した後ではバツも悪い。
黙ってフォールを見上げれば、フォールもまた私と身を離すことなく黙って見つめてくる。
あれから十年。
出会った日に私が一目惚れをした銀の妖精は、そのままの美しさを保ちながら年相応に凛々しく艶やかに育った。
久し振りに間近で顔を見たが、息を飲むほどの顔だ。
ダンスをする時より体を密着させた為、その逞しい懐が心地良い。
なにやら爽やかな香りもするような気が……
「な、なによ」
なのに、私といえばこんな体勢で照れ隠しの可愛くない口をきいてしまう。
自分が恨めしいが、仕方がない。
私とフォールはそうしてきたのだから。
だからこそ、こんな抱き合ったまま部屋の入り口にいるべきではない。
王子、王女の立場もあるが、私たちにはこんな近い距離はあってはならない。
フォールの出方に身構えていると、大きな溜息を吐かれ、やっと自由の身になった。
が、珍しく差し出されたフォールの手に驚く。
驚いたままフォールの手と顔を交互に見て、ならばとこちらも手を重ねる。
私の手を握るとフォールが扉を閉めながら言った。
「丁度よかった。お前に話がある」
私を見ずに告げたその台詞は、エスコートされる私の背中の後ろで閉まった扉の音を、殊更大きく響かせたような気がした。
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