04話.[分かっているわ]

 六月手前のそんな微妙な頃、元子とまた会うことになった。

 今日は雪子もいないから集まって放置される、なんてことにはならなさそうだ。

 元子にとってそれがいいことなのかは分からないけど。


「犬子ちゃーん!」

「こんにちは」


 こちらはあくまでフラットに対応しようと決めている。

 多分、どうでもいいんだ。

 あくまで愚痴を聞いてくれる相手ぐらいの認識でしかないはずだからこれでいい。


「あれ、なんか雰囲気変わった?」

「私が? なんにもなかったけどね」


 放課後になったら速攻で帰るを繰り返しているだけだ。

 でも、やる度に教室の方がいいなと感じて微妙な気持ちになるまでがワンセット。

 だから教室以外の校舎内で過ごそうとしているところだった。


「そう言う元子はなんか珍しい髪型をしているね」

「うん、最近は横でまとめているんだよね」


 高校に慣れてくるとそれはそれで問題も出てくる。

 何故なら、色々なところが緩くなってくるからだ。

 化粧をしたりとか、友達と騒いだりとかそういうの。

 適度な緊張感というのは必要なのかもしれない。

 緊張しすぎるのもまた問題だけどね。


「あ、ごめん、今日は雪子を連れてこられなくてさ」

「なんで? 私は犬子ちゃんと会えるだけで嬉しいけど」


 ほんとかよ、流石にそれはないでしょ。

 この前の最後の方なんてこっちに意識すら向けなかったしね。

 雪子と会うために集まっていたんだから間違ってはいないものの、あの日ほど帰っていいだろうかって思った日はないからね。


「とりあえず、ゆっくり歩こうか」

「そだね」


 それで一緒に目的もなく歩いていた自分だったけど……。

 この前のこともあって素直に受け取れなくて駄目だった。

 こっちといられて嬉しいとか、楽しいとか言ってくれているのに、そのまま信じることができないでいる。

 まあひとりぼっちになる人間なんてどこか問題があるに決まっているのだ。

 私はこういう疑心暗鬼というか、深読みしすぎてしまうところが原因だったのかもしれないと分かった。


「犬子ちゃんならどっちを選ぶ?」

「私なら白色かな」

「なんか夏にぴったりだよね」


 それでも一応大人のつもりでいる自分は表に出したりはしない――ようにしているつもりだ。

 それに服を選ぶセンスがないので、センスがありそうな彼女をよく見ておいた方がいい気がすると判断してのことだった。


「でも、これから梅雨だからね、……登下校が大変そうだ」

「雨が降らなきゃ困るということも分かっているけど、やっぱり晴れか曇りの方がいいよね」

「うんっ、私も同意見だよっ」


 梅雨なら余計に残りたいところ。

 灰色の世界を安地からゆっくり眺めるって幸せじゃん。

 よし、間瀬先生が来る時間を把握しよう。

 それでもし来たら一旦隠れて、戻ったらまた教室でゆっくりしようと決めた。

 やっぱり好きなんだ、間瀬先生には悪いけどその欲を優先させてもらうことにする。


「あ、パフェだってっ」

「食べる?」

「うんっ」


 パフェなんて友達がいない自分としては食べる機会がなかったから地味に嬉しかった。

 しかも今日は一応、友達みたいな存在の元子と来られているわけなんだからもっといい。


「美味しいっ」

「本当にね」


 今日の目的はなんだろうか?

 雪子ともっと仲良くなりたい! とかだろうか?

 それなら連絡先も交換しているんだから雪子を誘えばいいのにと考える自分がいる。

 あくまで憶測だからあれだけど。


「雪子ちゃんってさ」

「うん」

「犬子ちゃんと仲がいいの?」


 どうだろうか、毎日必ず話すわけでもないしな。

 挨拶ぐらいはするからあくまでクラスメイトって感じの関係といったところか。

 うんまあ、仲が悪いわけでは決してないな。


「雪子と仲良くしたいなら気にせずにすればいいよ、私と雪子はあくまでたまたま話したような仲だから」


 友達になったはずなのにアレということはあの子にとって友達とはそういうものなのかもしれないし、単純に口先だけの友達ということもありえる。

 まあ向こうが馴れ合うことを避けているのなら自分からしつこくなんていけないさ。

 そもそも私の根本的なところが変わっていないからこうなっても無理はないというか……。


「違うよ、あ、いやまあ出会ったからには仲良くしたいけどさ、私の方が先に犬子ちゃんと出会っていたのに簡単に仲良くなられても複雑だと思ってさ」


 あ、そういえば三年間一緒のクラスだったんだっけ?

 とはいえ私は認識していなかったし、仮に認識していても仲良くなってはいなかっただろうから意味のない話だろう。

 というか信じられないって言った方が正しい。

 じゃあこの前のあの対応はなんだったのかって聞きたくなるぐらいだもん。


「ま、誰とも仲良くないよ、元子ともそうだし」

「え、私はもう仲良くなれていると思っていたけど」

「矛盾してない? じゃあ不安にならなくていいでしょ」

「意地悪……」


 彼女にとっての私ってなんだろう。

 気になったから聞いてみた結果、彼女はなんとも言えない表情を浮かべて黙ってしまった。


「あ、私にとっての犬子ちゃんは……」

「うん」

「高校とかも違うけど、まだ一緒のクラスで学んでいるような感じのする女の子なんだよ」


 それはクラスに必ずひとりぐらいはひとりぼっちの人間がいるからじゃないだろうか?

 この高校にもいたぐらいだし、彼女の高校にだって恐らくいるだろうから。


「分かった、雪子を連れてきてほしいからか」

「は? 違うよっ、だからそれよりも犬子ちゃんと仲良くする方が優先だからっ」


 私が分かるのはあくまで表面のみ。

 だからそこを疑っても仕方がないから今日はとりあえずそういうことにしておいた。

 言い合いになると面倒くさいし。


「……私はひとりぼっちでいる人を放っておけないんだ」


 つまり義務感ということか。

 自分が行かないと潰れてしまうかもしれないからってこと。

 私はそこまで弱いつもりはないけどね、弱いならとっくの昔に不登校になって終わっている。

 そもそもどんなに馬鹿にされようがなにかをされようが休むなんてしてやらない。

 私の味方でいてくれている両親にだけ気に入られるような行動をしておけばいいんだから。


「犬子ちゃん以外にもそういう子がいたんだよ。私は放っておけなくてしつこく話しかけて味方のつもりでいた。だけど……向こうにとってはそうじゃなかったんだよ」


 そりゃそうだ、そうでなくても他人に対して警戒気味なのにいきなり踏み込まれても急に変えることなんてできない。

 人間性の違いの差だ。

 陽キャだ陰キャだなんて言い方はするつもりはないけど、どうしたって人によって差があるのは事実なんだ。


「じゃあ話しかけてこなかったのもそういうこと?」

「うん、情けないけどそんなところかな」


 それは正しかったとしか言いようがない。

 変える気のない人間に変えようだなんて言ったところで時間の無駄でしかないからだ。

 それこそその時間を他者のために使った方がいいとしか言えないし。


「そのときになって分かったんだ、所詮、誰かのために動けている自分が好きだっただけなんだってことが。もし本当に他者のことを考えて動けていたなら、相手に拒絶されても何度も明るく一切気にせずに近づいていただろうからさ」


 待て待て、なんでこんな話題になっているんだっけか?

 過去話になんて興味はないぞ。

 だってどうせ知ることができたからって過去の行いを変えられるわけではないし。


「この話は終わり」

「あ、うん……」

「せっかく遊びに来ているんだからさ」


 パフェを全て食べ終え、窓の外を見つつひとつ息を吐く。

 これならやっぱり雪子を連れてきてただ付いていっている方がいいと思った。

 自分がメインで誰かと話しているというのは違和感しかないから。


「いまから雪子を呼ぼうよ」

「あ、犬子ちゃんがそう言うなら」


 午前は用事があると言っていただけで午後も無理とは言ってきていたわけじゃない。

 元子がいると言っておけば来てくれる可能性はぐっと上がるだろうからいいだろう。




「悪いね、何度もしつこく頼んで」

「別にいいわよ」


 元子がお店に寄っている最中、途中で謝らせてもらった。

 私も元子のことを考えているふりをして本当は自分が楽をしたいだけだから人のこと言えないんだよなあと。


「あなたは今日最悪な感じね」

「あ、拒絶オーラ?」

「ええ」


 そりゃしょうがない、この前ので駄目になったから。


「それに雪子には言ってあるでしょ」

「ええ、分かっているわ」

「だから今日だけ付き合っておくれ、普段は来なくていいから」


 明日とかその後のことはいまどうでもいい。

 私はいまを乗り切れればそれでいいんだ。

 これだって元子から誘われて会っているだけだし、帰らないだけありがたく思ってほしい。

 まあ、帰らないことがいいことなのかどうかは段々と分からなくなってきているところではあるけど。


「って、普段来ていないのって」

「なに?」

「ううん」


 自分の行動と発言のせいやないかい、と。

 元子が戻ってきたので元子か雪子の望み通りに行動開始。

 見ているだけで分かる、ふたりが陽キャだということを。

 まだ数週間も経っていない人間とも普通に仲良くお喋りができるというところが素晴らしい。

 雪子には私にはない強さがある。

 あれこそ、自分の意思でひとりでいると言えることだ。

 あんまりそういうつもりはないけど、結局のところひとりでいることできない私とは違う。


「雪子はどういう服が好きなの?」

「私はワンピースが好きね、着ることはないけれど」

「え、なんで、絶対に似合うから着ようよ」

「じゃあいまから買うわ」

「え!? 買うの!?」


 か、買うのか。

 お茶目でどこかズレてて、綺麗で積極的、そういう部分がプラスに働く人間ってチートだろこれもうと不満が溜まる。

 あからさまな差を見せつけられると文句も言いたくなる、が、そういう素晴らしい能力を有している人間からすれば努力もしていないくせに喚く人間だと片付けられて終わるだけ……。


「これにするわ、犬子も白色の方がいいと言っていたし」


 え、それは元子にしか言ってないはずだけど……。

 まあいいか、やっぱり白色は王道だと思うから。

 というか相当な自信がないと着られないし、彼女であればそれだって堂々と着こなせるはずだから。


「早速着てみたわ」

「おおっ、綺麗だねっ」

「そう? 犬子的にはどう思う?」

「なんかもう夏になったみたい」

「ふふ、確かにそういうイメージがあるわよね」


 それはよく中学時代にノベルばかりを読んでいたのもあるんだけど、……いやマジレベルが違いすぎるぞこれは。

 綺麗と言うのは安直だったし、なんか悔しいところがあったから素直になることができなかった形になる。

 だからあくまでも気にしていないですよ~的な雰囲気を出しながらいまのを吐いたわけだ。


「よし、次は犬子ちゃんが行きたいところに行こう」

「んー、それなら本屋かな、ただ見るだけでも楽しいから」

「いいよっ、行こう!」


 やべ、本当は興味ないのに適当に言ったら通ってしまった。

 読書は別に好きじゃないんだよ、ただ時間つぶしのために利用させてもらっていただけでさ。

 あ、でも、元子も雪子も本屋は本屋で楽しそうにしているからいいかな。

 余計なことは言わずに今日をやり過ごそう。


「犬子はどういう本が好きなの?」

「え、あ、アニメ……とか?」

「そうなのね」


 長続きしねえ……。

 やっぱりコミュ障かも、だからこそ他人を遠ざけていると考えれば辻褄も合う。

 他人を理解しようと動くものの、毎回毎回上手くいかなくて面倒くさくなってやめている、的な感じだと思う。


「雪子ちゃん、これとこれならどっちがいい?」

「私ならシンプルな色のこの服ね」


 ここに来てもファッションってすごいな。

 じゃあ私の行きたいところなんてどうでもいいから服屋ばかりを見て回れば良かったのになんて思う可愛くない自分がいる。

 かろうじて帰らなくて済んでいるのは両親のおかげだ、ある程度の常識は備わっているのだ。


「あっ、部活の先輩から電話がかかってきたっ」

「出てきなさい、私達はあのベンチに座って待っているから」

「うんっ」


 はぁ、商業施設などと違ってお店に寄っては出て、出てはお店に寄ってを繰り返すのは疲れるなあ。

 こうしてたまに設置してあるベンチがいまの私には効果的だ。

 これがなかったら辛すぎていま頃帰っていたかもしれない。


「あなたのいいところは最後まできちんと付き合うところね、まとっている雰囲気はおいておくとしても」

「うん、途中で帰ったりはしないよ、それをしろと両親から教えられてきたわけじゃないから」

「あとはもう少しぐらい雰囲気が柔らかければいいのだけれど」


 私にとっての普通と彼女達にとっての普通が違うから無理だ。

 変えろと言うことは押し付けているのと一緒のこと、自分がされたくないから相手にもそうしていないということを分かってほしかった。

 そもそも友達だろうがなんだろうが相手に変われと言うなんて傲慢ではないだろうか?

 まあ私が単純に自分に甘いだけと言われればそれまでだけどさ。


「ごめんっ、部活の先輩がこっちに来てくれているみたいでさ」

「それならそっちに行けばいいわよ」

「ごめんねっ、今度なにかお礼するからっ」


 ……やっぱり雪子が目当てだったんじゃん。

 なんのために私は今日、呼ばれたんだろうか?

 自分じゃ恥ずかしい、もしくは勇気が出ないから頼もうとしたということなの?

 まあいいけどさ、メインがいなくなったからここで解散だ。


「雪子、今日はありがとう」

「ええ」

「家の近くまで一緒に帰ろ」

「そうね」


 うん、やっぱり雪子とだけだとなんにも不安にならなくていいって分かった。

 彼女は紛らわしいことを言ってこないし、彼女が他人に、私に期待しているようには思えないから。


「雪子はさ、元子と仲良くしたいって思う?」

「不仲よりはいいわよね」


 それは確かにそうだ。

 好かれることはなくていいから少なくとも嫌われないようにと考えて行動している。

 途中離脱しないのはそれが一番大きいのかもしれない。

 まあいるだけで嫌な気持ちにさせてしまっていることもあるだろうけどさ。


「連絡先も交換しているわけだし会っていたりとかするの?」

「ふたりきりで行動したことはないわね、連絡がきても疲れたとかそういうことだけだし」


 へえ、それはまたなんとも意外なあれだな。

 他校だからと遠慮をしている可能性もある。

 前に言っていたことが影響しているのかもしれないし、単純にほどほどでいいと考えているのかもしれないし。

 考えたところで私は元子ではないからやめておいた、疲れるだけだから無駄だ。


「私はこっちだから」

「あ、うん、ありがとう」

「ええ」


 今日は母がいないから家に帰ってもひとりで暇だけど、変に誘われて放置されるよりはマシかなと片付けたのだった。




「はよー……」

「お、おはようございます」


 起きて一階に移動したら母ではなくあの子がいた。

 今日は母も朝からパートでいないため、なんで残っていたのかなんて聞かなくても分かる。


「あの、仲直りできました」

「良かったね」

「はい、自分がわがままだったということも分かりました」


 私だって不満を多く吐き出していたから偉そうには言えない。

 なので、気づけて良かったねと――これも結局偉そうだけど、とにかくそんな風に言った。


「私、雪子さんみたいになりたいです」

「確かにあの子は不満とか言わなさそうだしね」

「でも、少し怖いんですよね」


 聴覚がおかしくなったのかと思ったがそうではなかった。

 そうか、彼女も少し前までの私みたいな感じなんだなと。


「雪子が怖い? 怖くないよ」

「え、そうですか? 雪子さんが無表情だと見られただけでひぇって気持ちになるんですけど」


 あの子も少し損をしちゃっている感じかな。

 本当は滅茶苦茶柔らかいんだ、だけど雰囲気で損をしている。


「その子から拒絶オーラがすごいと言われる私と話せているんだから大丈夫だよ、仲良くしたいなら自信を持ってそのまま伝えればあの子は受け入れてくれるよ」

「えっと、犬子さんと仲良くしたいです」

「やめておいた方がいいよ、つまらない人間だからね」


 ちょっとだけ疑心暗鬼状態というか、近づいてくる人のことがちょっと信じられなくなってしまっていた。

 別にこの子が悪いわけじゃない、あれがあった後でなければ必殺「別にいいけど」で受け入れていたところだった。

 でも、いま無理に受け入れても結局いい方向になんていってくれないからこれでいいんだ。

 一緒に過ごす中でその相手のことを知っていくしかないんだ。


「いい子だなんて言ってもらえる人間じゃないんだよ、きっと猫子のご両親は人違い、勘違いをしているんだと思う」


 そもそも名字すら知らないんだから。

 だから一ヶ月に何度か会って少し話す程度ぐらいに留めておくのが一番なんだ。

 うん、絶対にそう。


「話は終わり? それなら帰った方がいいよ」

「むぅ」


 半ば追い出すようにして扉の鍵を閉めた。

 人付き合いはいいことばかりじゃない、それどころか疲れることばかりだと言っても私レベルでは過言でもない。

 踏み込んでこようとする人間が現れる度に鍵を開けていたら駄目になる。

 本当に気を許せる人間にだけの限定にしないといけない――とは分かっていても中々難しいのが現状で。


「休みなんだし二度寝しよ~」


 明日からはあの作戦を実行する。

 間瀬先生がいないときであれば苦い思い出を思い出してしまうようなこともないだろうしね。

 あれはもう日課なんだ、だから続けさせてもらうつもりだ。

 これからは雨も多く降るだろうし雨宿り的なこともできるから悪いことばかりじゃない。

 ま、早く帰ればいいだろって言われたらそれまでだけどね。

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