突貫!いざ突貫!

「……さて」


 困ったものだ。

 何人もの人が目の前を通り過ぎる中、俺は一人目の前の店の前で頭を悩ませていた。


 ショッピングモールというお店の集合体施設において、一番輝いて見える場所はどこかと聞かれれば、俺は間違いなくランジェリーショップだと答えるだろう。


 下着の殆どが布切れ一枚だ。そんな薄い物を並べるとなれば、映えない可能性が大いにある。

 映えるためには目立つ色をしている商品を全面に出し、客の目を惹かなければならない。


 スーパーに行って野菜コーナーが入口付近にあるのが、いい例だろう。

 故に、薄い商品を目立たせるためには店全体を明るくし、色を引き立たせる。


 だからこそ、ランジェリーショップというのは輝いて見えるのだ。

 ……まぁ、そんなことは置いておいて。

 ショッピングモールに辿り着いた俺は現在、目的地であるランジェリーショップにやって来ていた。


 睦月は先に突貫し、奥の方で下着を吟味している。一方の俺は、こうして店の前で佇んでいた。


 どうして俺と睦月は別々に行動しているのか? それは単純に俺の突貫する勇気が湧き上がるのを待っているからだ。

 情けないと思うか? でも考えてほしい───俺はまだ一度も睦月とやったことがない。それどころか、パンチライベントすら起こらなかった俺は下着すらも見たことがない。


 例え彼女がいたとしても、行為に及んでいなければランジェリーショップなど業火の海そのもの。

 ……要するに、耐性がないんだよ。こういう場所の。


(けど、睦月にしては珍しいよな……こういうところに連れてくるのって)


 いつもは積極的な睦月だが、付き合ってから一度も一緒にランジェリーショップには来たことがなかった。


 単純に俺に免疫がないというのもあるが、理由は俺だけではなく睦月にもある。

 ───睦月は、控えめに言って胸が小さい。


 俺は別に気にしたりしないのだが、睦月本人ははかなり気にしているようで、サイズが露見してしまう恐れがあるこういった場所には俺を連れてこようとはしないのだ。

 やろうやろうと言っているのに、そこは気にするのか……? って思うのだが、実際に気にしているのだから仕方がない。


 だからこそ、今日に限ってここに連れて来たというのが意外に感じた。

 実際に中には入っていないので一緒に来たのかと言われれば怪しいのだが、睦月にしては珍しい行動だった。


(……もしかして、俺のため?)


 ふと、脳裏に睦月の言葉が浮かび上がる。

 睦月は俺の企画書のために『付き合ってから』のラブコメを教えてくれると言った。

 今日の行動の中には今のところ睦月の『付き合ってからしてみたかったこと』をする様子もない。


 であれば、この『ランジェリーショップに来た』という行動は、『付き合ってからしてみたかったこと』とは別の───俺に『付き合ってから』のラブコメを教授したいことなのではないだろうか?


(だとしたら……どんだけ甘ちゃんなんだ、俺は!)


 睦月が連れてきたくない場所に連れてきてまで教えてくれようとしているのに、俺はこうしてのうのうと勇気が湧き上がるのを待っている。


 なんて他力本願で情けない姿なのだろうか? 元はと言えば己の問題で、睦月は協力してくれている立場の人間だ。己の問題であるにもかかわらず人に任せ、己は情けなくもいつ湧き上がってくるか分からない勇気を待つのか?


(───否! 睦月の協力を一秒でも無駄にするわけにはいかない!)


 俺は内心で新たな火を燃やす。

 勇気がなければ振り絞ればいい、待つ必要などなく前に進めばいい。


 睦月のため、企画書のためにも───俺は誠武士の形相で目の前にあるランジェリーショップにゆっくりと突貫していく。


 胸を張り、堂々としている男という存在が珍しいのか、店員や若い高校生や大学生ぐらいの女性客の視線が突き刺さる。


 店内に入ればどこを向いても下着だらけ。レースが付いたものから布面積が圧倒的に少ないものまでと幅広い。

 気を抜いてしまえば、羞恥という名の敵が後ろを追いかけてきそうだ。


(だが、それでも俺は前に進まなくては……ッ!)


 店内が広く感じる。どこか迷路を彷徨っているようだ。

 歩くこと体感二十分。ようやく店内の奥の方にいる睦月の姿を見つけた。

 白と薄桃色のブラとパンツのセットを何度も何度も行き来して見比べ、決めたかと思えば両方戻し、新しい下着を手に取る。


 忙しないというか、かなりの真剣度だった。


「睦月様」


「ど、どうしたんですか、変な呼び方して?」


 いけない、武士の形相のまま出てきてしまった。


「……というより、先輩来ちゃったんですね」


「いや、だって企画書のためだし」


「そ、それはそうですけど……」


 睦月は視線を横に逸らす。そこには、お世辞にも大きいとは言えない商品の数々が並んであった。


「やっぱり、ここにするんじゃなかったです……あの時は勢いで言いましたけど、ただ私が恥ずかしいだけでした」


「安心しろ、俺の方が恥ずかしい」


「私の方が恥ずかしいですよ……」


「睦月は下着を見られることに抵抗ないだろ? 普段あんなに迫ってきてるんだからさ」


「あれは早く先輩と一つになりたいってだけで羞恥がないわけじゃないです。けど、先輩だけなら下着を見られることに抵抗はありません」


 抵抗ないんかい。


「でも、本当に恥ずかしいんですよぅ……」


 睦月は恥ずかしいと言いながらも、頬を染めるわけでもなくどこか不貞腐れているといった感じだった。


「自分のサイズが知られるって、本当に恥ずかしいんですよ?」


「そうか? 別に俺はどんなサイズだろうが気にしないぞ」


「例えるなら、男性のおち○ちんにメジャー当てて大きさを───」


「やめろっ! それ以上はレディーのしていい発言じゃない!」


 君の言い分は分かった! 確かに、俺もサイズを計られて異性に知られてしまうのは大いに恥ずかしいと思う! 軽率な発言をしたなと思う!


「だけど、睦月が連れてきたんじゃねぇか……」


「だって……『付き合ってから』のラブコメを教えようとしても、普通のデートじゃインパクト残らないですし……ここなら刺激があるかなって」


 でも、実際に来てみれば普通に恥ずかしいですねと、睦月は小さくはにかんだ。


「なぁ……別に無理しなくてもいいんだぞ?」


 俺の問題だし、睦月が無理をしてまで協力してほしいなんて思わない。

 ランジェリーショップの中まで入ってきてなんだと思われるかもしれないが、今からでも普通のデートに切り替えようと思えば普通に切り替えられる。


 というより、ランジェリーショップにカップルで来ることが『付き合ってから』のラブコメかどうかも怪しいからな。

 しかし、睦月はグッと拳を握りしめると、下着片手に力強く俺の顔を覗き込んだ。


「いえっ! これも先輩の企画書のためです! ここまで来たなら、最後までやり通して先輩に『付き合ってから』のラブコメを教えて差し上げます!」


「お、おう……そうか」


 睦月の気合いに思わず気圧されてしまう。

 ランジェリーショップでここまで気合いを入れられても絵面に困りそうだ。


(だが、睦月は睦月なりに協力してくれようとしている……であれば、俺もそれに答えるしかないっ!)


 思い出せ、どうして俺は入口からここまでやって来た? それは、睦月の協力を無駄にしないためではなかったのか?

 俺は内心で睦月と同じように気合いを入れ直し、真剣な睦月の瞳を見つめ返す。


「頼むぞ、睦月! 俺もここまで来たら最後まで教えてもらう!」


「その意気です、先輩っ!」


 ガシッと互いに戦友よろしく握手を交わす。

 これで、俺達の間には羞恥という言葉は失われた。互いにあるのは、強く燃え上がる気合いのみだ。

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