24 暗闇を抜けて

 ガタンゴトンと規則的な音を立てながら街明かりの中を駆けて行く。一つ前の駅でたくさんの人が降りたからか、車内には静寂が訪れた。心地の良い揺れと適度な静けさが手を組んで、上手い具合に眠気を刺激してくる。

 欠伸が出そうになってどうにか飲み込むと、完全に眠ってしまったエヤが車体が跳ねるのと同時に膝の上にごろんと落ちてきた。


「疲れちゃいましたかね」


 それを見た直音さんが声で起こしてしまわないように小声で囁く。


「朝から晩までですからね。こんなに一日中遊んだのは久しぶりだと思います」


 エヤが座っている反対側となる左腕には、エヤと同じ寝息を立てているミケが寄りかかってきていた。穏やかに眠る二人を見ていると、まだ家についたわけじゃないのに今日が無事に終わりそうな気がして一安心してしまう。


「樫野さんは大丈夫ですか? ふふ。二人の面倒、すごくよく見てましたもんね。二人も樫野さんがいるから安心しきっているように見えました。信頼されているんですね」


 ストールを畳む直音さんが少し下を向くと、朝見た時よりも癖がうねってきた髪の毛が肩から流れ、彼女の横顔を隠す。


「小さいころから妹のことも同じように見ていたので、その名残ですかね」

「ああ。なるほど。心寧さんは……二つ下でしたっけ? ふふ。樫野さんはお兄さん気質ですね」

「言っても年も近いので、揉めることの方が多かったかもしれないですけど……。でも、やっぱり二人分に意識を向けていないといけないのは慣れなくて、なかなか大変です」


 ぐっすり眠る二人の頭を見下ろし、寝息で上下する呼吸につい目元を緩める。うん。危ない瞬間もあったけど、そこまでのトラブルもなくて良かった。二人も楽しんでくれたみたいだし。

 花火を見終えて瞳の中にそのままきらめきを残していた二人の表情を思い出し、クスリと笑った。


「……はい。大変ですよね。でも、きっと良い思い出になります。二人にも」

「だといいですねぇ」


 修行に関係あったのかは分からないけど。こんな遊んでばっかりだとマーフィーにまた怒られるかな。

 ふとあの鋭利な眼差しを思い出して眉をひそめる。

 一抹の不安を覚えていると、直音さんが大きく動くのが視界の端に映った。落ちた髪を耳にかけ直してストールを鞄へとしまう。その流れるような彼女の仕草を何ともなしに見ると、それに気づいた直音さんがはにかんだ。

 彼女と目を合わせたまま、ふと頭に浮かんできた思い出が自然と喉を通っていった。


「小さいころ、水族館に行ったときに心寧がイルカに襲われたことがあったんですよ」

「えっ? お、襲われた……?」


 直音さんは目を丸くして戸惑うように前傾姿勢になる。


「あ、襲われたって言っても、あの、有料で出来るふれあいの機会の時に、イルカがちょっと元気すぎただけなんですけど。握手した後にバシャって勢いよく潜り込んで、水しぶきを上げながら回転した後で、また顔を出してくれて。イルカのサービスだったのかなーって思えるんですけど、心寧も小さかったから目の前で大胆に動くイルカにびっくりしちゃって。水を浴びて攻撃されたって思ったみたいです」


 当時のことをうっすらと脳裏に浮かべると、ぽかんとして親友に裏切られたみたいにショックを受けていた心寧の迫真の表情が蘇る。

 直音さんは、なるほど、と言った後に幼い心寧の気持ちを気遣うように眉尻を下げて控えめに微笑む。


「小さい頃って本当に見えている世界が違うし、どことなく無敵な気がして、怖いもの知らずになっちゃいますよね。まだ何も知らないからこその特権というか……。心寧もきっと、思っていたイルカの姿とは違って、ささやかな洗礼を受けたんだろうなって」

「そうですね。ふふふ、ちょっと羨ましいです。たくさんの白紙を持っているのって」


 エヤとミケのことを見やり、直音さんはゆっくりと瞬きをした。


「心寧にとっては微妙な思い出かもしれないけど、でもやっぱ、ふとした時に思い出すと懐かしくて。俺にとってはいい思い出です」


 二人のことをじーっと見つめている彼女の瞳に向かって、俺は一度息をのみ込んだ。


「直音さんは、小さいころに行った印象的な思い出とかありますか?」


 時計の針みたいに一定の間隔で自分の鼓動が鳴っているのが意識できる。歓迎できない緊張感に、俺はこの問いに瞬きが止まった彼女のことから目を離さないように精神を正す。

 直音さんは二人を見ていた視線を一度膝に下げ、その上に乗っかっている鞄とお土産の袋が振動で揺れるのを見つめていた。

 直接的に聞いたわけではない。

 でも彼女の家族の話を聞けるかもしれない。

 微かな期待と訂正したい弱気な心がせめぎ合う中ただ彼女の声だけを待つ。

 直音さんの視線は向かい側の窓へと上がっていった。そこにはもう誰も座っていなくて、真っ黒な世界が感情もなく通り過ぎていく。


「…………私、は……。そう、ですね……。小さいころ、一度だけ両親と遊園地に行ったことがあります」

「遊園地、ですか?」

「はい」


 直音さんは俺の方を見て笑う。でもその輪郭はぼやけていて触れたら煤のように消えてしまいそうだった。


「家族でお揃いの服を着て、カチューシャもつけて……ずーっと手を繋いで園内を歩き回りました。アトラクションもすべて制覇する、って気合いを入れて。ちょうどクリスマスだったんですけど、後ろの方からショーも見て。その金色に輝く世界が、本当に綺麗で、優しくて……私はきっと世界で一番幸せだって、その時思いました。隣にいる両親も笑っていて、それもまた嬉しかったんです。すごく楽しかったなぁって、ずっと覚えている思い出ですね」


 声色は淡く、まるでおとぎ話の世界を語っているような様子だった。

 直音さんは唇を結び、鞄の上で両手の指をきゅっと絡めた。指先の爪はピンクというよりは紫で、体温が行き届いていないことがはっきりと分かってしまう。


「…………樫野さん」


 彼女の声が色を得たように濃くなったような気がした。俺は思わず浅く息を吸い込んだ。


「私の病気のことって……聞いていますか?」

「え…………?」


 猫だましにあったような感覚だった。

 声とも息とも判断できないものが口から出て行き、彼女は渇いた空気にこちらを見る。


「風見先生と樫野さん、仲が良いって聞きました。……だから」


 彼女の瞳に力が入った。何かに怯えているようなそんな表情に喉が絞まるような苦しさを覚える。


「仲が良いってほどでは、ないと思うんですけど……」


 実際に行きつけの定食屋と職場が同じだけだ。仲が良いなんておこがましい気がするけど、もしや先生が言ったのだろうか。

 直音さんは俺の回答に視線を外して自らの指先を見やる。


「この前の診察で、先生、少し様子が違ったから……。そうしたら、樫野さんの話をしてくれて」

「…………話?」


 まさか彼女の家族の話を聞いたことを先生自らが白状したのか?

 妙な罪悪感がこちらへと急いで走ってくる気がした。


「はい。前に樫野さんと帰っているところを見たって言われて、お友だちなの? って……。ふふ。先生、樫野さんのことすごく褒めてました。良い奴だけどゲームばっかしてるから、そこは見逃してあげてねって」

「……風見先生、一体何を話してるんだ」


 思っていたのとは違ったけど、それでも先生の評論に反論も出来なくてついため息が出て行った。


「それで……私のことも、聞いているのかなって思って……」


 本題に戻った直音さんは、いよいよこちらが見れなくなったのか完全に顔の方向を正面へと向けてしまった。きゅっと結んだ唇に意思を込めて、緊張した面持ちで車窓ばかりを追い続けている。


「いいえ……聞いていません。先生も、プライドがありますし、守秘義務だってありますからね。そう簡単には教えてくれません」

「………………そうですか」


 指先に入っていた力が抜けて崩れていく。俺はそんなさり気ない彼女の心模様の跡ばかりを探してしまった。


「だから、俺は直音さんのことを全然知りません。……情けないことに、聞く勇気すらすぐに引っ込んでしまって……。直音さんのこと、もっと知りたいのに」


 直音さんの頭がゆっくりと下がっていく。俯く彼女の表情は何を描いているのだろう。俺にはそれを見ることは許されていなかった。


「私…………」


 彼女の声はすれ違った電車の音でかき消えてしまう。反対側を目指す車内にも人は少なく、皆一様にスマホに夢中になっているだけの光景が瞳にこびりついた。

 直音さんは通り過ぎた電車と入れ違うようにして顔を上げ、凛々しい顔つきで俺のことを見やる。


「私、急性肝炎なんです」

「え…………?」


 直音さんの表情はしっかりとしていて絵画に描かれた英雄のように真っ直ぐだ。でも瞳は震えて、眉に力が入っているのが分かる。


「五か月前に発症しました……。だいぶ持ち直したりもしたんですけど……でも、やっぱり、駄目みたいで……」

「駄目……って……それ……」


 直音さんの表情がまた下がり、瞼が伏せられていく。でも俺は、彼女が勇気を出して告白してくれたというのに、彼女が言ったことがまだ脳内で処理しきれていない。

 すかさず風見先生の言葉も耳に戻ってきて、俺の中で一つの結論が導き出されてしまう。なのにそれを受け入れたくない。まだ受け入れなくてもいい。その時点で俺は、都合の良い希望だけを見ていた。


「……風見先生は、とても優秀な医師です。彼に救われた患者さんは多い。彼を尊敬する人だってたくさんいる。でもそんな先生が俺に一つだけ答えを求めた。こんな、先生とは比べ物にもならないような人間に。……直音さん、あなたのことを救いたいから」

「………………」


 直音さんはフイと顔を向こう側へと逸らす。もう彼女は完全に気付いている。この後俺が何を聞きたいのかも。


「直音さん。ドナーが、必要なんですよね……?」

「…………………………」


 長い沈黙だった。ちょうど次の駅について、また車両からは人が減っていく。

 ぴしゃりと扉が閉められると、またレールは遠慮なく俺たちのことを揺らし始める。

 彼女が拒んでいること。この続きを言いたくないことは痛いほどに伝わってくる。

 でももう俺だって逃げたくはない。彼女を追い詰めたくはないけど、でも、見て見ぬふりなんて、そんな地獄のようなことをさせないでくれ。

 エゴが隠れることをやめて顔を覗かせてくる。だから俺は張子の虎を恥もなく曝け出す。


「直音さん……」

「私……」


 彼女の表情を窺おうと少し身体を前に出すと、直音さんは鞄を握りしめて肩に力を入れた。


「私、家族はいないんです……。ほ、本当、なんです……。親戚だって……。だから、ドナーは……」

「…………直音さん、ごめん」


 彼女は怯えている。

 表情が脆くなっているとか、不安が顔に書かれているとか、そんなんじゃない。

 目に映る彼女は震えてもいないし泣いてもいない。怒ってすらいない。だけど彼女が隠した胸の奥では、ずっと恐れている何かが息を潜めている。それが目を覚ましたようで、俺は途端に胸が痛くなっていく。

 彼女を困らせたいんじゃない。悲しませたくもない。それなのに正反対のことをしてしまう。どうしてこんなにも不器用なのだろう。


「問い詰めるようなことを言ってごめん。辛いことを、言わせちゃって……」

「いっ、いいえっ……! いいんです! 私が、黙っていただけなので」

「……ううん。それでもいいんです。知りたいのは俺の我が儘なだけです。直音さんには、言わない権利があります」

「……ち、が…………」


 直音さんの声が霧となって喉の奥へと消えていった。

 ああ本当に、俺は無神経なことばかり。今日だってミケを無意識のうちに傷つけた。

 もっとスマートな人間になれないものかと、遅すぎる後悔に反省が追いつかない。


「樫野さん……」

「はい……?」


 直音さんを見ると、切を込めた彼女の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。まだこんな俺に声をかけてくれるのかと、俺は彼女の瞳に冀望を求めた。


「さっき話した遊園地の話……。あれが、私の最初で最後の家族の思い出なんです」

「…………え?」


 直音さんはぐっと一度空気を飲み込み、深呼吸のように吐き出した。


「家族はいないです。でもそれは……私がそう思っているだけと思われても間違いではないです」

「どういうこと……ですか?」

「小学生の頃、両親は離婚しました。私は母について行き、父とは縁が切れています。もうずっと連絡も取っていません。あの人の話題を出すと、母も悲しんだので。……親戚とも疎遠ですし、何をしているのか……どこかで生きているんでしょうけど……。居場所ももう分かりません」


 窓の外を眺めたまま直音さんはぽつりぽつりと話し始める。


「母はとても逞しくて優しくて、お茶目な人でした。母は研究者をしていましたが、数年前に病気で亡くなりました。私は一人っ子で、お世話になった祖父母ももう他界していますし、確かに父は生きているのかもしれませんが、私にとっての家族はいなくなりました」


 そこまで言うと、直音さんは口元の筋肉を緩めて過去を嘲るように笑った。


「だからドナーも……親族はいないので、望めませんし……。……望んでも、いないんです」


 望んでいない?

 家族の話とはまた違い、彼女はその部分の語気を強めた。だからどうしても引っ掛かってしまう。


「…………治したくないんですか?」


 彼女の余命はあとどのくらいか、専門家でもない俺には分からない。

 でもドナーを必要としているということは、夢を見るほどの時間は持てないだろう。


「………………」


 直音さんは黙ったまま、しっかりと暗闇の街を追いかけ続ける。

 俺も前を見て、彼女が追い求める景色を一緒に見た。時折見える家々の明かりが残像として瞳に残っていく。


「このままだとどうなるか……余命を聞いたとき、私、何を思ったと思いますか?」


 残酷な問いに答えられず、俺は黙って首を横に振る。


「…………ああ、良かった、って、思ったんです……」


 更に無情な正答に、強張っていた心にヒビが入ったような気がした。ホロホロとこぼれていった欠片が舞い、俺は何も言えずに彼女のことを見る。

 闇夜に生きる狼のように、彼女の眼差しは雄々しく見えた。


「ちょうど診断されたころ、私にとってはそれが希望に見えてしまったんです」

「……どうして?」


 職場で数えきれないほどの患者さんたちを見てみた。彼らの表情も空気も様々だった。だからその一つ一つを否定するつもりもないし、出来る限りの敬意をもって見守りたい。いつもそう願ってきた。なのに目の前にいる彼女の裏側となると見え方が違った。どうしてか。もう分かってる。でも、彼女の本意を見つけ出すことができるなんて、そんな買い被りをしてしまえるのか。


 聞いたところで俺に何ができる……?


 それでも彼女の言葉だけが聞きたい。すべてを教えてくれるのはそれだけなのだから。


「私、一人になって時間が増えたせいか、改めて自分を見つめ直しました。色んなことを考えて……。この先の未来、きっと私がいる必要なんてないって。家族もいないし、叶えたい目標だって……もう、難しい。だけど、自分を切り捨てることなんてできなくて。せめて仕事を頑張ろうって思いました。でも……前の部署で頑張っても身体を壊しただけで終わった。今の部署も、皆、いい人ですけど、私に出来ることなんて限られていて、代えなんていくらでもいますし、いなくても成り立ちます。何の問題もないんです。ふふ……当たり前のこと、なんですけどね。でもそれが、ぽっかりと心に穴が開いたみたいに感じたんです。分かっていたけど、意識したくなかった……そんな感じで……」


 直音さんは柔らかく、決して明るい話題ではないのに綿のような優しさで話す。


「母がいるときは、まだ頑張れました。母を守るために、自分のためにって、誤魔化していけました。だけど……もう何もなくて。家族がいないことを責めていません。母は私にとても素敵な日常をプレゼントしてくれましたから。振り返ると素晴らしい日々だったと思っています。でもこの先は……。母がいないからじゃない。そうじゃなくて……私が、弱くて、臆病者なだけなんです。周りは皆、友人や恋人、家族と一緒に当たり前の幸せを、当たり前に求めて、正しいと描かれる未来に向かって行くんです。私にはそんなこともできない。できないだけならまだシンプルで良かったです。でも、そうじゃなくて……私は、そんな光景を見て……怖いなって、そう思ってしまったんです」


 きつく結んでいた指を解き、彼女は肩から力を抜く。


「そんなこと悩まないで、自由に生きればいいんでしょうけど……。開き直ろうとしました。でも、肝炎って診断される前に、私、別の疾患にもかかっていたので、金銭のこととか考えると……好き勝手に夢を追うこともできない。こんなこと人にも言い難くて……。いつの間にか休日に話す相手だっていなくなって、仕事場でも、どうしても他人行儀になって壁を作ってしまう……。すべて自分で決めた我儘なんですけどね。勝手に世の中に傷ついて。でも……それくらいしか、自己を保つ方法を知らなかったんです。皆から一歩離れていれば、自分を守れるから。私は息をしていけるから」


 直音さんは、馬鹿みたいですよね、笑ってください、と言って無理矢理頬を崩したが、そんなの笑えるわけもなく。俺は恥ずかしそうに俯いた彼女をただただ見つめる。


「仕事も何もかも思うようにいかなくて、心にぽっかりと穴が開いた時、肝炎で倒れたんです。また身体を壊したのか、ってその時は思いました。でも、だんだん先生の表情も暗くなってきて……。それで、ドナーになれる人はいないかと聞かれました。それはもう、私には先が長くないということ。最初は絶望しました。なのに、それなのに……反対に、心が軽くなったんです。重荷が全部下りて、楽になった気がしたんです。もう生きなくていいんだって」


 直音さんは傾けた頭を真っ直ぐに戻す。


「世の中には、自分の死期なんて分からない人だらけです。だけど私は準備ができる。もちろん事故とか事件があったら狂いますけど。でも、先を知っている分、他の人よりは常に覚悟も出来ている。猶予があるって、なんて贅沢なんだろうって思いました。ちゃんと、全部を整理できるんです。思うままにできる。そうすると自然と余命のことも受け入れられて……。移植についてもお断りしました。もし父が見つかっても、私にドナーは要りません。他の……希望を求めている人に与えて欲しいです。私はもう希望を見つけましたから」


 彼女の声色が軽くなる。本当に希望が目の前にあるかのように彼女は穏やかに微笑んだ。


「私、今が一番幸せです。あの日に見た黄金の景色よりも、今見えている世界の方がずっと輝いています」


 俺を見てにっこりと笑う直音さんは、初めて会った時と何も変わらない。

 朗らかで、角をすべて落として丸くしてしまうくらいに温和なその笑顔。

 彼女は本当に希望を見つけたのだ。

 その希望だけが、きっと今の彼女を真っ直ぐに立たせている。

 だけど。

 和やかな笑顔の奥に見える彼女のそんな意地と覚悟は、容赦なく俺に槍のように突き刺さる。


 彼女の言葉が聞きたかった。

 望み通りに聞けたその声が、身体中を竜のように巡って暴れていく。

 そんなノイズが邪魔をしてすべての感覚が疎かになる。だからだろう。左腕に小さな圧力がかかったのは気のせいだと思ったまま、電車は直音さんが降りる駅へと到着する。

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