道行きの先に

2121

打ち上げの焼肉屋にて

「先輩、悔しいです!」

 涙をジャージの袖で拭き、くぐもった声で後輩は言う。

 妻が身重だからと来れない監督の代わりに、インターハイの引率にきた。母校を卒業し、コーチとして毎週高校にいくのももう五年になっていた。

 後輩たちが泣いているのを見ながら思い出すのは五年前の私で、同じように負けてしまった高校三年生のときのことだった。

 焼肉屋の広い個室で、「分かるよ」と思いながら私は彼や彼女たちを眺めている。コーチとしてずっと側で見てきたから、余計にそう思う。

「陸上を始めたきっかけは?」

 私はみんなにそう聞いた。

「お金が一番かからなさそうだったから」

「走るのが好きだったから」

「お姉ちゃんに、憧れたから」

 私のきっかけは、もっと簡単で『友達が入るから』というものだった。最初なんてそんなもの。みんな他愛ない理由だ。始めから優勝を目指して始める人は多くない。実際に始めてから、だんだんと目指す先が決まっていくのだ。

 きっかけは何であれ、何かを始めてゴールにたどり着くということは、それだけで誇れることだ。今はまだ分からないだろうけれど、『何かを始める』ということは意外とハードルの高いことだから。

 始めた人の前にのみ、ゴールは現れる。ただゴールが現れたところでゴールする前に挫折したり不慮のことでリタイアしたり、道はいつだって平穏と言う訳ではない。

「やり遂げてゴールをするということは、それだけで素晴らしいことだよ。いいインハイだった。それに、みんな楽しかったでしょう?」

「楽しかったです!」

 悔しかったけど楽しかった、これまでの練習や色んなことを思い出しているのだろう。そしてやりきった。複雑に絡み合った感情は、彼女の素敵な笑顔になった。

「けど、先輩!」

 にわかに顔を歪ませて、言う。

「やっぱり優勝したかったです!!」

「そうだな……私も、悔しい」

 痛いほどに、その感情が伝わってくる。

 いつだって目指すのは一等賞。出来ることなら、私も華々しい優勝を添えて卒業させたかった。

 悔しくて、悔しくて、悔しいけれど、一番が欲しいのはみんな同じ。周りも同じように努力をして、ゴールへ一直線に走る。実力や練習、または運と呼ばれる何かが足りていなかったのだろう。

「悔しいよな。けれど、これまでの日々は、今後君たちを絶対に裏切ったりしない」

 高校を卒業して五年。あの頃は練習は大変だったし、人間関係ももつれたことがあったし、先に控える受験だとか、色々と考えることが多かった。部活に打ち込んで、大会でゴールにたどり着いたあの日々のことはいい思い出だしあの頑張りが私を裏切ることは無かった。きっと、この子達にとってもそうであるだろう。

「ひとまずはお疲れさま。今日は監督から打ち上げ代も預かっているから、みんなでパーっと使っちゃいましょう!」

「はーい!!」

「肉を焼くぞー!」

「おー!!」

「では、みなさまお水とジュースは持ちましたか? かんぱーい!!」

 ガラスをぶつけて、乾杯をする。

 そうして、涙を拭いて美味しい肉を焼き始めるのだ。

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道行きの先に 2121 @kanata2121

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