第7.1話 チーム、再び

 ホテルに帰るためにモノレールの駅に向かった。駅前のロータリーで、緑の線が入ったブレザーを着崩している、年上の男に声をかけられた。予想では高等科に通っている年だろう。


「ちょっと良いか?」


 男が写真と僕を見比べて、確認している。


「お前だよな? 『白い翼』に依頼してきたのは」

「……そうですが、やめましたよ」

「おい、いたぞ」


 答えを聞くと、他の男に声をかけた。

 年頃は同じだろう。こっちは詰襟の学ランだった。


「この子か?」

「ああ、監視カメラの写真と同じだ。本人の様だ」


 学ランの男が屈んで、目線の高さを合わせる。


「トップが直に会いたがっている。来てくれないかな?」

「さっきもいいましたが、やめましたよ」

「事情は聞いている。不快な目にさせたようだね。それも含めて、トップの人と会ってくれないかな?」

「依頼している人からチームを紹介されましたけど、変更になったので、話しても意味ないですよ」

「そうなんだ。でも、会ってくれないかな。うちらの面子の問題でもある」


 さっき聞いたような同じ種類の話だ。


「……面子ですか?」

「ああ、うちらは子供相手にトラブルシューティングもしている。それにも関わらずに、話を真面に聞かなどころか、不快な思いをさせてしまった。後々の事を考えれば、チームの信頼にヒビが入る。それを回避したい」

「おい。無理やり引っ張ればいいじゃないか」


 ブレザーの男がイラついて間に入った。


「それはやめた方が良い。あいつと一緒だぞ。それに丁寧に持てなせといわれているだろう」

「だが、ガキ一人に、何でここまでするんだ? 依頼を取り止められるのも、初めてではないだろう」

「それは知らないが、何かあるのだろう? 何度も繰り返して注意されたからな。それより、急いで連絡してくれ」

「わかったよ」


 ブレザーの男が携帯端末を操作して電話をかけた。


「済まないが、時間をくれないか。内容によっては直ぐに済むから」

「はあ」


 面倒事になっているようだ。大したことのない事だと思うが、ブレザーの男の反応から大事の様に感じる。背筋を伸ばして、イエス、サーとでもいいそうな直立不動の態勢で話をしている。何があったのだろうか?


 ブレザーの男が携帯端末をポケットにしまうと、脱力して言葉を吐いた。


「こっちに来るって。トップが直々に。それまで引き留めておいてくれとさ」

「わざわざ? 信じられんな」

「トップがそういったんだ。……というわけで、少し待っててくれ。車で来るから早いだろう」


 ブレザーの男がこっちを見た。


「もう、帰りたいのですが」

「おい、トップに会えるんだぞ。滅多にないことだろ」

「でも、用がないですし、色々と面倒くさそうです」

「信じられねー。トップに会うことなんざ滅多にないんだぞ」

「……そうですか」

「反応が薄いな。うちらの事をよく知らないのだろう」


 学ランの男がいった。


「情報だけなら知ってますよ。トップグループのチームで、バックに警察OBがいる」


 ブレザーの男が顔をしかめる。


「なんだそれ。警察OBが絡んでいるなんて知らんぞ」

「足の裏に加速式ブレードを付けられない理由の一つですよ。それと、裏で訓練と経験を積んで、表で実績を作り、警察官になる人が多いらしいですよ」


 学ランの男が驚いている。


「初めて聞いた。それ、本当の話か」

「情報屋がいっていたので、本当だと思いますよ」

「情報屋? なぜ、情報屋が出てくる?」

「詳しい事はいえませんが、依頼をしていますから」

「探偵とか、か?」

「探偵ではないと思います。荒事専門のプロといわれましたけど」

「……なるほど。情報屋で荒事専門か。それが本当なら、うちらを必要としないわけだ」

「そういうわけで、帰っていいですか?」

「いや、待ってくれ。俺たちでは判断できない。トップに聞いてくれ」


 学ランの男の顔色を見ると、本気の様だ。

 面子に関わる面倒な話に巻き込まれたくなかったが、対応しないと今後に響きそうだった。


 ジュースを貰って飲みながら、駅のロータリーの椅子に座って待っていると、荷台のワンボックスカーが空から降りてきた。それを見ると、二人の男は立ち上がり、ブレザーの男が駆けていった。遅れて、歩きながら近づくと、全身装甲のパワードスーツがドアを開けて降りてきた。そして、もう一人パワードスーツを着た者が反対のドアから出てきた。

 パワードスーツを着た者は警戒心を放ちながら辺りを見回している。そして、僕を見て止まった。警戒心が一気に上がったようだ。感じる視線を離そうともしない。そして、車の中の人を止めるように手を上げた。しかし、それは押し退けられた。

 一人の男が出てくる。おしゃれで格好よい男だ。おそらく、この人がトップなのだろう。威圧感のある真っ直ぐな視線で僕を見ていた。遅れて下りてきたのは、先ほどの人と身なりは少し劣るが、オシャレに気を使っていそうな男が下りてきた。


「君かい? 依頼をしに来たのは」


 格好よい男がいった。


「そうであります。このガキがそうです」

 ブレザーの男が答えた。


「いや、君に尋ねたのではない。直接、本人と話がしたい」

「すいませんでした」


 視線が僕に集まった。


「確認だが、君が依頼主か」

「そうですけど、キャンセルしましたよ」

「ああ、その事か……。うちのバカが迷惑をかけた。留年して腐ってたからな。申し訳ない」


 鋭い視線が少し緩んだ。


「いえ。それ以外の理由でも、断ってますから」

「あいつに責任を取らせて除名したが、無駄になったか?」


 その判断を下したのは当然とばかりに、言葉に揺らぎがなかった。


「いえ。関係ありません。ただ、情報屋が本気になったので、必要なくなったのが本音です」

「情報屋を使っているのか? 誰かいえるか?」

「いえ、いえませんし、偽名ですよ」

「偽名でもいえるか?」


 取って付けたような名前だが、いうかどうか迷った。しかし、チームとは縁を切ると思えば、いう必要もないと判断した。


「いえ、関わらない方がいいので」

「それは困るな。うちのチームの信用に関わる。依頼を受けさせてもらえないか?」

「止めておいた方がいいですけど」

「悪いがチームの沽券こけんに関わる。引くことができない」

「ですが、危険ですよ。怪しい奴が出てきましたし」

「怪しい奴?」


 鋭い視線がさらに鋭くなった。


「ええ。サソリのマークをした紫の全身装甲のパワードスーツの能力者です」

「能力者で紫のパワードスーツ?」

「ええ。変ですが」

「変とは思えないな。能力者といえども、足りない力を補うために着ることはある」


 まただ。一般認識では能力者がパワードスーツを着るのは当たり前の様だ。だが、それは能力者といえるのだろうか。判断に迷う。今まで見てきた能力者、特にパスファインダーは必要としなかった。そればかりかパワードスーツ以上の力を持っていた。


「僕が知る能力者は、パワードスーツを必要としないほど力を持っていましたよ。スーツを必要とする能力者が信じられないです」

「……そうか。君は思っていたよりものを知らない様だ。戦闘型の全身装甲のパワードスーツ。これはアーマードスーツともいい、三流のパスファインダーなら着るし、一流でもアーマードスーツを自分の武器として改造して着ることもある。後は毒ガスや細菌などの防護服代わりに。または素性を隠すためとか」

「アーマードスーツですか?」

「ああ、バトルスーツともいうこともある」


 それでも信じられなかった。イリアさんにジュウゴの叔母さんのレイカさん、ライムントも着なかった。それとも、僕を組み手の相手にするには必要がないからだろうか?


「リーダー。紫色のサソリ、ヤバいです」


 ノート型の端末を持った男がリーダーに画面を見せた。覗き込んだリーダーの顔色が変わった。


「これ、本当か?」

「ええ、OBに連絡したら、直ぐに返信が来ました」

「君、これを見てくれ」


 粒子を固定してノート型なった端末の画面を見せられる。そこに映っていたのは、襲ってきたアーマードスーツと同じ形のものだった。


「襲ってきたアーマードスーツと同じです。マークも同じですね」

「本当なら危険だな」


 会話を聞き、やはり危険なのだと再認識した。しかし、ジュウゴは何に手を出したのだろう?


「襲われたといったな。なぜ、生き延びられた?」

「なぜといわれても、戦っている時に、相手のアーマードスーツが自壊して、足にまとわりついた隙に逃げました」

「戦った? 自壊だと……? 相手は売り出し中の殺し屋だぞ」


 リーダーが周りを気にして、最後の方は声をひそめた。


「殺し屋ですか。そうは見えませんでしたけど」


 マキナさんからは殺し屋とは聞いていない。しかも、相手の気配に暗い影はなかった。人殺しを繰り返しているなら、恨みを買い負の黒い感情エネルギーがまとわりついているはず。それに、オーラにも暗い影を落とすと聞いている。しかし、オーラにはそのような気配はなかった。実際に見た印象と情報が合わなかった。


「この件には手を出すべきではありません」


 ノート型になっている端末を持つ男が、声の音量を落として忠告した。


「だが、彼は逃げたとはいえ、戦ったのだぞ。相手がプロとはいえ、引くに引けないな」

「誰もついてきませんよ。行方不明者の捜索とはいえ、手を出した相手は殺し屋ですよ」

「行方のみに絞れないか?」

「行方どころではありません。死体を探した方が早いです。しかも、そうなると、沈められた場所を探すことになるので、マフィアに目を付けられます」

「だが、多少の危険を侵しても、問題ないだろう?」

「相手が素人やチンピラなら問題ありません。ですが、今回はプロですよ。分が悪すぎます。最悪、死亡者が出ます」

「ガキの喧嘩とは違うか?」

「はい。その通りです」

「だが、彼はどうする。このまま、見送るのも目覚めが悪い」


 僕に視線が集まった。


「僕なら逃げますので、問題ないです」

「あっさりしているな。自分が死なないと思っているのか?」


 改めて問われると、考え込んだ。死を意識した事はある。人間は簡単に死ぬ。だが、それ以上に、死なないと何も支えもない自信があった。そして、同じようにジュウゴも生きていると思っている。


「たぶん。……そうですね。そう思っています」

「だったら、情報屋に全部を任せろ。情報屋という名のトラブルシューターだろう。君が危険に手を出す必要はない」


 確かにマキナさんに全てを任せて、結果を待つのもいいだろう。しかし、任せたままでは、進展しない気がした。


「必要はなくても、放置できません」

「いや、ダメだ。この都市から離れろ。それで、全ての危険が遠のく」

「それでは来た意味がないです」

「死ぬよりマシだ」

「死ぬ気はないです」

「これ以上は言葉で話しても無駄だな」


 リーダーが指を鳴らす。控えていた全身装甲のパワードスーツの二人が動いた。


「悪いが強制的に保護させてもらう。心配するなOBに頼んで保護してもらうだけだ」


 リーダーの言葉が終わると同時に、パワードスーツの男達が襲いかかってきた。

 右側のパワードスーツが無造作に掴み掛ろうとしている。能力を開放して両手で強く弾いた。ベキィと嫌な音を立てて二人の腕の装甲が弾き飛ぶ。そして、パワードスーツの腹を両手で押した。すると、飛んでいった。もう一人のパワードスーツは見方がやられながらも、こちらに掴みかかろうとしている。向き直ったもう一人の膝を蹴り、姿勢を崩した隙に懐に入り、あごに掌底を叩き込んだ。そのまま後ろに体をそらして、地面にぶつかると止まった。


「中身はアーマードスーツと同じだぞ」


 リーダーが驚いていた。他の者も驚きで動きが止まっていた。

 そんな中、能力者にはアーマードスーツは必要ないと確信した。もう依頼の件をぶり返さないだろう。

 そして別れの挨拶をする。


 「失礼します」


 別れの挨拶に対して返ってきた言葉はなかった。

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