番(つがい)なんて、頭おかしいんじゃないですか!?

和泉鷹央

第1話

 

 本当、どうしたもんだろうって思ってしまう。

 番?

 つがい?

 それはまだ良い。

 求めてくるか、普通。

 それもこんな人混みの中で?

 街の一等地、商店が立ち並び往来を多くの種族が行き交う、この場所で?


 いま出会ったばかりにも関わらず、番になって欲しいと告白してくる行動力には敬意を払うけど。

 でも、初対面だ。

 おまけに、『#番__つがい__#』なんて呼称された。

 恥知らずにも程がある!

 金色の毛と髪、猫耳にふさふさの尻尾、そっちは少しだけ赤みがかっている、そんな外見を持つ彼女。

 猫耳族と世間で幅広く呼ばれる獣人のメロウは、苛立ちを隠せないでいた。


「あなた! ちょっと失礼にも程がありますよ!?」

「えっ? 何か気に障った? それなら謝るよ、何がいけなかったの」

「何がって‥‥‥気づいてないんですか?」

「だから、何のことさ」

「呆れた‥‥‥」


 相手は人間族の男性。

 年の頃は自分と同じか、もう少し上。

 二十代前半に見える。整った顔をしていて、身なりも悪くない。育ちの良さがそこかしこから出ているし、それは行動を見ていても傍目で分かる。

 問題は‥‥‥


「あのですね、まずは名乗るのが礼儀でしょ? あなた、貴族様? いい格好してるし、言葉も綺麗な発音。王都のこの地区出身なのは丸わかりです」

「いや、そうだけど、だから――何?」

「鈍いなあ、もう。ここは平民が入れない、貴族様と商人だけが住める区画じゃないですか。それだけでも上民出身だってわかりますよ」

「だから、それが何なの? 君には関係ないでしょう?」

「ええ、関係ありません。でも、失礼だと申し上げております。貴族様ともあろう御方が、礼儀をわきまえないなんて」

「俺のこの対応が‥‥‥失礼に当たると、そう言いたい?」

「はい。もちろんです」


 名乗りねえ、まあそれはそうか。

 男は意外だという顔をして態度を改めた。


「それはすまなかった。俺はこのハルニス国の王都ラデアを守る、王国騎士アレンだ」

「へえ、騎士様がこんな昼日中から、女漁りですか。感心しませんね‥‥‥」

「なっそれは誤解だ。俺はあなたにその、素晴らしい女性だと思ったから」

「思ったから、何ですか? 人間族はいきなり交際ではなく、結婚の申し込みをすることが正しい作法だとでも?」

「そういことではないが、まあ、なんだ。一目惚れすれば、そういうこともあるかもしれないな」

「では、先ほどの行為は広く普遍的な一般に浸透した、正しき行いということではないのですね? もしかしたらあるかもしれない、そして、相手にとっては良い印象を持たれるかもしれない。その程度の行為だということでいいですか?」

「なんだか、その、あれだね、君。とても丁寧な表現で、かつ嫌味が効いているな」

「嫌味を申し上げております、アレン様。私はメロウと申します。そして――とても怒っております」

 

 怒っている?

 それは見れば分かるよ。

 アレンはそろそろ解放してくれという目で、メロウを見ていた。

  

「ああ‥‥‥そう。それは謝罪したつもりだがな」

「謝罪というのは、相手の目を見て、真摯な態度で行うものをそう申します。あなた様のいまの態度は、もう良いだろう終わらせてくれ、そんなように見受けられますわ」

「そう、思っていると言ったら?」

「呆れたものですね。求愛したと思ったら、めんどくさくなって放りだすのが王国騎士の誇りということですか」

「だってさ」


 と、アレンは両手を持ちあげた。

 周りを見てみろよ、獣人のお嬢さん。

 そんな感じだ。

 彼は周りの目が気になると言いたいのだろう、地位のある人間は衆目を集めることを嫌う。

 どこでどう言いふらされるか分からないからだ。

 政治家や貴族、彼らの悪評はそのまま、自分の地位の不利につながる。

 アレンの早くこの場から去りたいと願うその気持ちも、メロウにはなんとなく理解できた。


「では、もう終わりに致しましょうか、アレン様。私も主のもとに戻らなくてはなりません」

「主?」

「あなた様には関わり合いの無いことですわ」

「まあ、そうだな。解放してくれたら助かるよ。こっちから声をかけておいて何だが」

「いいえ、これも後学のための良い勉強になりました。人間の殿方は、非常にぶしつけで、失礼な存在だと国に報告致します」

「国? そんなに上位の貴族の付き人がこんなところにいる訳が無いだろ? 獣人は嘘が上手いって、俺も報告しておくよ」

「‥‥‥求愛された時の愛情が、ひとかけらも感じられないですね、アレン様」

「だってなあ。見た時はいい女だと思ったが、こんなにも怒りっぽく、気が荒い、おまけに弁が立つときた。女は黙って前を歩き危険を探り、命じられたら微笑んで従うのが礼儀だ。それが淑女ってもんだからな。あんたみたいなのは、人間とはそりが合わんよ」

「あら、それは残念。では、ご機嫌よう、王国騎士様」


 そう言い、メロウは不機嫌なまま一礼して、立ち去ろうとする。

 どこかの貴族令嬢かと思わせるほどに優雅なその立ち居振る舞いに、アレンはもしかしたら大魚を逃したかもしれないと思ったが。

 それは一瞬の気の迷いだと頭を振って忘れることにした。

 数歩、歩いたメロウがふと立ち止まる。

 何かを思い出したかのように、アレンに振り返ると、こう伝えた。


「アレン様」

「えっ、なんだよ‥‥‥」

「獣人の歴史は人より千年は古い物。#番__つがい__#という表現は、獣に当てはまる表現。我ら知性と権威ある種族では、夫婦、と申します。人間の男女は番などと野蛮で品性の無い表現を好むのですね。とても残念ですわ。それでは」

「‥‥‥なっ」


 それじゃまるで、俺が差別でもしたというのかよ。

 獣人だから下に見た、と?

 アレンはメロウが怒った理由を理解する。

 同時に、この獣人風情が、とも感じていた。

 颯爽と去り行くメロウが人に紛れて消えてしまうと、アレンもまた踵(きびす)を返して人混みに消えた。

 そして、彼は知らない。


 昨今、人間が獣人や魔族、竜などの国境線を侵し始めた。

 それを諫め、ついでに市民を見て人がどういう存在かを見てこいと派遣された一団に、メロウが所属していることを。

 数か月後、他種族からの意見書が人間の王国に対して出された。

 内容は簡素で、人類がこれ以上の侵犯を繰り返せば滅ぼすというもの。

 その中には、他種族に対して敬意を持てという一文とともに、『番(つがい)』と呼ぶことが好ましくないとも書かれていた。

 

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