ありがとう、ゴールを与えてくれて。

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

俺は良い後輩を持った。

 文芸部の後輩が、小説の新人賞を受賞した。

 部員の反応はそれぞれだった。嫉妬して話しかけなくなる者もいた。けれど俺は、後輩の坂本を純粋に褒め称えた。

「すごいじゃないか、高校生で文壇に立つなんて」

「文壇だなんて、大げさですよ先輩。有名な賞でもないんですから。それに今日日、高校生が新人賞を取るなんて珍しくないですし。ほら、十代でデビューする漫画家なんて大勢居るじゃないですか。僕のもそんな感じですって」

「いやいや、凄いに決まってる。小説を書いてる人間からすれば、受賞がゴールみたいなもんだからな」

「まだスタートラインですって先輩。これからこれから」

「投稿した小説、改稿して商業出版する予定なんだろ? 自分が書いた本が書店に並ぶなんて、滅多に出来ることじゃないぞ」

「ありがとうございます。それは素直に嬉しいです。先輩がいろいろ教えてくださったことが身になりました」

 坂本は入部当時、ズブの素人だった。文章の書き方も当然知らなかったから、三点リーダーの書き方とか鉤括弧には句点入れないとか、そういう基本的なことを教えた。

 プロットの書き方が分からないと言ってきたときは手取り足取り教えてやったし、技法書だって貸した。俺の教えを素直に聞いてくれる坂本は可愛い後輩だった。

 坂本はみるみるうちに実力を伸ばしていった。誰もがその変化を目の当たりにしたのが、文化祭の時だ。

 文芸部では毎年、部誌を発行する。それを三百円で売るのだが、友人がお情けで買ってくれるのが常だった。

 なのに今年はそれが完売した。坂本のおかげだ。

 坂本は掛け持ちで陸上部にも入部している。むしろ陸上部がメインで、文芸部にはたまにしか来ない。

 坂本は陸上部の友人に、自分が書いた短編小説を見せたらしい。読んだ部員の何人かはいたく感動したらしく「坂本の書く小説は面白い」と人づてに広まっていった。

 その結果、文化祭の日に坂本が書いた短編が収録されている部誌が飛ぶように売れた。

 半分以上残るはずだった部誌は、昼過ぎにはすべて完売してしまった。

 坂本は顔が広く人好きのする性格だから、それも大きく作用したんだとは思う。だが何より、坂本の書いた短編は、たしかに面白かった。

 それから坂本は長編の執筆に取り掛かった。文芸部の部室に来なくても小説は書けるからと、坂本は滅多に顔を出さなくなった。

 そして人知れず小説を完成させ、それが受賞した。

 坂本が部員に自作の相談をしなかったのは正解だ。この部には、物知り顔であれやこれやと世話をしたがる奴が大勢いる。坂本の小説に難癖をつけて足を引っ張る奴だって居ないとも言えない。

 坂本は賢い男だ。きっとすべてお見通しだったんだろう。

 俺も坂本の受賞を聞いた当初は嫉妬したものだった。けれどすぐに思い直した。

 坂本が陸上部と掛け持ちしながら投稿用の小説を書いていた時、俺は小説も書かず部員と駄弁ってばかりいた。頭の中のプロットを偉そうに語るだけで、一文字も書いてはいなかった。

 嫉妬する資格すら、俺にはなかったんだ。

「坂本、ありがとうな。俺は良い後輩を持った」

「え、どうしたんですか先輩」

「お前のおかげで、俺もゴールを見つけられたんだ」

 坂本は首をかしげていた。けれどそれでいい。

 お前は『俺たち』の気持ちなんて、理解できないままでいてくれ。

 俺は筆を折ることに決めた。坂本のような怪物を目の当たりにして、それでもまだ夢にしがみつけるほど、俺の心は強くなかったんだ。

 大学に進学したら、もっと楽しいことを見つけよう。家に籠もってばかりいないで外に出るのもいいな。

 人生はいくらでもやり直せると人は言うけれど。

 それはいくらでも夢を捨てなさいということだ。

 俺は坂本に心から感謝している。

 才能も根気も無い『俺たち』に引導ゴールを渡してくれたのだから。

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ありがとう、ゴールを与えてくれて。 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B

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