第95話 まさか三次元ヒロインの家にお邪魔する日が来るなんて
動物園を一周し終えようかと言うタイミングで、ホノカが帰ってきた。
「ホノカ!! 心配したじゃないか!! 急にいなくならないでよ!!」
『えへへー! すみません! ちょっと色々とありましてー! でも、デートの最後には間に合いました!!』
「ホノカちゃん、あそこのスリランカゾウの前、記念撮影スポットなんだって。3人で写真撮ろう?」
「美海は良いことを言うね! そうしよう!!」
『ややっ! なんだか2人が仲良くなっている気がしますねぇ! わたしがいない間に何があったのでしょう! ふふふーっ』
「別に何もないよ。ただ、呼び方の最適化を図っただけだよ」
ホノカも合流した事だし、今日を締めくくる最高の1枚を撮ろうじゃないか。
それにしても、アフリカゾウがモチーフになったジャンボカレーをレストランで出していたのに、ここの象はスリランカゾウなのか。
そこはちゃんと頑張って欲しかったと思わずにはいられなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして、デートミッションは無事にクリア。
僕たちは帰りのバスの中。
やれやれ、さすがに炎天下の中歩き回ったせいで、それなりの疲労感がある。
「それでね、大晴くんがね。もぉ、困っちゃうの」
『なるほどー! 大晴くんもやりますねぇ! ホノカも見たかったですぅー!!』
公共交通機関ではホノカがマナーモードになるのだが、帰りのバスでは美海と一緒に仲良くお喋り。
何故ならば、僕たち以外にお客がいないからである。
まだ4時前だからかもしれないけど、大丈夫だろうか、涼風動物園。
せっかく思い出ができたことだし、また来てあげるのもやぶさかじゃないのに。
「あ。来間くん。大晴くん」
「美海。混ざってる。どっちかに統一してくれないと、なんか落ち着かない」
「あぅ。まだ慣れてないんだもん。大晴くんがおかしいんだよ。ナチュラルに私の名前を呼んでさ。この、ギャルゲーマスター」
「そう言う事なら、呼び方を戻そうか?」
「あ。ヤダヤダ、ヤダぁ。せっかく頑張ったのに、セーブしないでリセットなんてあんまりだよ。ひどい。大晴くん、鬼畜。もう、鬼畜くんって呼ぶもん」
「絶対にヤメてね。特に学校では。本当に。それで、どうしたの?」
「あ。そうだった。あそこ。私たちがコスプレしたとこだよね」
「そうだね。多目的ホールだ。そろそろ涼風市の地理にも慣れてきた?」
「うん。……あ。えと。まだ、慣れてないなー」
今、頷いた後に明らかな「しまった!」と言う間があったのだが。
まあ、いいか。
「それなら、ナビアプリのお世話にならないとね」
「私、スマホうまく使えないから、大晴くんに案内して欲しい」
「どうしてそんなすぐ分かる嘘つくの? 僕のメッセージに3000文字くらいの返信を10分で送りつけられる技術をお持ちだよね?」
「お持ちじゃないよ?」
僕はいつものように、「まあ、気が向いたらね」と答える。
そろそろ小早川さんの家の近くだから、彼女を下ろさなければ。
そう考えていたところ、僕の恋人が暗躍する。
『大晴くん! 美海さんのおうちにお邪魔していきましょうよ!』
「えっ」
「え゛っ」
ちなみに、スマートな返事が僕のヤツで、なんかもっさりした返事が美海のもの。
ホノカの提案は美海も想定外だったらしく、かなり狼狽えている。
だが、僕の恋人は止まらない。
『デートと言えば、アフタータイムですよ! 女子の家まで送り届けて、ちょっとお茶していく? って聞かれるのがオタクとしてのマナーです!!』
「ううむ。確かにそうかもしれない!」
「そ、そんなことないんじゃないかな? ほ、ほら、大晴くんは博士のご飯作ってあげなくちゃだし!」
『それなら、美海さんが夕ご飯作ってもらいましょうよ!』
「え゛っ」
「まあ、僕は構わないよ? ホノカがこんなに言うんだし、帰りが遅くなってバスがなくなっても、せいぜい3キロくらいしか離れてないからね。僕の家まで」
『では、大晴くん! 降車ボタンをポチってください!』
「よし来た! 任せておいて!!」
「や。あの。ま。待って。ヤダ。ちょっと、待って!」
こうして僕はホノカの指示により、追加クエストを受注。
バスから降りて、少し歩けば美海の家。
手土産はないけど、家の人には丁寧にあいさつすれば問題ないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あのね、大晴くん。できれば、目を閉じてて欲しいな」
「ああ、アレかな? 下着が干しっぱなしとか、そういうありがちなヤツ? 分かったよ。片付けておいで。待ってるから」
「ううん。違うの。私の家にいる間は、ずっと目を閉じてて欲しいの」
「美海はさ、僕をどうしたいの? 残念だけど、暗闇耐性持ってないよ」
何を言っているのかさっぱり分からない美海。
まさか、ここに来てミステリアスでクールなヒロインの冠を取り戻そうとしているのか。
それはもう、今更手遅れだから、無駄な抵抗をしないでほしい。
さっきから家の前にいるのに、既に5分も立ち往生している。
暑くて仕方がない。
「じゃあ、ちょっとだけだよ? 大晴くんのおうちとは違うけど、引かないでね?」
「失敬な。僕が文化の違いで差別するような男だと思うの? 引くわけがない」
『それでは、ゴーです! 入りましょう! お邪魔します!!』
ホノカの号令は絶対。
美海の背中を押して、僕は小早川家に足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「うっわぁ……」
「もぉ。大晴くん、絶対に引かないって言ったのに。嘘つき」
美海の家は、真っ白な壁紙と天井が印象的だった。
それ以外が地獄のようになっていたからである。
脱ぎ散らかした服。
無造作に干された洗濯物。
玄関から足の踏み場がない。
幸いなことに、こんな事を幸いと言うのが情けないけれども、生ものを腐らせたり、飲食物を放置していない事だけが救いだった。
「美海。おうちの人は? 僕は一言申さずにはいられないよ」
「いないよ?」
「出かけてるの?」
「ううん。私がひとりで住んでるの」
僕は無言でホノカを見る。
すると彼女は頭の上に「〇」のアイコンを表示させて、全てを肯定した。
こんなに色気のない空間が、女子の家にお邪魔する僕の人生初体験かと思うと、なんだか大切なものを喪失したような気になってきた。
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