幽霊酒

僕はある事をきっかけに地元から離れ一人暮らしを始めた。

無計画に実家を出た訳ではなく知り合いに誘われて歓楽街のクラブで黒服の仕事を始める為に


あまり広くない店だったので開店から閉店までお酒を作ったりカウンターの中で接客をしたりキャストのサポートをしたりと忙しい日々を送っていた。


その生活にも慣れ始めたある春の夜、僕はカウンターの中で修哉君(仮名)と向かい合っていた。


修哉君はたまたま間違えて店に入って来てそのまま常連になった僕と同い年くらいで短髪の似合う好青年、修哉君には仲が良いうちのお店のレンちゃんというキャストがいてその子と3人でお絵描き対決をする事になった。


深夜の1時頃だったと思う。

お互いの似顔絵を描き合うというお題の時に異変が起こる。



レンちゃんが不意に手を止め

「赤ちゃんの泣き声が聞こえる。」


と言い始めた。


僕はまたまたそんなベタな怖い話みたいな事がある訳…聞こえる。

それも外ではなく店の中から聞こえる、一瞬にして重苦しい空気が辺りを包む。


声が止んだタイミングで修哉君が店の端をちらと見てから小声で言った。


「他のお客さん多かったし嫌な人もいるから言わなかったけど今日店に来た時からそこにずっと女の人立ってるよ。」


僕は一気に酔いが醒めた。


「今まで来た時はこんな人居なかったから誰かが連れて来たのかもしれないね。」


3人で後ろに立っているであろうその人に聞こえない様に顔を寄せて話す、どうしようか閉店作業も終わってるから居酒屋にでも行こうか。


逃げる様に3人で店を出て、行きつけの居酒屋に入り酒を頼む。

修哉君はずっとニコニコしている。いやー怖かったねー確かに途中から空気おかしかったもんねーと僕とレンちゃんと話していた。


「いや、ついて来てるよ。ここに居る。」


僕達のテーブルの空いている席を指差しながら笑っている、その顔が純粋に怖かった。


「まさか、そんな事ある訳ないでしょ居酒屋まで付いてくるなんてー」


レンちゃんがケラケラ笑いながら修哉君に言う。


僕もまさか冗談だと思ったので軽口を叩きながら食べ物のメニューを見ていた。


その時テーブルの中央にぶら下がっている傘型のライトの2つある内の1つ、女が居ると修哉君が指差した方だけがカチッという音を立てて消えた。


もちろん3人は触っていないしそんな事をすれば誰の目からも見える。


空気が凍った。


震える声で電球が切れたのかなと僕は言った。

確認をすると傘に付いているスイッチがオフになっている。

ライトが付いている方のスイッチの位置とは逆になっているのだ。


ありえない、僕は消えた方のスイッチをオンに入れ直したが人の力が加わらないと動く訳が無い。

そして電球は何事もなく灯った。


「いるでしょ?でも悪い感じはしないから僕達が楽しそうだからついて来たのかも。」


と修哉君は言う。


そこから酒に酔い始めた僕達はその女の人の分も酒を頼み酒盛りを始めた。


「まあ飲みましょうよ!僕には見えてないですけど!今日寒いですからねーあったかい茜茶割でも飲んでくださいよ。」


僕は何も見えない席に向かって話しかける。


修哉君もレンちゃんも笑っていた。



幽霊と酒を飲んだ夜の話、外には桜が咲いていた。




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