異世界の海賊船にアキバのメイドカフェに繋がる扉が憑きました
@nau-lomadiyon
第0話 風の噂
★創世歴20,200年★
★聖紀1,860年★
★アングル王国ドュブリス市★
ドュブリスの町の、軍港が見える公園で、白髪頭の老人がベンチに掛けていた。
周りには地元の子供たちが追いかけっこなどをして遊んでいるが、そこそこの年齢になっているのに遊んでいられるというのは裕福な家庭の子供たちなのだろう。
此の世界ではというか、この国では十歳になれば家業の見習いをしたり徒弟奉公に出されたりするのが一般的なのだ。
「ふむ。儂があれくらいの歳の時には、あんな
呟き程度の独り言を言いながら見る先には、岬を回って軍港に向かってくる、アングル海軍の大型艦が見えている。
「わぁ~~!大きな
「なんていう艦なんだろうなぁ?」
騒ぎながら入港中の大型艦を指差している子供たちの一人が、知っているか?という顔で老人の方を見ている。
まぁ、正午が近い時間に軍港の見える公園でベンチに掛けていれば、引退した軍艦乗りか現役の水兵だと思われるのは無理も無い。
「あれは、アングル海軍の五十門艦フラヴィアだよ」
軍艦乗りだった時の習性で、艦名だけではなく搭載している大砲の数までを含めて口にする。
「ありがとう、掌砲長さん!」
老人が身に着けている准海尉の制服の襟にはぶっちがいの大砲のバッジが付いているから、これを見分けられるということは海軍関係の仕事をしている家庭の子供たちなのかもしれない。
岬を回り切ったフラヴィアが舷側から大砲を突き出しているけれど、あれは軍港の司令官に対して礼砲を撃つための準備であって、戦闘を始めるものでないことは、軍港周りの住人ならば常識なので騒ぎにはならない。
お決まりの礼砲の音が、ドゥブリスの町の空へと駆け上がって行く。
見た目は勇壮な景色だけれど、ベテランの軍艦乗りであった老人の目はフラヴィアの舷側から流れ落ちる海水を捕らえていた。
水線下にまで被弾しているために、艦底にある汚水溜まりを兼ねるビルジから排水ポンプで海水を汲み上げて艦の外へと捨てていることは明らかだ。
あの調子では、艦を沈没させずに故郷へと持ち帰るために、水兵たちが不眠不休で排水ポンプのハンドルを回し続けていることだろう。
フラヴィアを観察する老人の目が、フラヴィアに続いて岬を回り入港して来るモナルキ海軍の八十門搭載戦列艦を見つけて感嘆の光を宿した。
モナルキ艦のメントップには、アングル王国の国旗が翻り、フラヴィアの拿捕艦であることを誇示している。
「へぇ~!五十門艦で八十門艦を拿捕したってか?」
そんな言葉が口から洩れる。
アングル海軍において、こちらの戦力が劣るスループ艦が、倍の兵員と大砲を持つ敵のフリゲート艦を拿捕したということは稀に聞くことはある。
だけれど、五十門艦と八十門艦の戦力差は絶対的な数が異なるのだ。
その戦闘では、さぞかし多くの戦死者や負傷者が双方の艦に出た事だろう。
そんな修羅場を潜り抜けてきた勇者たちへの報酬は、アングル海軍での語り草になること間違いは無い。
上は艦長や海尉から下は見習いの少年水兵に至るまで、昇進や
艦長が平民の出で無位無官ならば騎士爵くらいは貰えるだろうし、貴族の出で次男・三男など爵位の継承権持ちながら冷や飯食いの身であるならば、男爵の爵位を貰えるかもしれない。
まぁ、冷や飯食いというのは貴族社会での立場であって、五十門艦の艦長が貧乏である筈は無いのだが。
いずれにしても。
激しい戦闘であったことは間違いなく、副長が戦死をせずに生き残っているならば下級艦長に昇進して小型艦の指揮権を貰えるだろう。
大したもんだと思う反面で、どれくらいの砲手や水兵が戦死したのだろうかと思いながら、長年の軍艦乗りの生涯を無事に生き永らえている我が身の幸運を噛みしめるのだった。
*****
それから数日後。
「よぉ、ノア。何を熱心に読んでるんだ?」
五十門艦フラヴィアを下りて軍港を出た先の波止場通りの一角で、
肩を叩かれて振り返れば、
俺もそうだけど、
「面白いことでも書いてあったのか?」
そう言いながら新聞を指差すジェームズに、新聞を手渡して記事を見せるが。
「あ~~。俺が読み書きできないこと、知ってるだろぅに」
嫌悪感というよりは、単純に渋い顔をされてしまった。
そうだよ、うっかりしてたけど。
この島国の住民のうちで、長い文章を読み書きできるのは王侯貴族に官吏階級と商人階級くらいのもんだよな。
あとは、そこで雇われてる事務員たちか。
ほかには、図面を描いたり読んだりする、職人階級の親方くらいが入る程度。
それと、俺たち軍艦乗りのうちでは、艦長か海尉とかの士官クラスに航海長や主計長たち准海尉あたりくらいのもんだ。
余談だが、読み書きできない水兵はどれほど優秀でも
資格を取得するためのテキストを読んで理解することは勿論、日常業務では航海日誌から始まって備品の出納簿に至るまで、読み書き算盤は必須だからな。
ただし、上からの命令だけ遂行していれば事足りる一般水兵クラスでは読み書きが出来なくても問題は無い。
水兵で読み書きできる
「わりぃ、わりぃ」
と言いながら、俺はジェームズに記事の内容を手っ取り早く説明してやった。
*****
★創世歴10,000年★
「
と、
「はい。御意のままに、跡形も無く」
皇帝の前で拝跪した軍事大臣のハオランが低頭して報告をする。
聖都とは。
此処、大陸の西にある島国アングルから東へ海を越えた先。
途中に
大陸の
中原帝国から見れば西の彼方の、その先となるのだけれど。
その聖都に住まいする創世の神々の直系の子孫である
世界各国の王位継承についてだけ、
この神託は大耳族だけでなく、
隣の西方世界も、その向こうの中央世界も。
そして最果ての東方世界でも。
すべての王家が権威の証として尊重してきた。
そのような事情から。
聖都は大耳族の王都と隣接して一体化してはいるものの、城壁や城門は別に構えて独立した町として認識されている。
この度。
東方世界の大国に成り上がり、周囲の小国を
「
という命令を宰相のチンヨウに申し渡した。
・・・んなこたぁ無理筋でございますよぅ、
喉元どころか唇の先まで出掛かった忠言あるいは本音の言葉をグッと呑み込んだチンヨウは、拝跪した姿勢のままで床を睨みつけるしかなく。
「御意のままに、皇帝陛下」
と答える
帝都の宮殿内にある宰相府へと戻ったチンヨウは、官房長のカンルーを呼び出したのだが。
「済みませんが、宰相閣下。いま一度、ご説明を」
カンルーは両手を揃えて頭を下げる敬礼をしながら、チンヨウに訊き直す。
・・・こいつめ
カンルーが訊き直すのは、チンヨウの言う事が気に入らないという時に使う婉曲な『
これが通常の業務であるならば、専門家としてのカンルーの意見を尊重することにチンヨウだって文句は無い。
専門家の集団を束ねるカンルーの情報量と質については、一目も二目も置いているのだ。
いかなチンヨウだとて、世界の果ての街の何処かで何とかいう名前のクロネコが欠伸をしたかまでは承知していないから官僚群を必要とするのだが。
「おい、カンルー」
今回ばかりは、礼儀なんか屑入れにぶち込んだことにして、チンヨウはカンルーの目を見つめて言い放ったのだ。
「これは、俺が相談を持ち掛けてると言う話ではないぜ」
言いながら、皇帝の御座がある建物の方向へ向かって自分の頭を下げて見せる。
「恐れ多くも、皇帝陛下のご下命であると承知の上での訊き直しか?」
姿勢を正して、宰相としての職務命令であるとカンルーへ知らせる。
この国で唯一絶対の
「いえ、宰相閣下!」
カンルーも事の重要さを認識したものと見えて、姿勢を正して返事を返す。
「早速に外務大臣閣下へ、宰相府へお運びいたくように連絡いたします!」
「間違いの無いように、お前が自身で行ってくれるか?」
「はい、早速に!」
官房長を使い走りにするのは、せめてもの腹いせだが、間違った命令では無いとチンヨウは腹の中で納得をする。
メッセンジャーを出せば済むかも知れないのは承知だが、命令を受けた外務省の木端役人たちが前例通りに引き延ばしでも図ろうものなら、官庁街に粛清の嵐が吹き荒れるだろう。
いつもはアレコレと駆け引きを繰り出して来るカンルーの尻を蹴飛ばせたのは痛快だけれど、事は痛快どころの話では無い。
自分の理解が間違っているのでなければ、皇帝陛下は神々に対して喧嘩を売るお考えなのだからな。
正確には神々の娘である神殿の巫女への恫喝だが、細かい事を問うような場合では無いという認識が誤っているとは思えない。
純粋な軍事力を比較すれば
帝国は文字通りに百万の軍隊を動員出来るし、その百万は輜重隊などの後方部隊を含まない、純粋に戦闘可能な兵士の数だ。
問題は。
此の世界を創造した神々の娘である神殿の巫女が持つ、権威そのものに対して挑戦するという事にある。
口には出さずに考えるだけも不敬には当たるだろうけれど、如何に偉大な皇帝陛下といえども所詮は有限の寿命を持つヒトでしかない。
だがしかし。
結果がどうであろうと、皇帝陛下に仕える宰相の身としては人事を尽くして天命に立ち向かわなければならないのだ。
「そういうわけで、外務大臣。皇帝陛下の御意を遂げる為に聖都においでの神殿の巫女様へ使節団を派遣するように取り計らいをお願いしたい」
宰相府に呼ばれた外務大臣のズハンは、チンヨウから聞かされた話の最後に無理難題を押し付けられたのだった。
「宰相閣下、手順についてのお考えは?」
ズハンとしては、日常業務であれば外務省の所管に関わる外交問題に、相手が宰相であろうと介入されるのを良しとはしない。
だが、此処は宰相を巻き込んで保険を掛けておきたいと算盤を弾いてみる。
「そういうことは、外務省の専門家たちが心得てくれていると承知しているが?」
いずれ連帯責任は問われるのかもしれないが、具体論なんか出して失敗したら自分の首が飛ぶことになるくらいはチンヨウのほうも承知をしている。
そんなアブナイ話になんか乗れるものでは無いと、ズハンへ押し付けておくことにするチンヨウだ。
宰相のチンヨウから外務大臣のズハンへと皇帝陛下のご意思が伝わり、外務大臣のズハンから
まだ、事の結末を予見できる者はいなかったという。
外務省へと戻った大臣のズハンから皇帝陛下の御意を知らされた西戎局局長のオンソウは腰を抜かさんばかりに驚愕したが、疑問など口にしたら口が付いている首ごと丸々で宙を舞うことになるくらいは想像がつく。
「皇帝陛下の御意を承っての重大事であるからな、オンソウ」
ズハンが正面からオンソウの目を見つめて、重々しく話し始める。
出来るものならば官を辞して故郷の小さな村へトンズラしたいと思ったオンソウに対して、運命の一言が降って来た。
「聖都への使節団は、地域一帯の情勢に詳しいお前が団長として引率してくれると有難い」
そう言いながらズハンが差し出すのは、特命全権大使の権限を持つ使節団長への任命辞令書だ。
皇帝陛下の御意を神殿の巫女様に言上する、いや申し伝えるという大任ではあるのだけれど間違えれば一族郎党が雁首揃えて打ち首だ。
打ち首の後は、その辺の空き地に埋められたままで、墓碑など置いては貰えない事だろう。
首と体は一緒のままで墓に入りたいものだとオンソウは思った。
急いで外交文書を
東方世界から
ついでのことに。
外交文書に加えて、
だが。
神殿の巫女に神々から下った神託は「
*****
「ちょっと、待ってくれよ?」
ジェームズが理解できないという顔で、俺が読み上げるのを遮る。
「うん?どうかしたかい?」
俺の返事に、ジェームズは真顔で問い掛ける。
「この新聞に書いてあることって、俺たちの世界の話だよな?」
んなこと、俺が知ってる筈なんかないだろうにと言ったら、喧嘩の始まりだ。
「さぁな?面白そうだから、先を読んでみるぞ」
俺の返事に、ジェームズは不得要領と書いてあるような顔付きで頷いた。
*****
神々の真意が、あるいは神意が那辺にあったのかは語られていない。
いや。
神殿の巫女でさえ。
神器である「たぶれってぃ」を操作して神々の顔を拝みながら申請内容を奏上し。
神々からの指示を受けて、それを王たちへと告げるだけということであれば。
憶測をたくましくするならば。
中原帝国の皇帝(認証される前の
なにしろ。
自国内の権力闘争で勝ち残っただけなら、よくある話。
前の王朝を倒そうが身内の粛清で生き残ろうが、たぶん神々は気にしない。
一国の王として他国と平和に共存しようと。
あるいは。
隣国に戦争を仕掛けて生存競争を繰り広げようとも。
それさえも、神々は気にしないだろう。
そういう人間同士の争いではなくて。
中原帝国の皇帝ツェンは。
この
軍事・経済・思想のすべてにわたって、己の支配下に置こうと考えたらしい。
軍事・経済に対する支配あるいは統制は、許容の範囲だと。
多少の異議はあるにしても。
小国の国王だろうが、自治権持ちの貴族だろうが。
自分だってやってるしなぁ、と言うことだろう。
それよりも。
誰もが首を傾げた、問題は。
天上の神々から下された神託、すなわち神々の意思を抜きにして。
さらには、神々さえも乗り越えて。
皇帝ツェンは。
各国の王位についての認証権も
己が、
神々から「帝位」承認の神託など下るはずがない。
というのが、
いや、正確には神殿の巫女から下賜された文箱に収めた神託を奉じて。
恐る恐る。
「皇帝陛下。神殿の巫女は陛下の皇帝位を認証しないと仰せでありました」
天空から降る水も、大河を流れる水も己の意のままになると信じる
結果。
役に立たなかった使節団は。
「朕の命令を遂行出来ない役立たず共は、城壁の基礎に埋め込んでしまえ!」
と言う皇帝の激怒によって、お払い箱となり。
上は使節団の団長オンソウから、下は荷物運びの見習いに至るまで。
加えて。
団長の家族・一族郎党も。
以下、見習いの家族・親戚に至るまでも。
中原帝国が支配下に置けなかった、
星空の彼方に
まさか。
建設中の城壁の、上は現場監督から下は石積み職人に至るまで口封じをするわけにもいかないとなれば。
さらに隅々を越えて隣国へと伝わるのに、さほどの時間はかからなかった。
*****
さて。
俺はジェームズの顔を見て、先を続けるか?と目で訊いてみる。
ジェームズが首を縦に振るのを確かめて、続きを読み上げることにした。
*****
「なぁ、此処は無理をしてでも陛下の御意を実現しないと我らの首も危ないぞ?」
急ぎ招集された閣議の席で宰相のチンヨウに真顔で言われた軍務大臣のハオランは、真剣な顔で参謀部に作らせた聖都への侵攻計画書をテーブルに広げて見せた。
「頼んでも聞き入れないと言うならば」
ハオランは言う。
「神殿の巫女を手に入れて、神託による承認を得たことにしてしまうというのが参謀部の結論なのだがね?」
皇帝にヨイショをして地位を貰っている家臣たちが、画策をして。
此の世は自分たちにとって
さは、さりながら。
「そのために中原帝国のある東方世界から北方世界に攻め込むとなれば、途中にある
宰相のチンヨウが、言うは易く行うは難しだぞと、言い古された言葉を口にした。
「ちょっと手間は掛かるけど、やってやれないことでもない」
軍務大臣のハオランは商務大臣のズハンと外務大臣のイーミンへと顔を巡らして確認をする。
そんなこんなの協議の結果として。
帝国は東方世界に隣接する国々へと、中央世界は言うまでもなく西方世界まで懐柔策の手を伸ばす。
近隣の小国は、
中央世界から西方世界へは、円滑な交易路の整備による巨大市場の形成という利益をぶら下げて。
その見返りは、各国の王族・官僚たちへの
交易路の各地には。
とにもかくにも。
ありとあらゆる、
西方世界との軍事演習を名目とした百万の陸軍を動員して、その実は北方世界への大遠征という前代未聞の
勇猛果敢な騎馬隊で知られる中央世界の国々が擁する陸軍は、中原帝国の
北方世界と隣接し、小耳族・大耳族・立耳族が仲良く暮らして友好関係にあった西方世界の国々は当然ながら抗議をするが。
あっさりと、北方世界を裏切った。
かくして。
ある日。
北方世界の王都に現れた中原帝国の軍使により。
全面降伏して聖都に在る神殿の巫女を差し出すか、北方世界の滅亡を選ぶかの最後通牒が突き付けられた。
大耳族の結論は。
もしも、降伏を受け入れて大耳族の先祖でもある天上の神々が築いた地上世界の秩序が様変わりするならば。
そんなことは論外と。
降伏勧告は蹴飛ばして。
神殿の巫女と神器を守り、神々から与えられた使命を継続するためと。
不死の身ではあるけれども、万一の場合に神々の末裔たる大耳族の血統を絶やさないために脱出策が組み立てられる。
そして。
中原帝国の兵士たちに錯覚をさせて、時間稼ぎをするために。
聖都と王都の滅亡という、大芝居が上演されることになる。
そのために。
大耳族では王族・貴族・騎士・郷士は言うまでもなく、武器を握れる者は男女ともに老人から年少者に至るまで総力を挙げて防衛戦に打って出た。
当然ながら、負けが前提の仕込みではあるが。
中原帝国の兵士たちと干戈を交え、斬られた瞬間に幻影を残して転移する。
相手の兵士が戦闘下手なら、斬り捨てるのも芝居の範囲。
勿論、中原帝国の兵士たちには転移とか転生は有り得ないので死傷者続出。
だが、そもそもの戦力が違うことは誰の目にも明らかで。
数日ならずして、聖都と王都の運命は
そんなこんなの最後のシーンが神殿陥落。
中原帝国の兵士たちは、雄叫びを上げながら聖なる神殿になだれ込む。
神々の姿を写したと言われる神像が置かれた拝殿も。
神々から与えられたという膨大な情報を有する書庫も。
巫女や神官たちの居住区も。
神殿は地下の隅々に至るまで、壁だけでなく床さえ壊されて捜索されたが。
巫女も神器も見つけることはできなかったということだ。
おまけにと言うか。その上にと言うか。
中原帝国の兵士たちが討ち取ったと言い張る、大耳族の。
上は王から下は少年兵士に至るまで。
かれらの首級どころか遺体も武器もが、保管所から消え失せていて。
戦果を証明するものは何も入手できなかったと、現場の隊長たちから怪しい報告が上げられる始末。
珍しい戦利品を
そんな役得に乏しい戦場にあっては、末端の兵士どころか隊長たちからも不満の声が噴出して。
手ぶらで遠路を帰国する部隊は軍隊としての体を成さず、帝国から輸送される糧食の支給が滞るとなれば現地調達という名の山賊以下の略奪続き。
軍紀は乱れに乱れたと、皇帝陛下の耳にまで聞こえたらしい。
皇帝陛下は激怒して、遠征軍司令官は降格の上で僻遠の守備隊長として飛ばされたという風の噂が広がったのは後日談である。
さて。
中原帝国の兵士たちが聖都の神殿に殺到していた、その時間。
王都の郊外にある鄙びた港から、小さな
見送っていた少数の大耳族と立耳族以外に知るものはない。
そして。
見送りという仕事を終えた生き残りの大耳族や立耳族たちも、残った幾隻かの商船に乗り込んで西や南の見知らぬ海へと向かっていった。
その状況を。
誰が見ていて記事にしたのか。
さらにまた。
誰が
これこそ、
*以上、
*****
「と、まぁ。そんなことが書いてあるんだけどな」
「あん?、それって一万年くらい昔の
いまごろ、なんだって新聞が記事にしてるんだとジェームズに言われて。
「え?、そうだっけか?」
と、空を見上げて指折り数える俺の顔を。
「おい、大丈夫かよ?」
ジェームズが
こいつが俺の事を本気で心配してくれているのは確かなので、腹を立てる事はないのだけれど。
うん。
この前の航海で出くわした
相手艦からの斬り込みに対抗して逆に敵艦を拿捕したのはいいけれど、乱闘の最中に
なんだか知らないけど、
この人生の
でも。
そんなことを、たとえ
いや、今も
次に乗ることが出来る艦を紹介してもらえなければ、文字通り陸で干上がるしかないだろう。
ここは、
言われてみれば。
一万年も昔の神話級の出来事を現在形で書いてる新聞なんて、どう考えたっておかしいよなぁ。
さっき、通りを歩いてる途中で「はいよ」と手渡されたから受け取ったけど。
新聞だって、俺たち庶民にとって安いものじゃぁない。
新聞代の硬貨があれば、簡単な
それを、金も取らずに配ってるものか?
て言うより、
この町の住人ならば、准海尉の制服を着ていようと、袖に水兵の階級章が付いているのを見分けるくらいは子供でも出来る。
慌てて通りを見回すけれど、そいつの姿は消えていた。
だけでなく。
そいつの姿かたちも、男女の別も記憶にない。
首を傾げながら、自分の手元に戻された新聞を見直す。
手元の新聞の日付は。
ダナ女神の一万二百年云々。
おまけに。
紙面に載っている写実画とやらは、一般的な
どれくらい昔の新聞か知らないが。
聖紀千八百六十年の現在だって。
これほど生々しい絵を印刷する技術を持つ新聞は無いはずだ。
発行日だって、おかしいし。
ほんとに、
なんか。
とんでもない
う~~ん。
面倒ごとは無かった事にして避けて通るのが
「そうそう、休暇は
とジェームズに質問をしながら、新聞は畳んで尻ポケットに突っ込んで話を逸らすことにする。
上級水兵であるジェームズの
青と白の横縞模様の丸首シャツの上に腰丈の前開き短ジャケットを着て、下は長ズボンにバックル無しの
短ジャケットの両袖には、上級水兵であることを示す三本線の階級章が縫い付けてある。
ジェームズの身体の横には細長い円筒形をした防水布製の
まぁ、利き手次第で肩ベルトは右手で握っていてもいいんだが。
俺のほうは。
階級はジェームズと同じ上級水兵ではあるが、
准海尉の正装である襟付き白シャツにネクタイを締めて腰丈よりも長い裾の前開き上衣に、足元は銀バックル付きの短靴だ。
ただし。
上衣の襟に縫い付けられた航海士を表すデバイダーと三角定規をデザインしたバッジと、両袖に縫い付けられた上級水兵の三本線の階級章が准海尉並みの上級水兵であることを表していて、海尉や准海尉の正装に許された長剣の代わりに
そんな制服を着た。
軍艦乗りの俺たちが。
なんで、
航海長補佐として後甲板にいた俺が敵から
俺たちが乗っていたアングル海軍の五十門艦フラヴィアは、水線下にまで敵弾を食らって浮いているのが不思議なくらいに破損した。
まぁ、たかが五十門艦の分際で八十門艦に売られた喧嘩を買えば当然の結果なのだけれど。
いや、喧嘩を売ったのは、うちの艦長だったっけ?
どっちでもいいけれど。
アングル海軍の軍艦は相手がナニモノであろうと尻尾を巻いて逃げ出すなんて真似はしないことになっている。
うちの艦長は言うまでも無く、少年水兵の末端に至るまで敵の八十門艦を前にして思ったことはひとつしかない。
「カモネギだぁ~!」
ここで「どっちが?」と訊いてはいけない。
・・・。
首尾良く、敵艦を制圧して拿捕できたから良いものの、そうでなければ深海の魔物たちとお茶なんかしている羽目になったかもしれない。
それから帰港するまでの毎日。
拿捕した敵艦をアングル島まで回航する要員を分遣したために、フラヴィアでは兵員の不足が大きく響いた。
結果としてフラヴィアでは
やっとこさっとこ
フラヴィアと拿捕艦は現在、軍港で海軍工廠の技官たちによる細部点検の真っ最中だけれど。
もしも、余りにも破損がひどいとか
場合によっては
そうなれば。
艦長以下の海尉たちや准海尉たちは、別の
戦時とあって。
万が一にも乗艦がなくても退役届を出さない限り給料は貰えるけれど、
そこらあたりが、アングル海軍の特徴で。
ただの
艦に乗っていれば、朝昼晩の三食に配給酒も出してもらえるけれど。
どっちにしても
それに対して。
艦長以下の海尉や准海尉は、海軍にとっての正社員。
艦上でも下っ端水兵との生活環境や扱いは大きく異なる。
食い物ひとつを例に挙げても。
艦長や海尉たちは、個人用にパンや肉類の食料や酒などの嗜好品を積み込ませていることが多い。
中には、新任したばかりなどの懐具合が十分ではない海尉もいたりして。
水兵と同じ配給食でも良ければ、安上がりだけれど。
見栄を張ったりすれば
その借金を払うために、戦闘では真っ先に斬りこみをして賞金稼ぎをしなければならないために若い海尉の戦死率は高い。
これが平時ともなれば。
艦長から准海尉たちは、乗艦がなければ半額給は支給されても配給食は貰えない。
結果は説明するまでも無いけれど。
そこそこの金額を得られる艦長はともかくとして、下級の海尉は生活に四苦八苦となる。
領地持ちの貴族や郷士なら家に帰れば食うだけはなんとかなるけれど、海軍軍人の給料だけしか収入が無い軍艦乗りは半額給では生きてゆくのがカツカツだろう。
当人に良い
あるいは准海尉のような、手に職のある専門家ならば。
民間の貿易船や貨物船へ
海軍で出世したければ転職などは論外で、配属艦への辞令が出た時に海軍省へ出頭出来なければ逃亡扱いとなる。
情状酌量してもらえても、乗る筈の艦が出撃していれば辞令は只の紙切れだ。
いずれにしても。
上には上の苦労があるということだ。
ありがたいことに。
一航海を終えて
再志願は受け付けるが、再び
故郷へ帰って、
航海から生還して拿捕賞金を稼げた水兵ならば、別の
どこかの
「うん、俺は
ジェームズは気まずそうな顔をしながら、北西のほうへ手を振ってみせる。
たしか、実家はロンデニウムへの街道沿いのどっかにあると言ってたか。
此処からだと、北西のほうへ延びる街道を行くことになる。
大都市を間近に控える田園地帯の農家なら、作物の売り先には困らないだろう。
そして、
戦死した水兵が遺した孤児たちで海軍に入隊できる年齢に達した男子を、グレイソン
俺には父親が水兵だったという記憶は無いし、母親の記憶すら無いのだが。
どういう関係なのか、事務長さえも詳しい事情は知らないまま孤児院に引き取られていた。
そして、その孤児が男の子であれば成長した後は海軍や陸軍に志願する事を期待されはするが、強制ではない。
幸運な事には。
孤児院では、基本的な文字の読み書きと計算方法は教えてくれたので社会へ出ても困ることは無い。
そして、一人前と見做される十五歳になった俺は孤児院を出されて海軍へ志願する道を選んだという事だ。
海軍というよりはグレイソン艦長の軍艦に志願した俺は読み書き算盤が出来るという事で、
一般水兵とは言っても、
准海尉である
いまだに正式な階級は上級水兵でしかないが、海軍に再志願すれば。
そして、どこかの艦に空きがあれば。
大型艦なら航海長見習いの航海士に、小型艦なら実質上は航海長として扱われる航海長代行の先任航海士に配属してもらえる
そういうわけで、俺は准海尉の正装で街を歩いているのだが。
艦長について行っても良かったけれど。
「いまのところ、俺には乗る
と、艦長に言われた。
このまま艦長の下にいても、小型艦の時からチームを組んできたという航海長は退役する予定は無いらしいから、俺は航海長には昇進できない。
どっちにしても、すぐに乗れる
艦長が
ヒツジとお付き合いする気は、俺のほうに無い。
ましてや。
猟銃を手にキツネたちを追い回すのはいけないと、前世の記憶が告げている?
かと言って。
いまさら、ほかの
少年水兵の頃から航海術の学習以外に戦闘の補助もしてきたから大砲の撃ち方は知っているけど、掌砲長になるには陸軍の砲術ライセンスを取らなければならない。
火薬の調合、砲弾の製造などの職人技は当然として弾道計算や破壊効果などの航海術とは別系統の高等数学も必要となる。
主計長ともなれば海軍省の経理学校を出ただけでは十分ではなくて、海軍省御用達の
おまけに。
海軍省は認めてないが「主計長株」と呼ばれる利権構造があって、世襲か譲渡でないと参入できない。
船舶雑貨商という名称で騙されるけど、彼らは鉛筆や歯磨き粉を売っているわけではない。
いや、それも売っているけれど。
取り扱い量で言えば、保存食としての肉類、野菜、豆、果物、小麦、エール、乾パンに始まって。
水兵の制服、帆布、ロープ、索具、エトセトラ。
船舶雑貨商は軍艦の戦闘力を維持し、軍艦乗りの生活に必要な消耗品のほとんどを納入している。
主計長は。
そうした物資の出し入れをしながら、正当な帳簿計算を操って船舶雑貨商たちと剰余金を生み出すためのやり取りをしている。
そういう頭脳労働の結果として給料の他に、海軍省に報告される剰余金の中から正当な報酬(給料以外の)を得られるのが主計長の特権というわけだ。
そんな莫大な金銭が動く職業ともなれば、孤児院出の
あるいはまた。
船大工や鍛冶師は幼少からの徒弟修業で技術を磨くから、一人前の年齢になった水兵が就ける仕事ではない。
それよりは。
定員を満たすのに四苦八苦しているような、空きのある
孤児院時代も含めて、大恩ある艦長だけれど。
厚意に甘えているのもまずいのかもしれない。
そこで。
俺は、グレイソン艦長に丁寧にお礼を言って。
自分の足で歩く人生を選んだということだ。
まぁ、できればの話だが。
一年くらいは商船勤務をして民間の「航海士免状」を取ったほうが、航海長のポストを貰うためには確実だと言われたけれど。
戦時とあって。
長期の航海にということは、遠距離の
海賊船や私掠船に対抗するには十門くらいは8ポンドクラスのキャノン砲を積んでいなければならないし、航海のための乗組員以外に砲員と戦闘員を乗せなければということで。
大型商船を動かすには大金がかかるし、運が悪ければ船が敵国の軍艦や私掠船に拿捕されたり遭難したりして帰ってこないこともある。
よほど太っ腹な
ということで。
「
戦時下で、スループ艦クラス以下の軍艦だったら、航海長心得の経歴証明書を持つ准海尉並みの熟練水兵が余っているはずなんてないからな。
ジェームズに笑って見せて、俺は右手を差し出した。
*
そして。
ポトチェスタまで行くつもりの俺は、駅馬車屋のドュブリス事務所へと行ってみるこちにした。
「はい~~。ポトチェスタ行きの駅馬車は毎日朝昼の二回、此処から定期便が出てますよぉ~」
案内窓口に座っていた巨乳美人の案内嬢が笑顔と一緒に情報をくれた。
「どれくらいの時間がかかるんだ?」
「はい~~。途中の一泊を入れて二日間ですねぇ~。朝に出て翌翌日の夕方到着ですぅ~」
「料金は、いくらだ?」
「はい~~。六人の乗り合わせで、一人につき金貨一枚ですぅ~」
途中の宿代と全ての食事代が込みだと言う。
事務所の前に停めてある駅馬車の車体はピカピカに磨き上げられて高級感は漂っているけれど、六人もの大人がゆったりと座れるようには見えない。
間違って、お偉いさんなんかと乗り合わせることになれば息苦しくて駅馬車から飛び降りる羽目になるかもしれない。
「歩いて行くと、どれくらいで着けるんだろうな?」
俺が言った途端に、案内嬢の笑顔が引き攣って不審顔へと変化した。
「あたしは歩いたことが無いから判りませんけどぉ~?」
慌てて、事務所で後ろのほうに控えている上司らしい男性の席へと駆けて行く。
「歩くと一週間くらいは掛かるかもしれないということですけどぉ~~?」
窓口に戻って来た受付嬢同様に向こうの男性も、コイツは正気か?というような顔をしている。
でもなぁ。
いくら早く着けるといっても、軍艦の艦内生活同様と思われる狭苦しい駅馬車旅なんか願い下げだ。
「手間を取らせて悪かったな?少し考えてみるわ」
受付嬢の手に銀貨を一枚載せて、笑顔を土産に駅馬車事務所を後にした。
物心ついたころから
駅馬車事務所を後にして、西へ向かって足を動かした。
海軍軍人たる准海尉の制服を着て、懐には金貨・銀貨を持っている人間が宿屋や飯屋から粗末に扱われることはない。
実際に支払うのは銀貨や銅貨がほとんどだけれど。
飯屋の亭主たちからは紳士並みの扱いを受け、給仕の女の子からも好意ある笑顔をしてもらいながらの旅は快適そのものだった。
あまりにも快適過ぎて、陸軍の士官だった旦那に戦死された若後家さんが経営する宿屋に泊まった時には宿泊代以上の歓迎をされちゃったけどな。
街道は陸軍の巡邏隊がパトロールしていて治安状態は良好。
たまに出てくると聞く追剥程度なら、軍艦の斬り込みで鍛えられた俺が恐れる相手ではない。
なにしろ。
国家公認の強盗・追剥を
その確信があればこその、気楽な一人旅。
家々の窓辺や前庭に咲く花を眺め。
町の広場で昼寝している犬たちを眺め。
街道で目の前を横切った黒猫にさえ、笑顔で声をかける余裕があった。
首輪を付けているから、コイツは誰かの飼い猫だろう。
「よう、クロスケ。元気そうだな?」
俺はポケットから固くなってきたチーズの欠片を取り出して、黒猫に差し出した。
「にゃぁ~!はい、神様。いつも、ありがとう」
俺の声に応えて、黒猫が受け取ったチーズをポケットに入れながら挨拶を寄こしたような気がしたのは空耳か。
挨拶はいいけど、俺が神様だって?
だが。
街道の景色を楽しみながら歩いてやろうと思ったのが、間違いで。
慣れないというか。
生まれてこの方、
ドュブリスからポトチェスタへと向かう街道が。
ちょっと内陸へ曲がった、なだらかな丘陵地帯を通る辺りの海なんか見えない
古臭い
うん。
やっぱり、この前の戦闘で
どうやら、幻聴に加えて幻覚が見えるようになったらしい。
だって。
俺を強制徴募すると
海軍徴募隊の海尉ではなくて、海尉でなければ海尉候補生でも准海尉でもなく。
そんな数百年も昔の
ん~~~ん。
「やつ」と呼んだら怒ったぞ。
俺は、口には出してないけどな。
読心術でも持っているのか?
だけどさぁ。
三本マストで。
前檣・主檣に横帆を張って。
後檣には三角帆という、ガレオン船でもクラシック・タイプ。
航海長に連れられて行った図書館で見た海軍史の本に載ってた絵の、海軍の展示博物館にも置いてないほど大昔の
そいつが。
メインマストの天辺に、長い燕尾の就役旗なんか掲げて。
砲門の蓋の後ろに、蓋の数だけ
大砲を両舷で十二門も搭載しているくせに。
怒った口調で。
それも、ご丁寧にもロンデニウム辺りの下町訛にも聞こえる声で。
「あたしは、女の子だからね!!」
と言われてもなぁ。
幻覚に加えて幻聴まで付いて来るとなれば、疑うまでも無く重症だと自己診断をしておこう。
女の子、ねぇ。
まぁ、世間一般では
って。
性別なんかは、どっちでもいい。
相手は
ついでに。
軍艦乗りの習性として、マストと艦尾に目をやるが。
軍艦旗どころか国旗や商船旗も掲げてない、かなり怪しい雰囲気が漂っている。
所属が
たとえ海賊船であろうとも。
どこかの国が発行した
私掠船に対して正規海軍の艦長や海尉が敬意を払ってくれることは無いけれど、
それが。
本物の海賊と、私掠船の大きな違いで。
海賊船と認識されてる軍艦が、どこかの港で補給したり戦利品を換金したりすることはできない。
どころか、港の当局が本気を出せば拘留されることだってある。
そして、運が無ければ
それよりも。
俺のアタマが耐用年数を越えたらしいと思ったことは。
パッと見。
三百トン以上は、あろうかというガレオン船が。
空に。
ぷっかりと。
浮いていることだ。
しかも。
どうやってるのかは知らないが、総帆を広げて張ったままで
あ?
それがどうしたと、思ったアンタは船乗りじゃぁないな。
総帆を広げたままで航行中に海へ錨なんかを投げ込めば船は止まるけど、帆にかかる風圧に引かれてマストは折れることになる。
ついでのことに。
索具だって、ズタボロになって。
幸運が三つくらい重なって代わりのマストが調達できたとしても、索具を張りなおすのは水兵泣かせの
海軍では。
風上側の
もしも。
こんな間の抜けた操船なんかする艦長や航海長がいて、軍港でマストを折って見せたりしたら。
軍法会議に掛けられて、運が良くても懲戒免職で永久追放。
戦闘中にやらかしたりすれば敵艦にとってはカモネギで、運良く生き残れても提督の機嫌次第では銃殺刑もあり得るかもしれない。
いやいや。
それよりも、軍艦が空に浮いてるほうがおかしい。
これでも俺は、ガキの頃から十年以上も
乾パンに住み着いた
その、ベテラン水兵の
軍艦乗りだけでなく、船乗りすべての常識に反する光景を見て。
あんぐりと大口開けて。
コクゾウムシが一匹、コクゾウムシが二匹と。
一から百までの数字を、暗算で足していた。
うん。
あんたの手間を省いてやるけど、合計は五千五十だよ。
「お~い!」と呼ばれて意識は戻るが。
仕方がないから、話を聞くことにしたのだが。
なんでも、
どこぞの海の真っただ中で。
空に溶けたか、海に潜ったか。
配給食に飽きたか、酒が切れたか。
それとも、悟りを啓いたか。
そういう事態は、
ドロった航海長の行き先だとか理由だとかを、詮索している暇はない。
航海長がいなければ。
帆船なんぞは漂う木っ端。
たいていの艦長や提督は貴族の家柄の出が多く、候補生としての基礎教育だってスルーしている輩が大半だ。
六分儀の使い方や船位計算なんて、昇進してしまえば頭の中からデリートが相場だろう。
彼女が乗せている艦長殿は。
見てくれだけの
船位計算なんぞはもってのほかで。
六分儀が何に使う
いやいや。
なんで俺が、
それよりも。
「なんで、
よせばいいのに。
いや、言った瞬間に思ったよ。
余計なことに首を突っ込むと、
海軍生活で、十二分過ぎるx2周くらいは覚えたはずが。
言わなくていいことを。
いや。
言わないほうがいいことを。
ついつい、口に出してしまったオイラが悪ぅございました。
待ってました!と、
「あたいの趣味だ。文句があるのか!」
まことにもって、ごもっとも。
赤の他人の、航海長見習いの水兵ごときが知る範疇のことではない。
思わず、アイアイサーと言いそうになるが。
「へいへい。じゃぁ、今度また」
俺はとぼけて、スルーをしようと
「ちょっと、待った!!」
と。
どこかで聞いたようなセリフを吐いて。
あのねぇ。
俺は水兵だし。
斬り込みだって、やったけどさぁ。
彼女にできる斉射は、たったの片舷6門にしたって。
伝説の騎士や魔法使いじゃあるまいに、大砲の弾なんて弾き飛ばせる筈が無い。
おまけに。
此の世は、魔法なんか無い世界とくれば。
俺も、魔法なんか使えない。
何処の
もしも、
短剣一振りで片舷斉射で六発の弾丸をどうにかできるとは、さすがの
しゃぁねぇな。
「ところで、何の
俺は
因みに。
軍艦では意味もないのに上官の前で笑ったりすると。
相手を馬鹿にしたことになるのだという。
面倒な言い方をすれば、反抗罪。
それだけで、数日分の配給酒を抜かれるし。
運が悪けりゃ、
事の理非はともかくとして。
うん。
海軍も陸軍も同じだと思うけど。
上官の言うことに対しては、
そういうことでは、あるのだが。
ここは、愛想笑いで誤魔化そうとしたけれど。
「バックレるんじゃないよ、上級水兵!」
おっと、
女の子が口にするには随分と、俗な言葉が飛び出した。
あ?
俺は失敗に気が付いた。
なにしろ、大砲を突き出してる軍艦に逆らうのは命知らずの上を行く話。
きっちりと姿勢を正して。
「アイアイサー!」
と棒読みで、気合を入れた振りをする。
「ふん。わかりゃぁいいんだ」
と言われたけれど。
いやいや。
やっぱ、話が見えていないんだよね。
俺を
まさか。
その不届きな
オトロシイことに。
万に一つの可能性を考え付いたが。
「ぴんぽ~~ん」
と。
彼女の時鐘が。
あらぬ音階で鳴り響く。
だからぁ。
此処で。
俺は強制徴募を免除されてる、
でも。
それなら。
それ
俺の心の迷いを、読み取ったとみえて。
「うん。
すかさず。
ウキウキした声で、
因みに。
「お前、
と、二本目の釘は刺しておく。
相手がそういう意向ならと、話に乗ったふりをして。
「俺は、お前の
一応、確認はしておくことにする。
こういう、
ひとつの単語に、複数の
それも、この場合。
俺と彼女の言ってることは、文法的には一致してると信じることにする。
信じてないと、
信じる者は、救われる。
意味は違うかもしれないが。
契約書なんて、そんな単語が分列行進しているもんだと。
いつだったか、主計長に教わった。
上級水兵の階級と経験は、伊達ではない。
「ん?」
戦時中の、このご時世に。
偶然なのか、狙ったのかは知らないが。
そういう結論になったとみえて。
「ん。そういうことで」
え?
握手??
と思った、次の瞬間。
俺は
***
そんな。
准海尉の制服を着た上級水兵が、時代外れなガレオン船に取り込まれる光景を。
ちょっと離れた丘の陰から、迷彩塗装した望遠レンズ付きデジタルカメラのモニターを見つめ。
耳にはパラボラ型の携帯収音器から伸びたチューブの先の耳栓を、はめ込んで。
しっかりと見ていた
マスターという
見逃していたことに、気が付いていなかった。
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