初恋奇譚

本城蓮から一週間たってもあたしと美月は一本も取れなかった。


初めて実力差を見せつけられた。


「ッヤァ!」


美月が木刀の先を本城蓮の瞳を築こうとした。


だが、本城蓮は一歩後ろに下がり美月の手に回し蹴りをした。


そして美月の喉に木刀の先を向けた。


審判役が本城蓮の方に手を上げ「勝者本城蓮!」と言った。


「クッソー!!またかよ!!」


「まだまだだな。だけど大分良くなったよ。」


そう言って美月の頭を撫でた。


「本当!?じゃあさ、こう言う時はどうしたら良い?」


「ん?あー、この時はな…。」


本城蓮と美月は仲良さそうに木刀を一緒に振っていた。


あたしは本城蓮から目を離す事が出来なかった。


それは日に増して…。


パチッ


ふいに本城蓮と目が合った。


「雛も来いよ。一緒にやらないか?」


「え、い、いいの?」


「良いよ。早くおいで。」


「早く雛も来いよ!」


「うん!」


あたしは二人の元に向かった。


こうやって、三人で稽古に明け暮れる日々が好きだった。


何回やっても本城蓮には勝てなかった。


何度も何度もあたしと美月が挑んでも嫌な顔一つ見せなかった。


そんな些細な事が嬉しかった。


子供扱いしてくれる事が嬉しかったのだ。


それからあたしと美月は本城蓮の事を蓮兄と呼ぶ様になった。


山菜取りの帰り道に美月があたしに聞いて来た。


「雛さー。蓮兄の事好きだろ?」


「え!?な、何でそう思うの?」


「いや、見てれば分かるし…?」


やっぱり双子だから分かるのかな…?


口に出していなかった思い。


それは恋心だと言う事をあたしは気付いてないフリをして来た。


「好き…なのかもしれない…。」


顔が赤くなるのが分かる。


「俺、蓮兄なら喜んで応援するよ。他の奴だったら応援しないけど。」


「プッ!何それ!!」


「あ、笑うなよ!!大事な家族を渡すんだぞ?それ相当の男じゃないと俺は認めない!」


「ありがとね美月。あたしの理解者は美月だけだよ。」


「当たり前だろ?」


「それと、花との事もちゃんと教えなさいよね!」


あたしはそう言って美月の背中を叩いた。


「は!?は、花!?わ、分かったよ…。」


美月の顔が真っ赤になった。


美月と花はなんだかんだお互いを良いと思っている。


付き合うのはそう遠くはないだろう。


ある日の夜、あたしはお風呂から上がり長い廊下を

歩いていた。


「あ…。」


蓮兄が縁側に座っていた。


一枚の写真を見ていた。


ドキドキッ


う、美月とあんな話をしたからドキドキして来た。


「れ、蓮兄。何してるの?」


あたしはさりげなさを装って蓮兄の隣に座った。


「あ、雛か。写真を見てたんだ。」


「写真?」


「そうだよ。」


蓮兄はあたしに写真を見せて来た。


お人形みたいに可愛い女の子が映っていた。


蓮兄はその子を愛おしそうに見つめていた。


あ…。


この視線をあたしは見た事がなかった。


大切なモノを見つめる視線だ。


「この子は僕が支えてる主人なんだ。僕はこの子の為に強くなるって決めたんだ。」


ズキンッ


針が刺された様な痛みが心臓に響いた。


「そ、その子の事…を好き…なの?」


かすかの希望を信じて言葉を放った。


「僕はこの子に初めて会ったあの瞬間から恋に落ちた。この子事を愛してるんだ。」


そう言って愛おしそうに写真を撫でた。


蓮兄を恋に落としたんだ…この子は。


羨ましいなんて思う方が烏滸(おこ)がましい。


だけど…この気持ちをどうしたら良いの?


このモヤモヤした気持ちのやり場が分からない…。


「ん?どうした?」


蓮兄が心配そうにあたしを見つめた。


「れ、蓮兄…。あたしと今から手合わせして欲しい。」


「今から?」


「お願い。」


あたしはジッと蓮兄を見つめた。


蓮兄は何かを察知したらしく「分かった。」と了承してくれた。


誰もいない道場であたしと蓮兄の木刀が混じれ合う。


あたしは蓮兄の攻撃を避けつつ少しの隙に付け行った。


空いている脇腹に斬り込みを入れた。


だが、蓮兄は木刀を持ち替え攻撃を防いだ。


カンッ!!


「雛、良い動きをする様になったね。」


フッと優しい微笑みをあたしに向けた。


あまり笑わなかった蓮兄があたしに笑ってくれた。


「まだまだだよ!!」


あたしは体勢を整えて再び木刀を振りかざした。


それを軽々と止める。


この思いが届く事はきっとない。


この気持ちは胸奥に仕舞おう。


あたしはこの人の役に立ちたい。


蓮兄に木刀を振り上げられ、あたしの首の横でピタッと止めた。


「参りました。」


あたしは持っていた木刀を床に置いた。


パチパチ


後ろから拍手が聞こえた。


振り返ると美月がこっちに向かって歩いて来た。


「良い勝負だったよ二人とも。」


「美月!?いつの間に来てたの…!?」


「途中からね。道場の方から音がするなーって思って見に来たら蓮兄と手合わせしてるんだもん。俺も入れてよね。」


そうだったのか…。


「それから蓮兄の好きな子の話も聞いちゃいました。」


蓮兄に向かってペコッと軽く頭を下げた。


「だろうとは思ったけど、堂々と来いよ。隠れてたから言わなかったけど。」


「!?」


美月はあの話を聞いて心配で見に来てくれたんだ…。


「詳しく聞かせてよ!その子の話!」


「え?い、良いけど。」


美月の問いに少し戸惑っていたけど蓮兄が写真の子の話をしてくれた。


隔離された空間に閉じ込められている事、そして彼

女は宿命と言う逃げられ無いモノと闘っていると。


そんな男前の子なら蓮兄が夢中になるのが分かる。


「あたし…。蓮兄の役に立ちたい!」


あたしは床を強く叩いた。


「ひ、雛?」


「あたし達は蓮兄に鍛えて貰って強くなって来た。あたしは蓮兄の力になりたい。」


あたしがそう言うと美月が手を握って来た。


「俺も雛の言う通りだよ。俺達はさ、二人の空間で生きて来たんだ。それは…誰も俺達と関わろうとしなかったから。だけど、蓮兄が来て俺達に稽古とか話し相手になってくれて嬉しかった。」


「美月…。」


「俺達は蓮兄の下なら着きたいと思った。」


「だからあたし達を蓮兄の影武者にして。」


「二人共…意味を分かって言ってるんだよな?」


影武者とは主人の剣となりけして表舞台では動きを見せずに影で主人の為に働く事でいわば主人の影。


そして命に代えても主人を守る事。


一度契りを交わしたら命尽きるまで契りは解けない。


「分かってて言ったんだよ。あたし達の命を蓮兄の為に使う。」


「蓮兄の大切な人なら俺達にとっても大事な人だ。戦力は幾つ有ったって良いだろ?」


「分かった。雛達の気持ちは伝わったよ。」


蓮兄は渋々了承してくれた。


あたしと美月は道場に飾られている桃華月旦の刀を持ち蓮兄の前に膝を付いた。


「「我、本城蓮の影となり、御身に振り返る火の粉を討ち払わんとし、生涯尽きるまで御身に支えると誓う。」」


あたしと美月はそう言って刀を両手で持ち前に翳した。


それから蓮兄は京都に戻り、音信不通となってしまった。


あれから月日が流れ、東京の陰陽学院に入り壱級を得て美月と犬山、玉ちゃん達と任務をこなした。


二人も壱級だけあってそれなりに強かった。


お互いを高め合う存在になって学院来て良かったと思った。


暫くして蓮兄に似ている先生が来て、確信持てなかったから接触はしなかった。


だけど、あの写真の女の子が学院に来た事で確信に

変わるのが早かった。


早乙女隼人の決闘を見て直ぐに。


そして今、箱庭快楽に閉じ込められている。


「あたしは蓮兄に会いたかった。こうして蓮兄の背中を守る事が出来た。」


「やっぱり雛達だったのか…。ごめん、連絡しなかったのは…。」


蓮兄が申し訳けなさそうにした。


飛んで来た細かい岩の破片を細かく切り刻む。


「理由があるんだよね?」


「あぁ。」


「あたしは蓮兄を信じてる。蓮兄の背中を守る!!」


飛んでくる岩の破片を討ち払う。


あたしの愛はこの人を守る事で実るのだから。

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