軍人病院

過去に少しだけ触れた心霊スポットへ行った時の話をしようと思う、安易にあの世との境目を踏んでは行けないという戒めとして。


**


あれは専門学校へ通っていた一年目の夏の出来事だ。


同じクラスの僕は真田、瞬、庄司、智樹のバカ五人組でいつもつるんでいて暇なので瞬の地元にある軍人病院に肝試ししに行こうという話になった。


真田が金持ちのボンボンだったので買ってもらったばかりの4WD車を出してくれるらしい。




***



コンビニで懐中電灯と酒とつまみを買い運転している真田には涙を飲んでもらい車中で酒盛りを始める。

山奥をひた走る一台の車、動物園の様に20そこそこのガキたちが中で騒いでいると件の場所の麓に着いた。真夜中で外に出るとしとしと雨が降っていた。


車を止めたすぐそばにはロープウェイがありかなりの高さの場所まで来た事が伺える。


瞬が話し始めた。


「この階段を登ると右手に森がありそこを抜けると病院がある。地元ではダントツでヤバイ場所やから気をつけて行こう。」


瞬が指差した階段を見ると心細い石段が100程続いていて何よりも左手は断崖絶壁だった。

下には鬱蒼と茂る森が続いていて落ちて万が一助かったとしても帰る事は不可能だろう。


緊張が走る。そんな中空気の読めない真田が


「え?お前らビビってんの?」


と茶化す。

血気さかんななんちゃってヤンキーの馬鹿たちはその言葉に声を取り戻した。


「行ったる行ったる。」


僕はこのメンバーのリーダーとして引くに引けなくなった。


懐中電灯を着けてルールを決める。


おばけ関係なくこの場所は危ないから決して走らない。押さない。


何かを見ても車に戻るまでは話さない。


そうして僕たちは傘を差して階段を登り始めた。


順番は僕、真田。庄司、智樹そして最後には霊感が強いという瞬が続く


階段は濡れていて所々崩れている。冗談を言える状態ではなくまるで古い村の葬列のように僕たちは進んでいく。


何とか階段を登り切ると真っ暗な森が口を開けていた。


入り口の木が二本、まるで門の様になっていて奥を照らしても途中で光は吸い込まれる様に先を写してはくれなかった。


「マジやばいやん、めちゃくちゃ怖いんやけど。」


僕は引きつり笑いをしながらやたらめったらにライトを照らす。


門の様な木の中央に光が当たった途端懐中電灯が消えた。


「もうええてー」と三人に言われる。

本当に消えているというのに。


その時最後尾の瞬が一切の感情を無くした様な声で言った。


「帰ろう。」


皆無言になり無音になる、虫すら鳴いていなかった。

僕は直感で理解する、瞬は何かを見たのだ。


帰ろうと皆に声をかけ後ろを向き僕が最後尾になる。

ライトは二本しかなかったので瞬が持っている懐中電灯だけが細い階段を照らしていて僕は足下さえも覚束なかった。

そして何より僕の後ろには誰もいない、人は。

とんでもなく恐ろしかった。


心が折れない様に走るなよ、焦るな、足元よく見ろと声をかけ続け命からがら車まで戻って来る。


「どうしてん瞬!俺まだ行けたのにー!」


口々にイキリだす三人。黙り込む瞬。


「何か見たんやろ?何見たん?」


僕は声をかける。


「洋が懐中電灯で照らしてて消えた場所あったやん?消えるまであそこに軍帽被ったおっさんの顔だけがあってニヤッと笑ってん。」


冗談が好きな奴だが顔面は蒼白で嘘をついているような口ぶりではない。


そうか、じゃあ今日はもう帰ろうという事になりぶつくさ文句を言う三人を宥めて車に乗り込む。


僕は助手席でその後ろに瞬が乗っていた。



***


異変はすぐに起きた


山奥を走る車の中が寒い、冬かと思うくらい寒い。言うまでもなく真夏の事で行きはどれだけ温度を下げても暑く真田にブーイングをしていたというのに。


異変は続く

車のヘッドライトがまるで行灯の火の様に消えそうになったりする。


明らかにおかしかった、買ったばかりの新車がありえない挙動をしている。


そして車内には瞬の泣き声だけが響いている。


誰が声をかける事もなく小さくボソボソと何かを話しながらいい歳の男が泣いている。


僕の耳の後ろで泣いているその声は


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」


と繰り返していた。




何とか山を降りローソンに車が止まると蜘蛛の子を散らす様に皆が飛び降りた、瞬だけを残して。


僕は車の外から助手席後ろのドアを開け瞬の背中を撫でながら三人に塩と飲み物を頼む。


「どうした?大丈夫か?」


「ごめん、さっきの人ついてきてもうて謝っても帰ってくれへん。どうしよう?」


僕は持っていた数珠のブレスレットを渡しうろ覚えの般若心経を唱え続ける。


帰って来た三人に事情を話してから塩を所構わずぶちまけた。

車中、車外、僕たちすべてに。


帰ってから真田は死ぬほど親に怒られたらしいがそれはまた別の話だ。


瞬が落ち着いたというので帰宅する為に再び車に乗り込む。


すでに街の中に入っており車の調子も戻ったようだった。皆が安堵の空気に包まれる。


信号待ちをしていると突然瞬が車を降りて横にあった公園へと走りだす。


くるりと振り向くと助手席の僕の方を見てニヤニヤと笑いながら手招きしている。


違和感を感じたが不意に僕は一杯食わされたのだと思った。


真田に車を止まるように言って瞬の方へ駆け出す。


瞬はドッキリを仕掛けたのだ。僕らを後で笑う為に。


「おーい!悪い事するやつやなー騙されたわ!」


と声をかけた瞬は俯いて泣いていた。







「ごめん、どうしても帰ってくれへん、俺どうしたらいい?」


公園で振り返り手招きしていた瞬の顔を思い出す。


顔の向かって右側だけ耳まで口が裂けた様になっていた。左側は真顔だった。


思い返せばあれは笑顔では無かった。


違和感を感じたのはそれだったと僕は思った。


言葉は出てこず二人で立ち尽くした。


そのまま僕達は家に帰り二度と心霊スポットに行く事はなかった。

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