隔離姫と下僕の少年

あたしの家は、明治時代から歴史のある御子柴家の末裔である。


代々古くから伝わる陰陽師一家であり、何百年に渡り、ある妖怪を封印し続けているのだ。


その名も、大妖怪八岐大蛇(ヤマタノオロチ)。


山に匹敵する巨体を持った多頭竜で、八つの頭と八つの尾を持つ。酒好き。


戦神スサノオに拠って退治されと言われている。


屋敷の地下に岩に、封じ込めた八岐大蛇が眠っていて、札と縄が部屋中に巻かれている。


あたしは、一族の中でも逸材だったらしい。


御子柴家はあたしの存在を外に漏らさないように、御子柴家の別荘地の古屋に隔離されていた。


3つ下の弟、御子柴楓(みこしばかえで)が居たけれど、中々会わせて貰えなかった。


姉と弟なのに、会えないのはおかしいと思う。


普通なら、家族と生活する筈なのに…。


あたしは暗くて、寒い部屋に閉じ込められているのだ。


鉄格子から見える太陽と月だけが、部屋を明るくする。


部屋の中は、お札と妖怪退治専用の武器、可愛いお人形や絵本、玩具すらない。

 

部屋の扉は、鍵が何重にも巻かれ分厚い扉。


冷たくて、寒い隔離された部屋。


守ると言う言葉を吐き捨て、あたしを閉じ込めてい

るにしか過ぎない。

 

ある時、楓が鍵を開けてくれて、外に出た事があった。


「姉ちゃん、行こう!!」


「うん!!」


楓と手を繋ぎ、あたし達は足速に屋敷を出た。


嬉しかった。


外に出て、自由に楓と遊べると思うと心が高鳴った。


だが、御子柴家の敷地内にある花畑で遊んでいた事が、お婆様にバレてしまったのだ。


連れ出した罰として楓は、一週間水業の罰が与えられた。


あたしは楓を庇ったけど、聞き入れてくれなかった。


両親でさえも、弟を庇おうとしなかった。



御子柴家党首の御子柴陽毬(みこしば ひまり)父型の祖母には、誰も逆らえ無かった。


陰陽師としも活躍していた祖母は、御子柴家の子供達を陰陽師として育てている。


当然、厳しい教育をあたし達にして来た。


才能が無いと見出された子供は親共々、御子柴家から追放されていた。



そんな祖母に誰も逆らおうとしなかった。


いや、逆らう気すらなかったのだろう。


御子柴家を支配していたのは、祖母の言う事は絶対だった。


楓が罰を受けてから、両親はあたしの部屋に顔を見せに来なかった。


もう、楓はあたしの事を嫌いになったんだ。


あたしの所為で、お婆様から罰を受けたのだから。



逆らえば御子柴家を追い出され、遠くの地に飛ばされる。


お婆様は冷血で、残虐な人で怖い人だった。


小さい頃から、お婆様はとても恐ろしい存在。


顔を見せに来るのは、弟の御子柴楓(みこしばかえで)と…。


あと1人…。


コンコンッ。


「お嬢、起きてますか?」


布団に入って眠っていたあたしは、ドアのノック音で目が覚めた。


「起きてるよ。」


「開けますよ。」


ガチャ、ガチャ、ガチャ。


ガラガラ。


声の主が何重にも巻かれた鍵を開け、重たい扉を開けた。


現れたのは、十四歳くらいの男の子。


サラサラの茶髪の髪に白い肌、綺麗な紫色の瞳がビー玉みたいに綺麗な男の子。


その男の子は、あたしの中で特別な存在だ。


「蓮(れん)!!どうしたの?お仕事だったんじゃないの?」


「今、帰りました。お嬢にお土産です。」


そう言って、蓮は綺麗な枝付きの桜の花を渡してした。


桜って確か…、折ったら駄目だったよね?


「折ったら、駄目なんだよ?」


「拾い物だから、大丈夫ですよ。」


蓮は、あたしに優しい笑顔を見せてくれた。


もう1人とは、この本城蓮(ほんじょうれん)だ。


代々御子柴家の護衛をしている本城一族の、本家の次男坊だ。


蓮と契りを交わしたのは、今から二年前の事だ。


本城家は、御子柴家の手となり足となり、主従関係を結ぶのが敷きたりであった。


人を信用しなかったあたしは、蓮の事を拒否していた。


信じると言う事が、どんなものなのか、分からなかった。


分からない感情を持つのが怖かった。


だけど、蓮は何度もあたしに会いに来てくれた。


信用を築こうとしてくれた事が、何より嬉しかっ

た。


あたしの誕生日の日に、蓮と契りを交わした。


弟以外に心を開いた相手であり、特別な人。


「今日は、どんなお話聞かせてくれるの?」


「そうですね…、今日は…。」


蓮はこうやって、本城家を抜け出して、あたしに会いに来てくれる。

 

夜遅く、蓮と他愛の無い話をするのが嬉しかった。


あたしは、蓮が会いに来てくれる事が嬉しかった。


そんな蓮の事が好きで、仕方がなかったのだ。


「そうなんだぁ!!いいなぁ…、あたしも普通の生活したいな…。」


「お嬢、僕はお嬢をここから連れ出したいよ。」


ギュッ。


そう言って、優しく手を握って来た。


「蓮…。」


「お嬢に、こんな場所は似合わないよ。」


「ありがとう蓮。だけど、お婆様には逆らえないよ。蓮が酷い事されちゃうよ。」


あたしは蓮を失いたくなかった。


だから、あたしがここにいれば蓮に会える。


「お嬢…。」


「いつか、あたしを連れ出してね?」


「約束します、必ず…。」


蓮と指切りをし、お互いの目を見て微笑み合う。


「ねぇ、蓮。」


「はい、どうしました?」


蓮の優しい瞳が、あたしを捉える。


「あたしの事…、好き?」


「僕はいつも、お嬢の事を思ってる。ずっと、側にいます。安心して下さい。」


「蓮…、ありがとう。」


あたしはたまに、蓮に気持ちを確かめてしまう。


不安に駆られてしまう時があるから。


そんな時は必ず、蓮はあたしに会いに来てくれる。


蓮の言葉だけで、頑張れる。


お婆様に逆らったら、蓮が酷い目に合う。


楓の時に思い知らされた。


あたしが我慢すれば良い…。


もう、大切な人が酷い事をされるのは嫌だ。


もっと嫌なのは、黙って見ている事しか出来ない事だ。


蓮が帰った後、扉がノックされた。


コンコンコンッ。


この時間に尋ねてくる人物達は、御子柴家の使用人達だ。


「聖様、出陣のご用意を。」


その言葉を聞き、さっきまでの夢の時間が終わりを告げる。


あたしは寝衣の服を脱ぎ、巫女服を身につけお札と

部屋に置いてあった武器を手に取った。


カチャッ。


スッと、感情が無くなる。


自分で自分の心を殺してるみたいだ。


「準備は出来ている。」


そう言うと、重たい扉が開かれた。


ガラッ。


何人かの使用人が、あたしに跪き顔を上げない。


「今日は?何体だ。」


「はい、三体程。」


スタスタスタスタ。


廊下を歩きながら、妖怪の数や特徴を聞いた。


「何級クラスだ。」


「弐級で御座います。」


「分かった。」


あたしを車に乗せ、妖怪が出没した場所に向かう。


車内は重い空気が流れ、誰一人とも話したりしない。


その代わり、あたしに注がれる不気味な視線だけを感じていた。


いつもそう、妖を退治しているだけなのに。


何故、あたしの事を化け物みたいに思うのだろうか。


化け物のあたしの力が必要なのに、それはないだろう。


初めて妖怪を退治したのは、四歳の頃だった。


お婆様があたしや子供達を連れ、妖怪達が住むと言われた森に放り込まれた。


子供達は妖怪を見て泣き出し、とても戦える状況ではなく、妖怪達は笑い出したのだ。


「ギャハハ!!ガキがこんなにいるぜぇ!?」


「早速、あのガキから殺して食ってやる!!」


鬼の妖怪があたしを見つめながら、走って来るのが視界に入る。


嫌だ、嫌だ、嫌だ。


死にたくない、死にたいない!!!


生きたいと言う気持ちだけで、体は恐怖から放たれた。


持っていた刀を抜き、鬼の妖怪の手を斬り落とす。


シュンッ!!


ブシャァア!!


「ギャアアアア!!!痛い、痛い!!このクソガキ!!」


「うわあぁぁぁぁ!!!」


あたしは叫びながら、一心不乱に刀を振い続けた。


返り血を浴び続け、妖怪達を斬り付ける。


死にたくない、ただそれだけを考えて刀を振り下ろす。


他の子供達を助ける余裕など、ある筈がない。


「はぁ、はぁ、はぁ…。」


「良くやったぞ、聖。お前は逸材だ。」


あたしの足元に転がっている妖怪達の死体を見て、迎えに来たお婆様は笑っていた。


返り血を拭いてくれる訳でも、心配してくれる訳でもない。


お婆様はあたしを、道具としてしか見てない。


子供達が怪我をしていても、命を落としていても、慰めの言葉すら出さないのだ。


その日以来、あたしは死の恐怖に怯えながら、任務に駆り出された。


だからなのか、人よりも血や刀を振るう事に慣れるのに時間は掛からなかった。



昔の事を思い出していると、目的地に到着していた。


パタンッ。


運転手が後部座席のドアを開けたので、車から降り、お寺内に足を運ぶ。


カツカツカツ。


お寺の敷地内には、人間を無差別に襲い喰われた跡の死体が転がっていたのだ。


血生臭い匂いと、飛び散った肉片が目に入った。



お寺に続く道が血に染まり、倒れている人は頭を無理矢理引き抜かれた者。


目玉を抉り取られた者に、体の中身が出てしまっている者もいた。


無差別に食い散らされていた。


お行儀の悪い妖だなっと、他人事のように考えていた時だった。


「おいおい!!子供が居るぜ?」


妖怪の一人が、あたしを見つめて興奮していた。


「子供の血肉は美味いんだよぁ。」


「俺が先に行くぜ!!」


涎を垂らしながら、一体の妖怪が向かって来た。


あたしは空中に自分の札を浮かせ、戦闘体制に入る。


バラッ!!



指を素早く動かし、両手の指で三角の形を作り出す。


すると、札から沢山の刃が現れ、向かって来た妖怪の体を串刺しにした。


シュシュシュシュッ!!


グサッ!!


グサッ、グサッ、グサッ、グサッ!!!


「ギャァァァァォァ!!!」


ブシャァア!!


妖怪が呻き声を上げ、体から紫色の血が飛び散る。


「おいおい…、このガキ…。」


「普通のガキじゃねぇ!?」


妖怪達は不安げな表情を浮かべ、ヒソヒソと話し出す。


この光景も何度も見て来てたから、うんざりする。


「五月蝿いな…、今すぐ送ってやるよ。」


シュシュシュシュッ!!


そう言って、あたしは手を素早く動かした。



「式神破軍。」


白い狼と黒い狼を召喚する為、札を取り出す。


取り出した札から白い煙が立ち込め、二匹の白色と黒色の狼が現れる。


ボンッ、ボンッ、ボンッ!!!


「「主人よ御命令を。」」


「シロ、クロ。あの、二体を喰らえ。」


「「御意」」


そう言って、シロとクロは残り二体の妖怪に噛み付

いた。


ガブッ!!!!


「グァァァァァァァ!!!」


「ギャァァァァァ!!!」


妖怪達の叫けんだ。


あたしは札を一枚取り出し、星の円を空中で描いた。


星の円から、無数の光の玉が現れ、串刺しにされている妖怪の体を光の玉が貫く。


ブシャアアアア!!


「ギャァァァァ!!」


パラパラパラパラ…。


光の玉が当たった部分が灰になり、体の一部が剥がれ落ちた。


カチャッ。


そして持って来た日本刀を抜き、妖怪の頭を斬り落とすし


スッ!!


グサッ!!


「な、なんだよ…。強すぎだろ…!?」


妖怪達は、あたしの姿を見て絶句し言葉を失う。


シロとクロは、妖怪の体を喰らい尽くて行く。


妖怪がシロとクロに攻撃をしても、微動だにしない。


あたしの式神は強い。


何故なら、お婆様があたしの為に作ってくれたから。


「この狼、全然離れねぇ!!」


「アンタ達より、この子達の方が強い。」


そう言って、妖怪達の額に札を貼り付けた。


ベチッ!!!


そして、口に人差し指を付け唱え始める。


「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)。」


ブジャァァァァ!!!


妖怪達の頭が弾け飛び血が噴き出した。


ビチャッ、ビチャッ!!


飛んで来た返り血が、あたしの服と頬に付着する。


嫌な感触がし、不快感が一気に増す。


いつになっても、妖怪達の血の匂いには慣れ


「流石で御座います。」


使用人が、あたしに駆け寄り返り血を拭き始める。



仕事が終われば、あの隔離部屋に戻される。


何もない部屋の真ん中で、力尽きたように倒れ込む。


同じ事の繰り返しの生活は、あたしを孤独にさせる。


この生活に嫌気がさす。


蓮から貰った桜の枝を取り、目を瞑る。


桜の甘い香りが漂い、蓮の顔が頭に浮かんだ。


仕事をした後、蓮に会いたくなる。


「蓮に会いたい…。」



御子柴家の中で御子柴聖はこう呼ばれている。

"隔離姫"(かくりひめ)と…。

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